あの時彼女に声をかけられなかったら、自分はどうなっていたのだろうか。
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一瞬、聞き間違いかと思った。
だから、え?と聞き返したのだ。
そうしたら目の前の愛しい女性は、一層悲しげに眉を寄せて。
『ですから、あなたとはもう、これっきりですわ』
それが最後と言わんばかりに、彼女は踵を返して去って行こうとする。
『ま、待て、ラクス!!』
咄嗟に彼女の、ラクスの背に向かって叫ぶが、一向に振り返ってくれる気配はなくて。
『な・・・・・ぜ・・・・・・・・・・?』
何故、理由も言わずただ一言別れを告げたのか。
それは、家の事情かもしれないし。
考えたくはないが、本当に自分のことを嫌いになったのかもしれない。
次第に人混みに紛れて見えなくなって行くラクスの背を。
どんどん歪んで行く視界を。
受け止められる心を、その時のイザークは持ち合わせていなかった。
胸が、痛い。
ズキンズキンと、痛みを訴えてくる。
体中が締め付けられるように、苦しくて。
喪失感に、虚しさを覚えた。
それを、少しでも消したくて。
酒を何杯も何杯も飲んで。
悪酔いして。
格好悪いなどと心のどこかで思いながらも、それを止めることができなくて。
人様のパーティだということも忘れ、一人ただ痛みを、悲しみを消したいがために暴れて。
そんな時だった、彼女が現れたのは。
彼女がヤマトの人間だと知ったのは、その時だった。
『大丈夫ですか?』
明らかに大勢に大迷惑をかけているというのに、その場にそぐわないほどに落ち着いた声音で。
『よかったら、客室にご案内します。そちらで少し、お休みになられたらいかがでしょう?』
長年愛し合った彼女との別れに荒んだ心は、その声を一瞬でも光にしてしまったのだ。
『・・・ああ、有難う』
そうしてイザークは、キラを彼女の代わりと思って抱いてしまった。
今考えれば、どうしてあの時自分は彼女の身体を求めてしまったのだろうかと。
何度考えても、事実は変わらないのにも拘らず。
そうして、その時限りだと思っていた彼女が現れたのは、それから三ヶ月後のことだった。
まるで勝ち誇ったとでも言うような笑みを湛え、腹部を愛おしむように触れながら言った言葉は、今でも忘れない。
忘れられるはずがない。
『子供ができました。・・・あなたの、子です』
だからどうか、この子と私をあなたの家族にしてください、と。
目の前が、真っ暗になった。
まさかあの一回だけで子供ができたなど、有り得ない。
だが、彼女が処女だったのはなんとなく覚えている。
だからきっと、それより以前に他の誰かと寝たということはないだろう。
しかし、その後はわからないからやはり自分の子供かどうかの確証はなくて。
それでも、彼女の『初めて』を奪ってしまったという罪悪感もあり、頷いてしまったのだ。
ラクスへの罪悪感だって、ないわけではない。
だが、それでも自分のしたことへの責任の為だと、割り切って。
そうして、なんだかんだと話は進んでキラのお腹の子が五か月の時、すでに腹は膨れていたが盛大な結婚式を済ませ
た。
だがそれでもイザークとキラが同じ部屋で寝起きを共にすることはなく、今でも別々の部屋で過ごしているのだ。
そのままイザークもキラもお互いに触れることなく、二か月の月日が過ぎた時だった。
イザークは仕事で連日残業続きであったので、毎夜帰りは日付が変わったか否かの時刻であった。
しかしそれでも毎日リビングに明かりを灯して待っていてくれたキラは、いつもどこか悲しそうで。
だがそれを決して、イザークに悟られないように笑顔で隠していた。それでも、イザークにはなんとなくだが、そんな
キラの表情に気づいていたのだが。
そうして日に日に、残業をして帰ってくるイザークよりも疲れを溜めているような顔をしてきたので、さすがのイザー
クも声をかけずにはいられなかった。
『どうしたんだ?何か、あったのか?』
背広を適当にソファの上に抛り、ネクタイを緩めながら問うと、傍目にもわかり過ぎるくらい彼女が動揺したのがわ
かった。
『っなん、のことですか!?』
不自然に裏返る声に、泳ぐ視線。何か、自分に言い辛いことでもあるのだろうかと、イザークは内心で首を傾げた。
『お前、何か疲れることでもしているのか?』
何とはなしに、尋ねてみた。尋ねてみた、だけなのに。
『そんな、ことはない・・・です』
徐々に小さくなって行く声に、何事かと目を見張るイザーク。それに気づかないまま、キラは立ち上がろうとする。
『おい待て!!まだ話は終わっていない』
声を荒げて引き留めようとしても、彼女は振り返ることなくさっさとその場から立ち去ってしまって。
後に残されたイザークがこの先に起こる事件を、予想できるはずもなかったのだ。
太陽が昇り、イザークの出勤時間になっても、常ならば起きているはずのキラの姿がないことに何故か焦燥感を感じ、
イザークは何とはなしに彼女の寝室に行ってみた。
すると、ベッドの中を見ても部屋全体を見渡しても、彼女の姿がなかったのだ。
慌てて家中を探したりメイドに尋ねたりしたが、一向にキラの姿が現れることはなかった。
イザークはどうしてだか追い立てられるような感覚に、気付けば家を飛び出していた。
走って、走って、息が上がるのにも構わずに、走り続けて。彼女への愛情を持たぬ自分がどうしてこんなにも必死な
のかと疑問にさえ思うことなく、ただ只管走り続けた。
そうして、見つけたのは。
長い長い階段の下に脱力し倒れている、キラの姿だった。
イザークは慌てて駆け寄るが、まず最初に心配したのは、キラよりも腹の子だった。
愛してはいなくとも、子供は自分の跡継ぎになる者だ。ここで死なれたら、無念に他ならない。
「っう・・・・・」
イザークが案じてキラの腹に手を当てると同時に、彼女の口から小さな呻き声が聞こえた。
「貴様、なんということを!!」
そうして彼の口から出てきたのは、彼女を責める言葉だけだった。
「何故落ちた!?子供を何だと思っているんだ!!貴様は子供を産むための女に過ぎんということを、何故わからな
かった!!貴様はっ!?」
しかしその糾弾は、キラの腰回りの衣服を染めていく赤に気づいて止められた。
「おい、キラ!?」
だが呼びかけも虚しく彼女の意識はとうに無かった。
こんなところで彼女を責めても無意味だと気付いたイザークは、懐から携帯電話を取り出し、救急車を呼んだのだっ
た。
今思えば理不尽な糾弾だったのにも関わらず、今でも彼女は何も言わない。
寧ろ、流産してしまったことに対して申し訳ない、という気持ちが痛いほど伝わってくるくらいなのだ。
それが何を意味しているのか、はっきりとわかったのはそれから一年と少しが経った時。
行きつけのバーに行った時に偶然出くわしたアスランの話が、その答えを教えてくれたのだった。
あとがき
過去編長くてすみませ・・・・・orz
ていうかイザークさんが・・・酷くて本当に申し訳ないです。世間の妊婦の方々や女性の方々に謝らせていただきます。
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TOP/
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