街から約一時間車を走らせると、そこには一段と大きな邸宅が建っている。 細い道が一本通っているだけで、辺りを見回しても民家一つ見当たらない。 そんな中でも威厳を感じさせる邸宅の家主は、現在国でも一、二を争う大企業、ザフトコーポレーションの社長、パトリック・ザラである。 その邸宅の門前に一人、佇む男の姿があった。 しかし、その人物を見た者は一人もいない。 何故ならここは、人里離れた場所なのだから。 もしいたとしても、暗闇でこの男の顔など見ることは出来なかっただろう。 男は余裕で肩までつく、少し癖のある髪を風に躍らせながら、インターホンを鳴らす。 しばらくして、壮年の男性の声が返ってきた。 「デュランダルです。少し、例の件でお話が・・・」 デュランダルと名乗った男は、口端を吊り上げて答えた。 対するインターホンの向こうの男は、ああ、と納得したように門のロックを解除した。 『入りたまえ』 ギイィ・・・・・と重々しく開く門を、デュランダルは目を細めて見据えた。 「失礼します」 インターホンが切れた音が聞こえても尚、デュランダルは笑みを浮かべたままだ。 そして彼は颯爽と、玄関に向かって歩き出した。 門外には、デュランダルが乗ってきた車が一台。 運転手は運転席で、デュランダルを見送った。 file;0 「申し訳ありません。会社で話せればよかったのですが、何分、忙しくて・・・」 苦笑を浮かべながら、デュランダルは促されるままに客間のソファに座る。 目の前の男、デュランダルの上司であるパトリックも同じように、彼の対極に腰掛けた。 「いや。君の方から出向いてくれるとは、すまなかったな。侘びに、ワインでもご馳走しよう」 そう言って席を立とうとするパトリックを慌てて引きとめようとするデュランダル。 「いえ、結構です。車ですので・・・」 しかしパトリックは席から立ち上がり、歩き出そうとする。 「遠慮はいらん。私がそうしたいのだ。どうせ運転手でも連れてきているのだろう?」 デュランダルは最初から抵抗する気が無かったのか、すぐに「それではお言葉に甘えて」と返した。 「ごゆっくり」 見えなくなったパトリックの背中に、デュランダルは小さく囁いた。 目の前には、パトリックが毎日寝る前に飲む赤ワインのボトル。 パトリックはどうやら、グラスを取りに行ったようだ。 デュランダルは周りの気配に注意しながら、そのボトルを手に取った。 あれからグラスを取ってきたパトリックは、デュランダルと酒を飲み交わしながら現在思案中のプランについて話し合った。 話は着々と進み、三十分程経った頃。 「ではそろそろ失礼させていただきます」 デュランダルはそう言うと、グラスをテーブルの上に置いて立ち上がった。 「まだいいではないか」 パトリックは少々上気した顔をデュランダルに向けて引き止める。 「いいえ、社長。そんなわけには参りません。明日も仕事がありますし。そろそろ息子さんも帰ってくる頃でしょうし」 デュランダルの言葉に、パトリックは些か不機嫌そうに眉を顰めた。 「しかし・・・・・」 「今日のところは、これで」 追い縋るパトリックをサラリとかわし、デュランダルは鞄を持った。 「それでは」 口許に笑みを浮かべたまま、デュランダルは踵を返す。 「・・・ああ。気をつけてな」 パトリックは座ったまま、デュランダルを見送った。 話し相手が急にいなくなってしまったせいか、パトリックの背中は寂しい。 パトリックはそれを紛らわそうと、とくとくとワインをグラスに注いだ。 それから何分か経って。 突然、予告もなしに客間の扉が開いた。 「ここにいらしたのですか、社長」 透き通るような銀髪は短く、女性なのにキリリとしたその出で立ちは、男女問わず人目を引く。 「エザリアか。言ったであろう。二人の時は名前で呼べと。それから、敬語もいらん」 振り向きもせずに言うパトリックに、エザリアはクスリと笑みを溢す。 「わかっているわ、パトリック。つい、癖で・・・」 言いながら、パトリックの横に座るエザリアは彼の顔を覗き込む。 「何かあったの?難しい顔して・・・」 労うように眉根を寄せてエザリアはパトリックの様子を窺う。 「いや。仕事の件でな・・・」 気持ちを切り替えるように目を伏せ、エザリアに向き直る。 「それって、あのプランのこと?」 まだ安心しきれないのか、心配げに眉を顰めているエザリアに、パトリックは他人には滅多に見せない笑みを向けた。 「心配するな。今は関係ない。そうだろう?」 優しくそっと、エザリアの頬に手をやる。 「でも、貴方は納得してないんでしょう?」 エザリアはパトリックの手に自分の手を重ねる。 その言葉を聞き、パトリックは表情を曇らせる。 「致し方ない。後でアスランの意見も聞こうと思っているが、あれも・・・」 息子の名を呟くパトリックは納得がいかないようで、苦々しい表情を作る。 「でも、もしかしたら、ということもあるでしょう?」 そんなパトリックの考えを遮るように、エザリアは努めて明るく言う。 「しかし・・・・・」 尚もマイナスに考えようとするパトリックを止めようと、エザリアは顔を近づけた。 重なる唇と唇は、お互いに向ける愛情によって繋がれる。 それは幾度も離れては触れ、離れては触れを繰り返し、パトリックの息子、アスランが帰ってくるまで続いた。 アスランは一人、自室で重い溜め息を吐いた。 帰ってきて早々、父とその愛人エザリアとのキスシーンを目撃してしまったからだ。 こんなことは日常茶飯事で、しかしアスランは未だに慣れない。 慣れたら慣れたで、問題だろうが。 パトリックとエザリアはそんなアスランに遠慮してか、二人共にワインを飲んでいるようだ。 気を使わなくてもいいのに、とアスランは思うが、それを口に出せないのは唯の恥ずかしさか、それとも。 「俺はファザコンか・・・・・・・・・・」 また、溜め息を吐いた。 パトリックとエザリア。 二人は夫婦ではない。 パトリックはアスランの実母と籍を入れたままだし、エザリアにはアスランの一つ上の息子がいる。 世間一般ではこの関係を愛人関係、と呼び称するのだろう。 二人の関係は、アスランがまだ十六歳の時から続いている。 アスランの実母であるレノアは、アスランを産んですぐに病死したと聞いた。 エザリアの夫は、アスラン自身は全く知らない。 この際再婚してしまえばいいのに、それをしないのはお互いの息子を思っての行動だろう。 アスランやイザークにとっては、鬱陶しいことこの上ない。 はっきり言って、もどかしい。 何故ならそれが、他ならぬ自分たちの存在故なのだと知っているから。 アスランはまた、溜め息を吐いた。 一階の方で扉が開く音がする。 エザリアが帰ったのだろう。 アスランはまた深い溜め息を吐いて、一階に向かった。 決してエザリアを見送る為ではない。 否、別に見送ってもいいのだが、アスランにはそれ以上に大事なことがあった。 それは、アスランの一生に関わることなのだから。 一階に下り、リビングに向かう。 先程まで二人がいたゲストルームには、電気が点けられていなかったからだ。 「父上」 短くパトリックを呼ぶ。 「なんだ」 どこか不機嫌そうな声が返って来るが、アスランは気にすることも無く続ける。 「婚約の件なのですが・・・・・」 「それはもう取り消すことは出来んと何度も言っているであろう、アスラン」 溜め息混じりに答えるパトリックに、アスランは言いようのない怒りを感じる。 胸の中に、何やらどす黒い感情が渦巻く。 「しかし・・・・・」 声を押し殺し、思いの他低い声が出るがパトリックには効力など微塵も無いようだ。 「何度言えばわかるのだ?これはビジネスだ。上に君臨するものの一人として、もっと自分の立場を弁えろ」 そう言って、パトリックは立ち上がろうとした。 が。 「っ!!・・・・・うぐ・・・・あ・・・・・・・・・」 突然呻き声を上げ、喉を掻き毟り出すパトリックに、アスランは怪訝そうな目を向けた。 「?父上、如何・・・・・・・・・っ父上!?」 アスランの言葉を聞くより早く、パトリックは床に膝から倒れ伏す。 「あがっ・・・・ぐ・・・・・・・・・・・あず・・・・」 何かを言おうとしているのか、パトリックの口は開閉されるが、それは声にならない。 「父上!一体、どうなされたのです!?」 慌てて駆け寄るアスランの姿を見ることなく、パトリックは力をなくしたように目を閉じる。 アスランは慌てて揺さぶるがびくともせず、しかし口に耳を近づければ微かだが息遣いが聞こえることに安堵した。 「くそっ!!」 そう言い捨て、アスランは近くの電話機を手に取り、119を押した。 数分して現れた救急車に、パトリックと共にアスランも乗り込む。 その時既にパトリックは、心停止していた。 車内での賢明な蘇生活動も虚しく、パトリックはそのまま還らぬ人となった。 後に明らかになった死因は、毒殺。 犯人は―――――・・・。 「アスラン・ザラ。殺人容疑で逮捕する」 それは、身に覚えのないことだった。 あとがき あとがきというか、補足だけにしておきます。 パトエザ要素はここまでです。あっても少ないと思うのでご安心を。 それと、アスランが逮捕された理由は、ちゃんと後から出てくるので悪しからず。 |
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