ガヤガヤと、辺りの喧騒が耳につく。 とは言っても、店内にいるのはアスラン率いる総務課の社員だけなのだが。 「では、ついでに部長の退院も祝って、かんぱーい!!」 ニコルがビールの入ったグラスを高く掲げると、皆一斉に同じように乾杯!と言ってそれを飲んでいく。 アスランもニコルの乾杯の音頭に苦笑しながら軽くグラスを上げてからビールを一気に飲む。 「おっ!いい飲みっぷりですねぇ、部長!!」 隣にいたラスティが茶化すように言っているが、気にせず飲み干す。 「ふぅ・・・・・」 やはりアルコール分が少ない分酔いがまわらず、アスランは溜め息を吐いた。 アスランからは遠く離れているけれど、視界に入る位置にいるキラの存在が気になってしまって酔うに酔えない。 「なぁに黄昏てんですか、部長?」 大して酒を飲んでいないはずのラスティは、ここに来る前からテンションが高かったらしく、ご機嫌のようだ。 「黄昏てるのはお前の頭の方だろ?ほら、さっさと飲め」 嫌そうに眉を顰め、彼のグラスを指差しながら言ってやる。 「わかってますよー」 本当は何とも思っていないくせに、わざと口を尖らせて不満げに言う彼に苦笑して、アスランは自分のグラスにビールを注いだ。 十二月に入り、後幾日かで年が明ける。 今夜は総務課全員で『忘年会』をやることになっている。というより、もう既に始まっている。 当然参加者の中にはキラもイザークの姿もあるということで、アスランは自分が酒に酔って何か余計なことを言わないか心配で 堪らなかった。 しかしそんな心配は杞憂に終わり、寧ろ酔いたいくらいだ。 いっそ酔って、全てを吐き出したい。 けれどそんなことなどできるはずもなく、アスランは黙々と酒を飲み続けるのであった。 \… 「貴方は笊ですか、部長?」 忘年会が開始されて一時間ほど経った頃、ラスティとは逆隣にいるニコルが思いっきり不機嫌そうな顔をして問うてきた。 「なんのことだ?」 訳がわからない、と言った様子で首を傾げるアスランを見て、ニコルは溜め息を吐く。 「一体何本ビン空ければ酔えるんですか?」 アスランの目の前を埋め尽くすほど置いてあるビール瓶は、ざっと三十位はある。 「・・・アルコールが少ないからな。きっと、すぐに身体に吸収されちゃうんだろう」 困ったように笑うと、アスランはまたビールを呷る。 飲む早さも半端じゃなく、ニコルの顔は青ざめる。 「・・・・・普段、結構飲んでるんですか?」 不意に浮かんだ疑問をそのまま口にしてみると、アスランの肩が一瞬、ピクリと反応したのをニコルは見逃さない。 「・・・まあ、な。それなりに」 曖昧に答えるアスランに怪訝そうな表情を向けると、アスランは自嘲気味に笑って言った。 「ずっと酔っ払っていられたら、いいのにな・・・」 彼の心の中に渦巻く本音をなんとなく感じ取り、ニコルは敢えてなんでもないことのように笑い飛ばす。 「そんなことしたら、皆から嫌われちゃいますよ?」 そんなニコルの気遣いに、自分の情けなさと不甲斐なさを思い知らされ、アスランは苦笑する。 「・・・・・それもそうだな」 ビールを一気に飲み干すと、アスランはふと携帯に目をやった。 バイブが鳴って、振動しているのを止め画面を覗くと、アスランは驚愕の表情を浮かべた。 「どうしたんですか?」 怪訝そうにニコルが問うと、アスランは彼に画面を見せ付けるように向けた。 「『忘年会という楽しそうなイベントに私を誘ってくださらないなんて、酷い方ですわねVv』・・・?」 送信者名を見ると、ラクス・クラインという名前。 ニコルはその名前に聞き覚えがあるような気がして、記憶をめぐらせる。 「クライン社の令嬢だ。お前も、名前ぐらい知ってるだろ?」 アスランは答えを掴みあぐねているニコルに助け舟を出してやる。 そうすると、ニコルはああ!とぽんと手を打ち、アスランに笑顔を向けた。 「・・・・・なんだ、ニコル?」 満面の笑みでじっとこちらを見てくるニコルの視線に堪えきれず、アスランは冷や汗を流しながら尋ねてみた。 「よかったですね。彼女、美人だって噂だし」 どうやらニコルは、アスランとラクスが付き合っていると勘違いしているらしい。 あながち間違ってはいないが、どうにもその響きが嫌で、思わず違う!と大声で否定してしまった。 「そんなんじゃ・・・・・彼女は・・・」 キラが突然のアスランの大声に振り向いた、その時。 「あら。何が違うんですの?」 アスランの後方から、笑みを含んだ声が聞こえた。 恐る恐る振り返ると、先程アスランに図々しいとも取れるメールを送ってきた張本人、ラクス・クラインの姿があった。 「ラ・・・・・ラクス!?」 「はい!!お久しぶりですわ、アスラン」 ラクスは、誰をも魅了させるほど煌びやかな笑みをその美貌に乗せると、右手を頬に当てて首を傾げた。 「お・・・お久しぶりでもないでしょう?俺の見舞いにも来てくれましたし。・・・その節は、ご心配をおかけしました」 始めこそ驚いてはいたが、徐々に落ち着いて話し出すところはさすがと言うべきか。 「心配などしておりませんわ」 「・・・・・は?」 ラクスの予想外の言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまう。 「勘違いなさっていたら申し訳ありませんが、私はただ、婚約発表の日程をお尋ねしたかっただけですわ」 そんなこと、聞いた覚えはない。アスランはただ目を丸くして絶句してしまった。 「ですが、どうにも貴方が真面目に聞いてくださる気配がありませんでしたので、またの機会にしただけですわ」 そういえば、丁度ラクスが見舞いにやってきた時、自分は確か仕事のやりすぎで寝不足と酒と煙草の禁断症状に苦しんでいた ような気がする、とアスランは記憶を呼び覚ました。 「・・・それは、失礼しました」 素直に謝るアスランに気をよくしたのか、ラクスは笑みを深くした。 「いいえ、構いませんわ。現に今、お尋ねしに来たのですから」 「・・・・・そうですか。それは、ご足労ありがとうございます」 ラクスの言葉に、呆然と返すことしか出来ないアスランを、同情を含んだ目で見るニコル。 「それで、婚約発表の日程はお決まりになったのですか?あれから、何の連絡も来ないので、待ちくたびれてしまい ましたわ」 アスランはハッと真剣な表情に戻り、ラクスを見た。 アスランとラクスの初顔合わせの時から、ザラ家からは連絡一本寄越していないのだ。 あれだけ婚約を急かしておいたくせに、未だに何の連絡もしないのは単に、会社の経営にアスランが必要だからだろう。 婚約だ、結婚だとそちらの方にばかり気をとられていられたのでは、仕事をするのにも支障が出てしまうだろうと思い、 わざと日程を遅らせているらしいのだ。息子であるアスランにも何も言わず、だ。 「・・・申し訳ありません。まだ、父は決めていないようで・・・・・何か不都合でもお有りでしたら、俺から言っておき ますが?」 「そうですか。いいえ、結構ですわ。私も、少し遅らせてもらった方が都合がいいので」 それは自分と結婚したくないと言うことなのだろうか? と、アスランは心の中で呟いた。 「用件も済んだことですし・・・」 話を変えたラクスはアスランから目を逸らし、出口の方に目をやった。アスランが、やっと帰るのかと安堵したのも束の間。 「キラさんとお話してきますわ!」 狙った獲物は決して逃さない、とでも言うような眼差しで、しかし口許に微笑みを湛えたままキラのいる方へと向かう。 キラは丁度出口の近くにいて、まだラクスが自身の方に近づいてきていることに気付いていないようだ。 「キラ・・・・・・・・・・」 胸元の鎖が、シャラ・・・と鳴った。 「始めまして。私はラクス・クラインです。キラ・ヤマト様ですわね?」 キラの横に座ると、人のいい笑みを浮かべて自己紹介する。 ラクスの美貌の為か、はたまた酒の為か、キラの頬は心なしか赤い。 「は、はい!そうです、けど・・・」 困惑の表情をラクスに向けて、キラは首を傾げた。 この人は自分に何の用があるのだろう、と。 先程まではアスランと親しげに話していたようなので、彼の知り合いに間違いはないだろう。 だがそこで何故、自分のところに来るのだろうか。 まさか、まだ記憶が戻りきっていないのだろうか。 キラが一人、心の中で悶々と考えていると、ラクスはそれに気付いたのか、クスリと笑った。 「実は私、アスランの婚約者・・・・・」 キラの肩がびくりと震えた。一瞬だが、目も大きく見開いて、驚いていると言うより寧ろ、ショックを受けているようだった。 「・・・になる予定の者ですわ」 ラクスの心の中に、もしや、と確信めいたものが浮かび上がる。 「そ・・・そう、ですか・・・・・おめでとう、ございます」 言葉は途切れ途切れで、顔は俯かせて見ることが出来ない。これはもう、決定打だ。 「イザーク様とは上手くいっているのですか?」 わざと別の話を振り、キラの様子を窺う。と、彼女の肩が怯えたように震えた。 当のイザークはキラとは一番離れた所に座っているので、この会話は聞かれていないだろう。 しかし、キラには罪悪感があった。 自分の我侭で付き合い、別れた、男。 どうして何も感じずにいられようか。 どうして彼を気にしないでいられようか。 どうして罪悪感を抱かずにいられようか。 それでも、キラは震える唇を必死に動かして答える。 「イ・・・・・イザークとは、もう、別れ、ました・・・」 「あら。いつ、お別れになられましたの?」 悪びれもせずに問うてくるラクスを攻めることも出来ずに、言葉を返すキラ。 「アス・・・・・部長が、入院した、次の日です・・・・・・・・・」 「まあ・・・どうしてですの?アスランからは、幸せそうだとお聞きしましたのに」 頬に手を添えて、首を傾げるラクスに、キラはえ?と顔を上げた。 「しあ・・・わ、せ・・・・・?僕が?アスランが、そんなことを?」 最早、呼び方にまで気を配ることも忘れてキラはラクスの答えを待った。 「ええ。あの二人なら、きっといい未来を作り上げることが出来ると」 そんな・・・アスランが、そんなことを・・・・・? わかっては、いた。 記憶喪失のふりをしたままアスランの幸せを願おうと決めたその時から、わかっていたことなのだ。 自分がアスランの傍にいなければ、彼は必ずキラを見守ろうとする。 生まれた時、否、生まれる前からずっと一緒だったキラにはそのようなこと、手に取るようにわかるのだ。 「そう、ですか・・・・・・・・・・」 また俯いて、泣きたくなるのを必死に抑える。膝の上に乗せた手は色を失い、ギュッとスカートの裾を握ったままだ。 「・・・思い出したのですか?」 何の前触れもなく、淡々と確認される。キラは何も言うことが出来ずにただコクリと小さく頷くことしかできなかった。 「・・・・・なら、何故アスランに言って差し上げないのですか?」 「そ、れは・・・・・できません」 俯きながら、小さな声で告げる。 ラクスは何故、と首を傾げてキラの次の言葉を待った。 「・・・・・アスランの近くにいれば、絶対、何かしら不幸なことが起こってしまうような気がするんです・・・・・」 ポツリポツリと紡がれる言葉を、真剣な目を向けて聞くラクス。それに答えるように、キラは更に言葉を続けた。 「僕の誕生日の時だって、この前の銀行強盗事件の時だって・・・いつも、僕が傍にいた。記憶があろうとなかろうと、僕が傍に いれば、アスランは幸せになんてなれないんだ!」 ラクスの前だということも忘れ、自分の本音を吐き捨てる。 「・・・・・そうですか。似ていますわね、あなた方は」 漸く口を開いたかと思えば何やらおかしなことを言い出すラクスに、キラはきょとんと首を傾げた。 「アスランも、あなたも、お互いがお互いの幸せを願っている。それに・・・全て自分の中で抱え込んでしまうところも」 ニコリと微笑みながら、優しく囁くラクス。 「クラインさん・・・・・」 「あら、ラクスとお呼びくださいな、キラ?」 呆然とラクスの名前を呟くキラに、またニコリと笑って訂正を入れる。キラは慌てて、はい!と返事をして顔を赤らめた。 「それにしても・・・・・」 そう言って、アスランの方を向くラクスにつられてキラもそちらに目をやった。 「いつまで飲み続ける気でしょうか、アスランは・・・・・。あれでは身体を壊してしまいますわね」 心配げに眉根を寄せて、しかしラクスは人事のように呟いた。 キラも同じように眉根を寄せて、居た堪れないというように目を逸らそうとした、その時。目の端に、何やら光るものが見えた 気がして、そちらを見た。 「・・・あれは・・・・・・・?」 思わず声に出して問うと、ラクスはキラの目の先を追ってソレを見つけた。 ソレは、流石に熱くなってきたのか、アスランの肌蹴た胸元から覗くペンダントだった。 チェーンは細くて長めで、ペンダントトップは見た目、指輪のようだ。 「・・・・・いつも、肌身離さずつけているそうですわ」 微笑んでキラの方を見つめながら説明するラクスの言葉を聞いて、キラは疑問に思った。 前は、そんなのしていなかったはずなのに・・・。 「アレが何だか、お分かりになりますか?」 知るはずがない。長い間彼の元から離れていた自分が、知っているわけがない。 キラは静かに首を振った。 「・・・そうでしょうね。アレをつけ始めたのは、あの事故の後からだそうですわ」 ドクン、と心臓が跳ね上がる。 「え・・・・・?」 キラはラクスと目線を合わせ、次の言葉を待った。 「彼・・・アスランはあの日・・・・・あなたにアレを渡そうとしていたのだそうです」 ラクスの言葉に、またアスランの胸元を見る。 「あのペンダントトップ・・・・・アレは、あの日あなたに渡そうとした、婚約指輪だそうですわ」 淡々と、諭すように言われた言葉を、キラは自分の中で反復する。 あの日。 自分に渡すはずだった。 婚約指輪。 そんな・・・・・・・・・・。 キラは信じられないと言った体で、何度も何度も首を横に振る。 どうして。 どうして君はまだ、そんなものを持っているの? 自分が記憶を失くしている間もずっと、それを身につけて、想っていてくれたの? 君が傷付くのが嫌だから、距離を置いているのに。 それでも君はまだ、想っていてくれてるの? それとも・・・・・・・・・・。 それは思い出としての『モノ』なの・・・・・? そう思った瞬間、キラの胸がチクリと痛んだ。 |
PHOTO BYかぼんや