未だ睨みあうエザリアとアスランに、キラは不思議そうに首を傾げた。

 困ったようなアメジストが二人を映すが、肝心の二人は全く気付かない。

 そのことに、キラは自分の存在がきちんと認識されているのか不安に思ってか、徐に口を開いた。

 「あの・・・何ですか、さっきから?イザークが、どうかしたんですか?」

 その言葉を聞いた途端、エザリアとアスランは同時にキラを振り返り、目を剥いた。

 しかしエザリアはすぐに困ったような、悲しそうな目を見せた。

 先程から彼女の言葉や態度を見ているうちに、なんとなくわかる。

 きっと彼女は無意識の内に、イザークが死んだことを無かったことにしているのだ。

 それはアスランも思ったことだった。

 高校時代から、キラとイザークは本当に幸せそうで。

 他人が羨むほどに、愛し合っていた。

 その片割れが突然死んだなど、受け入れるのは容易ではないはずだ。

 二人がそんなことを考えていると、またしても音をたてる、扉。

 そっと開けられるそれからひょこりと顔を出したのは、キラとイザークの息子、カルトだった。

 どうやら、軽い火傷程度で済んだようだ。

 しかし、起きていて大丈夫なのだろうかと、アスランは心配に思う。

 だが、そんな思いを吹き飛ばすほどのキラの言葉に、アスランは再度キラを勢いよく振り返った。

 「もう、どこに行ってたの、イザーク?お義母様も、ザラ君も、まるで君が死んだみたいに言うんだよ?」

 苦笑を浮かべながら言うキラ。

 カルトは、どうして母親が自分のことを父の名前で呼ぶのか理解できず、困惑するばかりだ。

 「どうしたの、その包帯。どこか、怪我したの?」

 ベッドから起き上がり、まるで眼中にないとばかりにエザリアをすり抜けてカルトの方へと向かう。

 そっとカルトの、包帯を巻かれている腕に手を添えて心配そうに瞳を曇らした。

 「大丈夫?痛いの?」

 そう言って覗き込んでくる母は、いつもの母だ。

 「うん、平気だよ!」

 だからカルトは、満面の笑顔でそう答えた。

 母が、自分を心配してくれている。

 倒れたと聞いて心配していたが、どうやら元気そうで、安堵したのだ。

 「?イザーク、どうかした?口調がいつもと違うけど・・・」

 そう言って、カルトの頬に手を当てるキラ。

 幼い子供の心にショックを与えるには、充分なことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Y


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヤマト・・・・・」

 思わず唇から零れた声は、落胆を如実に物語っていた。

 「・・・ところで、どうしてザラ君は、ここにいるの?僕たち確か、卒業式以来だよね?」

 カルトから視線を外し、今度はアスランを見やる。

 彼女には、何故アスランが自分のところに来ているのか理解できていないのだ。

 少なくともアスランにはそう感じられた。チクリと、心が痛みを訴えたような気がした。

 「え?あ、ああ・・・ちょっと、な」

 どう返していいのかわからないアスランは、言葉を濁す。

 まさか彼女は、イザークを亡くしてしまったショックに、記憶を無くしてしまったのではないかと、アスランの心に不安が渦巻

く。それと同時に、どうしようもない遣る瀬無さに駆られた。

 「?そう・・・」

 怪訝そうに首を傾げるキラに、アスランは背筋が凍るのを感じた。

 少なくともキラは今精神が不安定なのだと、彼は必至に自分に言い聞かせる。

 その原因は、言わずもがなイザークの死であり、そしてそれを招いたのは他でもない自分なのだ。

 これ以上彼女を傷付けるようなことを、如何して言えよう。

 「私に話があるのよ。そうでしょう、ザラ君?」

 そんなアスランを見兼ねてか、エザリアが助け舟を出した。

 「え?あ、はい・・・」

 アスランは一瞬何のことか測り兼ねたが、すぐに助けてくれたのだと気付き返事を返す。

 それに、今を凌ぐ為であっても、話があるのは本当だ。

 それは勿論、キラのことで。

 「ここではなんですので、外で話しましょう」

 そう言うアスランに頷いたエザリアは、キラを一瞥する。

 「あなたは寝ていなさい。・・・また来るわ」

 そう言い残して、エザリアはその場を去ろうとするが、ふとカルトの姿が目に入る。

 目に一杯の涙を溜めて、けれど母を心配させまいと堪えている。

 エザリアは深い溜め息を吐き、あなたも来なさい、とカルトに手を差し伸べた。

 「イザークも、行っちゃうの?」

 ふと聞こえたキラの声に、カルトの肩がビクリと震えた。

 アスランは、そんなカルトの様子に再び胸が痛みを訴えたのに気付いた。

 キラがこのような状態になってしまったのは自分のせいなのに、その矛先はカルトに向いた。

 ああいっそ、自分を口汚く罵ってくれればいいのに。

 子供に罪は無いのに、こんなにも悲しい顔をさせている。

 そう、これらは全てあの時、自分が意味のなく迷っていたから。

 仕事を優先すべきなのに、いつもはしない逡巡を、してはいけない場面でしてしまったから。

 最早アスランは、言葉を紡げなかった。紡ぐべき言葉が、浮かんでは来ないのだ。

 「・・・直ぐに戻ってくるわよ。だからそれまで、待っていなさい」

 そう付け足して、エザリアはカルトの手を引いて病室を出て行った。

 アスランもともすれば床に縫いつくほどに重い足を動かしてそれに倣い、病室にはキラが一人取り残された。

 キラの瞳は先程とは違い、どこか後悔の念を思わせるような色をしていた。

 「・・・・・ごめんね、カルト」

 全てはイザークの、為だから。

 その声は小さく響き、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガコン、と缶コーヒーが降りてくる音がして、エザリアはそれを取り出してアスランの方に歩み寄った。

 何かを考えるように一点だけを見つめる彼に、冷たいそれを手渡した。

 「どうぞ」

 「・・・・・ありがとう、ございます」

 すぐに思考をやめ、アスランは短く礼を言って黙って缶コーヒーの口を開けた。

 小気味よい音が響いたと同時に、それを口に運ぶ。ほろ苦い味が口内全体に広がり、アスランは目が覚めた心地がした。

 二人はそれっきり、口を開こうとしなかった。

 その代わりと言っては何だが、二人の視線は同じところに向いていた。

 そこには、壁際のソファに膝を立てて体育座りをして俯いている、まだ幼い少年の姿があった。

 先程エザリアが缶ジュースを買って手渡したが、未だ手をつけずにいるようだ。

 「・・・・・本当に、申し訳ありませんでした。私がもっと早く、助けていれば・・・」

 アスランは悔しそうに唇を噛み、苦々しくエザリアに言葉を投げかけた。

 「・・・あなたのせいではないわ。悪いのは、放火した犯人でしょう?さっきは酷いことを言って、ごめんなさいね」

 そう言って、先程キラの病室で彼に言ったことを後悔した。

 激情のままに、言葉をぶつけてしまった自分が、恥かしかった。

 「いえ・・・。消防士なのに、人を救えないなんて・・・・・」

 そう言ってアスランは、自分の手を見下ろした。

 彼を、キラの愛する夫を助けられなかった、自分。

 どうしてこんなにも無力なのだろうと、アスランは自分自身に嫌気が差した。

 「あの子に、運がなかっただけよ。それよりも今は、キラさんと、カルトのことが心配・・・」

 エザリアはそう言いながら、溜め息を吐いた。

 それを見てアスランはふと、自分に何かできることはないかと考えを巡らした。

 自分のせいでこうなったのならば、せめて自分の手で彼女たちを救いたいと。

 たとえそれが傲慢なことだとわかっていても、黙ってなどいられなかった。

 そうして思いついたそれは、イザークを踏み躙るような内容でもあるような気がしたが、構わずエザリアに言った。

 「あの・・・。私に、彼女の面倒を見させてください。イザークが・・・彼がいない分は、俺が補います。彼には及ばないだろう

けど、私も何かしたい。どうか、お願いします」

 アスランは真摯に頭を下げ、エザリアに請うた。

 その誠意を買ったのか、エザリアは小さく苦笑を浮かべた。

 「あなたがそれでいいと言うのなら、私は構わないわ。イザークもきっと、その方が安心よ」

 その返答に、パッと見るからに嬉しそうに顔を上げるアスランに、エザリアは苦笑を深めた。

 「実はあなたのこと、ずっと以前から知っていたのよ。高校時代、あの子と同じクラスだったでしょう?キラさんの話もよく聞い

たけど、それと同じくらい、あなたの話も聞かされたわ。久しぶりに張り合える相手がいるって、勉強も頑張ってて・・・。今思え

ば、あの頃のあの子の成績は、あなたのお蔭なのよね。イザークがお世話になったようで・・・今更だけど、感謝するわ」

 懐かしそうな笑顔を浮かべ、過去を振り返るエザリア。

 彼女と同様、アスランもあの時を振り返っていた。

 最早遠い記憶の話であるが、そういえば何かと言っては突っ掛かって来たような気がする。

 今思えばとても滑稽な話だが、それでもどこか懐かしくて、嬉しささえ込み上げてきた。

 ふとあった視線に、エザリアとアスランは二人で笑い合った。

 自分の父親の話だと判っているのか、いつの間にかカルトが自分たちの傍まで歩み寄って来ていたことに気付いたアスランは、そ

っと両手を差し伸べてカルトにおいでと言う。

 一瞬首を傾げたカルトだったが、直ぐに笑顔を作り、アスランの胸の中に納まった。

 「随分懐いてるみたいね」

 驚いたように言うエザリアに、アスランは苦笑を浮かべながら答えた。

 「どうでしょうかね。この子が一番こうされたいのは、きっとキラさんではないでしょうか・・・」

 そう言ってアスランは、自分の服にしがみ付くカルトに目をやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、エザリアは医者と話をしてくると言って、アスランにキラとカルトのことを任せて行ってしまい、アスランはカルトを

連れてキラのところへ戻った。

 ガラリ、と扉を開ければ、満面の笑みでお帰りなさいと言うキラに、罪悪感が募る。

 「・・・・・」

 しかし、笑顔で手を差し伸べてくるキラに対し、アスランと手を繋いでいるカルトはアスランの手を離そうとしない。

 「?どうしたんだ、カルト?」

 キラには聞こえないように、小さな声で問う。

 するとカルトは、しばしの間の後に小さく首を横へ振る。

 そして渋々といった体で、アスランの手を離してキラの元に歩み寄る。

 だがアスランは気付いていた。

 カルトの手が、震えていたことを。

 きっと怖いのだろう。

 つい数時間前までは、自分を見ていてくれていたのに、今ではその面影はない。

 自分を見てくれないキラ。

 まるで自分が、この世にはない存在のように思えてきて。

 自分は要らない子なのではないかと、錯覚してしまうのだろう。

 アスランはなんとなくカルトのその心情を察し、彼の後を追った。

 「ザラ君・・・・・まだ、帰ってなかったの?・・・仕事は?」

 どうしてだろう。その声音はどこか、憎悪さえ含んでいるような気がした。

 だがアスランはそれに気付かないふりをして、無理やり笑顔を作る。

 「ああ。しばらく、暇を貰ったから」

 アスランのその返答に、キラは残念そうでも嬉しそうでもなく、ただ淡々と、そう・・・とだけ返した。

 その様子に違和感を感じたが、やはり無視をする。

 カルトもその違和感を感じ取ってはいたが、やはり知らん顔をする。

 もしそれが確信に変わったら、彼女が、母親が、いなくなってしまうような気がしたから。

 父親と、同じように。

 アスランはそっと、自らを責めるように拳に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「診たところ異常は見当たりませんが、二、三日様子見ということで、入院してもらいます。お孫さんの方も軽症ですし、問題は

ないでしょう。なんでしたら、同室にしましょうか?その方が、精神的にも良いと思いますが」

 医者の許に話をしに行ったエザリアは、キラのことを話した。

 だが、帰ってくる答えは、特に異常はないというもので。

 「そう、ですか・・・では、お願いします」

 医者を疑う理由もないので、取り敢えず頭を下げて義理の娘と息子の唯一無二の忘れ形見である孫のことを任せることにした。

 「わかりました。・・・・・ですが、もしかすると・・・」

 にこやかに返事をした後、医者は何かを思いついたように口を開いた。

 「え?」

 エザリアは顔を上げ、医者を見る。

 彼女の顔には、どこか期待しているような表情があって。

 それを裏切ってしまうかもしれないと、医者は敢えて口を噤んだ。

 「・・・いえ。何でもありません。お大事に」

 そう言って、エザリアを廊下へと誘う。

 「それでは、失礼します」

 丁寧に言って去っていくエザリア。

 その後姿を見つめる、医者。

 もしかしたら、の言葉の続き。

 医者はまた、それを心に思い浮かべた。

 だが直ぐに頭を振り、それはないと否定する。

 あんな優しそうな女性が、そんなことをするはずがないと。

 医者という立場上、否定をするというのは間違っているのかもしれない。

 だが、一人の人間として、その可能性だけは否定したかった。

 医者はまた一つ頭を振り、手元のカルテに目を通し始めた。

 脳裏に過ぎる可能性を、払拭するかのように。

 だがそれはなかなか消えず、考えれば考えるほど大きくなるばかりで。

 医者は一つ、大きな溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

イザークはアスラン達と同級生ですが、留年しているだけです。











X/top/Z





photo by LOSTPIA

ブラウザを閉じてお戻りください。