「君に、聞きたいことがある」

 そう言ってミーアの両手を拘束する手に、牽制に力を込めた。

 それと同時に眉を寄せるミーアに、アスランは更に言葉を続けた。

 「コレは、君個人の意思なのか?それとも・・・誰かに唆されたのか?」

 静かに問うアスランに、否、アスランのその言葉自体に、ミーアは目を見開いた。

 「そ、そんなこと、あるわけない!!あたしは、あたし個人の意思で動いてるんだから!!」

 そう吐き捨てながら、ミーアは漸くアスランの手に抗うように身を捩った。

 だが、所詮は男と女。ミーアは結局、解けない手に内心で舌打ちした。

 だがそんなミーアの動揺に気付かないほど、アスランは鈍感ではない。

 「ならば何故、君はここに来た?俺がここに来ると、誰に聞いたんだ?」

 「それは・・・・・」

 口篭るミーアに、やはりと目を細める。

 「答えろ」

 言葉と同時に、彼女の骨が折れそうなほどに力を込める。勿論折りはしないが、それでも大きなダメージとなったのだろう、ミーアは大きく呻いた。

 「っああぁ!?」

 ギリギリと締め付けられる、手首。ミーアはその痛みを目を瞑って遣り過ごそうとするが、早々我慢できるものではないほどの力を込めているのだ。

 「答えろと言っている」

 低いアスランの声。ミーアはもう我慢できない、といった体で徐に口を開いた。

 「ギ・・・・・」

 呻きとはまた違った響きに、アスランは咄嗟にミーアの手首を締め付ける手を緩めた。

 それに安堵したのか、ミーアの呻き声が止んだ。

 だがそれも束の間、アスランの手の平に激痛が走る。

 痛い、と感じたときには既に。

 「油断したわね」

 アスランの身体は力なく、床に倒れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトリ、と目の前に女の子らしい可愛らしいカップが置かれる。その中から湯気が立ち、香ばしいコーヒーの香りが鼻こうを擽った。

 「それで?どういうことなんですか、これは?」

 いつの間に座ったのだろうか、目の前には今さっきまでコーヒーを入れてくれていたキラがこちらを見据えていた。

 「どうと言われても、そのままの意味だと思うが?・・・あいつはこの家を出て行った。それでいいじゃないか?」

 そう言い捨て、イザークは熱いコーヒーを一口口に含んだ。苦い味が口内に広がり、仕事の疲れによる眠気をわずかながら追いやった。

 「いいわけないじゃないですか!?第一、ここにずっといる方が、全然安全じゃないですか!」

 そう言い張るキラに、イザークはカップを置いて盛大な溜め息を吐いた。

 「あのな、あいつがそのままずっとここにいたとして、もし警察に見つかったらどうする?」

 呆れたような目をキラに向け、イザークはそのまま続ける。

 「唯でさえ警察は、ここを怪しいと思ってる。お前だってまだ大学生なんだ。常に家にいれるわけがないだろう?」

 イザークの言葉をどこか罰が悪そうに聞くキラは、小さく肯定する。

 確かに自分は大学生で、昼間は家にはいられない。だが、だからなんだと言うのだ。

 「それでお前がいない間に、あいつは食事の支度をしていると言う。もしその匂いが外に漏れていたら、誰だっておかしいと思うだろう?」

 あっとキラが声を漏らす。

 確かに、ドアの近くに寄れば、ご飯の匂いが漂ってくる。

 だがキラの記憶の中では、警察はキラがいる時しか来ていないはずだ。

 そのキラの心情を察したのか、イザークは些か不機嫌になる。

 アスランはどうやら、キラには何も言っていないらしい。

 このままではキラは、いつアスランを探しに行くか知れない。

 そう思ったイザークは、アスランの心情お構いなしに口を開いた。

 「お前、前、アスランにカレー作ってもらった時あっただろ?」

 突然の話題変換に、キラは思わず眉を顰める。

 「はい・・・確かに、ありましたけど・・・・・それが、何か?」

 やはり、とイザークが溜め息を吐くのと、次の言葉を発するのはほぼ同時だった。

 「それを作っている途中、キラの家に誰かが来たらしいんだ。確か時間は三時頃だ」

 その言葉に、え!?と声を上げたキラはしばし固まる。

 そんなこと、アスランからは聞いていない。

 イザークにその旨を告げると、溜め息を吐かれるだけだった。

 「初めて俺がここに来た日、隠れている時にアスランから聞いた」

 そういえば、イザークはアスランが隠れていた場所から出てきて、二人の危機を救ってくれたのだ。

 「じゃあつまり、警察が僕の家からカレーの匂いがしてきたことを訝って、僕のことを調べたってこと!?」

 確かに三時頃はキラは大学に行っている時間だ。

 「そういうことになるな。だからあいつは、お前に迷惑を掛けていると自覚して出て行ったんだ。これ以上お前を巻き込みたくないってな」

 それはアスランが直接イザークに告げた言葉でもあった。

 「若しかしたらアレは、警察だったのかもしれない。だとしたら俺の責任だ。これ以上キラには、迷惑は掛けられないよ。だから明日、ここを出る」

 決意を顕にそう告げたアスランに、イザークは何も言わなかった。

 イザークは、キラが好きだった。

 大学の頃から、ずっと見ていたのだ。

 だからこそ、唯一のライバルと認めたアスランがいなくなったことに空虚感を抱き、それを埋める為に思い人である彼女の元に行ったのだ。

 そこで四方や、アスランと遭遇するとは予想だにしなかったが。

 聞けばキラに拾われて、世話になっているという。

 そしてキラとの生活のことを話すアスランの顔を見ていて、気付いてしまったのだ。

 アスランがキラを、友人以上として見ていることを。

 恐らく彼自身は気付いていないだろう。

 けれどイザークは、気付いてしまった。

 警察に突き出してやろうかと考えた、自分の醜い心を。

 イザークは一瞬でもそう考えてしまった自分の心を紛らわすために、言ってやった。

 「キラと寝たのか?」

 その言葉が意味することは、男女の夜を表すもの。

 当然、アスランがそれに気付かないわけがない。

 途端に頬のみならず耳まで真っ赤にする彼の、返答は知れた。元より、自分の気持ちにも気付いていないような男が、そんな行動に出れるわけがないが。

 そんなことを考えているうちに、警察が飛び込んできたのだ。

 今思えば、餓鬼臭いにも程がある。

 もう大人だと言うのに、嫉妬だなどと。

 イザークはそんな自分に、腹を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯りは蝋燭のみ。

 橙色の小さな光は、暗い部屋を僅かに照らした。

 真白な布に覆われ、そこに横たわっている人が誰なのか、アスランは知っている。

 アスランはその人を、唯呆然と見つめていた。

 見つめるだけで、思考も何もなかった。

 そこに、そっと誰かの声が囁きかけられる。

 「失礼ですが、他にご遺族の方は?」

 そう問うのは、この病院の医療スタッフだろう。

 アスランは徐に首を振った後、否、と言葉を紡いだ。

 「・・・愛人が、一人・・・・・」

 そう言って口を閉ざしたアスランに、医療スタッフがご連絡しましょうかと優しく問うた。

 だがそれにも首を振り、自分で連絡してきますと言ってその場を離れた。

 公衆電話を使ってエザリアに連絡して、アスランはそのまま霊安室の中に入る気力もなくその前のソファに腰掛けていた。

 やがて現れたエザリアに、アスランは目を向けた。

 「大丈夫?・・・はい、これ。疲れているでしょう?」

 そう言って渡された、自販機で買ったと思われるカップのコーヒーに一度目を向け、抗う気も起きないままにそれを飲み干した。

 「今は、ゆっくり休みなさい」

 優しく紡がれる母にも似た声に、徐々に襲い来る眠気に耐え切れず、アスランは目を閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと目を見開く。

 今のはなんだったのだ、と心中で問う。

 だが答えが返ってくることはなく、アスランは溜め息を吐いた。

 今、夢に見ていた出来事は、アスランの知らないものだった。

 確かに自分はエザリアに父が死んだとの旨を伝えたが、エザリアは仕事が忙しく、病院に着いたのは自分が警察に逮捕された後だったと聞いている。

 勝手に自分が作り上げた出来事なのか、それとも。

 「この年になって、物忘れか・・・・・?」

 そう呟いた声は、予想に反して大きく響いた。

 辺りは真っ暗で何も見えないが、どうやら大きな場所らしい。反響する声が大きく響く。

 コツリ。

 唐突に響く靴音に、アスランの心臓が大きく跳ね上がった。

 コツリ、コツリ。

 徐々に近づいてくるそれに、どういうわけか力の入らない身体を叱咤して起き上がろうとする。

 だがそれは、体中に巻き付けられた鎖によって阻まれた。

 「!!??」

 息を呑むのと、相手が目の前に足を止めるのとはほぼ同時だった。

 「やあ、アスラン君。久しぶりだね」

 聞こえてきた声に、アスランの目は瞠目した。

 その声の主は。

 「ギルバート・デュランダル!?」

 男が嗤った気配がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガサガサガサガサと、茫々に伸びた草が盛大に鳴る。

 「おいカガリ、もう少し慎重に進んだらどうだ?」

 少し離れたところから響くキサカの声に、カガリは苛立ちさえ感じさせる声を吐き捨てた。

 「ちんたら進んでいられるか!!早くしないと、逃げられちゃうかも知れないだろう!?」

 そう言いながらも、進む足は止めない。

 この大きな草の音に気付いて逃げてしまうとは考えないのだろうか。

 キサカはそんな彼女に溜め息を吐きながらも、草を掻き分けて進み続けた。

 やがて草むらを脱出すると、そこに聳えるザラ邸の扉に手を掛けた。

 試しにそれを一気に押し開くと、案外簡単に開いてしまった。

 「っやっぱり、ここに来たのか!?」

 カガリは叫ぶのと同時に、中に飛び込んだ。

 キサカも同様、腰元のホルスターに手を伸ばして拳銃を手に取りカガリの背後を守るように警戒を強めた。

 「誰か、いるのか!?」

 だが、中に響くのはカガリの叫ぶ声のみ。

 「おい、アスラン・ザラ!いるんだろう!?」

 先程よりも声を大きくして叫んでも、返ってくるのは静寂のみだ。

 「カガリ」

 キサカに名を呼ばれ、カガリは肩越しに振り返る。

 そして二人示しあったかのように頷き合うと、そのまま二人は二手に分かれた。

 カガリは二階を、キサカは一階を、それぞれ探し出したのだ。

 やがて元の場所に戻った二人は、怪訝そうに眉を顰めていた。

 これは一体、どういうことなのだろうか。

 アスラン・ザラの姿は当然の如くなかった。

 だが何故だか、争った形跡があるのだ。

 盗みに入った泥棒共が鉢合わせて争いあったのか、はたまた本人が誰かと争ったか。

 だがしかし、一体誰と。

 警察でこの事件を追っているのは、最早カガリとキサカ二人だけだ。

 警察内部にアスランと争うほど暇な人間はいないだろう。

 ならばアスランに恨みを持ったものか。

 だが見当がつかない。

 パトリックなら兎も角、アスランはそうそう恨みを買うような人間ではない。

 否若しかしたら、パトリックに恨みを持ったものが、その矛先をアスランに向けたのかもしれない。

 どちらにしても、もう一度調べなおす必要が有りそうだ。

 「キサカ」

 「ああ、一度署に戻ろう」

 そう言って二人は、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

file;7/top/file;9
Photo by LOSTPIA