全て、上手くいくと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 いつの間にか、空が暗くなって。

 いつの間にか、雨が降り出した。

 「・・・・・・・・・・」

 流れる沈黙の中には、常に水滴が絶え間なく降り注ぐ音。

 料金メーターを見ると、結構な値段になっていた。

 とは言っても、別に生活に困るほどの値段ではない。

 「ここいらでいいですかい?」

 突然声をかけられて一瞬考えてしまったが、直ぐにここが自分の家の前だと気付いて頷きを返した。

 「ええ、ありがとうございます」

 「お代は、3500円になります」

 運転手はメーターを確認し、キラに言う。

 釣銭のないようにそれを渡して、キラは車内を後にした。

 雨が降っているので、早足で家の中を目指す。

 大きな門をくぐり、玄関までの長い道のりを小走りで走ってゆく。

 手では防ぎきれない雨は、次第に全身を濡らしてゆく。

 やがて玄関までたどり着いた時にはもう、全身びしょ濡れになっていた。

 「・・・鬱陶しい」

 その言葉通り鬱陶しげに濡れて肌に張り付く髪の毛を酷く緩慢とした動作で掻き揚げた。

 「奥様!!大丈夫ですか?」

 大して案じてもいないくせに、そう尋ねてくるメイドも鬱陶しく感じられて。

 「ええ、大丈夫。悪いけど、一人にしてくれる?」

 面倒だとは思いつつもこの家のメイドだから、キラは極力笑顔を作ってやんわりとメイドを遠ざける。

 「は、はい。かしこまりました」

 こうも簡単に引き下がるとは、それだけキラをよくは思っていないということである。

 メイドが下がっていくのを見送ってから、キラは水滴を垂らしたまま自室へと赴く。

 幸いと言うべきか、大浴場とは別に部屋にはシャワー室が設置してあるのだ。

 そこを目指して、キラは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水音が、雨の音に混ざる。

 たくさんの飛沫が、身体に当たっては下方に落ちてゆく。

 それを目で追うことはなく、キラは前方にある鏡の曇りをただぼんやりと見つめる。

 その紫水晶には、迷いと不安と、悲しみを感じさせる輝きがある。

 自分でも気づかないうちに、その白い手は自らの腹部へと向かう。

 本来なら今頃、我が子をこの胸に抱いていただろうに。

 けれど、その命を奪ったのは他の誰でもない、自分自身だと。

 自覚する度、胸の最奥のどこかが鈍く痛みを訴える。

 だが、セメントで固めた決意は揺らぎを見せず。

 キラはそっと、胸の内から湧き出る感情を仕舞った。

 そして固く、何重にも鍵をかけて。

 コックを捻り、水を止める。

 お湯で温まる気もしなかったので、ずっと水を浴びていたのだ。

 別に風邪をひいても構わない。

 どうせ誰も、自分など心配してくれないから。

 けれど、どうしても捨てきれない期待。

 ただ、欲しかったもの。

 それは・・・・・。

 「傘、持って行ってなかったよね」

 そう一人ごちると、キラはシャワールームを後にして着替え始めた。

 そして再び、イザークのいるであろう会社まで足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待たせてすまない」

 お昼時とあって、辺りが騒がしい。

 レストランも、常の静けさはどこへやら、そこここから笑い声や話し声が聞こえてくる。

 そんな中、少し息を切らしながら現れた男性は、先刻キラと会ったばかりのイザークであった。

 「いいえ。今来たところですわ」

 微笑みながらそう返すのは、勿論キラではない。

 白磁の肌にバラ色の頬、透き通るようなアクアマリンの瞳はまるで、海の輝き。

 桃色の長い髪はきちんと手入れをされており、その姿立ち居振る舞いは令嬢のそれであった。

 というのも彼女は、国内で最も大きな病院であるクライン病院の院長、シーゲル・クラインの一人娘であり、現在は

ジュールとも長年のライバルであるザラグループの会長の一人息子であるアスラン・ザラの妻であるからだ。

 「・・・覚悟はもう、決まっていますの?」

 小首を傾げて問う姿は可愛いが、その問い自体はなかなかに緊迫した内容であると、イザークの表情が物語っている。

 「・・・・・そんなもの、とうの昔に決まっている」

 一瞬強張ったものの、直ぐに常の冷静さを取り戻すが、しかしそれを真っ直ぐに彼を見つめる彼女が見逃すはずもなく。

 「嘘はいけませんわ、イザーク・ジュール様」

 わざとフルネームでイザークを呼ぶ。

 「嘘ではない、ラクス・C・ザラ」

 まるで仕返しとばかりにそう返すと、ラクスは呆れたように深くため息を吐いた。

 「ごめんなさい。まだ、早過ぎますわね」

 気が抜けたように下を向くラクスに、イザークは慌てて否と言う。

 「そんなことはない。もう二年だぞ?・・・俺は、今も望んでいる」

 白磁の手を恭しく手に取り、その甲に軽く口づけをする。

 薬指に嵌められた細く、しかし確かな存在を示すそれをゆっくりと外す。

 「俺たちは、十分我慢したはずだ」

 真っ直ぐで真摯な眼差しが、アクアマリンを射る。

 「でも、このままでは世間が私たちを許しませんわ」

 彼の眼差しに怯むことなく、ラクスは淡々と言ってのけた。

 「・・・・・っ」

 言葉に詰まるイザークを手を離して制し、ラクスは静かに微笑んだ。

 「まずは状況を変えることですわ、イザーク」

 常の呼び方を聞き、ハッとするイザーク。何かいい策でもあるのかと、アイスブルーが訴える。

 ラクスは目を細め、それに応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザァザァザァ・・・・・雨は一向に止む気配を見せず、寧ろどんどん強くなっていく。

 タクシーから出てまだそんなに経っていないはずなのに、すでに足元は雨で濡れそぼっている。

 とは言っても今日は膝丈のワンピースなので、服はまだあまり濡れてはいない。

 濡れているのは、パンプスを履いた足元だけだ。

 再び赴いた高層ビル。受付でイザークを呼び出してもらおうとしたが、今はお昼に出ているとのことだった。

 散々迷った挙句、キラは受付に傘を預けて帰ることにした。

 ついでなので、本屋にでも寄って帰ろうと思い、キラは近くに本屋がないか探し始める。

 このあたりは都市開発地域なので、ショッピングモールが充実している。

 当然、この辺一帯での生活は安泰だ。

 服や装飾品をちらちらと見ながら歩いていると、先の方に本屋があることに気づいた。

 今度は余所見せずにまっすぐ歩くが、ふとその足が途中で止まった。

 愛しい色が、目に留ったような気がしたから。

 見間違うはずはない。

 自分が過ちを犯してまで手に入れた、愛しい人のものなのだから。

 「・・・・・イザ・・・」

 けれど、よく見れば隣には人影があって。

 キラの心臓が、鷲掴まれたように脈打った。

 「・・・・・・・・・・どう、して?」

 漸く音として発せられた声は、空気に混ざり消えてゆく。

 目の前の現実に青ざめた頬に、涙が一筋伝った。

 「何故、泣くんだ?」

 突然、後方から聞こえた声。

 けれどそれは、聞き覚えのある声で。

 キラはビクリ、と大きく肩を揺らした。

 その肩に、遠慮なく置かれる手は男性のもので。

 色は白いが、その大きな手は力強さを感じさせる。

 「わかっていた、ことだろう?」

 笑うでもなく、貶すでもなく、男はそっとキラの耳に声を吹きかけた。

 全身を震わせるキラに気付いてか否か、それでも男は言葉を続ける。

 「あいつが・・・否、あいつらが今も想い合っているということぐらい」

 一層声を潜ませて、男は言う。

 まるでキラを慰めるかのように。

 まるでキラを洗脳するかのように。

 「知って、いただろう?」

 低く、脳髄を揺さぶるかのような声音に、キラの身体の奥深くが反応する。

 二年前の記憶が、身体に呼び起こされて。

 「っア・・・ザラ、様!!」

 あの夜、彼を呼んだ名前を必死に押し隠し、言い直したのは彼の地位をも表わす名。

 「『アスラン』で構わないよ、『キラ』」

 ニコリと目を細め、緩やかに笑う。

 静かに輝く翡翠が、キラの心の奥深くまで探るようで、彼女は一歩後ずさる。

 だが、それを逃すまいとアスランの手がキラの腕を捕らえた。

 藍色の髪と鳶色の髪が、風に煽られ宙を舞った。

 「俺は今度こそ、君を手に入れる」

 真っ直ぐに向けられた眼差しを避ける術も知らず。

 「あんな諦めの悪い男など忘れてしまえばいい」

 腕を捉えていた手は、いつの間にか彼女の手を包み込んでいた。

 「キラ。お前は幸せのない家庭を望んだわけじゃないだろう?」

 ハッと、キラは目を剥いた。

 自分が、本当に望んだのはただ一つ。

 「こんな冷めたモノを、望んでいたわけではないだろう?」

 ギュッと、握られた手に力を込められる。

 それに痛みを感じるのも忘れ、キラはただ過去を思い出す。

 あの地獄のような日々を、また繰り返すのかと。

 笑顔のない家族の空間を、再び味わうのかと。

 キラの紫水晶が大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












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