ごめんなさい。

 本当は、私があなたを殺したの。

 きっとあなたは、薄々気付いていたんじゃないかしら?

 私はあなたを、憎んでいたわ。

 私は復讐の為だけに、あなたに近づいた。

 そしてそれは、果たされた。

 でも。

 でもね、パトリック。

 如何してかしら。あれから何度も忘れようと思っても、忘れられないのよ。

 あの日から、ずっと。

 そして、気付いてしまったの。

 いつの間にか私、あなたを愛してしまっていたのね。

 愚かだわ、とても。

 殺したいほど憎かったあなたを、愛してしまうなんて。

 馬鹿ね、本当に。

 今更、こんなに後悔したって遅いのに。

 どんなに謝っても許されないってことはわかってるつもりよ。

 それでも罪は、償うわ。

 真実を全て打ち明けて、イザークにも謝って。ああでもあの子はきっと、許してはくれないでしょうね。

 それでね、パトリック。

 罪を償ってまた自由になれる時が来たら、あなたのお墓に行って手を合わせてもいいかしら?

 私、ずっと怖かった。

 自分の気持ちに気付くのが。

 あなたを殺してしまったという罪悪感を。

 あなたを愛しいと思う自分の心を。

 でもやっと、受け入れる覚悟が出来たわ。

 夜が明けたら、自首します。

 そして全て、終わりにしましょう。

 大丈夫、覚悟は出来たわ。

 見ていてね、パトリック。

 あなたの分も、生きて見せるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 はあ、はあ、はあ・・・・・。

 荒い吐息が暗闇に響き渡る。

 身体は思うように動かず、声を出そうとしてもそれは吐息に終わる。。

 そしてじわりじわりと侵食していくかのように広がっていく、激痛。

 血液が膨張し、溢れるかのように皮膚に滲み出る。

 身体が熱く、瞳に靄がかかったように視界が霞む。

 苦しみから逃れようと身を捩る度、身体中に巻きつけられた鎖がジャラジャラと音を立てる。

 途端、アスランの身体が仰け反り、瞳孔が開く。

 内臓が、音を立てて破裂したのだ。

 喉奥から込み上げる、鉄生臭い味。

 ゴポリ、と音を立ててそれを吐き出し、アスランは身体を硬直させた。

 間を置くことなく与えられる痛みに、何度意識を手放しそうになったか。

 それでもそれを手放さないのは、そうしたら最後、二度と太陽を見ることが出来ないと頭のどこかで悟ったから。

 そしてそうなったら、二度と彼女を、キラを見れないと知っているから。

 今になって、気付いた。

 あの時、キラの家を出た後からずっと凝っていた寂しさや名残惜しさ。

 何故、と何度も心の中で自問していた。

 そして今、生と死の狭間に立って初めて、気付いたのだ。

 キラが、好きだ。

 あの鳶色の髪も、紫水晶の瞳も、笑顔も悲しそうな顔も、全て。

 愛しい。愛していると、訴える心の声。

 今になって気付いた自分に自重する余裕もなく、アスランはただ絶え間なく襲う激痛に身を捩る。

 そして痛みに耐える裏腹、キラに早く会いたいと切に願う。

 早くここから逃れ、デュランダルのしていることを明るみにし、そして。

 全てが終わったら、会いに行こう。

 そして、言おう。

 この気持ちを。

 君を愛していると。

 キラは驚くだろうか。

 最初はただ、必死でエレベーターに逃げ込んで、熱で混乱した思考の中、ただ君を黙らせることしか頭になかった。

 君の背後に回り、口を塞ぎ、一言詫びて黙っていてくれと吐息と共に吐き出した声に、キラは大人しく言う通りにしてくれた。

 アスランが凶悪殺人犯だと気付いた彼女は、しかし物怖じせずに倒れた自分を看病してくれた。

 きっとその優しさに、惹かれたんだろうな。

 最早痛みを通り越して何の感覚もなくなった中、アスランは心の中で自嘲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「キラちゃん、一つ教えてあげるわ」

 そう言って振り返ったエザリアに、キラは不安げに首を傾げた。

 エザリアは笑顔を浮かべたまま、キラに言葉を紡ぐ。

 「アスラン君は今、デュランダルの所にいるはずよ」

 そう言ってまた歩き出そうとするエザリアを、キラは咄嗟に呼び止めた。

 「あの・・・・・!」

 しかし言葉が続かず、口篭ってしまう。

 そんなキラに、再び振り向いたエザリアは一つ微笑を零して去って行った。

 キラの隣に立ち竦み、じっと母の姿を見つめていたイザークは、しかしすぐに目を逸らして背を向けてしまう。

 無理もない。

 今まで自分を父親のいない分もしっかり愛してくれた母親が、アスランの父パトリックを殺した真犯人なのだから。

 そして今、エザリアは自首し、取調べの為に警察官に連れられていったのだ。

 息子としては、居た堪れないのだろう。

 キラはそんなイザークを気遣いながらも、先程エザリアが残していった言葉に首を傾げていた。

 デュランダルとは一体、誰なのか。

 キラは一瞬イザークに聞こうかとも思ったが、今の彼にその疑問を投げかけるのは些か憚られた。

 このまま忘れてしまうのも一つの手だ。しかし今彼女の言葉を無視したら、一生後悔するような気がしたのだ。

 だからキラは、イザークに問うのをやめられなかった。

 「あの、先輩・・・・・デュランダルって一体、誰なんですか?」

 恐る恐る疑問を口にしたキラに、答えたのはしかしイザークとは別の声だった。

 「ギルバート・デュランダル。今のザフトコーポレーションの社長代理。否、もう社長となったも同然だな。そいつが全ての元凶だ」

 キラもイザークもその声の方を振り返り、二人同意に驚いた。

 「久しぶりだな」

 その声の主は、先日キラの家に押し入ってきた警官の一人、金髪の女性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っっっ!!??」

 突然蘇る激痛。先程まで何の感覚もなかったはずなのに、突然のそれにアスランは目を剥く。

 ふと顔を上げれば、そこにはいつの間に近づいてきていたのだろう、デュランダルの姿があった。

 ぼんやりと霞む視界の中、アスランはその手元に注射器が握られているのを悟る。

 ああ、また何か入れられたのか。

 最早抗う気も起こらない。

 そんな自分に、心の中だけで自嘲する。

 アスランの上がる息に、デュランダルは面白そうに口端を歪めた。

 「どんな気分だね?ああ、声も出ないか・・・とても残念だよ」

 そう言って、残念そうに肩を落とすデュランダル。

 「もう少し弱くすべきだったかな?」

 苦笑交じりにそう言い置き、デュランダルはアスランの顎に人差し指を添えた。どうやらこれは、彼の癖らしい。

 そうしてデュランダルは、親指の腹でアスランの口端から零れた血を拭った。

 「次の薬も痛みを伴うが・・・先程のを耐え抜いた君にはそんなに苦しくはないと思うよ」

 そう言って微笑まれても、アスランの中には憎悪しか生まれない。

 それを知ってか知らずか、デュランダルはアスランから手を離し、立ち上がる。

 「モルモットがいるというのは、いいものだね。お陰で実験が捗るよ」

 「・・・・・」

 何も言い返せないアスランを尻目に、デュランダルはそのまま立ち去ろうとする。

 だがそれは、突然の声に止められた。

 「警察だ、動くな!!ギルバート・デュランダル、貴様を横領、違法薬剤製造、売買の疑いで逮捕する!!」

 張りのある声は、アスランにとって聞き覚えのあるもの。

 そう、それは、キラの家に押し入ってきた警官のそれだった。

 「・・・・・ほう、失礼だが、証拠はあるのかね?」

 そう言うデュランダルの表情には、何の動揺も見られない。

 そのことに苛立ちを感じたのか、警官はビシリと折り畳まれていた紙を広げて突き出した。

 「逮捕状だ!!お前のやったことは全て、エザリア・ジュールから聞いた!!」

 その言葉に、驚いたのはアスランだ。

 何故、イザークの母であり父パトリックの愛人でもあったエザリアの名前が挙がるのか。

 しかしその疑問は、直ぐに解消されることになる。

 「エザリア・ジュールを唆し、パトリック・ザラを殺害するに至った毒薬を渡したのは貴様だな?」

 何だと?まさか・・・・・。

 アスランは痛いのにも関わらず、瞠目した。

 「ふ・・・・・それは彼女の、狂言ではないのかね?」

 あくまではぐらかそうとするデュランダルに、ならそこにいるそいつは何だとアスランを指差す。

 反射的に、アスランは身を強張らせる。

 「ああ、彼はただ、寝ているだけだよ」

 警察に追われているから助けてくれと、私のところに尋ねてきてそのまま休んでいるんだ。

 気付けばアスランの横になっている場所は、いつの間にか固い床から柔らかく清潔なベッドに移されていた。

 一体、いつの間に。

 よくよく見てみれば朝日の差し込んだこの部屋は、眩しいくらいに白く、とても広かった。

 そこここに、様々な形状の機械類が置かれている。

 痛みに朦朧としている間に、運ばれたのだろうか。

 「っそんな言い訳が、通用するか!!」

 そう言い、警官はホルスターから拳銃を抜き取り、照準をデュランダルの脳天に合わせた。

 「・・・仮にも警官が、私のような一般人に銃を向けていいのかね?」

 その言葉に目を剥く警官。それを合図にするように、ズラリとデュランダルを取り囲む黒尽くめの男たち。

 「彼女を・・・否、彼女たちをここから出したまえ」

 その言葉に、アスランは眉を潜め、警官は苦渋の表情を顕にした。

 瞬間、視界の端に映った、鳶色。

 ドキリ、とアスランの胸が疼いた。

 「・・・・・キ・・・・・・・・」

 彼女の名前を呼ぶことすら、出来ない自分に。

 アスランの頬を、一滴の涙が伝った。

 動かない身体が、もどかしい。

 声を出せない自分に、嫌気がさす。

 早く走って彼女を守りたいのに。

 彼女の身に危険が迫っているのに、こんなに近くにいるのにも拘らず守れない事実。

 悔しい。

 「!?そんな、馬鹿な!!」

 ふと衣擦れの音がして振り向けば、動けないはずのアスランが起き上がっているではないか。

 デュランダルは信じられないとばかりに目を剥く。

 あの薬は、そう問うの痛みを伴うはずだ。きっと意識さえ朧だろうに。

 それなのに彼は、起き上がり、立ち上がろうとしている。

 まさか実験は、失敗だったのか。

 否、そんなはずはない。自分に、失敗などという汚点があるわけがないのだ。

 デュランダルは突然感じた薄ら寒さに、近くのSPから銃を掻っ攫い、銃口をアスランに向けた。

 「何を、やっているのだね・・・?君は未だ、寝ていなくてはならない。無理をすると、身体を壊してしまうよ?」

 あくまでも脅して布団に戻らせようとするデュランダルに、しかしここにいる人間でだまされる者は誰一人としていなかった。

 皆知っている。彼の裏の顔を。

 全てを仕組んだ、人物であることを。

 デュランダルは、銃口を向けても尚立ち上がろうとするアスランに引き金に力を込める。

 だがそれは、突如として響いた声に遮られることとなる。

 「アスラン!!!」

 その声は、先程まで物陰に隠れていたであろう少女の声。

 デュランダルの貌が、狂気に歪んだ。

 銃口が、アスランからキラに移される。

 SPたちも、それに呼応したように一斉に彼女に銃口を向けた。

 警官が慌てるが、どうしていいかわからず照準を震わせている。

 ニヤリ、とデュランダルの口端に笑みが浮かぶ。

 ドンッ!!!

 広い部屋に、響く銃声。

 舞う、鮮血。

 紫水晶が、驚愕に見開かれる。

 覆いかぶさる、人。

 それは、藍色と翡翠の色彩を持った、人。

 愛しい、人。

 愛しくて、愛しくて。

 「あ・・・・・ああ・・・・・・・・・・」

 目の前で起きた出来事が、信じられなくて、信じたくなくて。

 「あああ・・・・・あ、あああぁぁああぁああ!!!!!!」

 世界を遮断するかのように、視界を塞ぐ。

 床が冷たく、ひんやりとコレが現実なのだと知らしめるかのようだ。

 それが悲しくて、悲しくて。

 涙が次から次へと、頬を伝っては床に落ちてゆく。

 「・・・キ・・・・・ラ・・・・・・・・・・」

 不意に聞こえた、声。

 それが愛しい彼の零した声だと気付き、キラはハッと我に返った。

 「っアス・・・アスラン!!??」

 横にある彼の顔を覗き込み、必死に声をかける。

 「キ、ラ・・・ごめ・・・・・」

 「なん、なんで、謝るのさ!?」

 涙で震える声。

 彼は力なく、苦笑を浮かべているだけで。

 「あい・・・・・し・・・・・・・・・・」

 全ての音が、消える。

 アスランの息遣いも。

 周りの喧騒も。

 何もかも。

 「――――――――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真白な部屋。

 その窓際には、部屋と同化するような真白なベッド。

 そこに眠る人は、今まで一向に目を覚ますことはなかった。

 あれから早いものでもう、七年。

 キラは今年、三十になる。

 目の前で眠り続けるアスランもまた、三十になるのだ。

 だが彼は、目を覚まさない。

 医師曰く、多量の薬物摂取と撃たれたことによるショックが原因だと言っていた。

 あの後、デュランダルは逮捕され、懲役を科されて今も刑務所の中だ。

 エザリアはあと数年で、出られるという。

 イザークはアスランの代わりに、ザフトコーポレーションの社長として君臨していると言う。

 五年前にクライン財閥のご令嬢と結婚したという彼は、今でも時々この病室に見舞いに来る。

 世界はこんなにも変わったのに、彼の世界だけは変わらない。

 あの時から止まったままの、彼の時計。

 けれど、それでもキラは、彼から離れなかった。

 七年間、毎日アスランの病室に通い、身体を拭いてやったり、花を変えてやったり、話しかけてやったり。

 毎日がその繰り返しで、今はもう習慣となっていた。

 朝アスランの元へ来て、おはようと言って、そして仕事に行く。

 そして帰りがてらここにより、お休みと言って帰るのだ。

 その間にも世話は忘れないが。

 窓を開ければ、ふわりと春の風が部屋中を満たす。

 心なしか、花の香りがするような気がする。

 「ああ、桜が・・・・・」

 今年も、桜が咲いた。

 窓から数十メートル離れたところに植えてある、大きな桜の木。

 満開に咲き誇り、風と共に花びらが舞っている。

 「ねえ、アスラン?ほら、桜が綺麗だよ?」

 今年こそ、二人で見れたらいいのにねと、心の奥で言葉を紡ぐ。

 アスランを見やれば、やはり反応はなく、布団が静かに上下に揺れているだけだ。

 キラは苦笑を浮かべて、また桜に視線を向けた。

 

 

 

 ねえアスラン、知ってる?

 君はね、僕の心の中の孤独を消し去ってくれたんだ。

 短い間だったけど、一緒に生活した間、僕は孤独なんて忘れていた。

 そして君と離れ離れになってしまった時、これ以上ないまでの孤独を味わったんだ。

 僕は、君がいないと、生きていけなくなってしまったんだよ。

 だから今も、君の傍にいるんだ。

 このままずっと、目を覚まさないかもしれない。

 でもね、アスラン。

 それでも僕は、君が傍にいるってことだけで、安心できるんだ。

 たとえ君が目を覚まさなくても、君が傍にいるから。

 だから僕は、君から離れない。離れられない。

 ねえアスラン、僕はこのまま、君と一緒にいてもいいのかな?

 

 

 

 「・・・・・・・ラ・・・・・・・・」

 不意にぶわりと、風が強くなる。

 気のせい、だろうか?

 目を目一杯見開かせたキラの耳に、今度はしっかりとした声が聞こえた。

 「・・・キラ」

 両手で、口元を押さえる。

 そして、振り返った先には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正義を思い、自分の立場も顧みずに逃亡したアスランと、両親を失いどうしようもないほどの孤独を背負ったキラ。

 二人はお互い相手を思い、その気持ちを告げる術もなく共にいた。

 けれど、今。

 桜舞い散るこの季節。

 二人は七年と言う歳月を経て、思いを確かめ合った。

 桜の花びらが二人を祝福するかのように、春の空を舞っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき
皆様、ここまで読んでくださり、まことにありがとうございました。
漸く、納得のいく終わりを見せたこの話、考えてみればIf〜の次に書き始めた連載モノなのに、こんなに長い間悩むとは。
それでもここまでお付き合いいただいて、本当に感謝です!!!
アスラン、植物人間になってしまいましたが・・・。私としては本当に、成り行きに任せっぱなしで・・・。
計画性なくて本当に自分でも困ってます(笑)。
そんなこんなで、この話に終止符を打ちました。
又、この話は改バージョンです。前のはオリキャラがしゃしゃり過ぎてしまったので書き直しました。
それでは、また別のお話で。

2006/12/31   11:50

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Photo by LOSTPIA