初めて彼に会ったのは、四年前の冬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 春。暖かな日差しがレースカーテンの向こうから差し込んでくる麗らかな日。

 まだ時計は正午をさして間もない。

 そんな折、階段の端に据えられた受話器が鳴り出した。

 鈴の音を転がしたような音色は、恐らくは一般家庭にはないものだろう。

 敷地も広く、勿論中も広いこの家は、全体を白で統一されている。

 大理石の壁は常に光沢を保っており、ちらりと覗く日の光がそれに反射する。

 赤を基調とした絨毯が全面に敷き詰められ、殺風景な白に威厳を持たせているかのようだ。

 天井を仰げば広さを感じさせる高さに、装飾の多い大きなシャンデリアが静かに室内を照らしている。

 「はい。どちら様でしょうか?」

 受話器を手に取り耳に近付けがてら、そう言ったのは黒のワンピースに白のエプロンをした若いメイドであった。

 『俺だ。悪いが・・・・・』

 そう返してきたのは、メイド自身の主人である人物であった。

 常に上から目線で人を捉える嫌いがあるが、根は真っ直ぐな青年であると知っているメイドは表情一つ動かさずに答える。否、答えようとした。

 「誰から?」

 突然の声に、しかしメイドは驚くことなく静かに振り返った。

 「旦那様からです」

 その口調は些か険しいものであるが、目の前の女性は気にした素振りも見せず、貸して、とメイドに手を伸ばした。

 「・・・畏まりました」

 しばしの逡巡の後、メイドは潔く受話器を女性に渡す。

 仮にも主人の奥方だ。そう、例え嫌っていても。

 「もしもし?お電話代わりました。キラです」

 この女性、キラとは、先にも述べたように主人の奥方である。

 象牙の肌に、吸い込まれそうな程に美しい輝きを持つ紫水晶。天使の輪を作る艶やかな髪は、自由に空を舞う鳶のようだ。

 細く長い指先。左手の薬指には、シンプルなリングが嵌めてある。

 『・・・誰もお前など呼んでいない。俺はメイドに用があるんだ。さっさと代われ』

 声だけでもわかる、彼の苛立ち。

 しかしキラはまるで仕様がないとでも言うように苦笑を浮かべた。

 「なら私に言ってくださってもよろしいのではなくて?」

 普通なら嫌味に聞こえてしまうこんな言葉も、彼女の鈴の音のような声で言えば忽ちそれは、ただの可愛い我儘になる。

 『・・・・・会議の書類を忘れただけだ。メイドに、届けさせるように言ってくれ』

 ため息交じりに返してくる声には、最早覇気がない。

 「はい、わか・・・・・・」

 わかりました、と返そうとしたが、受話器からは通話の切れた音しか聞こえない。

 「・・・・・・・・・・少し、出かけてくるわ」

 キラは受話器を元に戻して振り返り様そう言うと、そそくさと出かける準備をし始めた。

 「あの、奥様?買い物なら私が致します」

 身支度を整えるキラを訝しむかのようにそう言うメイドに、キラは苦笑をして違うと答えた。

 「イザークに頼まれたの。書類、届けてくれって」

 だから、届けに行ってくるわ。

 「それなら私が・・・・・」

 「私に言ったのよ?」

 メイドの声を遮ってそう言うキラに、流石に声も出ず、仕方なしに俯く。

 「・・・留守を頼むわ」

 身支度を整え終わったキラは、俯くメイドをそのままにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラ・Y・ジュール。それが彼女の今の名前である。

 旧姓はヤマトと言い、元はなかなかに大きな会社、ヤマトコーポレーションの代表取締役社長の一人娘であった列記としたお嬢様である。

 そのお嬢様が結婚した男は、イザーク・ジュール。

 彼はヤマトコーポレーションよりも更に大きなジュールグループの会長の一人息子である。

 飛び級制度のある大学を二年で卒業した彼は、現在では総務課課長として日々仕事に勤しんでいる。

 まるで絵に描いたような夫婦であるが、二人の間には見えない確執がある。

 それはもしかしたら子供のことかも知れないし、あるいは別の理由かも知れない。

 子供のこと、というのは二年前、イザークの子供を妊娠したキラが階段から落ちて流産してしまった、という事件のことだ。

 当時妊娠7ヵ月であったキラが気分転換の為に散歩していたところ、足を滑らせて階段から転げ落ちてしまったのだ。

 結構な高さから落ちたので、キラは全身打撲や骨折を引き換えに、愛する夫の子供を亡くしたのだ。

 それからというもの、失意に暮れる毎日のキラを慰め続け、今に至るのである。

 だが、キラの見えぬところで何かが動き出していることを、彼女自身知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「総務課課長のジュールの妻ですが、呼び出していただけますか?」

 見上げただけで疲れる高さのビルに入り、キラは受付嬢に問う。

 「はい、少々お待ち下さい」

 そう言って快く返事をする受付嬢に返事の代わりに小さく笑む。

 「すぐお見えになると思いますので、しばらくそちらのソファにお座りになってお待ち下さい」

 連絡を終えた受付嬢が指し示すソファを見、キラは再び彼女を見てありがとうと礼を言った。

 そうしてソファで待っていると、突然辺りがざわめき出した。

 「キラ!?」

 驚いたような、呆れたような、怒っているような、様々な感情が入り混じった声を聞き、キラは徐にそちらを見る。

 「イザーク、はい、これ大事な書類なんでしょう?」

 ここまで走ってきたのか息を乱しているイザークを気に留めることもなく、キラは彼に近寄って書類を渡した。

 「っ何故お前がここにいる?呼んだのはメイドのはずだぞ!」

 先ほどよりも声量を抑えるが、その声音も表情も変わらない。

 「だって、いつも家の中では飽きてしまいますもの」

 そう言って目線を落とせば、舌打ちするイザーク。

 「もう、いい。・・・何で来たんだ?」

 自宅からここまで、車を使えば30分はかかる。電話してからちょうど40分程でここに着いたのだから、恐らく車であろうことは予想できる。

 「タクシーで。いけなかったかしら?」

 上目遣いでそう尋ねると、イザークはバツが悪そうにそっぽを向いた。

 「いや、歩いて来られるよりマシだ」

 その反応に一つ笑みをこぼすと、キラは突然イザークの腕に自らの腕を絡ませた。

 「・・・・・なんのつもりだ?」

 「夫婦のつもり、ですわ?」

 憮然と睨み返すイザークに、キラは気にする素振りを見せずにそう返す。

 「タクシーを呼んでくる。離せ」

 しかしそう言って前を向くイザークに、お茶でもご一緒しません?と尋ねたが、忙しいとの理由であえなく却下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクシーは案外早くつかまり、夫婦水入らずの時間はすぐに終わりを告げた。

 「夕飯には戻ってくるんでしょう?今日は何がいいかしら?」

 食事を作るのはメイドの仕事だが、リクエストを叶えることくらいはできるだろうと問う。

 しかし、返答は実に寂しいもので。

 「いや、今日は接待があるから夕飯はいらない。メイドにもそう言っておいてくれ」

 そう言って、名残惜しむことなく早々にまた高層ビルの中に消えていった。

 「・・・・・・・・・・」

 聞こえるのは、目の前の道路を走る車の走行音と、人々の喧噪、そして強くも弱くもない風の音だけ。

 キラは静かに、タクシーに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今夜、お友達と約束があるのですが、出かけてもよいですか?」

 まるで鳥の囀りのように澄んだ声は、なんの滞りもなく受話器の向こうに届く。

 『ああ、構わないさ。俺も今日は会社の接待で遅くなるから』

 受話器の向こうから聞こえてきた声もまた、なかなかの美声である。

 「わかりましたわ。私が遅くなっても、拗ねないでくださいませね」

 笑いを含んだ声に、さあ、それはどうかな?などと冗談交じりに返す。

 「ふふ・・・ではまた」

 『気をつけて』

 そうして通話を切ると、忽ちのうちに全身の力が抜けていった。

 「・・・これで、いいのですね?」

 その問いは誰に向けられたものなのか。それを知る者は、本人以外誰もいない。

 今日も長い夜が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

皆様、ご無沙汰しております奏織です。

仮休止ということで、しばらく休んでいましたが、ちょっと戻ってくることにしました。

・・・・・が、本当に申し訳ないです。

帰ってきて早々このような作品をお見せすることになるとは・・・orz

でも一応『狂愛』ですから。その辺はこう、大目に見てあげて下さいな。。。

それではまた次の話で。












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