「おはよう」
まだ眠いのか、キラは目を擦りながらパジャマのまま現れた。
その姿に目を剥くのは、数日前からキラの家に居候しているアスランだ。
「キラ!?その格好・・・・・?」
呆気にとられながらも尋ねるアスランは、少し顔が赤い。
「ん?ああ。今日、大学休みだから」
口許を手で覆い、キラは欠伸をする。
「そっか。もう二日・・・否、五日になるのか」
しみじみと呟くアスランは、傍から見れば身体の隅々から格好良さが染み出していて、キラの頬を無意識のうちに染めた。
今更だが、アスランの容姿はこの世のものとは思えないほど整っていて、キラが見惚れるのも無理はないほどに格好いいのだ。
「キラ、朝ご飯食べる?それともまだ寝る?」
アスランを見つめてぼんやりとしていると、突然声をかけられてハッと我に返る。
「あっううん!!うん、朝ご飯、食べるよ」
何故か慌てるキラにアスランは一瞬首を傾げるが、すぐに朝ご飯の仕度に取り掛かる。
キラはアスランの後をついて、一緒に準備を始める。
今日は二人、キラがどこかに出かけない限り一緒にいられる。
そのことが、アスランはなんとなく嬉しかった。
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朝ご飯を食べ終えて、キラとアスランの二人はリビングのソファで寛いでいた。
「・・・ねえ、キラ?」
新聞に向けていた目をキラに向け、アスランは不意に口を開いた。
「何、アスラン?」
大学のレポートらしきものを書きながら、キラは軽く答えた。
「ずっと不思議に思ってたんだけどさ、キラのご両親って・・・・・・・・・・?」
語尾は言いにくそうに濁して、アスランはキラの様子を窺うように問うた。
キラは一瞬ビクリと肩を揺らしたが、すぐに顔を上げて微笑を浮かべた。
けれどそれはどこか悲しげで、寂しげで。
「あ、別に、言いたくないことだったら・・・・・・」
そんなキラの微笑に罪悪感を感じ、いいんだよと続けようとするが、その声は次のキラの声で掻き消された。
「いないよ・・・・・」
ハッと息を呑む。
「もう、この家にも・・・この世にも・・・お父さんもお母さんも、いない」
途切れ途切れに紡がれる言葉。
それと同時に押し寄せてくる涙を必死で堪えながらキラは言葉を続けた。
「僕が高校三年生の時、信号無視の車に激突されて、そのまま・・・・・」
何故だろう。
今まで誰にも、両親の話なんてしたことなかったのに。
自分から言おうとも、思わなかったのに。
なのに何故か、アスランには言ってもいいような気がしたのだ。
「キラ・・・・・・・・・・」
別に強制されたわけでもなく、キラは自分から口を開いたのだ。
それは初めてのことで。
「だから、今は一人・・・・・ううん、アスランと二人だね、今は」
悲しげな微笑みを浮かべながら言うキラに、アスランは彼女を守りたいと思った。
それは自ら思ったわけではなく、本能的なもので。
けれど今はキラに守られている、そんな事実がなんだか情けなくて、悔しい。
「・・・そう・・・・・ごめん。嫌なこと、思い出させてしまったみたいで・・・・・・・・・」
そう言って俯くアスランに、キラはそんなことない、と首を振った。
「ちょっと前までは少し寂しかったけど、今はアスランがいてくれるから、寂しくも悲しくもない。・・・アスランのお蔭だよ」
今度は本当に嬉しそうに笑うものだから、アスランは顔を赤くしてしまった。
「それは・・・・・なんていうか、ありが、とう?」
なんて言えばいいのかわからなくて、取り敢えず礼を言っておく。
キラもそんなアスランの心情を察しているのか、どういたしましてと答えた。
「俺の母も・・・・・」
少し時間を置いて、アスランも口を開いた。
キラは何だろうと首を傾げてアスランの言葉を待った。
「俺の母も、俺を産んだ後すぐに他界してるんだ。だから俺は、母親に抱かれたこともないし、声も聞いたことない」
寂しさも、悲しさもない。
あるのは漠然とした母親の存在のみ。
「そ・・・か・・・・・・悲しいね・・・・・・・・・・」
けれどキラは、アスランの言葉に悲しげに目を伏せた。
「え・・・・・・?」
「悲しいね、人が死ぬって・・・・・僕、幽霊とか信じないし。だから偶に思うの。死んだら自分は、どうなってしまうんだろうって」
アスランの小さな問い返しに、キラはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「人の記憶に、残るかもしれない。けど、それも所詮はその人が生きているうちだけでしょう?だからいつかは忘れられてしまう」
静寂に包まれる中、淡々と述べるキラをアスランは見つめる。
「そうしたら、僕は・・・?死んだ人は、どうするの?」
人間も、生き物も全て、いつかは果てる時が来る。
不死なんて、有り得ないのだから。
けれど死んだ後はどうなるのかと、キラは疑問に思う。
自分が死んだ後、どうなるのかと。
「そうしたら、死んだ人たちは皆、いなかったことになっていく。無になって・・・・・それの繰り返し・・・・・・・・・・」
ソファの上で膝を抱えて、キラは顔を俯かせる。
この世に生けるものは皆、いつかは必ず死に絶える。
しかしそれはいつ来るのかもわからない、不規則なもの。
何年後か、何ヵ月後か、何週間後か、何日後か、はたまた何時間後か。
キラの両親のように、事故で突然死んでしまう場合も少なくないし、寿命で安楽死ということもある。
「・・・・・キラは、不安?」
アスランの問いに、キラはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
「死ぬのは、怖いと思う?」
アスランは真直ぐにキラを見据え、声を紡いだ。
「・・・・・・・・・・怖いよ」
目を伏せると同時に零れる涙は透明で、アスランは涙ごとキラに見惚れる。
「自分の存在が消えちゃうなんて、怖い」
嗚咽を漏らすでもなく、ただ静かに涙を流す。
「・・・・・そうだな。でも・・・・・・・・・・」
アスランが言葉を紡ごうとしている途中、インターホンが鳴った。
ピンポーン・・・・・。
キラは慌てて涙を拭うと、玄関に向かおうとする。
しかしすぐに立ち止まってアスランを振り返った。
「念の為、隠れといて?」
若しかしたら、家に上がるかもしれないと予想したのだろう。
アスランは素直にキラの言葉を受け入れ、実行に移した。
ドアの向こうで顔を確認した後、驚きを顕に開け放つ。
「イザーク先輩!?」
そこに立っていたのは、キラの大学の先輩であるイザーク・ジュールだった。
「久しぶりだな、キラ」
イザークは彼の母親にも見せたことのないような笑みを浮かべて、キラを見つめた。
「久しぶりって・・・・・どうしたんですか、急に!?てかどうして僕の住所知っているんですか?」
キラの記憶では、一度たりともイザークに住所を教えたことなどないはずだ。
なのに彼はここにいる。
「ああ、大学に行って聞いてきた」
なんともご苦労なことだ、と溜め息を吐きたくなるのを堪えつつも引き攣った笑顔を浮かべた。
「な、何の為に、ですか?」
キラの表情に違和感を感じることなくイザークは笑顔で答える。
「いや何。久しぶりに、後輩の顔を見たくなってな。上がらせてもらうぞ?」
そう言って強引に入ろうとするイザーク。
しかしそう易々と中に入れるわけには行かない。
中にはアスランがいるのだから。
イザークは何かと厳しいところがある為、もし見つかった時は問答無用で通報されるだろう。
「何をそんなに慌てている、キラ?」
怪訝そうにキラを覗き込むイザークの視線は、本人は無自覚でも鋭い。よって、見ている側はそれに恐怖を感じてしまうのも無理はない。
キラが固まっている隙に、イザークはさっさと家に上がりこんでしまう。
イザークが床に上がる足音で、キラは我に返って慌ててイザークの後を追いかけた。
「イザーク先輩!困ります!!」
ドタバタと煩いぐらいに足音が鳴り響く。
そうしている間にも短い廊下からリビングに抜けて、イザークは辺りを見回した。
「別に客人が来ている訳でもないだろう?どうしたんだ、キラ?それとも、俺と会いたくなかったか?」
寂しそうにそう言われては、言葉に詰まってしまうのも否めない。
「や、別にそういうわけじゃ・・・・・」
取り敢えず、アスランは隠れて気配を殺しているみたいだし、イザークも気付いていなさそうなのでなんとかやり過ごすことが出来そうだ。
キラがそう思って溜め息を吐いた、その瞬間。
事件は起きた。
「イザーク・・・・・?」
「・・・・・・・・・・アス・・・・・アスラン!?」
なんとまあ、アスランが台所の影から姿を現し、しかもどうやらイザークと知り合いのようで、イザークも彼同様、否それ以上に驚いたようだ。
イザークは驚きのあまりアスランを指差したまま口をパクパクと開閉させて固まっている。
「お前、どうしてここに・・・・・?」
心底不思議そうに首を傾げるアスランに、イザークは漸く我に返って反論する。
「な、それは俺の台詞だ!!!何故貴様がここにいるっ!?しかも、ふがっ!!!」
あまりに大きな声だったので、反射的にキラがその口を塞いだ。
「・・・・・説明は後でいい。けど、キラとイザークが知り合いだったなんて、以外だな」
イザークに興味をなくしたようにアスランは彼から目を逸らし、キラを目を向けた。
「イザーク先輩は僕の大学の先輩なの。在学中はサークルとか、いろいろお世話になって・・・・・」
苦笑を浮かべて返すキラにふぅん・・・と相槌を打ち、アスランはまたイザークを見た。
今度は真剣な、真っ直ぐな視線を向けて。
「イザーク・・・・・俺のこと、通報するか?」
どこか冷たさを含んだ声音で、問う。
キラはアスランの聞いたことのない低い声にビクリと肩を揺らしてイザークの口を開放した。
「逃亡犯の居場所がわかったと、通報するか?」
アスランの凍るような視線をものともせず、イザークはふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿者!!俺は貴様が犯人だと思ったことは、一度もないわ!!」
その返答に、アスランは目を丸くした。
「貴様があんなことをするやつではないことくらい、わかっている。俺を見くびるな!!」
憮然と腕を組みながら言い放つイザーク。
まさか、自分が無罪だと信じていくれている人がいたなど、思いもしなかった。
それも、自分を毛嫌いしていたはずのイザークが。
しかし、まだ彼の言っていることが本当だとは限らない。
隙を突いて警察に通報するような卑怯な男ではないことくらいアスランにもわかっていたが、やはり不安は消し去ることが出来ない。
「・・・・・どうして?」
イザークの言葉を信じたくて、少しでもその言葉に確信を持ちたい。
アスランが意を決して尋ねると、イザークは面倒くさそうに彼を見た。
「ああ?そんなの、決まっているだろうが」
イザークの言葉に首を傾げるが、イザークはどこか恥かしそうにそっぽを向いた。
「俺が一番、貴様のことをわかっているからだ」
ライバルとしてな、と付け加えるイザークの頬は、心なしか赤い。
照れているのだろう。
キラとアスランは今の状況を忘れて吹き出した。
「なっ!?笑うなっ!!」
反論するイザークの顔は先程よりも赤みを増して、キラとアスランは一層笑い声をあげた。
「・・・・・そうか。ならやはり、貴様ではないんだな」
一通りアスランから事件の真相を聞き、イザークは溜め息と共に確認する。
「ああ。しかし、真犯人が誰なのか、全く検討がつかない・・・・・」
顎に人差し指を添えて言うアスラン。
キラは空になった二人のカップを手に持ち、立ち上がった。
「お茶、入れてくるね」
キラの声に、二人は軽く返事をしてまた考え込む。
「・・・・・おいアスラン」
唐突に何か閃いたように言うイザークに何だと目を向けると、イザークは真直ぐにアスランを見つめて言った。
『ソレは若しかしたら、勢力争いが絡んでいるかも知れんぞ」
「勢力争い?なんでまた・・・・・」
ザフトコーポレーションは代々ザラ家が継いで来たもので、今まで一度たりともザラ家以外の者が実権を握ったことはない。
そんな会社で勢力争いなど、あっても兄弟間だけだろう。
しかしアスランには兄妹は愚か、親戚もいない。
そう、今現在でザラ家の血筋の者はアスランしかいないのだ。
そこまで考えて、アスランはハッと息を呑んだ。
「まさか・・・・・・・・・・」
「そう。ザフトコーポレーションの権威であるパトリック・ザラ氏を死に追いやり、その罪を息子のアスラン、貴様に背負わせ、会社の実権を握ろうと企んだ者」
悟ったアスランの言葉を肯定し、イザークは言葉を紡ぐ。
「イザーク。今のザフトコーポレーションを動かしているのは・・・!?」
メディアはアスランのことを放送しても、その会社のことまで話さない。
否、はっきりとした確証のないものは流さないだろう。
つまりはまだ、確実に実権を握ったわけではない微妙な立場にいるであろう人物。
それは。
「ギルバート・デュランダルだ。まだ社長代理だが、いずれ確定するだろう」
ギルバート・デュランダル。
そういえば、確か何度かザラ家に訪れていたような気がする。
「イザーク、頼みがあるんだが・・・・・」
ふと、アスランは思いついたように言葉を紡いだ。
「なんだ?」
自分に頼みごとなど珍しい、とイザークは目を丸くしつつも答えた。
だが、アスランの『頼み』を聞く間もなく、新たな客を知らせるインターホンの音が聞こえた。
キラは、はーい!と言いながら玄関に向かう。
アスランは先程と同じように台所の方に身を隠す。
けれど何故か、イザークもアスランの後についていく。
「なんでお前まで・・・・・?」
不満を言おうとするアスランの口を塞ぎ、イザークは息を潜める。
アスランも渋々ながら息を潜めた。
「はい・・・・・」
ドアを開けると、二人の男女が警察手帳を手にこちらを見据えていた。
「警察のものだ。最近、ここら辺りでアスラン・ザラと思しき人物を見かけなかったか?」
そう問うのは金髪に琥珀色の目をした、キラと同じくらいの歳の女性だ。
「え、と・・・見てないです、けど・・・・・?」
心臓がバクバクと音をたてる。
キラの表情も些か硬いものに変わっていて、警察官はそれを見逃さなかった。
「少し、中を拝見させてもらっていいか?」
寡黙そうなガタイのいい男性がそう訪ねると同時に、彼らはキラを押し退けて入って行ってしまう。
「・・・男物の靴?お前は、一人暮らしのはずじゃなかったのか?」
調べたのだろうか、警察官は不審な点はないか確認しながらキラに問う。
「今、大学の先輩が来てて・・・・・て、勝手に上がらないでください!!」
抵抗するのも虚しく、警察官はどんどん足を進めて行ってしまう。
リビングに着く手前にあるキラの部屋も、昔両親が使っていた、現在のアスランの部屋も全て余すところなく見る。
そして着いたリビングルームは閑散としていて人気がない。
「おい!誰かいないのか!?」
警察官が問うても一向に答えが返ってこず、警察官はイライラと眉間に皺を寄せていく。
「そこにいるのはわかっているんだ、アスラン・ザラ!!!」
警察官の怒鳴り声に、キラは肩を大きく揺らす。
しばらくして台所から衣擦れの音が聞こえた。
キラは不安を感じながら、息を呑む。
警察官二人はホルスターに手を伸ばし、警戒心を強める。
しかし、そこから現れたのは。
「煩いぞ、人の家で!!」
銀髪を綺麗に切りそろえ、冷たさをも感じさせるアイスブルーの瞳をした青年、イザーク・ジュールだった。
「な・・・・・アスラン・ザラはどうした!?ここにいるのはわかっているんだぞ?」
一瞬呆気に取られながらも、警官は喚き散らす。
「そんなヤツはここにはいない。俺は時々ここに泊まりに来るが、そんなヤツをこの家で見た覚えはない」
イザークはそういい終えると、警官たちを外へ追い出した。
もちろんイザークがここに来るのは初めてなので泊まったことは一度たりともないが、これはアスランのフォローの為だ。
今は取り敢えず、撒ける時に撒いておかねば後が困る。
警察官たちが帰ったのを確認して、キラはアスランに声をかけた。
「もう、大丈夫だよ」
しかしアスランは一向に姿を見せず、キラは首を傾げた。
「アスラン?」
キラは先程イザークが出てきたところに向かい、下を見る。
そこにはやはり、アスランが座っていた。
しかし様子が可笑しい。
「どうしたの、アスラン?」
やっと我に返ったのか、バッと顔を上げてキラを見て、何故か顔を赤らめた。
キラはそんなアスランに首を傾げるばかりで、そう間もおかずにイザークが戻ってきた。
「では、俺は帰るが・・・アスラン」
上着を手に取りながらアスランを見据え、イザークは彼の名を呼ぶ。
「・・・・・なんだ?」
徐にイザークと視線を合わせる。
「くれぐれも、キラに迷惑をかけるなよ?」
そう言って、イザークはキラの家を後にした。
後に残ったアスランは、真っ赤に頬を染めていたとか。
そしてそんなアスランをキラは不思議そうに見やっていたとか。
午後の暖かい光が、床を暖め続けていた。
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