徐々に慣れていく目。

 暗闇の中に紛れるような漆黒の髪に、微かに煌く金の双眸。

 アスランはゴクリと、唾を嚥下した。

 自然険しくなる視線に、目の前の男はおどけた様に肩を竦めた。

 「そう睨まないでくれ、アスラン君」

 自分の名を呼ぶ声さえも、最早アスランには受け入れ難いものだった。

 「・・・あなたが・・・・・あなたが、父を殺したのですか・・・・・?」

 声を押し殺して静かに問えば、相手は蔑むように目を細めた。

 口は笑みを浮かべたまま、彼の表情はまるでアスランを嘲笑しているようにも見えた。否、実際そうなのかも知れない。

 「答えてください!!あなたが、あの日、父のワインに毒を入れたんですか!?」

 ジャラジャラと、身体を拘束する鎖が姦しく鳴る。

 「さあ・・・・・なんのことだか見当もつかないのだが?」

 アスランの問いに、困ったものだと苦笑を浮かべる彼に、アスランは腹の底が煮えくり返る心地がした。

 そしてそれは、相手の新たな言葉によって、更に激しさを増した。

 「まさか君は、この私に罪を押し付けるつもりなのかな?」

 そう言いながらアスランの顔を覗き込むようにしゃがみ込む男。

 男は面白そうにアスランを眺めやりながら、その整った顔立ちに魅入る。

 そして何かに惹かれるかのように、男は人差し指をアスランの顎に添えた。

 そうしてしばらく品定めをするかのようにじっくり見回したかと思うと、彼は満足げに頷いた。

 「うん、申し分ない・・・・・君は恰好の、モルモットになりそうだ」

 そう言って男、ギルバート・デュランダルはアスランを見下ろした。

 鎖の音が、ジャラリとこの広い空間に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 兎に角もう、関わるな。

 そう言って去っていったイザークの背中が、未だに脳裏に焼きついて離れない。

 ギュッとアスランの残したメモを握り締めたまま、キラは布団の中で蹲った。

 「そんなこと、言われたって・・・・・」

 どんなにアスランの意思を汲み取るといったところで、今のキラの理性では到底抑えきれない感情。

 けれど同時に、彼への負担を思えばその理性の強さは増すのだ。

 キラは一つ溜め息を吐き、携帯のサブディスプレイに映されている時刻を見た。

 もう既に、夜中の一時を回っている。

 アスランは無事だろうか。警察に捕まっていないだろうか。きちんと食事をしているのだろうか。

 不安がキラの心を支配する。

 「やっぱり、探して来ようかな・・・」

 ポツリと呟いた声は、暗い部屋に小さく響いた。

 答える者はいない。この家に住むのは、五年前からキラだけだ。

 最近ではアスランがいたけれど、出て行ってしまったから。

 だから今、キラはこの家に独りなのだ。

 アスランが来る前までは薄れていた、寂しさ。

 それが今、とても大きなものとしてキラに襲い掛かって来ていた。

 キラはゆるりと頭を振り、目を伏せた。

 今自分が彼を探しに行ったとて、彼の容疑が晴れるわけでも、事件が解決できるものでもない。

 だがそれをわかっていながら、キラは自分を抑えきれないでいた。

 彼を案じ、直ぐにでも探しに行きたい気持ちと、彼の迷惑になりたくないという気持ちが交錯する。

 複雑に渦巻くその気持ちに、キラは徐に瞼を閉じた。

 だがそう間も置かず、すぐにそれは開かれた。

 どうにも気になって、眠れそうにない。

 ならば。

 キラはそろりと布団から這い出ると、適当な服に着替え始める。

 アスランがいないと、寂しくて仕方ないのだ。

 こんな自分を、彼は餓鬼臭いと嗤うだろうか。

 それでも、拭いきれないこの孤独感に、彼を求めてしまう心は本物で、隠しようもない程に大きなものなのだ。

 いつの間にこんなに、思っていたのだろう。

 キラは小さく苦笑を浮かべ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラの家を後にした後、居酒屋を二件ほど梯子したイザークは、午前零時に家路に着いた。

 車は駅近くの駐車場に止めてきた。

 終電ももう終わってしまったので、帰りは自然とタクシーを使うことになる。

 酒で酔い、火照った顔を夜風で冷やしながら拾ったタクシーに一時間ほどお世話になって、イザークは午前一時に漸く帰宅したのだった。

 運転手に代金を支払い、イザークはそっと家の様子を伺う。

 流石にエザリアはもう眠ってしまったようで、灯りは点けられていなかった。

 イザークはポケットから家の鍵を取り出し、ガチャリと音を立てて玄関を開いた。

 中は暗く静まり返り、どこかひんやりとした空気がイザークの頬を撫でる。

 構わず廊下を進みやがてリビングにたどり着くと、イザークは怪訝を顕に眉を顰めた。

 目の前の大きなソファに、酒瓶片手に横になっている母の姿に、驚きを通り越して疑問を感じる。

 珍しい。

 普段母は、酒を瓶ごと飲むという大胆なことはしない。常識のある人だし、そういう性格ではないから。

 だが目の前で横になっているエザリアは、酒瓶を抱えている。近くのテーブルに、コップの陰はない。

 イザークはそっと起こさないように、エザリアの手からそれを取ってテーブルに置いた。

 エザリアをよくよく見れば、相当酔っているのだろう、頬が赤い。

 だがそれと同じくらいとは言わないまでも、目元が赤いのもまた見て取れた。

 泣いていたのだろうか。

 考えてみれば、当然の事なのかも知れない。

 エザリアと彼女の愛人であったパトリックとは、イザークやアスランから見てもわかるくらい愛し合っていたのだ。

 あれから結構な月日になるが、イザークは一度もエザリアの涙を見たことがなかった。

 恐らく、自分を心配させない為に、気丈に振舞っていたのだろう。

 だがきっと自分が見ていない時に、今のようにこっそりと泣いていたのかも知れない。

 そう思うと、イザークの眉間に自然と皺が寄る。

 同時に、そんな母の心に、尊敬の念を覚えた。

 だが、それも束の間。

 「・・・ご、め・・・なさ・・・・・」

 ふいに聞こえた掠れた声に、イザークはハッとエザリアの口元に注意を向けた。

 「ごめん、なさい・・・・・本、当は・・・」

 涙と伴って零れる寝言。イザークはそれに、驚愕に目を見開いた。

 一歩、足を引く。片手で口を覆い、エザリアの言葉を否定するように、何度も何度も頭を振った。

 まさか、そんなはずは。

 その言葉だけが、イザークの心の中で木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてだろう、身体が一向に言うことを利かない。

 「っ!?」

 無理やり動かそうとしても、身体中に激痛が走るだけで、やはり動かせない。

 つい数分前に差し込まれた、液体。恐らく、否、それこそがこの事態の原因だろう。

 最早声を出すことさえ叶わなかった。

 「苦しいだろうが、我慢してくれ。コレは先日完成したばかりで、まだ一度も試していないのだよ」

 その言葉の後に、ああ、勿論ラットでは実験したがね、と付け足し、デュランダルは笑みを深めた。

 「人に試したのは今回が初めてなので、どうなるかはわからない。だから君の鎖は、解くことは出来ないのだよ」

 苦笑を浮かべたデュランダルを、アスランは薄れ行く意識の中で必死に睨んだ。

 徐々に遠のく意識。それを今手放してはいけないと、アスランは直感で感じていた。

 「・・・やはり美しいな、君のその表情は」

 まるで蝶のように儚げでいて、獅子のように強い眼差しをする。そう付け足して、デュランダルは目を細めた。

 対するアスランは意識を保つのに必死で、それを聞き反論する余裕はなかった。

 不意に、デュランダルがアスランとは反対方向に目をやった。

 「おや、来客のようだ・・・すまないが、少し待っていてくれ」

 そう言い置き、デュランダルは名残惜しげにその場を後にした。

 アスランの額に浮かんだ脂汗が、ポタリと地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を出たはいいが、何処を探せばいいのか今一わからない。

 キラは途方に暮れて、近くの土手に腰を下ろした。

 左方には自分の住むマンションの全貌が、ほとんど何の隔たりもなく見えた。

 「はあ・・・・・やっぱり、この辺にはいないか・・・」

 「誰が、いないんだ?」

 自分一人だと思っていたので、突然の声にキラは目を剥き声のした方を振り返った。

 「イ、イイイ、イザーク先輩!?」

 突然のイザークの出現に、キラは思わずどもってしまった。

 その様にイザークは盛大に溜め息を吐くと、どもり過ぎだと言いながらキラの隣に腰掛けた。

 「・・・どう、したんですか?帰ったんじゃ・・・・・?」

 数時間前に帰宅したはずのイザークを覗き込みながら問うと、彼はぶっきら棒に答える。

 「家に帰って、お前が心配だから来た。悪いか?」

 未だ何も言っていないのに、とキラが言う前に、イザークは更に言葉を続けた。

 「案の定、探しているようだが・・・見つかったか?」

 問いながら向けられるアイスブルーに、キラは肩を落として首を振った。

 イザークはそれに、そうか・・・と短く答えただけで、それ以上言葉は紡がなかった。

 そうしてどのくらい、沈黙が続いただろうか。

 「・・・・・犯人が、わかった・・・」

 突然紡がれた声に、キラは一瞬その言葉が意味するところを掴めないでいた。だが直ぐにそれを理解し、目を見開いた。

 「え・・・それ、本当なの!?」

 思わず聞き返したその言葉に、イザークは重々しく頷いた。

 「誰、なの・・・?まさか、アスランが実は犯人だったってことは・・・・・」

 ふと過ぎった不安を、キラは言葉に出した。だがそれは直ぐに否定されて、キラの顔に安堵の笑みが浮かんだ。

 「当たり前だ。アスランは最初から、何も知らなかった。・・・アスランの父親を殺したのは・・・・・」

 そこまで言って、一度言葉を切るイザーク。キラは珍しく歯切れの悪い彼を訝って、眉を顰めた。

 「・・・・・・・・・・」

 現実には何秒かの時間でも、キラにとっては何分にも感じられた。

 重くなっていく空気。イザークの表情。一体犯人は、誰なのか。

 キラはアスランに悲しみと絶望を与えた人物を、早く知りたかった。

 表情には出さなかったけど、アスランが苦しんでいたのは知っていたから。

 時折見せる悲しげな表情が、今も頭から離れない。

 「犯人は?」

 キラはあまりに長い沈黙に痺れを切らして、イザークを催促する。

 その言葉に反応して、イザークは決意を新たにキラに痛いほどに強い眼差しを向けた。

 真摯で、真っ直ぐなその瞳を受け、キラは一瞬気後れした。

 彼はもともと、人を睨む癖がある。だが今の彼の瞳は、普段のそれ以上に強いものだったのだ。

 「・・・犯人は・・・・・」

 続けられたその答えに、キラは信じられないとばかりに目を見張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ茫然自失としたキラを家まで送り、イザークはそのまま帰宅した。

 残されたキラは何をするでもなく、フラフラと歩きながら自室に入り戸を閉ざした。

 途端、崩れ落ちた身体を支えるものはなく、キラは戸に凭れるようにして座り込んだ。

 先程、イザークが口にした犯人の名前。

 キラは一度だけ、話したことがある。

 その時受けた印象は、とても優しいものだと今も覚えている。

 だってそれは、ほんの数日前の出来事なのだ。

 あの時受話器越しで聞いた彼の人の声を思い出し、キラは頭を振った。

 そんなはずはない。あの人が、あんな優しい声をした人が、犯人なわけがない。

 けれど、彼女が犯人だと言ったのは、彼女の息子であるイザーク自身なのは違えようもない事実で。

 キラの中に複雑に絡み合う感情が、納まることなく荒れ狂うように交錯した。

 「そんな・・・エザリアさん・・・・・」

 自然と零れたその名前こそ、アスランを陥れた犯人その人。

 イザークの母であり、アスランの父の愛人でもあった人だという。

 愛人であるなら、それなりに愛し合っていたのだろう。

 なのに。

 キラは未だ信じられない心に、従順に首を左右に振り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき
次回、グロイ表現があるので苦手な方はお気を付けください。

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Photo by LOSTPIA