望んでいたことがこんなにも残酷だなどと、一体誰が予想し得ただろうか。







































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 自分が行ったところで、キラの気持ちが変わるわけがないことはわかっているのに、足は勝手に進む。

 こういう日に限って信号に引っ掛かり、余計に苛立ちが増す。

 「クソッ!!」

 ドンッとハンドルを右拳で叩きつけ、この行き場のない苛立ちを少しでも和らげようとするが、一向にそれ

は治まる気配がない。

 ラクスは「お友達」と言った。それがキラであると言う確証はない。だが、万が一それが彼女であった時、

傷つくのは言わずもがなキラだ。

 彼女自身、自らの夫であるイザークと、アスランの妻ラクスが今も尚思い合っていることを知っている。

 だからこそ、イザークがキラをラクスの父が経営するクライン病院に連れてくるという可能性があるのだ。

 そうすることで、イザークはラクスとは何の関係もないということを証明する切欠となる。

 しかしそれは、キラが何も知らない場合のみ。

 既に先日キラとアスランは、二人が共にいる所を目撃している。

 そこで二人が何をやっていたかは知らないが、少なくとも一切関係がないということはないだろう。

 そうした時、キラはきっとこう思うだろう。

 イザークは自分を油断させて、ラクスとよりを戻すかも知れない、と。

 だが恋は盲目とはよく言ったもので、優しい一面を持つキラにそのような考えは浮かばないだろうと、アス

ランは何となくだが悟っていた。

 漸く目的の病院に辿り着き、駐車場に乱暴に車を停めると急いで降りて入口へと向かう。

 だがその途中でアスランは、彼女たちが病院に来る理由に疑問を感じた。

 病を治す所であるここに来る理由は、勿論病故であろう。だがもしそれが真実だとしたら。そう考え付くと

同時に、アスランの心が不安に包まれた。

 昨日彼女に会った時は、特に変わった様子はなかった。よもや、怪我でも負ったのではないかとアスランは

眉根を寄せた。

 「・・・まさかな」

 一瞬浮かんだ考えに頭を振り、しかし違うと思っても不安は拭えずただ足を速める。

 彼は知っているのだ。キラ自身とその親族しか知らない、暗い過去を。




















 キラはただ、驚いていた。

 彼が病院に連れて行くと言った時からずっと、彼女は懸念していたのだ。

 「風邪、ですね。取り敢えず解熱剤を三日分出しておきます」

 目の前の医者がそう言いニコリと微笑むのに、キラは力なく生返事を返してしまう。

 何せ、イザークはキラをラクスの父が経営する病院に連れて行くと、半ば信じ込んでいたのだ。

 それなのにそこには行かず、近くの個人経営の小さな診療所に連れて行かれたのだ。驚くのも無理はない。

 あれよあれよと診察が終わってしまったので、キラは小さく礼を言って少々ふらつきながら診療室の出口へ

向かう。

 ゆっくりと歩を進めながら、キラは熱のせいかあまり働かない頭で考えた。

 何故、イザークは自分をこのような一度も来たことのない診療所に連れてきたのだろうか。

 否、もしかしたらここは、ラクスと繋がりのある所なのかもしれない。だが、それにしては何の関係も見出

せない。

 たとえ繋がりがあっても、自分には到底影響力はない。

 もしかしたら本当に、イザークは心配してくれているのかもしれない。

 ふと浮かんだその希望にも似た考えが、キラには一番しっくりくるのだ。

 それでもその考えが腑に落ちない自分に、彼女は思わず眉を顰めた。

 ああ、どうして信じられないのだろう。

 今まで自分が喉から手が出るほど欲しかった、この温もりが。

 キラはふと、苦笑を浮かべた。

 ああ、きっと今までそんなことがなさ過ぎて、この状況が全て夢なのではないかと思ってしまうのかもしれ

ない。

 その自嘲を隠すかのように俯き、キラはそっとノブを回した。

 少し錆び付いたそれが小さく軋む音を立てて、ゆっくりと扉が開いて行く。

 そして開けた視界の中にある光景に、彼女は一瞬息を止めた。

 そして同時に、夢ではないと確信した。

 「・・・イザーク・・・・・待っていて、くれたの?」

 そこには、壁に据えられた小さなソファに、腕と足を組んで座るイザークがいたのだ。

 自分をここに置いてすぐに仕事に行くのだろうと予想していた彼女には、正に予想外の出来事だ。

 「ああ。・・・まさか、お前を置いて行くとでも思っていたのか?」

 図星を指されて返す言葉もないキラに、イザークは盛大に溜め息を吐いた。

 「お前は、そんな身体で一人で帰れるとでも思っているのか。俺は病人を置き去りにするほど、人でなしで

はない」

 そう淡々と述べて立ち上がるとイザークの銀髪が微かに揺れて、キラは改めて彼の髪の美しさに見惚れた。

 彼の髪は、透き通るような銀髪だ。日の光に当たるとそれを反射して、常よりもキラキラと輝く。今がちょ

うど、その状態だ。

 目を細めて微笑を浮かべたキラに気付いたイザークが、「何だ?」と怪訝そうに問いかけてくる。

 それに「なんでもありません」と返し、キラはそっと診療室に続く扉を閉めた。

 同時に受付から名前を呼ぶ声がして、キラは慌てて駆け寄ろうとするが、それを制してイザークが歩を進め

た。

 本当に、どういう風の吹き回しだろうか。

 キラは一瞬不安げに眉尻を下げたが、頭を振ってイザークを追う。

 今はこの幸せを噛み締めることが大切なのだ。




















 クライン病院に着いたアスランは、真っ先に受付に向かった。

 「ラクス・・・妻の、友人という方は見えているか?」

 突然の院長の一人娘の夫の訪問に驚いた事務員は一瞬目を丸くするが、すぐに気を取り直して答える。

 「ええ、見えていますよ。今、内科の方にいらっしゃいます」

 その言葉を聞き、アスランは我知らずほっと胸を撫で下ろした。

 少なくとも、外傷ではないようだ。

 アスランは取り敢えずそのラクスの友人とやらを待ってみようと思った。

 見たところイザークもいないようだし、もしかしたらキラではないかもしれない。

 ラクスが何のために自分を炊きつけるようなことを言ったのか、彼自身気にはなる。

 恐らく彼女の意図は、その人物に会えば多少勘繰ることもできるだろう。

 そう結論付けて、受付前の椅子に腰かけた。

 腕時計を見やると、既に出勤時間は過ぎている。一応仮にも常務取締役を任されている身なので、皆てんや

わんやだろう。

 恐らくニコル辺りがなんとかしてくれているだろうが、後で仕事が溜まるのは目に見えて明らかで、アスラ

ンはそっと溜め息を吐いた。

 このまま何もせずに待っているのも暇なので、コーヒーでも飲もうと立ち上がる。その、刹那。

 「あれ、アスラン?」

 よく聞き覚えのある声が、彼の耳に届いたのだ。

 少し中途半端に曲がった背筋を伸ばし、声のした方に目を向ける。

 するとそこには今予想した通り、少し癖のある短めの金髪に、意志の強そうな黄茶の瞳の女性。

 「・・・・・カガリ」

 彼女の姿を見とめ、アスランはラクスの意図がなんとなくわかった気がした。

 「久しぶりだな。どうだ、ラクスとはうまくやっているのか?」

 男勝りなその口調に、アスランはただ不快を感じる。

 「何をしに来た。お前の家は遠いだろう」

 そう。彼女の家は、飛行機に半日も乗り続けなければ着かない所にあるのだ。

 体調が悪くなって行くには、クライン病院は遠すぎる。

 だが、不機嫌さを丸出しにするアスランを意に介すことなく、カガリは笑みを絶やさない。

 「何を言っている。ラクスから聞いていないのか?」

 腰に手を当てながら、さも困った奴だとでも言いたげに問いかけてくるカガリに、アスランはますます眉間

に皺を寄せた。

 「何の話だ?」

 ラクスからは特に何も聞かされてはいない。一体、どういうことなのだろうか。

 「来週、こっちに引っ越してくるんだ」

 その言葉に、アスランは自身が雷に打たれたかの衝撃を受けた。

 「仕事が忙しくて人に部屋を探してもらったから、越す前に一度見てみたくてな。ついでにラクスの病院に

挨拶をしに来たわけだ」

 カラカラと笑いながらそう言って見せるカガリに、アスランはそっと舌打ちをした。

 よくよく考えてみれば、診察に来るのに事前にラクスの所に連絡が行くのはおかしい。緊急ならば尚更だ。

 いくらイザークとて、そこまでして自分の身の潔白を証明しようとは思わないだろう。

 今更ながら、自身があまりに珍しい事態に混乱してしまっていたことに気付いた。

 それに、先程の事務員の言葉に「診察を受けている」という言葉はなかったのだ。

 自分のこの焦り様に、彼は再び小さく舌打ちした。

 「ところでアスラン、キラがどうしているか知っているか?」

 少し自分の思考に没頭していたアスランは、その言葉で現実に引き戻される。

 そして彼は今まで以上に険しい表情を、その秀麗な面立ちに顕にした。

 「それを知って、どうするつもりだ」

 疑問ではなく詰問を向けるアスランに、カガリはまるで当たり前ではないかとばかりにきょとんと眼を丸く

する。

 「おいおい。私はただ、たった一人の妹を心配しているだけじゃないか。何をそんな、目くじら立てる必要

がある?」

 その返答に、アスランは今度こそ彼女に聞こえるように舌打ちする。

 「まさか、自覚がないわけじゃないだろう?キラがどれだけお前に傷つけられたと思っている」

 その言葉に、カガリはどこかニヒルな笑みを浮かべ、肩を竦めた。

 「一体、何を言っているんだ?私はキラを救ってやっていたんだ。第一、部外者のお前にそんなことを言わ

れる筋合いはない」

 そう吐き捨て、もういいと言わんばかりに鼻を鳴らして踵を返すカガリを、アスランは咄嗟に呼び止めよう

とするが寸前で思い止まる。

 アスランは幼い時から彼女のことが大嫌いだった。

 本当ならば関係を持つことすら嫌気がさすのだ。

 それでも、今でもこうして友人のように振舞うのは、彼女がラクスの友人であり、キラの血の繋がったただ

一人の姉だからである。

 そして何よりも彼女が、キラに近づくことを避けるためであるのだ。

 彼は知っている。キラ自身とその親族しか知らない暗い過去を。

 彼は知っている。キラが何よりも傷ついたのは、実の姉からの非道なまでの仕打ちであると。

 そして彼は願うのだ。

 どうかもう二度と、あの時のような悲劇を繰り返すことのないようにと。




















































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