なんだか気まずい雰囲気の中、三日が過ぎた。

 今日、キラは退院する。

 彼女の息子のカルトも一緒に。

 「それじゃ、よろしく頼みますね、アスラン君」

 そう言って頭を下げてくるエザリアに、アスランは先日のことを思い出す。

 エザリアが医者に話をしにいっている間に、アスランはキラに、退院後は家で暮らさないかと誘ったのだ。

 イザークが亡くなったばかりで不謹慎とも思うが、誰かが傍にいてあげた方がいいだろうとも思ったから。

 しかしそれは、まだ幼いカルトには重すぎるし、かと言ってキラの義母はというと仕事が忙しくて無理なのだと言う。

 その為、一番適任なのは、アスランなのだ。

 確かにアスランは、キラともイザークとも血の繋がりは全くない。

 繋がりがあるとしても、高校時代を共に過ごしたというだけで。

 それでも信頼してくれるエザリアに、アスランは小さく苦笑を浮かべた。

 「はい。あ、これ、俺の家の住所と電話番号です。何かありましたら、ご連絡ください」

 そう言いながら、ポケットに仕舞っておいた住所と電話番号を書いた小さなメモ用紙をエザリアに手渡す。

 「ええ。くれぐれも、身体に気をつけて」

 エザリアはキラに視線を向けながら言うと、二人を車の中へ誘った。

 アスランの家まで、エザリアが送る手はずとなっていたのだ。

 アスランも運転は出来るが、エザリアがこれぐらいさせろと言って聞かないので、仕方なしに彼女の好意に甘えることにしたの

だ。

 アスランはカルトの手を握り、もう一方の手をキラの肩に回して車の中にそっと誘った。

 高級車の為中は広く、三人揃って後部座席に座る。

 エザリアは助手席に座り、アスランたちがきちんと座ったことを確認すると、運転手へ出して、と命じた。

 車はゆっくりと、病院の駐車場から動き出す。

 

 アスランたちの新しい生活が今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 窓の外を、ぼんやりと見やる。

 ただ一点を見つめる。

 その視線の先に、大したものはない。

 ただ、ただ、微笑む女性と、男性。その間に二人に手を繋がれている、男の子。

 きっと、否、誰がどう見ても、家族だろう。

 羨ましい、とキラは思った。

 彼らはとても幸せそうで、楽しそうで。

 ギュッと、手を握る。

 そうしながら、目を自分の手に向ける。

 強く握っているせいで、白くなった手。

 左の薬指には、ピタリと填まったシンプルなプラチナリング。

 胸が、締め付けられる心地がした。

 苦しい。

 涙が零れそうだ。

 けれど、零さない。

 零してはいけない。

 ふと、服の裾が引っ張られるような感覚に、そちらに目をやる。

 するとそこには、愛して止まない夫との子がいた。

 カルト・・・。

 心の中だけで、名を呼んでやる。

 カルトは心配そうにこちらを見上げている。

 きっと、泣きそうな自分に気付いてしまったのだろう。

 しかしキラはカルトの心配げな瞳に甘えることはせず、ニコリと笑顔を作った。

 「どうしたの、イザーク?」

 笑顔の仮面を貼り付けて、本当の自分を隠す。

 カルトが、泣きそうな顔をしているのも無視して。

 キラは思わず、カルトをギュッと抱きしめた。

 「どうしたの、泣きそうな顔して?・・・僕は大丈夫だよ・・・・・イザーク」

 ビクリ、と肩を震わすカルト。

 込み上げる罪悪感。

 けれど自分がここで折れてしまえば、イザークに報いることなど出来ないのだ。

 まだ、『カルト』と呼んではいけない。

 まだその時ではないから。

 心の中で、一言。

 

 ごめんね、カルト。

 

 その声は誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分でも、残酷だと思う。

 けれどどうしても、許せないのだ。

 愛する夫を見捨てられた。

 その為に夫は、イザークは、命を落とした。

 まだ幼い息子を遺して。

 本当は、火をつけた放火犯が悪いのはわかっている。

 けれど人というものは、自分の目で見たことしか信じる事は出来ないから。

 こんな自分が、『人間』を語るのはどうかと思うけど。

 けれど、そうだと思う。

 結局人というものは、自分しか信じていないのだ。

 だからキラは、イザークはアスランのせいで逝ったのだと、自身に言い聞かせる。

 そうでもしないと、立ってはいられないから。

 生きては、いられないから。

 後を追おうとも、考えた。

 けれどそれは、幼い我が子を遺していくということで。

 勿論、カルトと共に他界するという手もあるが、キラは子供の未来を奪い取りたくはなかった。

 カルト一人、遺してはいけない。

 けれど独りでは、立っていられない。

 だから縋るモノを見つけた。

 憎しみという、モノを。

 キラは、アスランを憎むことで、自分の存在意義を示そうとしているのだ。

 心の中では否定していても、それは事実なのだ。

 アスランを罪悪感で苦しめて、苦しめて、苦しめて。

 そうすることで、この世に留まることに楽しみや喜びを抱く。

 それが本心ではないと気付き始めた自分を、無理やり心の奥底に押し込めて。

 そうでもしなければ、生きていけそうもなかったから。

 いつもそうなのだ。

 失ってから気付く。

 イザークを、こんなにも愛していたと。

 自覚させられたのだ。

 イザークがいないと、一人では立っていられないほどに。

 唯一キラの正気を留めるのは、カルトの存在だけだ。

 アスランに向ける憎しみがやがて狂気に変わっても、きっとカルトが止めてくれる。

 幼くても、しっかりとした子だ。

 こんな母親を、許して欲しいと。

 キラはそっと、カルトを見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 台所から響いてくる音に、キラは一瞬眉を顰める。

 ガシャン、という大きな音の後、うわぁ!?とかいうあの男の叫び声。

 それは、キラとカルトが今世話になっている男、アスラン・ザラの声だった。

 「・・・・・うるさい・・・」

 ぼそりとそう呟くキラの声に気付いたのか、傍らにいるカルトが不安そうに首を傾げた。

 アスランが台所に立ってから、かれこれ一時間ほど経っているのだ。

 それに、先程の大きな音。

 きっと彼は今まで、料理をまともにしたことがないのだろう。

 キラはそのことに思い至ると、溜め息を吐いて立ち上がった。

 「なんだか騒がしいから、見てくるね」

 カルトに微笑みかけながらそう言い、台所へと向かう。

 台所は狭く、人一人が丁度通れるくらいの広さのキッチンに入る手前で立ち止まり、キラはアスランを眺めた。

 頭上の棚に仕舞っておいたであろう鍋やらフライパンやらが、落ちてきたようだ。

 アスランは尻餅をついて、痛そうに頭を抱えていた。

 「・・・何、やってるの?」

 その声に気付いたのか、アスランはハッと顔を上げて驚いたようにキラを見た。

 「ヤ、ヤマト!?あ、ごめん、まだ出来てないんだ・・・」

 突然声を上げたかと思うと、すぐにバツが悪そうに俯くアスラン。

 「別にいいけど・・・。やろうか?」

 キラは溜め息混じりにそう言い、右手を腰に当てた。

 「え、でも・・・・・」

 断ろうとするアスランに痺れを切らしたのか、キラは思い切り眉を顰めた。

 「もう一時過ぎたし、お腹空いたし・・・・・イザークも、お腹空かしてるでしょう?」

 一瞬躊躇したが、イザークの名前を出す。

 アスランはほんの少し目を見開いたが、やがてごめん・・・と言って立ち上がった。

 「じゃあ、お願いするよ」

 そう言うなり、キラの横をすり抜けて居間に向かった。

 キラはそれに答えることなく、黙って昼食の準備を始めた。

 まな板には、皮を剥かれてはいるが、いびつな形をしたジャガイモと、極端に細い人参。その他にもいくつかの、どこかしら可笑

しな野菜たちを見る。

 「・・・・・にくじゃが?」

 ボソリとそう呟き、キラは水道の下方に放置されている残骸を見る。

 分厚い皮が、大量にあった。

 キラは更に深い溜め息を吐き、作業に取り掛かった。

 きっと彼は、掃除もまともに出来てないのだろう、などと心の中で思いつつ。

 そして数分後、あのいびつな野菜からできたとは思えないほど美味しそうな肉じゃがが、食卓に並ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん、美味い!!」

 箸で摘んだじゃがいもを頬張り、開口一番にそう漏らすアスラン。

 その隣のカルトも、美味しそうに黙々と食べている。

 「そう、よかった」

 キラは夢中で食べる二人に苦笑を零し、自分も食事に手を付け始める。

 結局あれから、キラが食事の仕度を全てしたのだった。

 「それにしても、料理、上手いんだね」

 口の中の物を飲み込んでから、アスランは嬉しそうに言う。

 「そりゃ、一応家事は毎日やってるから・・・」

 歯切れ悪く言うキラに、アスランはバツが悪そうにそうだよな・・・と返した。

 カルトは何も言わないが、手は止まっていて。

 何かに耐えるように、フォークを握る手にギュッと力を入れた。

 「あ、えと、次は、ちゃんとやるから・・・ごめん、こんなことさせて・・・・・」

 不安げに眉を寄せながら、キラを覗き込む。

 「いいよ。なんなら、僕が家事、してあげようか?」

 そう言って、小さく首を傾げる。

 「え、でも・・・」

 言葉を濁すアスランに、キラは箸先を皿につけた。

 「こっちはお世話になってる身だし、何かしないと、悪いでしょ?」

 だからやらせて、とキラは小さく微笑んだ。

 惚れた弱みというやつだろうか。

 アスランはそのキラの微笑に否と言えるはずもなく、首を縦に振るしかなかったのだった。

 「じゃ、決まりだね。あ、あと掃除とかもするよ」

 その言葉には、流石に是とは言えない。

 「いや、それはちょっと・・・」

 「どうせ掃除もろくに出来ないんでしょ?下手に掃除して、逆に散らかったりなんてしたらこっちが困るの」

 有無を言わせない満面の笑みで言われては、やはり否とは言えない。

 だが、ここは退いてはいけない。

 何せ、ここはアスランの家。

 当然、見られては困るものの一つや二つや三つや四つくらい、ある。

 だがそんなアスランの心の声を嘲笑うかのように、キラの笑顔に磨きがかかる。

 「大丈夫。そんな、プライバシーの侵害までしようとは思わないから」

 言いながら、キラは箸を置いてアスランの手に自分の手を添えた。

 上目遣いにこちらを見てくるキラに抗うことは出来ず、アスランは渋々ながらも頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、家事全般はキラがこなしていった。

 しかし、全てキラ任せにしては悪いと、買い物だけはアスランが行くことになった。

 因みにカルトはというと、保育園から幼稚園に通うことに決めたのである。

 元々、両親が仕事でいない為に保育園に預けられていたのだ。

 アスランはキラに、仕事はせずに休んでいて良いと言い、断る理由もないのでそれに甘えることにしたのだ。

 その為、カルトを遅くまで預ける必要がなくなったというわけだ。

 このことは、キラのことも思って、全てアスランが決めたことだった。

 カルトをイザークだと思い込んでいるキラを、慮って。

 カルトが少しでも傍にいた方が、きっと心も落ち着くだろうと。

 アスランはただ、自分の罪が少しでも償えればと彼女の幸せを想う。

 そしてキラたちがアスランの家に来てから、一ヶ月が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

エザリア様は仕事で多忙な為、アスランの申し出をこれ幸いと受け入れました。

キラはアスランを罪悪感で苦しめようと、復讐を企ててます。











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photo by LOSTPIA

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