深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。

 そしてゴクリと固唾を飲み込んで、キラは覚悟を決めて扉をノックした。

 小気味よいノック音が、小さく響いた。

 「はい、どうぞ・・・」

 中からは、何週間ぶりかの愛しい人の声。

 ガラガラガラ・・・と半ば遠慮がちに、それを開く。

 すると、中からは驚いたような、困惑したような、気配。

 「・・・久しぶりだね、アスラン」

 二週間以上、会っていなかった、元恋人。

 それが今日、再び恋人に戻れることを、願う。

 「・・・・・・・・・・ああ」

 長い沈黙の後、聞こえたのは静かな声音。

 それでも、無視されなくて良かったと言う思いが、キラの中に安堵を齎した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレンタイン 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・母上から、聞いたの?」

 白い空間に紡ぎだされた声音に、キラはドキリとしつつも是と答えた。

 「ごめん、勝手に・・・」

 しゅん・・・と肩を落とすキラに、アスランは慌てて首を振った。

 「いや、いいんだよ。でも、みっともないな、こんなトコ・・・」

 「そんな・・・」

 声を上げるキラに、アスランは気を使わなくていいよと、諦めたように言った。

 「・・・アスランは、病気と闘ってるんでしょう?だったらそれは、すごいことだよ」

 病気と正面から向き合うなんて、すごいことだよと、キラは言う。

 「・・・・・キラには、わからないさ」

 そう言ってそっぽを向くアスランに、キラは小さく彼に気づかれないように溜め息を吐いた。

 「ねえアスラン?」

 急に声音を変えたキラに、アスランは僅かに視線を向けた。

 「今日が何の日か、知ってる?」

 突然そう問われても、アスランには皆目見当がつかない。

 それを見て取ったのか、キラはクスリと微笑んだ。

 「はい、これ」

 そう言って、ずいっと小さな淡い赤色をした紙袋をアスランに差し出した。

 「え・・・・・別に今日、俺の誕生日じゃ・・・」

 「そんなこと知ってるよ。今日はバレンタイン。好きな人に・・・・・好きな人に、チョコを渡す日」

 ハッと、アスランの目が見開かれる。彼の視線が、その紙袋に注がれる。

 「キラ、それは・・・っ」

 「僕は、今でも君の事、好きだよ?」

 アスランの言葉を遮って、キラは静かに囁く。

 「・・・・・」

 「ずっと、考えてた。どうして君が、僕を振ったんだろうかって・・・」

 言葉が見つからないのだろうか、アスランは静かにキラの言葉を待った。

 「・・・僕に非があるのかとか、やっぱりアスランが僕を嫌いになったのかとか・・・。でも、違ったんだね。アスラン、僕・・・」

 「嫌いになったんだよ」

 ドキリ、とキラの心臓が嫌な音を立てた。

 「嫌いになったんだ。悪いけど、帰ってくれないか?」

 俯いたまま、表情を見せずに、アスランは手の中にある紙袋をキラにつき返した。

 慌ててそれを受け取ってしまったキラは、アスラン、と彼の名を口にする。

 しかし彼は首を左右に振るばかりで。

 「っ帰れ!!」

 そう言って、ベッドから起き上がり、キラを扉の方に押しやる。

 「もう、来ないでくれ」

 ピシャリ、と乱暴に扉が閉められる。

 キラはただ呆然と、そこに立ち竦むしかできなかった。

 頬に、透明の雫が伝ったことにも気付かないまま、キラはつき返された紙袋をギュッと握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして。

 アスランの中に、それだけが渦巻く。

 理不尽とも言えるほどに一方的に振ったのに、どうして彼女は未だ自分を好いていてくれるのだろう。

 もう嫌われていると思った。

 もう会いたくも無いとも思われていると思っていた。

 なのに。

 「っど、して・・・・・」

 キラを病室から追い出した後、アスランは崩れるようにしてその場に座りこんだ。

 そして、零れる涙を隠すように、両の手で顔を覆った。

 嗚咽を押し殺して、泣く。

 付き合わなければ良かった。

 こんな思いをするくらいなら、最初から見ているだけでよかったんだ。

 あの日、まだアスランが幼かったあの日に戻りたいと、アスランは切に願う。

 あの日出会って、別れて。彼女を探して、漸く見つけたのが三年前。

 親に請うて引越しもしたが、彼女はなかなか気付いてはくれなくて。

 否、覚えていないのは当然のことなのだ。それほど、キラとの出会いは小さな出来事だったから。

 けれどやっぱり、気付いて欲しくて。

 だから痺れを切らして告白してしまった。

 若しかしたら断られるかも知れないと思いつつも、自分の気持ちを抑えきれなくて。

 いいよと言われた時は、本当に、なんと形容していいかもわからないくらい、嬉しかった。

 いっそあの時、振ってくれればよかったのだ。

 そうすれば、自分も、彼女も傷つかずに済んだかも知れないのに。

 けれど彼女は付き合ってくれた。

 こんな愚かな自分を、好いてさえくれた。

 そんな彼女に、自分は何をした。

 自分が振っても尚、病院に来てくれた。あのチョコだって、手作りだろうに、つき返してしまった。彼女の告白を、無かったことにしてしまった。

 なんて最低な男なんだろうと、アスランは自嘲する。

 きっと彼女はもう、自分など最低の男だとしか見ていないだろう。

 否、これでいい。

 これでもう、彼女は自分の存在を引き摺ることは無いはずだ。

 自分の存在など、忘れていい。

 彼女にあげたロボット鳥など、壊してくれて構わない。

 彼女の心に、残らなくていい。

 彼女にあげた指輪も、捨ててくれて構わない。

 これでいい。これでいい、はずなのに。

 どうして涙は、止まってはくれないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

あーあ。アスラン、キラが可哀想だよ!!

ところで短めですが気にしないでください。

なんとなく、キリのいいところで切ってますので(ホントウカヨ)。







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