誕生日に一人でいたことなど、今まで一度だって無かった。

 けれど今では恋人も、母親もいない。

 父親は休みの日でも仕事で忙しいので、必然的に一人になってしまう。

 10月29日、日曜日。

 アスランはキラと同い年になった。

 休日のため暇で、そういえばまだ給料をもらっていなかったなと思い、銀行に行こうと仕度を始めた。

 初めての、一人ぼっちの誕生日。

 これから起こることなど、誰が予想していようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Z…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ、部長?こんにちは」

 銀行に着き、給料を下ろそうとしていると、急に後ろから声をかけられた。

 「ヤマトさん?奇遇だね、こんなところで」

 振り返り声の主がキラだと確認すると、アスランはまたモニターに視線を戻して画面に触れて暗証番号を入力していく。

 キラも隣のキャッシャーを使い、おそらくアスランと同じ目的で給料を下ろしに来たのだろう、モニターにタッチし始めた。

 それを気配で感じながら、ああ、また父上が送金してくれている、などと呆れながらもどこか嬉しげに給料を手にした。

 そうして早々に銀行を後にしようとキラに挨拶して踵を返そうとした時。

 「動くな!!金を出せ!!!」

 突然大きな声が聞こえたかと思うと、監視カメラを次々と銃で撃ち落していく数人の男たち。

 銀行内の客が慌てふためく中、アスランは冷静に男たちを観察した。

 ざっと数えて五人程だ。

 皆顔を黒いマスクで覆っており素顔を拝むことは出来ないが、その背格好からは全員男だと言うことがわかる。

 男の一人が窓口の女に向かって銃を突きつけ、金を出せと要求しているのを横目に、アスランはキラの様子を窺う。

 先程の銃声で恐怖を覚えたのだろう、小刻みに震えてまるで小動物のように縮こまっている。

 「ヤマトさん、大丈夫?」

 優しく、犯人たちに聞こえないよう静かに囁きかけると、キラは小さくだが頷き返してくれた。

 それに安堵の溜め息を漏らすと、アスランはキラを犯人たちの目から見えないように、背後に庇った。

 「ぶ、ちょう・・・・・?」

 既に目尻に涙を浮かべているキラは、アスランの行動に不思議そうに首を傾げた。

 「心配しなくても、大丈夫だよ。俺がいるから・・・・・イザークじゃなくて、悪いけど」

 苦笑気味に言ってやると、キラは慌てて首を横に振った。

 「そんなこと・・・部長には助けられてばっかりで、本当に、ご迷惑をおかけします」

 おそらく、キラは数ヶ月前の事故のことを言っているのだろう。アスランの心が少し翳った。

 「・・・気に、しなくていいと、言っただろう?・・・・・もう、過去のことなんだから」

 苦々しげに視線を外すアスランが、キラには迷惑しているのだと感じられて、思わず俯かせてしまう。

 「おい、どうした!!早くしろ!!!」

 突然、犯人の怒号が響き、銀行内の人々を震え上がらせる。

 「も、申し訳ございません。ただ今、ここにはそれほどの金額は・・・」

 係りの女が恐る恐る説明しようとするが、犯人に銃口を向けられたことによって遮られてしまう。

 「さっさと用意しろ!!五分だ、五分!!!それまでに五千万集められなかったら、人質を殺す!!!!」

 キラのことばかり気にかけていたせいか、銀行内は先程とは打って変わって、客や銀行員たちは一箇所に集められ、犯人たちは

三人に減っていた。

 おそらく、後の二人は銀行内を見回っているのだろう。

 それにしても、五分で五千万とは無理がある。

 いくらこの銀行が大きくて、金がたくさんありそうだといっても、窓口にそんな金額を置いておくほど馬鹿ではないだろう。

 金庫についても、最奥の入り組んだところにあるに違いない。

 そこについて戻るまで、五分以上はかかるのではなかろうか。

 「おい、そこ!!何をしている!?早くこっちに来い!!」

 突然こちらに銃口が向けられて、アスランとキラは息を呑む。

 仕方なしにアスランはキラを支えるように肩を抱き、客たちのいる方へ歩き出す。

 そうしている間にもはずされる気配の無い銃口を鬱陶しく思いながらも、アスランは常にキラの様子を窺う。

 なんだかキラは自分といると、何かしらの不幸な事件に巻き込まれているような気がする。

 それがなんだか申し訳なくなって、アスランはキラを直視することが出来なくなった。

 他の客たちは犯人たちによって壁に顔を向けてへばり付かされている状態だ。

 アスランもキラの肩を抱いたまま、彼らに倣う。

 「他に客はいないんだろうな?」

 アスランたちに銃口を向けた男が他の仲間たちに問う。

 どうやら、今現在壁に張り付いている人たちが全員らしい。

 なんてタイミングが悪いんだろう。

 しかも今日はアスランの誕生日だ。

 本来なら祝うべき日なのに。

 アスランは溜め息を吐き隣のキラを見る。と、彼女の顔は血の気が無く、身体も小刻みに震えていた。

 「キ・・・ヤマトさん、大丈夫?」

 どうにも、未だにファーストネームで呼びそうになる時があるから困る。

 アスランは犯人たちに聞こえないように小声で労わるように囁いた。

 「・・・・・だ、じょぶ・・・です・・・・・・・」

 耳を澄まして集中しなければ聞こえない程小さな声で、キラは小さく頷いた。

 しかし、アスランにはどうにも大丈夫そうには見えなかった。否、誰が見ても疑うだろう。

 「座った方がいいんじゃない?ほら・・・」

 そう言って座らせようとすると、目敏くこちらの行動を見つけた犯人の一人が大声を張り上げた。

 「お前らぁっ!!勝手な真似すんじゃねえ!!!」

 ドンッ!!と音がして、金属を弾くような音が聞こえた。

 脅しの為か、男が一発アスランの足元の床に撃ち込んだようだ。

 少なくとも、今撃った男は銃のコントロールが出来るようで、少し安心する。

 「彼女、具合が悪そうなんだ。人質が倒れて困るのは、お前らだろう?」

 アスランはキラを庇いながら反抗するように男を睨んだ。

 「黙れ!!」

 アスランの言葉にカチンと来たのか、男はまた銃を構えた。

 「おい、やめとけよ!」

 男の仲間が静止するのにも構わず、男は引き金を引く。

 アスランは咄嗟に、キラを突き放す。

 その数瞬後、ドンッ!!と、今度は何か弾力のあるものに当たったような音が銀行内を支配した。

 「っく!?」

 その音の正体は、アスランの右足のズボンの色が見る間に色を変えていくことで判明した。

 撃たれたのは右足だけのはずなのに、まるで全身を射抜かれたように痛みが指先まで伝わってくる。

 「部長っ!?」

 キラの悲痛の叫び声が聞こえて、アスランは正気に戻る。

 キラには幸いにも銃弾が当たらなかったようで、ホッと息を吐くのも束の間。

 「・・・っ何てことを!!」

 突然大きな声を上げて立ち上がると、アスランを撃った男に向かって駆け出した。

 「・・・っつ・・・・・キラ!?」

 つい名前で呼んでしまっても既に遅く、キラは犯人たちに突っ込んでいく。

 アスランは痛む全身を叱咤して立ち上がり、キラの後を追う。

 ふらつく足を前へ前へと出し、キラの元へ近づいていく。

 しかしその間にも、キラはアスランを撃った男の胸倉を掴んで揺さぶる。

 「やめろよっこのぉ!!」

 男は懸命に振り払おうとするが、細い身体のどこにそんな力があるのか、キラはなかなか放れようとしなかった。

 彼の仲間たちは、始めこそ呆気にとられていたもののすぐに気を取り直し、キラを放そうと手を貸し始めた。

 「よくも、よくもぉ!!」

 よろめきながらアスランは、キラの行動に驚いていた。

 どうして他人の自分の為に、そこまでするのだろう、と。

 もしかして、記憶を取り戻したのだろうか。

 そんな淡い期待を抱くがすぐに頭を振って否定する。

 違う。そんなわけない。自分に都合のいいように考えてはだめだ。

 また、自分を束縛する。

 「・・・キ、ラ!やめろ!!」

 漸く辿り着き、犯人の男たちを押しのけてキラの腕を掴む。

 足が、痛い。

 けれど今止めなければ、キラが危ない目に遭う。

 「いい、加減に・・・」

 下から両脇に自身の腕を入れて羽交い絞めにする。

 キラは未だに暴れていて、アスランの足の痛みを刺激する。

 「い・・・・・やだ・・・いやっ!!」

 何が嫌だと言うのだろうか。アスランは首を傾げつつも腕の力を緩めず、キラが大人しくなるのを待つ。

 しかし一向に静まる気配の無いキラにどうしたものかと思い、声をかけることにした。

 「大丈夫、だよ・・・・・大丈夫。俺は、なんとも無いから、ね?」

 優しく囁きかけると、漸くキラの力が弱まる。

 何故だか犯人たちも安心したようで、安堵の息を吐いている。

 だが、安心するのはまだ早い。

 外からは騒々しくサイレンが鳴り響き出し、次いで『警察だ!お前らは完全に包囲された。大人しく出て来い!!』という、少々

低めの女の声が聞こえた。

 「警察!?っくそ、通報しやがったな!?」

 犯人の一人が吐き捨てると、他の男たちも一斉に銀行員の方を睨んだ。

 「ひいぃぃぃ!!??」

 片隅に固まっている銀行員たちが引き攣った叫び声を出し、男たちから目を背ける。

 「金はどうした!?もう五分過ぎてるじゃねぇか!!」

 時計を見れば、あれからもう六分は経過していることに気付いた。結構細かい。

 「ちっ!!警察来ちまったじゃねぇか・・・」

 「おいオルガ!どうすんだよ?」

 犯人の名前、一人判明。

 「そんなんスティングに聞けよ、クロト」

 オルガは面倒くさそうに答えると、そっぽを向いた。クロトはそんなオルガを不機嫌丸出しといった体でマスク越しに睨み

つけた。

 「うざーい・・・・・」

 アスランを撃った男が、オルガ以上に面倒臭そうに銃を構え直した。

 「シャニ、お前はもう銃を持つな!」

 オルガが忠告すると、シャニは銃を床に投げた。

 「っ馬鹿!!それオープンボルトじゃねえかっ!!!」

 だが叫んだのは銃がシャニの手から放れた後で。

 アスランは反射神経よく、キラと共に床に伏せた。が、時既に遅く。

 ドンッ!!と鈍い音が聞こえたかと思うと、アスランの呻き声が聞こえた。

 「ぐっうぅ・・・・・」

 キラを抱えたまま倒れこんだので、必然的に彼女を押し倒す形になってしまうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 いつまでたっても起き上がろうとしないアスランを不思議に思ってか、キラは顔を上げようとするがアスランの体重に女のキラが

勝てるはずもなく、体勢を変えることが出来ない。

 「お、おい、大丈夫か!?」

 オルガが焦ったようにアスランに近づき起こそうとする。

 「シャ〜ニ〜?お前、これじゃ強盗殺人じゃないか」

 クロトが呆れたようにシャニを攻めるが、当の本人はどこ吹く風。

 「知らなーい。あいつが勝手にそこにいたんじゃーん」

 間延びした声が、無常にもキラの耳に辿り着く。

 オルガがアスランを仰向けにしたことでキラは解放され、上半身を起こしながらアスランに飛びつく。

 「・・・・・ぶ、ちょ・・・部長・・・・・・・部長!!」

 大声で揺すってもアスランには届いていないようで、彼は先程のキラのように蒼白で、閉じられた瞼は硬く閉ざされている。

 「嘘・・・・・そんな・・・・・・・・・」

 揺すっても、揺すっても、何の反応も無いアスラン。

 辛うじて息はしているが、既に虫の息で。

 キラは大粒の涙を後から後から零しながら、諦めずにアスランを揺すり続けた。

 一人にしないで。

 僕を置いていかないで。

 君はずっと、僕と一緒にいるって言ったじゃないか。

 そこでハタと思考が止まる。

 いつ?

 どこで?

 だれが?

 この気持ちを、どこかで感じたことがある。

 キラの脳裏に、フラッシュバックのように記憶が甦っていく。

 

 『・・・・・キラ』

 

 『好きだよ、キラ。愛してる』

 

 『キラは俺が、一生守っていくから』

 

 『ねぇキラ?俺たち、ずっと一緒、だよな?』

 

 ああ、そうだ。

 先に裏切ったのは、自分だ。

 アスランが言った言葉に、自分も同じ気持ちだと言ったではないか。

 ずっと一緒にいようと、二人で約束したではないか。

 それなのに。

 それなのに。

 自分は、忘れてしまった。

 約束も、彼への気持ちも、彼を愛した時も全て。

 アスランは、自分をどう見ていたのだろうか。

 アスランのことをきれいさっぱり忘れて、彼に見せ付けるようにイザークと付き合っていた自分を。

 キラは自分が醜くて、情けなくて、けれど自分を守ってくれたアスランに嬉しさを感じた。

 矛盾した思い。

 けれどそれが自分の本心だと認めてしまうと、妙にすっきりして。

 しかしすぐに、アスランの背中から血が流れているのに気付いた。

 「あ・・・・・スラ・・・・・・・・・?」

 赤黒い液体が、床に流れ広がっていく。

 多量の血液が、キラの膝にまでも届く。

 「アス・・・・・アスラ・・・・・・・・・!!」

 彼を呼ぶ声は、弱々しく。

 「だめ・・・・・いやっ!!おき・・・・・起きて!!目を開けて・・・・・・・・・・」

 手を握ってみれば、氷のように冷たくなった肌。

 「アスラン!!ごめ・・・ごめんね?僕が、犯人になんか掴みかからなければ・・・僕がもっと、大人しくしていればっ・・・」

 後悔しても遅いとわかっているけれど。

 「君を・・・忘れてしまって、ごめんね?もう、忘れたりなんか、しないから・・・・・」

 少しでも彼を繋ぎ留めておきたくて。

 「君を・・・・・・・・・愛しているから・・・・・」

 ああ、どうしてアスランは、自分といると不幸な目に遭ってしまうのだろう。

 記憶を無くす原因になったあの事故もそうだ。

 アスランは自分に傷がつかないように優しく、力強く抱きしめ、守ってくれた。

 自分は無傷で、アスランは大怪我を負ってしまったのだ。

 だから思ってしまった。

 自分さえアスランの傍にいなければ、彼はこんな危ない目に遭わずに済むのではないかと。

 だから自分は、アスランから離れようと思ったのだ。

 けれどアスランを愛し過ぎてしまったキラには辛いから、アスランが苦しむだろうとわかっていながら、忘れようとしたのだ。

 幼い時からずっと一緒だった幼馴染で。

 隣にいて当たり前の人で。

 自分を愛してくれて。

 自分も愛した人。

 けれど自分が近くにいることで彼が不幸になってしまうのならば、離れようと。

 離れてしまえば、彼はきっと幸せになれるだろうと。

 そう、信じていたのかもしれない。

 「アスラン!!!」

 力一杯そう叫び、俯いて嗚咽を漏らす。

 「うっ・・・・・ひっ、く・・・・うえ・・・・・」

 肩を震わせ、涙をポロポロと零していると、ふと小さな掠れ声が聞こえたような気がした。

 「・・・・・キ・・・なか・・・・・いで・・・・・・・・・」

 驚いて顔を上げれば、薄っすらと目を開けて穏やかに淡く微笑むアスランの姿。

 「ア・・・・・・・・・・」

 「だ、じょぶ・・・・・だか・・・・・ら・・・・・・・・」

 泣かないで、と口を動かそうとした時、フッと力を無くしたようにアスランの瞼が下りる。

 沈黙。

 外からの沢山の、足音。

 ざわめく銀行内。

 けれど、キラの耳にはどれも届くことは無かった。

 「・・・い、いやあぁああああぁぁああ―――――!!!!!!!!」

 キラの叫び声は辺りの喧騒に紛れて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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PHOTO BYかぼんや