イザークが亡くなってから、丁度一ヶ月。 まだ夜も明けきらない、午前三時頃。 不意にドアが開く音が聞こえたような気がして、アスランはゆるりと目を開けた。 「・・・・・?」 気のせいか、と思おうとしたが、念の為確認しておいた方がいいだろうと、のそりと布団を捲って起き上がる。 片手で口許を覆い、大きく欠伸をする。 そうして向かったのは、隣のキラとカルトが眠る部屋。 二人を起こさないように、そっと扉を開ける。 しかしそこには、カルトだけしか眠っていなかった。 「・・・・・キラ?」 不思議に思って小さく名を呼ぶが、答える返事はない。 ハッと、先程のドアの開閉音を思い出す。 若しかしたら、外に行ったのかもしれない。 そう思い立つなり、アスランはカルトを起こさないように足音を忍ばせて外に向かった。 まだ太陽は顔を出さず、暗いままだ。 アスランは階段を下り、辺りを見回す。 すると、遠くの方にキラらしき人物の後ろ姿が見えた。 大きな声で彼女を呼べばそれで済むのだが、如何せん今は午前三時。 近所迷惑になってしまうので、アスランは仕方なくキラの後を静かに追った。 そのまま、彼女がどこに向かっているのかという好奇心に、追いつかない程度に、しかし見失わない程度に歩む。 そうして漸く辿り着いたそこは。 「・・・イザークの・・・墓・・・・・?」 アスランはポツリと、驚愕に目を見開きながらそう漏らした。 [ ジャリ、と地面の砂利が鳴る。 目の前にあるのは、愛する夫の墓。 自分の知らないうちに埋葬され、自分の知らないうちに埋められた。 けれど何故キラがその場所を知っているかといえば、イザーク本人から聞いたから。 結婚してからイザークの母に勘当されて、自分もキラもあの土地には埋めてもらえないだろうと自嘲していたから。 いつの頃からだろうか、代々ジュール家の人間はこの墓地に埋められることが決まっているのだ。 だからきっとイザークは、自分とこの墓地に埋められるのを当然だと思っていたのだろう。 けれどエザリアに反対されてからは、その思いは捨てたも同然だったに違いない。 それでもこの土地に埋葬してくれたということは、自分の言ったことも強ち嘘ではないのだろう。 今思えば、ジュール姓にしておいてよかった。 少しでもエザリアが、イザークとの繋がりを持てるようにと。 それでいいのだ。 もう自分は、イザークが愛していた『キラ』ではないのだ。 ただ復讐心に燃え堕ちて行く女など、きっと彼が生きていたら、即離婚だろう。 キラは自嘲を浮かべながら、とある墓の前に立ち尽くした。 Yzak Jule 正しく、彼の名前だ。 キラはそっとしゃがみ込み、まだ墨が入れられたばかりの溝をなぞる。 冷たい石の感触が、肌を刺すようだった。 頬が、濡れる。 ポタリと、地面に染みを作る。 冷たい地面に、へたり込む。 声を押し殺し、嗚咽を漏らさないようにする。 自分は泣いてない。 泣いては、いけない。 だってイザークに、言われたから。 泣くなって。 だから、泣かない。 泣かないって、決めたのに。 どうしてだろう? 止められない。 止め処なく溢れる涙は、地面を濡らし続けて。 キラはただ、涙を堪えるように唇を噛み締めた。 イザークに、会いたい。 今すぐにでも、会いに行きたい。 そしてずっと一緒にいたい。 けれど、あの子が。 カルトがいるから。 足を、動かせないのだ。 愛しいけれど、その存在は足枷でしかなくて。 けれどやはり、愛しくて。 まだ自分は、生きなければならないと、思えてくるのだ。 それでも夫との約束を破り続けるキラに、不意に後ろから砂利の鳴る音が聞こえた。 その音にハッと、キラは振り返った。 「・・・アス、ラン・・・・・?」 涙に濡れたアメジストには、驚きを隠しきれなかった。 どうして彼が、ここにいる・・・? 「・・・キラ・・・・・」 どうして彼は、そんな悲しそうな、哀れんでいるような目で見てくる・・・? 「君・・・・・」 ああ、そんな目で、見ないで・・・・・。 「・・・どうしたの?こんな朝早くに」 動揺を心の内に隠すように、小首を傾げて問う。 アスランは困惑しながら、眉を顰めた。 「いや、物音がして様子を見たら、君がいなくて・・・」 「それで、つけてきたの?」 アスランの言葉を遮って、彼の言葉の続きを紡いだ。 逡巡しながらも無言で頷くアスランに、キラは僅かに視線を逸らす。 「・・・そう・・・・・」 また、墓に向き直る。 素早く涙を拭い、そっと墓を、イザークの名前を見直した。 「・・・わかって、いたのか・・・最初から・・・・・?」 静かに、恐る恐る聞いてくるアスランに、キラは振り返らずに何のこと?と返した。 「・・・そこは、イザークの墓だ。最初からわかっていて、カル・・・・・」 アスランの言葉は、最後まで続かない。 何故ならそれは、キラに遮られてしまったから。 「何を言ってるの!?ここに・・・・・ここに、眠るのは・・・・・・・・・・」 躊躇ってしまう。 イザークの、墓前で。 ああ、自分はこんなにも弱いと。 見せ付けられたようだった。 「『カルト』、だとでも言う気か?あの時死んだのは、カルトだと・・・君は本当に、そう言うつもりか?」 躊躇するキラの言葉を継いで、アスランが続ける。 ああ、まだ、終ってはいないというのに。 「・・・そうよ。あの時、死んだのは、あの子よ!!」 まだ、まだ、この男を、苦しめてはいない。 まだ、足りない。 もっと、もっと、苦しめねば。 だがその思考は、突然の衝撃に消え去った。 一瞬、何が起こったのかわからなかった。 左頬が、熱い。 じわじわと、それは痺れから痛みに変わる。 キラは酷く緩慢な動作でそこに手をやる。この痛みは、以前病室で受けたそれと酷似していた。 「いい加減にしろ、キラ!!」 まだ夜も明けきらないというのに、構わず声を張り上げるアスランに、キラはただ呆然と彼を見つめるしか出来なかった。 「一体君は、どこまでカルトを傷付ければ気が済むんだ!?」 ビクリ、と身体が震える。 「あの子が今まで、どういう気持ちで君の傍にいたのか、母親である君がわからないはずがないだろう!?」 キラの両肩に手を置き、まるでカルトの辛さを代弁するかのような瞳でキラに訴える。 「自分を見てくれないことが、どれだけ辛いか・・・あの子はまだ二歳なんだぞ!!どうして母親が愛情を与えてやらない?どう してあの子をイザークと呼ぶ?どうして・・・」 「っわかったようなこと、言わないで!!」 問い詰めるアスランの言葉を、遮る。 「何も、知らないくせに・・・・・。誰も、僕の気持ちなんて、知らないくせに・・・・・」 その紫水晶から、透明な雫を零しながら。 ほんの少しだけ、アスランの手の力が緩んだ。 しかしキラはそれには気付いていないのか、そのまま言葉を続ける。 「どうしてあの子が生きていて、イザークがいないの!?どうしてイザークがいなくて、あなたがいるの!?ど、して・・・・」 激情のまま、アスランに言葉を叩きつける。 「憎いのなら、憎めばいいじゃないか」 しかし、キラとは裏腹に静かに響いた声。 「それほど憎いのなら、俺を憎めばいい。罵ったって構わない。気が済むまで殴ったって構わない。・・・いっそ、殺したって構 わない」 あまりに静か過ぎて、キラにはその言葉が意味するところをつかめずにいた。 そんなキラの心情を悟ってか、アスランは更に言葉を続けた。 「カルトを・・・あの子を苦しめるぐらいだったら、その憎しみを俺に向ければいい」 新たな涙がキラの頬を伝い、ポタリという音と共に地面を濡らした。 キラは濡れた瞳を隠すように、俯く。 「・・・う・・・よ・・・・・」 風よりも小さな声で、ポツリと呟く。 アスランは思わず、え?と聞き返す。 「っそうだよ!だから・・・君を苦しめる為に、僕は今まで嘘をついてた・・・」 アスランの瞳が、驚愕に見開かれる。 「・・・それは、どういう・・・・・?」 尋ねるアスランの声を遮り、キラは尚も続ける。 「だから僕は、カルトとイザークを入れ替えた!!・・・・・僕は、君が憎い・・・」 力なく上げた顔は、涙に濡れていて。 気付いたら、キラの細腕はあの火事の日と同じようにアスランの手に掴まれていた。 「・・・・・わかってる。君が、俺を憎むのは当然のことだ。だが、どうして・・・何故、カルトをイザークと呼ぶ必要があるん だ?俺にはそれが、わからない・・・・・」 キラ揺れる瞳を見つめながら、静かに喉を振るわせるアスランに、キラは一瞬、躊躇するような表情を浮かべた。 けれどそれも束の間、キラは懇親の力でアスランを押し退け、そこから走り去った。 アスランはキラを追うことも出来ぬまま、ただそこに立ち尽くした。 一体、キラは何を考えているんだ・・・? 心の中で、その疑問だけが渦巻いた。 あとがき アスラン、キラに手を上げてしまいました。でじゃぶ。 |
photo by LOSTPIA
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