ゴオォ・・・・・と、炎が唸る音が不安を掻き立てる。 イザークはその中を額に右手を翳しながら進む。 ややあって、目的の部屋に着く。 既にアパート内は炎に飲まれていて、ここにいるだけで火傷しそうだ。 それでも、足を止めることはない。 高温のノブを、火傷をすることにも厭わず捻り、扉を開ける。 ムッとした風がイザークの頬を撫ぜた。 まだ中には、炎がまわっていないようだ。 ホッと安堵の吐息を吐くのも束の間、扉の外から炎が部屋に向かって伸びてくる。 咄嗟に扉を閉めてそれをやり過ごすと、イザークは足早に息子がいるであろう部屋に向かった。 カルトは部屋のベッドで、縮こまっていた。 隅の方に寄って、シーツを頭から被って、膝を抱えて、俯いているカルト。 よほど、怖かったのだろう。 「カルト・・・」 優しくそう声をかけると、カルトは徐に顔を上げ、次の瞬間には瞳を潤ませた。 それでも泣くまいと、必死に涙を堪える姿は、可愛いことこの上ない。 「よく頑張ったな。もう大丈夫だ。早く外に出よう。ママが待ってる」 駆け寄りながら励ましの言葉をかけ、手を差し伸べる。 カルトはそれを、躊躇することなく握った。 そうしてカルトが立ち上がろうとした瞬間。 突然、カルトがイザークに凭れ掛かる様にして、崩れた。 「カルト!?」 あまりに急なことなので、イザークは瞠目してしまう。 よく見れば、カルトはぐったりしていて、呼吸すら辛そうだ。 考えてみれば、いくら炎が無いといっても、煙はドアの隙間などから入り込む。 恐らくそれを、吸ってしまったのだろう。 イザークは軽く舌打ちすると、カルトを抱き上げた。 早く、手当てをしてあげなければ。 そうしてイザークは、外を目指す。 早く、キラを安心させてやらなければ。 イザークの心中に、そんな想いばかりが込み上げた。 V 「・・・っ!!」 炎の熱さに、思わず舌打ちする。 炎が邪魔で、なかなか前に進めないのがもどかしい。 それでもアスランは前を目指す。進み続ける足取りに、迷いなど微塵もない。 まだ炎の中に取り残されているキラの息子と、その子を助けに行ったイザークを救出する為に。 そうして漸く目的の部屋のドアのノブに手を掛けようとした時、丁度中からそれが捻られる音がした。 だがそれはいっこうに開く様子は無く、ガチャガチャと音をたてるばかりだ。 鍵はかかっていないようだが、どうやら立て付けが悪いらしい。 何しろ、外から見ても相当古そうなアパートだ。 それも、築何年なのか知らないが、なかなかの風格を見せている。 壁を見てみると所々壁紙が剥がれていて、鉄筋が見え隠れしているのが窺えた。 鉄はとても強い強度を持っているが、炎で焼かれれば溶け、崩壊は木造建てよりも早い。 大家は建て直すことを考えていなかったのかと、毒づいてしまうのも仕方の無いことだ。 アスランは外からも加勢しようとノブに手を伸ばす。 ガチャガチャガチャ・・・しばらくそれと格闘しているうちに、周りの炎の勢いは更に強くなる。 焦りが、募る。 背中に否な汗が伝い落ちるのを感じた。 ガチャリ、と音がして漸くドアが開き、ホッと息を吐く。 中から出てきたのは、言わずもがなイザークと、彼らの息子であろう幼子だった。 「っアスラン!?」 イザークはアスランを見るなり、目を剥いて驚いた。 その表情にアスランは、そんなに驚くこと無いだろう?という思いを込めて苦笑した。 だがすぐに真顔に戻り、イザークを外に促す。 「早く。その子を手当てしてあげないと」 イザークに抱き上げられている子供を覗き見、様子がおかしいことに気付く。 恐らく、煙を吸ってしまったのだろう。 早く処置をしなければ。 「ああ!」 イザークはアスランの言葉に力強く頷いた。 そして二人で走り出す。 だが、あまりに早い炎のまわりように、二人は辟易する。 外にはまだ、遠いようだ。 「おい!!」 突然、階段に差し掛かったところへイザークに声をかけられる。 アスランはそれに鬱陶しそうに振り返る。 「なんだ!?」 振り返った目の先には、自分の息子を差し出すように掲げたイザークの姿。 その表情は、何かを決意したようで。 アスランはただ、眉を顰めた。 「コイツを・・・カルトを頼む」 何を言っているんだ、と純粋に疑問に思う。 「素人の俺より、お前の方が安全性が高い。・・・だから、頼む」 眉間に皺を寄せながら、請う。 きっと不本意なのだろう。 今までライバル視してきた相手に、我が愛しの息子を預けるのだから。 しかも、この非常事態に自分が守りきれないとわかっているのだ。 彼は、プライドを捨ててまで息子を守りたいのだろう。 当たり前のことだが、それでも、それだけ愛している証拠と言えよう。 「しかし・・・」 確かに、消防士であるアスランが抱いていた方が、安全かもしれない。 できれば自分がそうした方がいいことも、わかっている。 だが、アスランは炎を見ながら前に進まなければならず、その分危険も大きい。 「俺が先に行く。だから・・・」 アスランの心を読んだかのように言ってくるイザークに、早く外に出なければならないという焦燥感も手伝って、暫しの逡巡の後 にわかったと答えた。 そっとカルトを抱き上げ、アスランはちらりとイザークを見やった。 イザークはそれに答えるように、大丈夫だとでも言うように、小さく、しかし力強く頷いた。 「行くぞ!!」 アスランはそれに、頷くだけで返した。 イザークから託されたこの小さな命。 命に代えても、守らなくては。 アスランは自らの心に、誓った。 漸く階段に辿り着き、大丈夫かどうか確かめてから、後ろのアスランに合図を送った。 「先に行け。上から物が落ちてきたら、まずい」 イザークはそう言って、ギリギリのところまで壁により、アスランを促した。 アスランはわかった、と小さく答え、カルトを背負い直して階段を踏み出した。 勿論、階段も鉄製だ。アスランは崩れはしないかという思いを抱きつつも、慎重に歩を進めた。 後ろのイザークを、気遣いながら。 だが突然、ガコン!!という何かが外れる音と、ガタン!!という何かが倒れる音がした。 アスランは思わず振り返る。 それはイザークも同じで。 その視線の先には。 「っくそ!!」 舌打ちするイザーク。 そこには、丁度階段の近くの部屋の扉が外れ、階段に転がり落ちそうになっているところだった。 「早く行け!!」 イザークはアスランを振り返ると、立ち止まっているアスランに怒鳴る。 その怒声を聞き、アスランはハッとして下を見た。 まだ二階の少し上だ。 未だ、地面には程遠い。 ふと外を見やると、消防車が向こうの方に見えた。 まだ、あの工事現場の辺りのようだ。 全く今日は、運が悪い。 「イザーク、お前が先に行け。この子はお前が抱いて連れて行け。・・・お前には、アレは防ぎきれないだろう」 たとえ一枚の扉でも、重いものは重い。 こういう場合は、消防士に任せることが一番なのは、イザークもわかっている。 「だが・・・」 「お前なら、守りきれる」 ふわり、と微笑みを浮かべ、イザークにカルトを差し出す。 本当に今日は、運が悪い。 目が、焼け付くようだ。 キラは一点を凝視したまま、その視線を動かさない。 膝は地面についたまま、微動だにしなかった。 その紫水晶の瞳が映すのは、燃え盛る炎と、チラリと見え隠れする愛しい夫と息子と、そして同級生の消防士。 カルトはどうやら意識が無いようで、ずっとアスランに負ぶさられていた。 だが今、イザークに手渡そうとしている。 キラはただその光景を、固唾を呑んで見守るしかない。 彼らの無事を只管祈り、待つしかできない自分が、遣る瀬無い。 「・・・イザーク・・・・・カルト・・・・・」 呟く声音はどこか虚ろで、覇気が感じられない。 それでも、目を逸らすことはない。 逸らしたら最後、もう二度と自分の瞳に、彼の、彼らの姿が映らなくなってしまうのではないかと不安で。 瞬きさえ、忘れた。 けれどどうやっても、胸騒ぎというものは治まらなくて。 それがまた、不安を掻き立てる。 ただ、恐怖がキラの心を支配する。 拭いきれない焦燥感が、キラの皮膚に冷や汗を浮かばせた。 手だけでなく、全身が、恐怖に震える。 アスランがイザークにカルトを差し出そうとした時、キラは無意識に自らの左の薬指にある指輪に、右手の人差し指と中指でなぞ らせる。 まるでそれが、合図のように。 炎が彼らを一瞬にして飲み込んだ。 まるで化け物のように。 それは蠢き、彼らの姿を消し去った。 キラの瞳から、新たな一滴が零れた。 あとがき 木より鉄の方が、炎に弱いらしいです。 なのでその辺を書き直しました。 |
photo by LOSTPIA
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