今まで彼の前で一度も体調を崩したことがなかったから、彼の優しさをほんの少しだけ疑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 暗闇の中、唯一の光源は枕元のライトだけだ。

 「大丈夫か?」

 呆れたように、しかしどこか優しさを感じさせる声に、キラはほぅと息を吐く。

 「大丈夫。寝てれば治るわ」

 例えまだあの人を愛していたとしても、今はこうして自分を気にかけてくれているということが、とても嬉しくて。

 けれどその優しさが、自分を安心させるためでしかないただの嘘かもしれないという疑念が、同時にキラの心中に

渦巻いた。

 「・・・それならいいが、明日になっても熱があるようなら、病院に連れていくからな」

 心配げに覗く表情に、キラは苦笑を浮かべて見せた。

 「ええ。その時はお願いします」

 クラインの病院にでも連れて行く気だろうか。

 まさか、とは思うが、もし連れて行かれるということになったら、それは恐らくラクスと自分はなんの関係もない。

後ろめたさなんて何もないと言っているも同然であることは歴然としている。

 イザークはキラの返事を受け、何も言わずにライトを消して部屋を出て行った。

 一応二人の寝室はあるが、結婚してから今まで一度も、ベッドはおろか部屋さえ共にしたことはなかったのだ。

 二人の寝室であるはずのこの部屋をキラが使い、イザークは奥の客間を使っているのだ。

 「・・・・・心配はしてくれても、一緒にはいてくれないんだね」

 そっと口をついて出てきた言葉を、暗闇だけが聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キィ・・・・・と小さく鳴るドアに、ふと意識を覚醒させる。

 「・・・遅かったな」

 そしてそっと、囁くように呟いた。

 今の今まで寝ていたので声が掠れてしまい、一瞬相手に声が届いていないのか案じたが、それは危惧に終わった。

 「あら、起こしてしまいました?ごめんなさい、アスラン」

 全くと言っていいほど悪気の欠片も感じさせない声に、アスランはいっそ清々しささえ感じた。

 「どこに行っていたんだ、とは敢えて聞かないが、あまり遅いと近所に何を言われるかわかったものじゃない。気を

つけろよ」

 片手で髪を?き揚げながらゆっくりと起き上がり、ドアの所に立つラクスを見やる。

 「まあ、こんな時間に起きている方なんているのでしょうか?」

 小首を傾げながらわざと嘯いてみせるラクスに、アスランはそっと彼女に悟られないように溜息を吐いた。

 「さあな。それより、早く寝た方がいいんじゃないか?」

 まさか昼まで寝ているつもりじゃないだろうな?と続け、ラクスの出方を待つが、予想に反して彼女は冷静で。

 「いいえ。そんな馬鹿なこと、私が致すはずがありませんわ」

 と、満面の笑顔でもって言ってのけたのであった。

 なかなかに図太い神経だな、などと思いつつもアスランはならいいが、と応えた。

 「あなたも早くお休みなさいませ。今日もお仕事、お疲れになったのでしょう?」

 愛してもいないくせに、優しい言葉でそれをはぐらかす。

 アスランはそんなラクスがずっと、嫌いだった。

 イザークと彼女が付き合っていたことは、昔からよく知っている。

 自分との婚約が決まった時も、どうせすぐ破棄してくるのだろう、もしくは破棄してくれと言ってくるであろうと思っ

ていたのに、何故か彼女はあっさりと婚約話を受けたのだ。

 その理由は未だ定かではないが、彼女のことだ。恐らく、父親の為であろうことは簡単に予想できる。

 ただの政略結婚。

 それが、アスランとラクスの関係であった。

 アスランは別にラクスのことを愛しているわけでもないし、ラクスもまた然りである。

 何故ならば彼らには、想い人がいるのだから。

 こうして夫婦を続けているのは、ただの建前でしかないのだ。

 国内でも名の知れた財閥と、国内で最も大きな病院のご令嬢。

 この繋がりが、国内で取り上げられないはずがないのだ。

 もう結婚して二年は経つが、未だ夫婦らしいことを一度もしていないのだ。

 「それでは私、シャワーを浴びてまいりますわ」

 突然の声に、アスランは自分が思案に耽っていたことに気づいた。

 「今からか?」

 もう夜中の一時を過ぎている。着替えて寝て、明日の朝入ればいいのに、とアスランは嫌でも思ってしまう。

 「ええ。朝は気持ちよく迎えたいものですから」

 ニコリと微笑み、ラクスはアスランの返事も聞かずに部屋を後にした。

 「・・・・・・・・・・そういう、ものか?」

 後に残されたアスランの呟きは、暗闇にそっと響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーをざっと浴びて寝る準備を済ませたが、やはりキラのことが気にかかる。

 別に愛しているわけではないのに。

 これは、罪悪感だろうか。

 キラと初めて会ったのは、四年前のある晩、ジュール家主催のパーティだった。

 ヒールを普段から履かないのか、キラは足を捻って蹲っていた。

 一応自分の家の主催なので放っておけるはずもなく、イザークは嫌々ながらも声を掛けたのだ。

 『大丈夫、ですか?』

 社交用の笑顔を表情に貼り付け、当たり障りのないように。

 痛みに耐えていたのか俯いていた顔を、彼女が上げたその瞬間、一瞬だけだが彼女に魅入ってしまったのは今でも不覚

だと思っている。

 『あ・・・・・ごめ、なさ・・・』

 怒られると思ったのか、ばつが悪そうに目を伏せて再び俯いてしまった彼女に、イザークは苛々した。

 『ここで蹲っていられると、困るんだが?』

 思わず口をついて出た刺々しい言葉に、彼女の肩がビクリと震えるのがわかった。

 それでも、その刺々しさを消すことはできなくて。

 『きさ・・・・・・・・・・・』

 『あの、ごめんなさい。すぐに、退くので、できれば手を貸していただきたいのですが?』

 しかし、イザークの声を遮って届いた声は、予想に反して落ち着いていて。

 『足を捻ってしまって、立ち上がれないんです』

 困ったように笑ったその表情が、どこか悲しそうにも見えて。

 イザークの苛々な気持は、いつの間にかどこかに行ってしまっていた。

 『・・・・・・・・・・こちらへ。手当をしましょう』

 そう言って、彼女の身体を腕に横抱きにして、客間に運んだのだ。

 今思えば、それがいけなかったのだろう。

 横抱きにして甲斐甲斐しくも手当てまでしてやるなど、女ならば勘違いの一つや二つしてもおかしくないはずなのに。

 今更ながらに、自分の不注意さに自己嫌悪に陥る。

 それでも、あの時。

 二年前のあの日。

 彼女は傷ついたイザークの心の傷を、小さくも優しい手でもって覆ってくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












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