「判決、アスラン・ザラを無期懲役に処す」 file;1 淡々と、無表情に、裁判官は判決を言い渡す。 言われた張本人はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 無期懲役。 つまりは一生を刑務所の中で過ごすということ。 しかし納得がいかない。 自分は何もしていない。 けれど、決定的な証拠があるという。 その為、どんなに訴えても信じてもらえない。 だが、やっていないものはやっていないのだ。 誰かを庇っているわけでもないし、自主をしたわけでもない。 十中八九、これは罠だ。 誰かが自分を陥れようと画策した、殺人事件なんだ。 どうして誰もそういう考えを思いつかないんだ。 この事件には他に、真犯人がいる。 父親を殺し、天津さえ自分も、恐らく父でさえ知り得なかった多くの横領を積み重ねてきた人物は同一だ。 そう、自分には殺人容疑の他に、多数の横領を重ねたとの疑いもかけられているらしいのだ。 兎に角、ちょっと頭を捻れば簡単に出てくる答えだ。 野放しには、しておけない。 しかし、どうやって? 警察も、裁判官も、弁護士でさえも、最早信じてくれる人物など存在しない。 皆、アスランが犯人だと決め込んだように、冷たい目で見てくるのだ。 ならば。 自分の力で調べ上げるしかない。 アスランは密かに逃亡を目論んだ。 カチャリ、と音をたてて開けられる車のドア。 傍らの警官に軽く押されて中に入る。 後部座席の真ん中。 両側には逃亡を許さないとでもいうかのように座る、ガタイの良い警官二人。 運転席とその隣の助手席にも、警官が座っている。 普通車に、大の男が五人。 傍から見ても、アスランから見てもむさ苦しいことこの上ない。 知らず溜め息を吐いてしまうのも、今のこの状態では致し方ない。 「おい、黙れ!」 溜め息一つ吐いただけで、これだ。 少しくらい、良いじゃないか。 そう思ってしまうのも、無理はない。 アスランは、今度は心の中だけで溜め息を吐いた。 そうして、考えを巡らせる。 逃亡を目論んだまではいいが、その方法が思いつかないのだ。 一度刑務所に入ったら、きっともう二度と逃げるチャンスなんてないだろう。 だから今が丁度、逃げ時なのだ。 しかし、先程も言った通り良い案が思い浮かばない。 両側をがっちり固める警官二人は勿論のこと、自分の手の自由を奪う手錠だって邪魔だ。 それに今は車で走行中。 逃げ場所なんてないに等しい。 ふと、急に重力が全身にかかり、前かがみになる。 思わず、座席に額をぶつけそうになったのを辛うじて堪え、アスランは眉を顰めた。 一体何なのだ、と。 別に、信号が赤というわけではない。 丁度アスランたちの走る車の数十メートル先で、大きなビルが黒煙を上げているのだ。 そして逃げ惑う、人々。 とても前には進めない。 車内がざわつき、それに合わせるように無線から声が聞こえる。 《爆発テロ発生、爆発テロ発生!!場所は―――――・・・》 緊迫した空気が重く、痛い。 仮にも殺人事件の犯人が乗っているのに、情報を流してはどうかと思うが、今はそれどころではない。 どうやら、無線で入ってきた『爆弾テロ』は、前方の高層ビルで起こったもののようだ。 もし、裁判所を出る時間が少しでも早かったら。もっと早く走っていたら。 自分も、自分を取り囲む警官たちも、爆発によって落ちてきた瓦礫などの下敷きとなり、今頃亡き者になっていたかもしれなかったのだ。 考えただけでもゾッとする。 しかし、とアスランは胸中で思案する。 警官は近くで起こったテロに動揺を隠せない様子だ。 それに今はテロのお蔭で車は停止したままだ。 絶好のチャンスではないか。 アスランはそう思うや否や、不安と動揺で落ち着きのなくした警官の鳩尾を、手錠でつながれた手を硬く組んで殴った。 一呼吸吐く間もなく、もう片方の警官にも同じように一発入れると、押しのけて車のドアを開ける。 「なっなんだ!?」 助手席に座った警官が、急に暴れだしたアスランを目の当たりにして叫ぶが、時既に遅し。 アスランはさっさと車から出ると、雪崩のように押し寄せる人々の群れの中に紛れ込む。 その後を、助手席に座っていた警官が追うが、テロのせいで逃げ惑う人々の中、アスランの姿を見失ってしまう。 いったん車に戻って捜索するのも一つの手だが、おそらくそう遠くへは行っていないはず。 警官は懐の無線機を掴み、車の中にいる同僚にこのまま捜索する旨を伝えると、アスランが向かったであろう方向を目指して走り出した。 ポツリ、ポツリ・・・・・。 水が降ってきたのかと思い空を振り仰ぐと、頭上には建物などなく、どんよりと暗く厚い雲が泣き出していることに気付いた。 雨か。 荒い息を吐き出す合間に、溜め息を吐いた。 どこかで雨宿りをしようにも、きっと警官たちが自分を探しているだろうから止まれるはずもなく。 取り敢えず隠れるところを探そうと辺りを見回すが、あるのは一軒家だけ。 メディアでは自分のことが大々的に取り上げられているだろうから、人と接触するのは得策ではない。 しかし、まさか不法侵入するわけにはいかない。そんなことをしては、せっかく無実を晴らしたとしても訴えられてしまうではないか。 アスランは次第に強くなってきた雨で、濡れて肌に張り付く髪を鬱陶しげにかき上げつつも走ることを止めない。 ふと目に入る、高層マンション。パッと見、十階くらいはありそうだ。 アスランはそこに狙いを定め、一気に全力疾走した。 今日はバイトがないので、早く帰れる。 キラは馴染みの友達に別れを告げると、一人家路についた。 キラの通う大学は彼女の家からそう遠くはなく、歩いていける距離だったので徒歩通学をしている。 途中降り出した雨に、そういえば今日は雨が降るって天気予報で言ってたなと思いつつ、持参してきた折り畳み傘を広げた。 たまに、傘を忘れてしまったのだろうか、濡れながら走っていく人も見受けられる。 今日の夕飯は何を作ろうかな、などと考えているうちに、自分の住む高層マンションに辿り着いた。 自動ドアが開き、傘を閉じながら入る。 ポタポタと水滴を落としながら、正面のエレベーターに向かう。 キラはここの七階にある部屋で、一人暮らしをしている。 両親はキラが高校三年生の時に事故で死んでしまった。 本当は、このまま働いて稼ごうかとも思ったが、キラを大学に行かせることが両親の強い望みだったので、大学に行くことにしたのだ。 一年出遅れながらも、なんとか受かった大学。 一人で学費を払えるはずもなく、必死で勉強して、奨学金制度により学費は免れた。 他の家を探そうかとも思ったが、家族との思い出の詰まった家を手放すなど、出来なかった。 なので、バイトをしながら大学に通っているのだ。 今日はたまたまバイトが休みで、久しぶりにゆっくり出来る。 エレベーターのボタンを押してしばし待つと、チン、と言う音がして扉が開く。 キラが中に入って閉めようとすると、外のドアが開き、次いで声が聞こえた。 「待って、乗ります!!」 キラは慌てて『開』ボタンを押して、人が到着するのを待つ。 中に入ってきた人物はよほど走ってきたのだろうか、息を切らしながらもありがとうと礼を言ってくる。 キラは微笑み、いいえと返すと、『閉』ボタンを押して、次いで『7』ボタンを押した。 「何階ですか?」 もうエレベーターは動き出したというのに、男は膝に手を置いて俯いたまま動かない。 そんなに疲れたのか。 しかし、それも束の間。 「んっんん―――!!!」 男は目にも留まらぬ速さでキラの背後を取り、細くも骨ばった手で口を塞いだ。 叫ぼうとしてもくぐもった声しか出ない。 キラは目尻に涙を浮かべながら、男の手を放そうともがく。 しかし、女であるキラが男の力に敵うはずもなく、口だけではなく身動き一つ取れなくなってしまう。 「すまない。黙っていてくれ」 行動とは裏腹の、どこか優しささえ感じさせる男の声に悪意は感じられず、キラはほんの少しだけ力を抜いた。 それに気付いたのか、男はキラの口を塞ぐ手を外して重い溜め息を吐いた。 「な、なんなんですか、貴方!?」 やっと自由になった口で、吐き捨てるように言うキラ。 それは至極当然の反応である。 しかし男は静かに!と自身の唇に人差し指を立てて黙るように促した。 キラはそこで初めて、男の顔を見た。 雨で濡れて水を滴らせる藍色の髪はどこか色っぽく、真摯でいて強い意志を感じさせる翡翠の瞳は、キラを真直ぐに見据えている。 青年を見た途端、頬が紅潮するのが自分でもわかる。 だがしかし、どこかでこの青年を見たことがあるような気がするのは気のせいだろうか。 「手荒なことをしてすまない。追われているんだ」 追われている?一体誰に?何かまずいことでもやらかしたのだろうか? そう思って思考をめぐらせる。 そして、思い出す。 今日の朝、天気予報の前に報道されていたニュースで、見たような気がする。 確か今日、ザフトコーポレーションの社長を殺し、その他にも様々な横領を重ねた、死んだ社長の息子の判決が決定する日だったはずだ。 それに、帰宅途中に通る電気屋の前に置かれたテレビで、判決は無期懲役だと言っていたはずだ。 その人物の名前は、顔写真と共に公表されていた。 目の前にいる青年と同じ藍色の髪に、翡翠の瞳。顔立ちまでもそっくり、というよりも本人だ。 「あっ貴方、あの、アスラン・ザラ!?」 失礼だと知りつつも、人差し指の先を悪い意味で有名なアスラン・ザラに向けた。 そうすると、機嫌を損ねたのか眉を顰めるアスラン。 「・・・・・どうして、貴方みたいな人が、ここに?」 相手を刺激させてはよくないと思い、声量を落とす。 「逃げてきたんだ」 そんなことはわかっている。 無期懲役を言い渡された人物が、うようよとそこら辺を歩いていて堪るものか。 「・・・俺は何もしていない。無実なんだ!!」 不思議そうな、怪訝そうな視線を感じたのか、アスランは言葉を続けた。 何もしていない?無実?ならば何故、無期懲役になるのだ。 「誰かが、俺を、嵌めたんだ・・・!そう、としか・・・・・考え、られない!!」 握り締めた拳に更に力を込め、アスランは俯き加減で途切れ途切れに言い捨てた。 「そんなこと言ったって貴方、逃げてきたんでしょ?どうするの?」 アスランの様子がおかしいことに気付かないキラ。 追い討ちをかけるように発されたキラの言葉に、困った様子のアスラン。 だがそれも長くは続かず、突然、アスランの身体が傾いだ。 アスランは慌てて壁に手をつくがその行為は虚しく、そのまま座り込んでしまう。 「えっ、どうしたの?ちょっと!?」 キラは慌ててアスランのもとにしゃがみ込む。そうして初めて、彼の様子がおかしいことに気付いた。 息は荒く、顔は蒼白で、憔悴しきった目は虚ろだ。 恐る恐るアスランの額に手を当てて、キラははっと息を呑んだ。 熱がある。 「大丈夫?・・・ああ、もう、どうしたら・・・・・」 おろおろとしているうちに、無常にも目的の階についてしまう。 まさか放置しておくわけにも行かず、キラは取り敢えず、アスランを自分の家に入れることにした。 「立てる?ちょっとだから!」 「・・・・・・・・・・ああ」 流石に抱き抱えることは出来ない為、アスランに肩を貸しながら立たせて歩き始める。 部屋に辿り着き、カバンの中から鍵を取り出す。 ガチャガチャと音をたて、その間も焦る気持ちが募る。 今は犯罪者がいるという恐怖よりも、病人を助けなければという気持ちの方が大きい。 やっと開いたドアをくぐり、アスランの靴を脱がしてあがらせる。 自分も靴を脱ぎ、元は両親の寝室だった部屋に入り、アスランを寝かせる。 髪の毛が濡れたままだったが、今の状況では仕方ない。 キラはアスランに布団をかけてやると、タオルやら何やらを取りに風呂場へと向かった。 しとしとと降り続ける雨は、まだ止みそうにない。 あとがき。 爆発テロは、アスランの事件とは関係ありません。 偶然起きたことです。 ・・・たしか。 |
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