譬えそれが偽りの優しさだとしても、信じる心がそれを受け入れてしまうのだ。









































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 あれから結局、イザークは仕事に行く素振りすら見せず、キラの傍で看病を続けていた。

 まず移動時にはキラを歩かせず始終横抱きをし、帰るなり薬を飲ませるためにメイドに軽食を作るように命

じ、そうするや否や甲斐甲斐しくも彼女を寝室まで運びそっとまるで壊れ物を扱うかのように優しくベッドに

横たえたのだ。

 キラは先日までとは全く違う様子のイザークを見つめ、その僅かな感情も読ませないようなどこか冷えた輝

きを持つアイスブルーに、自らも気付かぬ内に眉を顰めた。

 「・・・ありがとう」

 その言葉に、今一度キラに視線を戻したイザークは、彼女の表情を読み取るなり眉間に皺を寄せた。

 「なんだ。言いたいことがあるなら言え」

 刹那、先程までの優しさはどこに行ったのか聞きたくなるほどの冷たさを感じて、身体が強ばる。

 だが、それはほんの一瞬で、直ぐに我に帰って首を横に振った。

 「いいえ、何でもないわ」

 否定の言葉を乗せた声音は、しかしどこか嘘臭く。イザークは未だ不機嫌顔で彼女を見下ろしたままだ。

 それに居た堪れなくなって、キラはもう一度桜貝のような薄紅の、艷やかな唇を開いた。

 「・・・ただ、貴方が優しくて・・・優し過ぎて、怖いだけ」

 彼の真っ直ぐな瞳に、思わずポロリと本音が零れる。

 そう、優し過ぎて、怖いのだ。

 無理もない。今まで散々無干渉を決め込み、キラが如何に愛を語ろうとも聞く耳すら持たなかった彼が、急

にコロリと180度態度を変えたのだ。

 可笑しいと思わない方が、変だ。

 それでもキラは、彼を信じる。

 外でもない、たった一人の愛する人。その人を疑うことは、彼女にとって裏切りも同じ。

 だからこそ、最早迷いは捨て、疑いという蟠りを心の奥底に押し込めてしまうのだ。

 「御免なさい。変なことを言ったわ。・・・気にしないで」

 ふ、と苦笑を浮かべ、小首を傾げる。今は熱があるせいか、関節が軋んだような気がした。

 「・・・そうか。まあ、いい。兎に角、食事が来るまで寝ていろ。無理をすると悪化するぞ」

 どこか常の彼ならもっとぶっきらぼうに聞こえるだろう言葉は、今は何故か仄かに暖かく、優しさを感じ取

ったキラは目元を和らげてそっとアメジストを隠した。

 眠りに堕ちていく様を確認し、イザークは彼女の下肢にふわりと掛かる羽毛布団を肩まで引き上げ、少しは

み出た右腕を仕舞い込んだ。

 手を離して瞑目すると、イザークはそのまま暫し思考を止めた。

 どれほど経ったか、いつの間にか聞こえてきた彼女のどこか荒い寝息に、北国の寒さを思わせる冷えたアイ

スブルーを湛えた瞳を開いた。

 「・・・まだだ。まだ、早い」

 その呟きは、本人ですら聞き取るのが難しいほどの、ほんの小さな音。

 未だ目的を達成するには早すぎると、心内で葛藤する。顔面に浮かぶ表情と言えば無のみで、そこに誰かし

らいたならば口を揃えて言うだろう。正しく氷のようだ、と。

 それでも結局のところ誰も居らず、やがてそれは憎しみをふんだんに著した嘲笑に変わっていく。

 まだまだ、待たねばならない。

 貴様を貶めるためには、まだ時間が必要だ。

 じっくりでいい。幸いにも我々は、未だ若い。

 クツクツとさざめくように嗤い、キラをまるで虫螻のように蔑みを込めて見下ろす。

 この女が、自分を変えた。

 この女が現れるまで、我々は幸せだったのに。

 或いはこの女こそが悪の使いなのではないか。

 そのようなことを考え、侮蔑を込めて睨み据える。

 どちらにせよこの計画を実行せねば気が済まないのだ。

 イザークはそっと立ち上がる。そのアイスブルーはまるで興味を無くしたかのように戸口に向けられ、その

まま颯爽と歩き出す。

 彼女が眠れば、傍にいる必要もない。元より、近づくことさえ疎ましく思うのだ。少しの時間でも嫌気が差

す。

 彼は無表情のまま部屋を出、階段を下ってメイドの下まで向かった。

 「イザーク様」

 家主の登場に気づいたメイドが早々に手を止めて頭を垂れるのを確認すると、名を呼ばれた主人は一つ頷い

た。

 「すまんな。軽食はいらん。寝かせてやれ」

 態と妻を案じる夫を演じ、その端正な面に微笑を浮かべる。

 思わず顔を赤くしたメイドは直ぐ様了承の旨を伝え、再び深く頭を下げた。

 それを確認したのか否か、イザークは踵を返して調理場を後にする。

 メイドはその背中に慌てて待ったを掛ける。一体主人は病床に臥せる妻を置いてどこに行ってしまうのだろ

うか、と。

 「心配いらん。・・・職場の方が気になってな。直ぐに帰る」

 追い縋る様に詰め寄ってくるメイドに少し目を丸くしたが、特に考える間もなくそう答えた。

 きちんと仕事をこなそうと頑張るメイドに、流石にこれ以上黙って出ていけば可哀想である。

 「畏まりました。ご昼食は如何なさいますか」

 そう聞かれて時計を見ると、既に12時を回っていた。

 この家の平時の昼食時間は、13時である。まだ少し早いが、これから出掛けるとなると話は別だ。しかし

イザークは迷いなく首を振った。

 「いらん。ついでに、夕食もな。キラには適当に食べさせておいてくれ」

 本当ならずっとキラの傍に居るべきところであるが、今日は珍しくラクスから誘われたのだ。断れる筈がな

い。

 イザークは時間が惜しいとばかりに再び踵を返した。

 ラクスに会いたくて仕方ない、渇望を胸に。




















 アスランは苛立っていた。

 先刻カガリと別れたアスランは、その足で会社に向かった。今頃ニコルあたりは、なかなか来ない上司にや

きもきしていることだろう。

 車を走らせること数十分、漸く会社に到着して足早にオフィスへと向かう。

 彼の職場は14階にある為、流石に階段で登るのは些か大変だ。なので大人しくエレベータを待つことにす

る。

 カガリに遭ってから、どうにも腸が落ち着かない。地に足がつかないというのか、ふつふつとこみ上げてく

る感情に、アスランはただ眉根を寄せた。

 その矛先を決めあぐね、横にある大理石の壁に拳をぶつけた。だが、無論壁が凹むことはなく、彼の拳に鈍

い痛みがジンジンと残り、一層に苛立ちが増す。

 彼の周りの人々は、聞き慣れない大きな音に驚き、一斉に音を出した張本人に視線を向けた。しかし彼は意

にも介さず、一人悶々と思いに耽る。

 そうして、思い出すのだ。

 昔、未だ幼い子供だった頃、それは起こった。

 あの女はまるで悪魔のように、恐ろしく思えて仕方なかったのを今も鮮明に覚えている。

 あの頃は未だ自分も彼女も幼くて。身を守る術も、守ってやる術も知らず、ただ在るがままに流され、抗い

すらも子供ながらに必死に押さえ込んでいた。

 今思えば、あの時に何がなんでも抵抗すべきだったのだ。いっそのこと、逃げてしまえばよかったのだ。

 そうすればきっと、今の状況も変えることが出来たかもしれないのに。

 アスランはキラがイザークと結婚すると聞いた時よりも、焦っていた。それ程にあの女は、カガリは酷いの

だ。

 自分が優位に成るために、どんな邪魔者も容赦はしない。それが譬え、血の繋がった実の妹であっても。

 「クソッ!」

 暫く離れていたから、すっかり頭の中から忘れてしまっていた。

 あの女は、キラの人生を壊し、絶望を与え、そして一切立ち直れないようにしようとしている。少なくとも

、あの時はそうだ。

 恐らく、先刻のあの表情から読み取るに、考えはそう変わっていないだろう。

 幼いあの時は、ヤマト夫妻が守ってくれた。

 しかし今は、ラクスの夫である自分しかいない。イザークはと言えば、きっと喜んでカガリに手を貸すだろ

う。

 それでもアスランはキラの下に行けずにいた。今もこうして出勤しているくらいだ。

 勿論彼の心の中はキラの傍にと願っているが、今はそれどころではない。

 今彼女の所に行けば、あの女を刺激しかねない。

 カガリよりもキラを優先する。それが、あの女にとっては我慢ならないのだ。

 仕方がないと割り切ってしまえれば、どんなによいか。

 それでもアスランには、キラが一番なのだ。

 その多大なる支配欲も、嗜虐も、切望も全て、この歪んだ愛が彼女を縛り付けるものだと知りつつも、彼は

自らを止められない。

 そもそもこの恋情を押し隠すことが出来るのならば、今頃ラクスと仲良く過ごしていただろう。

 やはりアスランも人間である。恋をすれば人は変わると、いったい誰が云わしめただろう。

 正しくそのとおりだと、アスランは眉根を寄せた。

 兎に角、メールだけでもしておこう。そう心に決めたアスランは、漸くたどり着いたエレベータに乗り込ん

だ。




















































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