走っても、走っても、辿り着けない。

 

 キラは必死にアパートを目指して走り続ける。

 途中で人にぶつかっても謝りもせず、ただ遠くに見える黒煙に、焦りが募る。

 

 大丈夫。

 あの子なら、きっと避難している。

 よく出来た子だ。

 逃げられないはずが無い。

 

 ありもしない確信に、追い縋る。

 大丈夫、大丈夫と、キラはそのことだけを考えた。

 それでも、考えてしまう。

 

 もしもまだ、眠っていたら?

 火事であることに気付かずに、眠り続けていたら?

 カルトの眠る部屋に、炎が燃え移っていたら?

 

 ただ、恐怖だけがキラを支配する。

 

 胸に、まるで大きな穴が開いたかのようで。

 途方も無い空虚感が、やはり焦燥感を募らせる。

 

 早く。

 早く、帰らなければ。

 きっと炎が怖くて泣いている。

 早く帰って、抱きしめて。

 もう大丈夫だよと。

 カルトを、息子を、安心させてあげたい。

 今日は自分の誕生日だから。

 イザークと、カルトと。

 三人で一緒に、夕飯を済ませて。

 一緒に時を過ごす。

 

 けれど。

 

 漸く辿り着いたアパートは、黒煙と共に。

 

 赤い、紅い、炎に。

 

 包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 一方、通報を受けて現場に向かっていた消防車はと言うと。

 「おい、なんでこういう時に限ってミリィがいないんだよ?」

 低い声で隣に座る者に問う男の名は、ディアッカ・エルスマン。

 これでも消防士だ。

 「知りませんよ!急に暇が欲しいとか言って、昨日から来てないんですよ!?ていうかそれって、あなたのせいですから!!」

 そう言う黒髪に赤い瞳の少年は、シン・アスカ。

 一応、ディアッカの後輩であり、まだ消防士になりたての新米だ。

 「・・・それにしても、なんだよこの渋滞は」

 押し黙り、話を変えるディアッカに、シンは話を逸らさないで下さい!!と噛み付く。

 「少しは黙ってくれないか?」

 突然、運転席の方から聞こえてくる声に、ディアッカとシンはピタリと黙る。

 静かながらも、苛立ちを感じさせる声音。

 その声の主とは。

 「悪ぃ、アスラン・・・」

 「すみません、アスラン・・・先輩・・・」

 アスラン・ザラ。

 彼は消防士の間でも、一番に仲間から信頼されている。

 彼も仲間を信頼し、今まで救えなかった命はないと言うほどだ。

 シンも、普段は先輩でも敬うことは無いが、アスランだけは別だ。

 少々不本意そうだが。

 「ハウがいないのは仕方ない。だが、それで文句を言うな」

 相変わらず、牽制するような低い声でディアッカたちに向かって言う。

 「わかってるさ。けど、仕方ねえだろ?こんなんじゃ、文句の一つも言いたくなる」

 そう言って、後部座席から前方を見やる。

 丁度先が工事をやっていて、通れそうにない。

 それに、この辺りは細い道ばかりで、消防車が通れるほど幅がない。

 「っくそ!!」

 アスランは苛立たしげに毒づき、ハンドルを両手で思い切り打ち付ける。

 「おいディアッカ」

 「へぃ?」

 急に声をかけたアスランに、ディアッカは思わず変な声を出す。

 「お前、運転代われ」

 告げられた言葉に、シンすら唖然とする。

 「・・・・・はあぁ!?」

 素っ頓狂な声を出すディアッカに、アスランは早くしろと急かす。

 「シン、お前はディアッカのサポートでもしてろ!俺は先に現場の状況を確認しに行く。ここからは、そう遠くないはずだ」

 そう言うや否や、すぐに降りて現場を目指して走り出す。

 残された二人は、というと。

 「行っちゃいましたけど?」

 「・・・アスランのやろぉ」

 そうしてディアッカの、初消防車運転が実現したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり今日もダメだった。

 どうやら、本当に小さな会社にまでも母エザリアの息がかかっているようで、相手は言葉を濁しながら申し訳ない・・・とイザー

クを追い返したのだ。

 彼は大きな溜め息を吐き、項垂れる。

 本当に、仕事が見つからない。

 このままでは、一生キラの『ヒモ』だ。

 ヒモ。

 辞書には【女性を働かせて金品を貢がせる情夫】と書かれている。

 本当に、情けない。

 イザークはまた、溜め息を溢す。

 それでも、今日は愛しい妻の誕生日だ。

 なけなしの小遣いを使い、キラの為に誕生日ケーキを買う。

 誕生日ケーキと言っても、ホールのような大きなものではない。

 普通の、ショートケーキである。

 イザークはやはり、情けなさに溜め息を溢す。

 そういえば、今日でキラはイザークと同い年だ。

 歳はイザークの方が一つ上だが、誕生日はキラの方が早い。

 そのことが、イザークはなんだか嬉しかった。

 そんなことで、イザークは先程の落ち込んだ気分から浮上し、微笑さえ浮かべていられるのだ。

 イザークがケーキ片手にアパートに向かっていると、進行方向がなんだか騒がしい。

 消防車の音がする。

 火事でもあったのだろうか?

 ふと、何かモヤモヤしたものを感じた。

 実際に、空気が悪いとか、蜃気楼があるとか、そんなものではない。

 第六感というものだろうか。

 兎に角、そういうものを感じたのだ。

 所謂、胸騒ぎというヤツだ。

 気がついたらイザークは、愛する家族の待っているであろうアパートに向かって走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を染め上げる炎に、上る黒煙。

 キラは漸く、アパートに着いた。

 しかし、辺りを見渡しても、愛する息子の姿がない。

 今までに感じたことの無い焦燥感が、キラの心中を支配した。

 「カルト!!!」

 大声で叫んでも、周りの喧騒にそれは消えてゆく。

 「カルトぉっ!!!」

 どんなに、どんなに叫んでも、届かない。

 どこにもいない、愛息子。

 まさか、まだ中にいるのだろうか。

 炎に、足が竦んでしまっているのだろうか。

 ならば。

 「あ、おいっ!!!」

 周りの声も気にせず、キラはアパートの中を目指そうとする。

 「離して!!中にはまだ、あの子がっ・・・カルトが・・・・・」

 声は次第に、泣き声に変わり。

 驚いたのか、キラを引き止めた男の手が緩む。

 その隙を逃すことなく、キラは一瞬の隙を突いて炎に向かう。

 否、向かおうとした。

 その細腕を止めたのは。

 

 「待て!!あと少しで、消防隊が来る。それまで、待つんだ」

 

 銀糸を額に張り付かせ、息を切らしたキラの夫、イザークだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラはイザークの姿に一瞬目を見開くが、すぐに顔を歪めてでもと首を横に振る。

 「まだ、カルトが!!!」

 その言葉には、流石のイザークも不安を隠せない。

 それを拭い去るかのように、キラを強く抱き寄せた。

 「大丈夫・・・カルトなら、大丈夫だ」

 自分に、言い聞かせるように。

 しかしキラは、嫌々と頭を振るばかりで。

 そうしていると、突然ガラガラ・・・と何かが崩れる音がする。

 キラとイザーク、その場にいた野次馬も、反射的にそちらに目をやる。

 そこは丁度、キラたちの住んでいる部屋のすぐ傍で。

 まだ中に取り残されているであろうカルトの命が、あるかどうかの判断が鈍る。

 「っ!!!!」

 叫び声さえも、発せられない。

 キラとイザークは息を呑み、瞠目する。

 瞬間、駆けて行こうとするキラを、イザークの咄嗟に伸ばした手に止められる。

 「っ離して!!」

 必死に振り解こうとするが、相手は男。

 華奢なキラにはその腕に抗えるほどの力は無い。

 焦燥に滲んだ視界が、銀髪を映す。

 目を見開き過ぎて乾き始めた瞳に、イザークの強すぎる眼光が映し出される。

 「俺が、行く」

 最早、消防隊など待っていられる程の余裕などない。

 「っでも!!」

 不安に震えるキラの細い身体を、イザークは焦る心中とは裏腹に優しくそっと抱きしめた。

 

 大丈夫だから。

 

 ふわり、と安心させるように柔らかく微笑み、赤く踊る炎の中に立ち向かっていく。

 まるでこれが、今生の別れのような気がして。

 キラの頬に自然と、透明な雫が零れ伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎が、イザークを飲み込むかのように踊る。

 揺らめくそれに、キラはただ呆然と立ち尽くした。

 野次馬の声などの辺りの喧騒は最早、キラの耳には届いてこなかった。

 だが突然、野次馬の声が一際大きく響いた。

 キラは何とは無しにそちらに目をやり、目を見張った。

 そこにいた青年も、同じように、否、それ以上に瞠目する。

 「ヤマト・・・・・?」

 「ザラ、君・・・・・?」

 そこには確かに、高校時代を共に過ごしたクラスメイトの姿があった。

 しかし再会を喜ぶ暇など、あるはずもなく。

 キラは青年、アスラン・ザラの姿を見て眉を顰めた。

 「消防士、なの・・・?」

 徐に開いた唇から、明らかに怪訝そうな声が零れた。

 「あ、ああ・・・」

 ぼんやりとキラを見つめていただけのアスランは、気を取り直して答えた。

 そうだ、自分は消防士なのだ、と。

 「中に、人は?」

 静かに、問う。

 その問いに、キラは俯き肩を振るわせた。

 「・・・・・カルト・・・息子が・・・・・・・」

 震える、声。

 次第に聞こえ始める、嗚咽。

 アスランはその声を一つも漏らすまいと注意深く聞き取り、その答えに小さく舌打ちした。

 「イザーク、も・・・息子を助けに、さっき・・・・・」

 途切れ途切れの言葉に、眉を寄せる。

 それはただ、無謀なことをした彼への蔑みなどではなく。

 あの時。

 キラと同じクラスであった時に感じた、屈辱感と似ている。

 だが今は、そんなことをいつまでも考えている暇は無い。

 「わかった。こちらアスラン・ザラ。中に大人一名、子供一名が取り残されている。後どのくらいで着く?」

 アスランは懐の無線機を取り出し、眉を顰めたまま問う。

 ガッ、という音がして、答えが返ってくる。

 『こちらディアッカ。五分もあれば着く。一人で大丈夫か?』

 向こうの声は落ち着いていて、キラにとっては恨めしい他無かった。

 どうして。

 どうして、落ち着いていられる。

 人が、死んでしまうかもしれないのに。

 炎の中で、苦痛に喘ぎながら。

 それなのにこの冷静ぶりは、キラの癪に障るには十分なものだった。

 それでも、消防士というのは人の期待を裏切らない。

 「俺が潜入する。イザークも、ヤマトの息子さんも、必ず助ける」

 アスランはそう言って、無線機に向かって返した。

 すかさず、無線機の向こうから抗議の声が上がったようだが、アスランはそれを無視して炎の中に向かっていった。

 キラはわけもわからず、ただ、それを見つめていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

消防関係はよくわからないので、変なところがあっても読み飛ばしてください。











T/top/V





photo by LOSTPIA

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