「おい、アスラン。署長がお呼びだぜ?」

 あのアパートの消火作業も終わり、一先ず戻ってきたアスランは、先程一緒に仕事を共にしたディアッカに呼び止められた。

 「?ああ、わかった。すぐに行く」

 首を傾げながらも、取り敢えず頷く。

 そうして着替え終わり、署長室に向かう途中、アスランはあの家族のことを思う。

 イザークは大丈夫だろうか、とか。

 彼らの子供の状態はどうなのだろうか、とか。

 それでも、ヤマトがずっと付きっきりなのだろうな、などと予想できる自分がどこか滑稽で。

 アスランは小さく、自嘲を零した。

 やはりまだ自分は、彼女のことを忘れられないのかと。

 そうこうしているうちに署長室の前まで来ると、アスランはコンコンと扉をノックする。

 「アスラン・ザラです」

 「・・・入りたまえ」

 自分の名を言うと、即座に帰ってくる声に、失礼します・・・と言ってノブを捻った。

 中に入ると、丁度正面の奥の方にある黒い椅子に悠然と腰掛けている男性がこちらを見据えていた。

 「お呼びでしょうか、署長?」

 そう声をかけると、ああ・・・と声が帰ってくる。

 もう見慣れたが、この消防署の署長は何故か顔面の上半分を覆う仮面をしている為、表情を読み取るのが少々難しい。

 「少し、気になる話を耳にしたのでな・・・」

 そう切り出してきた署長、ラウ・ル・クルーゼは、徐に椅子から背を離して机に両肘をついた。

 窺えない目に、何故だか恐れを感じ、アスランは息を呑む。

 「君は、炎を舐めているのかな?」

 「・・・は?」

 思わず漏れた間の抜けた声に、心の内で叱咤する。

 「聞けば、消防車を途中下車して先に現場に着いたはいいが、勝手に現場に乗り込んだ挙句、隊員の声も聞かずに炎に近付いたそ

うではないか?私には、舐めているとしか思えないのだがね、アスラン?」

 両手の甲で顔を支えるラウに、それは・・・と歯切れ悪く返す。

 「あの場合、渋滞で現場に着くのが遅れてしまい、他の隊員を待っているほど、余裕などなく・・・・・」

 「君の言うこともわかる。だが、チームワークを乱したという事実は変わらんだろう?」

 アスランの言葉を遮るラウの声に、アスランはハッと息を呑む。

 「っ申し訳、ありません・・・」

 深々と頭を下げるアスランに、ラウは冷ややかに頭を上げろと言う。

 「しばらく休んで頭を冷やすといい、アスラン・ザラ。・・・休むことも、大切だ」

 そう言って、もう話は終わりだとでも言うように、机にある書類に目を通し始めるラウ。

 アスランは躊躇いながらも、クビじゃないだけマシかと開き直り、判りましたとだけ言ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

X


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 とても、とても、悲しい夢。

 愛しくて、愛しくて、堪らないイザークが。

 綺麗で、真っ直ぐな銀糸を靡かせて。

 僕に背中を向けて。

 一度も、振り返らないで。

 何度も、何度も、彼の名前を呼んだけど。

 声が嗄れるくらい、必死に叫んだけど。

 イザークはただ、前を目指すだけ。

 追いかけようとしても、足が全く動いてくれなくて。

 手を伸ばしても、君は既に、僕の手が届く処にはいなくて。

 言い知れない孤独に、涙が零れた。

 どうして?

 どうして振り返ってくれないの?

 どうして振り返って、僕のところに来てくれないの?

 どうして僕から離れていくの?

 どうして?

 どうして・・・?

 疑問の渦に巻き込まれていく自分にも気付かず、ただイザークを呼ぶ。

 

 『泣くな』

 

 一瞬、声が聞こえたような気がして、目を見開いた。

 そこには、渇望したイザークの顔。

 けれどそこには笑顔なんてなく、どこか寂しそうだった。

 

 『カルトを、頼む』

 

 視界一杯に広がる白銀に、温もりを予測したけれど。

 あるのはただ、孤独のみ。

 

 心の中にぽっかりと、大きな穴が開いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと目を開けば、眩しいくらい白い天井。

 キラは荒く息を吐きながら、言いようのない孤独感に疑問を抱く。

 どうしてこんなに、寂しいのだろうと。

 悪夢を見たのだろうか、額には汗が滲み、頬には涙の痕が残っている。

 だが、その悪夢の内容までは覚えていない。

 キラはふと、ここがどこなのか疑問に思った。

 真っ白な天井に、カーテン。ベッド全体や壁までも、全て白に染められた部屋。

 恐らく、病院かどこかの医療施設であろう。

 しかし、何故?

 寝る前の記憶が、全く思い出せない。

 キラは身を起こしながら考える。

 どうしてだろう。思い出してはいけないような気がする。

 けれど、思い出さなくてはならないような気もする。

 二つの思いが、キラの中で交錯する。

 そして勝ったのは。

 「あ・・・ぁ・・・・・・・・」

 キラの瞳は見開かれ、焦点を定めておらず、唇を戦慄かせる。

 「ど・・・・・し、て・・・・?」

 ポロリ、と自然と零れた涙を拭うこともしないまま、それは後から後から頬を伝う。

 ゆるゆると首を横に振り、全てを遮断するかのように両手で顔を覆う。

 違う。

 そんなはずはない。

 ずっと一緒にいると、約束したではないか。

 一生を共に過ごし、それを終える時も一緒だと。

 そうだ。

 彼は死んでいない。

 死ぬはずがない。

 自分を置いて、逝く筈がないではないか。

 

 キラの唇に、狂気とも見紛うほどの笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツカツカツカ・・・・・。

 ヒールが床に当たる度に、音が白い廊下に響き渡る。

 黒のショルダーバッグを肩に掛け、ルージュに色付いた唇を噛み締めながら、プラチナブロンドをショートカットにした女性は、

とある病室へと向かっていた。

 その足取りは怒りを含んでいるようで荒々しく、看護士たちは皆思わず道をあけてしまう。

 そうして漸く目的の病室の前に立ち、思い切り扉を押し開く。

 素早くその身を病室の中に滑り込ませ、後ろで響く扉の閉まる音を聞きながら、目の前のベッドで横になっている人物を睨み据え

る。

 開け放った窓からふわりと届く風に、その鳶色の髪を微かに揺らしながらその人物は徐に振り向いた。

 そして目が合った途端、微笑みを向けられた。

 まるで無垢な子供のように。

 無邪気で、純粋で。

 そんな微笑みを、浮かべたのだ。

 「・・・・・っあなた・・・」

 両拳を、血が滲むくらい強く握り締める。

 あまりに唇を強く噛み締めてしまった為に、紅が赤に染まった。

 「来てくださったんですね、お義母さん」

 そう言って笑みを深める女性は、自分の息子の嫁で。

 けれど息子はもう、この世にいない。

 先程、この目で確認してきたばかりなのだ。

 真っ白な布で隠された息子の死に顔を、そっと覗き見た。

 どうして、と。

 どうしてこんなにも早く、逝かなければならないのだと。

 意地を張り続けてきた自分を、責めた。

 しかし。

 一番責任を感じるべき人間が、何故今このような笑みを浮かべることができるのか。

 その笑みに、自分も、イザークも、侮辱されているような気がして更に怒りを募らせる。

 「キラさん、あなた、どうして笑っていられるの?そんなに、イザークが・・・あの子が逝ってしまったことが、嬉しいの!?」

 地を這うような声に、自分自身驚いてしまう。

 しかし、今はそんなことなど気にしていられない。

 「全部、あなたのせいよ・・・・・あなたさえいなければ、あの子は今も、生きていたのに・・・」

 熱くなる目頭に、遣る瀬無さが募る。

 自分の事は棚に上げて、彼女ばかりを責める自分自身に嫌気が差すのをわざと無視して。

 だが一方目の前の嫁は、訳がわからないとばかりに不思議そうに首を傾げるばかりだ。

 それがまた、神経を逆撫でする。

 ヒールを地面に打ち付け、キラに近付く。

 そして、彼女の胸倉をきつく掴んだ。

 「どうしてあなたが生きてるの!?どうして・・・・・?・・・返して・・・・・」

 ああ、もう叶わないというのに。

 「返してっ!!あの子を返してよぉ!!」

 キラの胸倉を掴んだまま、項垂れて泣き叫ぶ。

 だがキラは、悪びれもなくこうのたまった。

 「お義母さん?何を言ってるんですか?あの子って、一体・・・・・?」

 「・・・なんですって・・・・・?」

 エザリアは、徐にキラを見上げた。

 

 何を、言ってるんだ、この娘は。

 

 腹の底が煮え繰り返る心地がした。

 相変わらず不思議そうに、こちらを見上げてくるキラに、全身もが震えてくる。

 

 気がついたら、キラの白い頬を叩いていた。

 パチンっ・・・・・と乾いた音が、病室に大きく響いた。

 キラは何が起きたのかわからないとばかりに目を見開き、打たれた左頬に手をやる。

 「・・・・・っふざけないで!!」

 顔を勢いよく上げて、声を張り上げる。

 「しらばっくれないで・・・・・あの子は・・・イザークは・・・あなたのせいで死んだのよ!?それなのに・・・・・」

 怒りを通り越して、縋りつくように。

 エザリアはキラに、言葉をぶつける。

 だがそれは、途中で遮られた。

 コンコン、と遠慮がちなノック音がしたからだ。

 エザリアとキラは、徐にそちらに目をやった。

 そして、そっと開かれた扉の向こうには。

 「失礼、します」

 深々と頭を下げながら言葉を紡ぐ、男性。

 その男性は顔をあげ、エザリアをその翡翠の瞳に映してもう一度頭を垂れる。

 「アスラン・ザラ、と申します」

 訝しげに顰められるエザリアの眉根に、アスランは言葉を続けた。

 「この町の、消防士です。この度は本当に、力及ばず、申し訳ありませんでした・・・。ご愁傷様です」

 そう言って、再び深く頭を下げるアスランに、エザリアは怒りを覚えた。

 「貴方が・・・・・イザークを助けられなかった、無能な消防士ね・・・」

 冷たい言葉。

 無理もない。

 たとえ数年間離れていたと言っても、一人しかいない愛息子が他界したばかりなのだ。

 アスランは込み上げる遣る瀬無さに、拳にそっと力を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

エザリアさんとクルーゼ隊長登場。











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photo by LOSTPIA

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