『キラ!?何故、俺の番号を・・・・・?』
案の定驚きの声を上げて、イザークはキラに問うた。
「さっき、先輩の家に電話したんですけど、お母さんが出て、それで教えてくださったんです」
『・・・・・・』
何故か押し黙るイザークに、キラはほんの少し首を傾げる。
もしや、丁度仕事が忙しかった頃合にかけてしまったのか。
「あの・・・・・」
『いや、悪い。それにしても、どうしたんだ?お前の方からかけてくるなど、今までなかっただろう?』
キラの伺いに慌てて謝り、イザークは更に問うてきた。
「そのことなんですけど・・・・・」
キラは一瞬躊躇うが、目を閉じ一度大きく息を吸って、それを吐き出すと同時に言葉を紡いだ。
「・・・先輩はご存知ですか?・・・アスランの、ことを・・・・・?」
そしてまた、訪れる沈黙。
その沈黙が、なんだか怖く感じられて。
キラはゴクリと、固唾を呑んでイザークの返答を待った。
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咄嗟に物陰に隠れて、自分に銃口を向けてきたであろう人物を暗闇の中で捉える。
それと同時に、広い屋敷の中に響き渡る、小さな銃声。
警察が張っている可能性を否定し切れない為に、用心して音を制御しているのだろう。
それにしても、一体どこから入ってきたのだ。
ピッキングで入った自分も自分だが、少なくともアスランが入った時には中には人はいなかったはずだ。
否、息を潜めていたとも考えられる。
どちらにしろ、相手が銃を持っているのには変わりない。
また、近づいてくる、人。
ふと、角度を変えたからか、月明かりが相手を照らした。
「っ!?」
その風貌に、アスランは息を呑む。
何故なら目の前にいたのは、父親が死ぬ前までずっと抗い続けていた婚約者と同じ、ピンクのふわふわとウェーブのかかった腰まである長い髪に、
澄みきった青空を思わせる淡い青の瞳、そして美しい顔立ちを持つ人物だったからだ。
「ラ・・・ラクス!?」
ピタリ、とその女性は動きを止めた。
だが、構える銃はそのままだ。
「あたしはラクスじゃない!!」
途端、撃ち込まれる弾丸に、アスランは咄嗟に身体を傾けた。
ラクスじゃないとは、どういうことだ。
その姿かたちは勿論のこと、声まで一緒だと言うのに。
「あたしは、あいつじゃない!!ミーアよ!!」
その言葉に、愕然とする。
聞いた事はないが、まさか双子の姉妹か何かか。
「あんなっ!!日の光しか浴びたことがないような女と、一緒にしないで!!」
パシュッパシュッ・・・と続け様に撃たれる銃弾を、アスランは起用に避ける。
「なら、君は一体・・・・・っ!?」
避けながらも、アスランは疑問を我慢できずに尋ねた。
すると相手は撃つのを止め、脱力したようにそれを身体の横へと下ろした。
「ミーア・キャンベルよ。聞いたことあるんじゃない?」
キャンベル・・・確かに、どこかで聞いた事のある名前だ。
「・・・あんたの父親が潰した、キャンベルコーポレーションの社長の娘よ!!」
最も今はもう、存在しない会社だけどね。ミーアはそう付け足して、また銃を構えた。
「ちょっと待て!!確かにキャンベルは知っているが、父上はそこまで手は出していないはず・・・!!」
「そんなこと知ってるわよ!!あたしが言いたいのは、あんたの父親が潰したようなものだってこと!!」
慌てて反論するアスランの言葉を遮って、ミーアは更に言葉を付け足した。
「あんたんトコの会社が事業を伸ばしてきたせいで、うちの会社が倒産したのよ!!お蔭で家は借金だらけ。まともな生活も出来やしないわ!!」
月明かりに照らされる彼女の顔は、悲しいほど憎悪に歪んでいた。
その表情に、アスランは眉を寄せた。
確かに、事業拡大はザラ家にとっても会社にとっても名誉なことだ。
だが、それと共に付きまとう、憎悪や悲しみがあることは否めない。
それでも、そんな汚い、醜い世界であることを、身をもって知っているアスランだからこそ、最後までパトリックを尊敬できたのだ。
だからこそアスランには、ミーアの言葉は正しくも聞こえるし、筋違いにも聞こえるのだ。
「だが、それで会社が潰れたとしても、それは力が足りなかったからじゃないのか?」
アスランの言う言葉に、心外だとでも言うように思い切り眉を顰める彼女。
それに怯まず、アスランは言葉を紡いだ。
「潰れたのならそこまでの力しかなかった。そういうことだろう?そこで父上を憎むのは、筋違いじゃないのか?」
これでも人の子である。親を悪く言われて、むかっ腹が立たないわけがないではないか。
「っな、なんですって!?」
目を見開き、下唇を噛むミーア。きっと予想外の屈辱に、腸が煮えくり返っているのだろう。
しかしアスランは、そんな彼女に同情してやるほど暇人ではない。
怒りに打ち震えるミーアの隙を突き、素早く彼女の間合いに飛び込んで蹴りを入れる。
ガッ!!という音と共に感じられる、確かな手応え。
カララララ・・・と転がってゆく、一丁の銃。
アスランはその音を聞きながらも、蹴り上げた足を振り下ろしがてら遠心力を使って彼女の背中に回る。
そして彼女の両腕を絡め取って、片手で拘束した。
「っ!!??」
あまりに素早くてついていけなかったのか、ミーアはただ瞬きを繰り返す。
「君に、聞きたいことがある」
そう言ってアスランは、静かに言葉を紡ぎ始めた。
『・・・・・あいつが、どうかしたのか?』
長い沈黙の後、聞こえたのはそんな言葉。
「どうかって・・・・・いなくなったんです、置き手紙残して!!」
どうやらとぼけるつもりらしい彼の態度が気に食わなくて、キラは自然と声を荒げる。
『よかったじゃないか、厄介者がいなくなって。それよりキラ、そんなくだらない用事なら、もう切るぞ?仕事が未だ残ってる』
確認を取るも、既に声は遠い。慌てて待って!!と叫ぶが、代わりに聞こえてきたのは電話の切れた音だった。
ジュール親子はどうも、相手の言葉を待たずに電話を切る癖があるようだ。
キラは仕方なく電話を切る。
だが、そこで諦められるほど、キラのアスランへの気持ちは半端ではなかった。
性懲りもなく、またかけ直す。
しばらくの、コール音。
だが一向に出ない。出る気がないのだろうか。
終いには、留守番電話サービスセンターに繋がってしまった。
もう一度かけてもそうなるのだから、彼にはもうキラと会話する気は毛頭ないのだろう。
ならば。
「こっちから出向いていってやる・・・」
などと一人拳を握って立ち上がる。
それから、コートを羽織、そのポケットに財布と携帯を忍ばせ、玄関から出て鍵を閉める。
外は既に暗闇だが、まだ子供が寝るのにも早い時間だ。
キラは早足になりつつも、丁度来ていたエレベータに乗り込んだ。
迷わず一階のボタンを押し、扉が閉まるのを目の端に捉えながら壁に寄りかかる。
もうこの際、イザークに迷惑をかけようが、どうでもいい。
それ程に、アスランの身を案じるキラ。
少し自棄になった、というのも理由の一つではあるが、それでもアスランへの気持ちはそれの何倍かはある。
「兎に角今は、アスランの無事を知りたい・・・」
一人だけしかいないエレベータでそう一人ごちると、キラは静かに目を伏せた。
ここは、自分とアスランが初めて出会った場所。厳密に言えばあれは一階でのことだったが、この中には変わりない。
あの時はまさか、自分が仮にも犯罪者を助け、看病をして、天津さえ恋に落ちるなど、思ってもみなかった。
それなのに今はこんなにも彼を思っているのだから、恋というのは恐ろしい。
最初、彼がエレベーターに駆け込んできた時、ただでさえ表情には出さなかったものの、本当はとても驚いていたのだ。
藍色の髪は雨のせいで濡れて頬に張り付いているが、彼の色っぽさが感じられて。
翡翠の瞳はどこか潤んでいるようで、疲労を感じているようで。
そしてこの世のモノとは思えないほどに整った容姿。
どれも、キラの胸を騒がせるには、十分なものだったのだ。
その後すぐに口を塞がれたのにはそれ以上に驚いたのだが、彼が殺人犯という事実に気づいた時は、本当にショックだったのを覚えている。
もしかしたら、その時からすでに、自分は彼のことを思っていたのかもしれない。
しかし、彼はどうだろうか。
自分と同じように、自分を思ってくれているのだろうか。
キラはそう思ってすぐに頭を振った。
否、そんな都合のいい話があるわけがない、と。
きっと彼は、キラがこうしてわざわざ彼の無事を知ろうと動くことさえ、余計なことだと思うかもしれない。
それでも。
キラはこの足を止めることができない。
彼が望んでいないのならば尚更、彼の無事を知ろうが何だろうが、すべてはキラ自身が望んだことなのだか誰に邪魔されていいはずがない。
そんな屁理屈を心の中で思い浮かべていると、エレベーターが止まって扉が開く。
だが、足を動かすことはない。否、動かせなかった。
何故ならそこには、これから押し掛けようとしていた人物が、仏頂面で腕を組んで仁王立ちしていたのだから。
「イ、ザーク先輩」
あまりに突然のご登場だったので、心臓がバクバクと音を立てている。
「どこにいくつもりだ、キラ?今から出かけるのか?」
素朴な疑問とばかりに、イザークは躊躇なく問うてくる。
「え!?え、ええ、まあ、そんなとこです」
笑顔を引き攣らせながらも、なんとか言葉を紡ぐ。だがさすが先輩である。そんなキラの敏感な表情の変化を目敏く見つけ、怪訝そうな顔をした。
「まさか、会社に行こうとしてた、とは言わないだろうな?」
思わず、視線が泳ぐ。
そして聞こえたのは、盛大な溜め息。
「わかった。話す。ほら、上に戻るぞ」
そう言って、イザークは問答無用とばかりにエレベータに押し入ってくる。
キラも抗う気はないので、7階ボタンを押して大人しく立つ。
エレベータの稼動音だけが、二人の耳に届いた。
「やはり、白なのか?」
高層マンションのエントランスホールに置かれている観葉植物の陰から、女性の声が小さく響いた。
その後ろから、もう一人の男が顔をのぞかせる。
「そう見て間違いないと思うが・・・、まだ張るか?」
その言葉に、勢いよく振り返る女性、カガリ。
「もし仮に黒だとしても、きっと奴はもうここにはいないだろう」
続く男、キサカの声に、カガリは怪訝そうな表情で何故そう言えるのかと問う。
「奴は頭がいい。それに、人望もあると聞く。それなりに人には優しく接していただろう。恐らく、彼女に迷惑をかけないうちにと早々に出て行ったと思うがな」
「っ!?それを早く言え!!」
そう言って、カガリは慌ててエントランスを出て脇道に置いた車を目指す。
キサカも彼女の後を追いながら、彼女に車のキーを渡した。
カガリは器用に振り返ってそれを受け取り、すぐに車のロックを解除すると、助手席に乗り込んだ。
運転は、キサカの担当なのだ。
一応カガリも運転免許は持っているが、以前ハンドルを握った時に、大事故を引き起こしそうになったので、以来ハンドルを握らせてもらえないのだ。
カガリは、漸く運転席に着いたキサカを睨み据え、どうするかと険しい表情で尋ねた。
「ここら辺にはもう、いないと見ていいと思うぞ。心当たりはあるか?」
カガリ動揺険しい表情で、顎に手を添えて考える素振りを見せる。
「いや・・・そうだ!奴の実家は?」
犯人は必ず、現場に戻るというアレか、とキサカは内心で単純な彼女に溜め息を吐くが、今はそのくらいしか思いつく手がかりがないことは確かなので、
キサカはわかったと告げてエンジンをかける。
「飛ばすぞ」
その声を合図に、車が動き出した。
向かうはアスランの実家、人里離れたザラ家である。
未だ太陽が沈んでから、二時間を過ぎた頃のことだった。
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