どうしよう・・・。

 それだけが、心の中に渦巻く。

 気まずいと思いながらも、アスランの家に帰ってきたキラは、未だ夢の中の息子の、亡き夫と同じ銀の髪を撫でていた。

 カルトはそれが心地良いのか、まだすやすやと眠っている。

 未だ、太陽は顔を見せない。

 だが、一向に帰ってくる気配のないアスランに、キラは内心不安を覚えた。

 だがそれは、すぐに頭を振ることで消して、カルトの寝顔を見つめた。

 自分がこの子を見ていなくても、この子は泣き言一つ言わない。

 それがかえって痛々しく、キラに罪悪感を感じさせるのだ。

 だがそれでも、止められない『復讐』。

 あの男を苦しめる為に、やってきた行為。

 それは母親として、あるまじき行為でもある。

 きっとイザークも、こんなことは望んでいない。

 望んでいるのは、自分だけなのだから。

 あの男を苦しめなければ、気がすまないのだ。

 今ものうのうと生きているあの男が、アスランが、どうしても許せない。

 許せない、はずなのに。

 彼がまだ帰らないことに、言いようもない不安が沸き起こる。

 どうしてこんなに、不安なんだろう。

 ふと感じる、焦燥感。

 まさか、事故にあったのでは。

 それとも、仕事場に行ってしまったのだろうか。

 アスランは既に、二週間前から職場復帰している為、直接行ってしまったのかとも思った。

 そうだ。

 何も、心配することはない。

 そもそも何故、自分が彼の心配をせねばならないのだ。

 ああ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 いろいろな考えが、渦巻く。

 考えがまとまらない。

 きっと、あまり寝ていないせいだ。

 キラはそう思い至ると、静かにカルトの枕の直ぐ傍に腕を乗せ、顎を預けた。

 静かに襲い来る、睡魔。

 キラはそれに抗うことなく、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 キラと別れて、なんとなく帰りたくなくて、アスランはそのまま職場に向かった。

 まだ朝早いということもあって、消防士たちはまだ来ていないか、仮眠室で睡眠をとっているかだ。

 アスランは自分の机に行き、そのまま突っ伏す。

 なんだか、頭の中がごちゃごちゃだ。

 キラは全て、知っていた。

 カルトをイザークだと思い込んでいるように周りに思わせたのは、自分を苦しめる為だと言う。

 一体、そんなことをして、どうやって自分を苦しめるというのか、アスランには皆目見当もつかなかった。

 確かなのは、キラが自分を憎んでいること。

 そして、キラに憎しみを抱かせたのは、紛れもなく自分だという事実。

 これではイザークに申し訳が立たない。

 だがそれでも、自分がキラを思う気持ちは変わらない。

 ずっとずっと、変わらないこの恋心。

 きっと一生、消えることはないだろう。

 イザークには悪いと思いつつも、最早自分の気持ちを隠し通せるほど、アスランは我慢強くはなかった。

 十分な、時間。

 それでも褪せることのなかった『好き』という気持ち。

 彼女を手に入れたい。

 自分のモノにしてしまいたい。

 そんな貪欲な自分が、最近になって顔を出し始める。

 否、自分が気付かなかっただけで、もっと前からそのような気持ちがあったのかもしれない。

 ただ昔は、それを抑える『イザーク』という存在があっただけで。

 今は、彼はいない。

 けれどキラの心の中には、いるのだ。

 それこそが、彼女がアスランを憎む理由だから。

 アスランはそんなことを考えながら、徐々に眠りに落ちていく。

 取り敢えず頭を休めようと、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い光に、眩しさを感じる。

 それに不快を感じたのか、キラは眉を寄せながらもゆっくりと目を開けた。

 「ん・・・・・もう、朝・・・?」

 目を擦りながら呟き、傍らのカルトに視線を移す。

 ふと、どこか違和感を感じる。

 カルトの小さな頬が、いつもよりも赤みがかっているような気がするのだ。

 キラは徐々に湧き上がる不安に、何とはなしにカルトの額に掌を当てた。

 「・・・熱い・・・・・」

 どうやらカルトは、熱を出してしまったようだ。

 そう思い至るなり、キラの行動は早かった。

 洗面所に行き洗面器に水を張り、その中に氷を入れて濡らしたタオルを側面にかける。

 早足でそれをカルトの眠る部屋に置き、すぐさま台所へ向かう。

 そこで氷枕を作り、タオルで巻く。

 アスランには悪いが、勝手に救急道具を漁らせてもらい、熱に利く薬を探し出す。

 吸飲みに水を入れ、氷枕と薬も手に持ち、カルトの元に戻る。

 先程よりも熱が上がってしまったのか、カルトはとても辛そうだ。

 キラは急いでカルトの頭の下の枕を氷枕とすり替え、額にひんやりと濡れたタオルを当ててやった。

 まだ起きそうにないから、薬はまだやれない。

 病院に連れて行ったほうが良いかもしれない。

 だが今、キラにそんなお金があるはずもなく。

 ハッと思いついたのは、アスランの職場に連絡を入れることだが、今朝のこともあり、キラは頭を振った。

 取り敢えず、薬を飲ませて様子を見よう。

 キラは兎に角、カルトの傍を片時も離れずに看病しようと誓った。

 若しかしたら自分が、余計なストレスを与え続けていたからかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ朝の七時になる。

 未だ苦しそうな呼吸を繰り返す我が息子を、やりきれない瞳で見つめるキラ。

 先程、あまりに苦しそうなカルトを見かねてエザリアに連絡を入れたが、どうやら彼女は海外に出張中らしく、頼ることはできな

い。

 こうなったら、やはりアスランに連絡を入れるしかないのだろうか。

 考えてみれば、先日の火事で財産はもちろんのこと、保険証まで焼けてしまった。

 普通の家庭よりも幾分か貧乏な暮らしであったキラたちの家には金庫のようなものはなく、必然、小さな箪笥の中にしまっていた

ことから起きた惨事である。

 だがこの際、いくらかかってもいい。

 息子を助ける為なら、なんでもしたいと思う。

 そう思い至るなり、キラはアスランの職場に電話しようと立ち上がる。

 隅に備え付けられた電話の受話器を手に取り、ボタンを押していく。

 電話番号は、アスランが職場に復帰する時、何かあった時の為にと教えてくれたのだ。

 何回かのコール音の後、はい、と向こう側から聞き慣れぬ声が聞こえた。

 「あ、あの・・・ぼ・・・私、アスラン・ザラさんにお世話になっている、キラ・ジュールという者なんですが、ザラさんは?」

 緊張の為か、少々声が震えてしまう。

 『ああ、アスランならさっき、現場に行きましたよ。あともう少し早ければ、まだいたんですが・・・』

 向こう側のどこか戸惑う声に、キラはそうですか・・・と力なく返す。

 そして、またどこかで火事が起きているのだと思うと、なんともいえない気持ちになるのだ。

 火事で亡くなる人がいなければいいと、キラは本心で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 用件を伝えておいてくれるという電話の向こう側の人物の声に、キラは結構です・・・と答えて受話器を戻した。

 やはり、アスランには迷惑をかけられない。

 取り敢えず、カルトの熱が下がるのを見守ろう。キラはそう思い至り、カルトの傍に座った。

 上気した頬に、滲んでいる汗。

 キラは丁寧にそれを拭ってやる。

 タオルを濯ぎ、またカルトの額に当ててやる。

 そんなことを繰り返すうちに、時刻は既に十二時を回っていた。

 もうそろそろ昼時だ。

 だが、カルトは未だに寝ている。

 腹も空いているわけではないし、抜いても大丈夫だろうとキラはカルトの看病を続けることにした。

 そうして一時を回った頃、電話が鳴った。

 キラは誰だろう?と思いながら、電話を取りに立ち上がる。

 受話器を取り、はい・・・と声を発すれば、何故だかなかなか帰ってこない返事。

 キラはそれに訝しみ眉根を寄せるが、それは危惧に終わる。

 『・・・・・ぁ、キラ・・・?』

 その声は、朝の一件から会話をしていないこの家の主であり、キラの憎む男、アスラン・ザラのものだった。

 「・・・・・アスラン・・・・・」

 ポツリ、と返すと、アスランは躊躇いがちに口を開いた。

 『あ、その・・・俺に、電話をくれたみたいだから、気になって・・・』

 彼にしては珍しく、歯切れの悪い声にキラは苦笑する。

 そしてそんな自分に、驚いた。

 「ごめん、仕事中に」

 内心では自分の言葉に驚きながらも、紡ぎだす言葉は止まらなかった。

 それどころか何故か、アスランと話していることに安心感を感じているのだ。

 どうしてだろう。

 自分は、彼が、憎いはずなのに・・・。

 キラはまだ、自分自身の気持ちに気付いていなかった。

 『それで、どうしたんだ?珍しいじゃないか、俺に電話してくるなんて』

 受話器の向こうから聞こえる声に、どうしてだか湧き上がる感情に、キラは頭を振って知らん顔をする。

 「うん、あの・・・実は・・・・・」

 そこまで言って、ふと言葉を止める。

 突然黙ってしまったキラに、アスランが首を傾げている様子が目に浮かぶが、キラはそんなことなど気にせずに思案する。

 彼に甘えていいのだろうか。

 確かに、彼は自分たちを世話してくれると言ってくれた。

 だが、生活費だけでも大変なのに、保険証もないのに病院に行ったら、相当辛いだろう。

 だからキラは、押し黙った。

 『・・・キラ、どうかしたのか?』

 尋ねてくるアスランに、なんでもないと返して、キラは向こうに見えるはずもないのに苦笑を浮かべた。

 「あの、さ・・・今日、何時くらいに帰ってくるの?」

 躊躇いがちに紡いだ声に、しばしの沈黙。

 キラはそれが長く続けば続くほど、不安に掻き立てられる。

 『・・・・・・・・・・ぁ、ああ。夕方には、帰れそうだよ・・・』

 戸惑いがちに返される答えに、キラはホッと息を吐いた。

 「そう・・・気をつけてね、アスラン」

 自然と零れた声に、今度こそ言葉を失うアスランに、キラはやはり苦笑を零した。

 「・・・じゃ、ね・・・」

 アスランの返事を待たずに、受話器を置いた。

 どうしてだろう。

 アスランと話すだけで、こんなにも胸が落ち着くなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャン、と音がして電話が切れる。

 アスランも、一呼吸置いてから受話器を置いた。

 「何だったんですか、用事って?」

 アスランは後ろから声をかけてくる同僚、シンを振り返った。

 「さあな」

 苦笑を浮かべながらそう答えると、席を立つ。

 「さあなって・・・。ていうかアスランさん、どこ行くんですか?」

 シンは訝かしみながらも、アスランの後について行く。

 「消防車の点検だよ」

 短く答えつつ、アスランは歩く速度をほんの少し速めた。

 「じゃ、俺も行きます」

 シンもそう言って、歩を進めた。

 アスランは自分の後についてくる後輩に苦笑を浮かべながらも、仕事熱心だなと感心する。

 それにしても。

 先程のキラの電話はなんだったのだろう。

 今まで、自分からキラに電話したことは何度かあったが、キラからということは一度も無かったのだ。

 何かあったのだろうか。

 だが、彼女は何でもないと言った。

 否、きっと何かあるのだ。

 しかし、それが何であるかは、アスランには想像できなかった。

 けれど何かある。それだけは、なんとなくわかる。

 アスランは、今日はなるべく早く帰ろう、とまた足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

キラの電話に出たのはきっと、ディアッカかニコルだったような気がします。











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photo by LOSTPIA

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