会社に復帰してからずっと、空き時間には煙草を吸い、夜は眠れない為酒を飲む。

 日に日にその量は増していき、最近ではニコルでさえも何も言わなくなってしまった。

 別に、仕事に支障をきたしている訳でもないし、欠勤することも無い。

 だが、長い時間デスクに座っていると禁断症状というものだろうか、手が震えて仕事が満足に出来ない時が多くなってきた。

 これは流石に、まずいだろうか。

 しかし、一度始めてしまったものはなかなか止められるものではなくて。

 アスランは相変わらず、煙草と酒に埋もれて生活していた。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 暑さは既になく、紅葉の葉が紅く染まり艶やかな色合いが俗世を飾る。

 そんなある日のことだ。

 身体が、だるい。

 頭が痛いし、関節も動かし難い。

 この症状は十中八九、風邪だ。

 やはり、煙草と酒ばかりの生活は身体に悪いのか、それとも単に季節の代わり目だからだろうか。

 どちらにしろ、休むわけにはいかない。

 今現在、ザフトカンパニーでは今までに無い大きなプロジェクトを成功させようと、皆大忙しだ。

 会社の未来がかかっていると言っても過言ではない事業開発。

 そんな時期に総務部部長を務めるアスランが休めるはずも無い。

 今の時期、定休日を返上して仕事をしている者も少なくないが、後三日行けば、休む時間もあるだろう。 

 アスランは鈍く痛む頭を抑えながら、ベッドから起き上がった。

 そのまま洗面所に行き、身支度を始める。

 上半身裸になり、洋服箪笥からハンガーにかかっているワイシャツを手に取る。

 首にかけた鎖が、動くたびにシャラシャラと音をたてる。

 今でも肌身離さず身につけているそれは、アスランにとってはキラそのものなのだ。

 例え、同じ職場に彼女がいたとしても、それは自分に苦痛を与えるだけで。

 アスランは重い溜め息を吐きだした。

 ワイシャツを着てズボンを履きベルトを締めて、適当なネクタイを選ぶ。

 上手く指が動かず少し不恰好になってしまったが、やらないよりはマシだろう。

 カバンの中身をチェックし、時計を見やる。

 今日はどうせまともに運転なんて出来ないだろう。

 なので、いつもより早く出てラッシュの時間に当たらないようにしなくてはならない。

 それでなくとも立っていることさえ辛いのに、人込みなど行ってみればきっと自分は倒れてしまうだろう。

 アスランは仕上げとばかりに背広を羽織ると、マンションのくせに無駄に広い玄関を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスランはラッシュ時間より一本前の電車に乗ると、まだ空いている車内の椅子に腰掛けた。

 朝起きた時よりも具合が悪く、意識が朦朧としていて視界がぐらつく。

 冷や汗が流れて額や頬を濡らし、手に落ちる。

 ハンカチで拭っても、次々と流れてくるのでキリが無い。

 取り敢えず額をおさえ、目を閉じると脳裏に甦るのは愛しいキラの姿。

 アスランが少しでも具合悪そうにしていれば一目散に気付いて看病してくれた。

 アスランは元々表情を隠すことがほとんどで、具合が悪かろうと気分が優れなかろうと、母親でも気づく事は稀だった。

 けれどキラだけは、そんなアスランの心のうちまでわかってくれる、唯一の理解者だったのだ。

 そのキラといえば、今ではアスランと距離を置き、イザークのことだけを見ている。

 悔しくて、遣る瀬無い。

 けれど、仕方ない。

 諦めているのだ、事故が起こったすぐ後に。

 だからそれを蒸し返すことはしない。

 そんな愚かなことは。

 キラさえ幸せになってくれればそれでいいと。

 逃げているだけだと言われても構わない。

 そんなことはただの言い訳だと言われても構わない。

 また傷つくのが恐いから、と最近思うようになってきた。

 そうなのかもしれない。

 キラがいなくなってから、随分といろいろなことを考えた。

 出せなかった答えもたくさんある。

 けれど、ちゃんとはっきりした答えもあるのだ。

 自分がキラをどう思っている、とか。

 キラは自分をどう思っていたのか、とか。

 今はどう思っているのか、とか。

 出た結論を否定したい時もあった。

 そんなことはないと。

 けれどそれが真実だと一度認めてみれば後は簡単で。

 あっさりと受け止めることが出来たりもした。

 それでも一つだけ、わからないことがある。

 キラは本当に幸せになれるのだろうか、ということだ。

 あの時は本当に、イザークが幸せにしてくれるだろうと信じていたが、考えを巡らせていけばいく程、わからなくなっていった。

 イザークは、仕事以外では何も言ってこない。

 自分からも、イザークに何かを言うことはなかった。

 それは暗黙の了解で、聞くまでもないことだ。

 けれどよく考えてみると、自分は聞くのが恐かっただけかもしれない。

 イザークから、キラを『もらう』と、面と向かって言われるのが。

 だから彼を刺激するようなことは一切せず、もしかしたらイザークはそんなアスランの心情をわかっていて何も言わないのかも

しれないと。

 考えれば考える程、思考が悪いほうに傾いていく。

 もしかしたら、もしかしたら、とあてもない仮定を思い浮かべて気持ちを沈めていくのだ。

 それが何ヶ月も続けば、最早立ち直ることはほとんど出来なくなるのも無理はない。

 言いたいことも言えずに自分の中で考え、悪い方に悪い方に考えてしまうのだ。

 アスランはそんな自分の性格に、重い溜め息を吐いた。

 今のうちに少しでも身体を休めておこうと、顔を俯かせる。

 「あの、お隣よろしいですか?」

 もう少しで意識を手放そうというところへ、聞き慣れ過ぎた声が耳に入ってきた。

 あまりに突然のことだったので、アスランは思わず頭が痛いことも忘れて思いきり顔を上げた。

 案の定、ふらりと身体が傾いでしまった。

 「あ!!」

 声の主は慌てて両手を使ってアスランの身体をおさえ、そこで初めて彼の顔を見た。

 「ぶ、部長!?大丈夫ですか?」

 「・・・ああ、大丈夫だ。すまないな、キ・・・・・ヤマトさん」

 声の主、キラ・ヤマトは、心配げにアスランの顔色を窺い、目を丸くした。

 無理もない。

 アスランの額は冷や汗で濡れて蒼白で、浅い呼吸を繰り返しているのだから。

 誰が見ても、アスランの具合が悪いことは一目瞭然だ。

 「大丈夫じゃないですよ!!今日は帰った方が・・・」

 「そういう訳にはいかないだろう?」

 尚も言い募ろうとするキラを制し、苦笑を浮かべる。

 けれど顔色が悪いのは消えず、一層痛々しげに映ってしまう。

 「でも・・・・・」

 アスランは、変わっていないなと内心で微笑んだ。

 キラはよく、道端とかで気分が悪くなって蹲っている人を見かけると、誰彼構わず手を差し伸べていた。

 優しくて、お人好しなキラ。

 そんなところも好きだった。

 アスランを忘れてしまった今でもそんな性格が健在だと知ると嬉しいもので、同時に少し恋しくなった。

 「大丈夫だよ。心配、しないで?」

 優しく言ってやると、キラは渋々ながら納得したようで、大人しくアスランの隣に腰掛けた。

 気付くと周りの椅子はもうほとんど人で埋め尽くされていて、空いている席というとここぐらいしかなかった。

 ラッシュ前でも結構混むんだな、と考えていると、何やら隣でガサゴソと音がするではないか。

 何だろうとそちらを見やると、キラが自身のカバンに手を突っ込んでいる。何か、探しているようだ。

 「・・・どうしたの?」

 不思議に思って問いかけてみると、何かを探し当てた様子のキラが心配げな表情でアスランを振り向いた。

 その間にも電車は発車し、眠気を誘うような揺れを起こす。

 「これ、のど飴です!もしよろしかったら、どうぞ」

 アスランはただ、驚いた。

 喉が痛いなど、一言も言っていない。

 ましてや自分でも、頭だけが痛いと思っていた。

 けれど言われて初めて気付いた。

 のどが、痛いのだ。

 頭痛でわかり難かったが、確かに張り付くような傷みと、ザラザラ感があって、声が出し辛かった。

 「・・・・・あり、がとう・・・」

 自分でも気づかなかったことをキラが気付いた。

 それは以前にもよくあったことで、アスランには懐かしささえ感じられた。

 目尻に浮かんだ涙を熱のせいだと誤魔化して、苦笑する。

 「部長?どうかしました?やっぱり、帰った方が・・・」

 アスランの涙に驚いたキラが、気遣わしげにアスランを覗き込んだ。

 アスランはそれに微笑を浮かべて返してやると、飴の包みを開けた。

 中に入っていたのは、薄ピンク色で小さめな大きさの楕円形の飴だ。

 ふわりと鼻腔をくすぐるのは桃の香りで、少し気分がよくなった。

 アスランはそれを口に放り込み、舌の上で転がして味を吟味した。

 「ん、おいしいよ。ありがとう、ヤマトさん」

 すっかり板についた呼び方も、今では違和感無く言える。

 「よかった。お大事にしてくださいね、部長」

 部長、と言われるのも、慣れた。

 「ああ」

 それから何を言うでもなく、二人は黙って目的の駅まで着くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅に着いて降りようと席を立つが、思うように立てずにまた座り込んでしまった。

 「わっ!!大丈夫ですか、本当に?」

 またしてもキラに支えられ、やっと立てることが出来る。

 なんだか自分が情けなくなって、自嘲を零してしまう。

 「大丈夫。すまないな、迷惑かけて」

 キラはフルフルと首を横に振ると、さも当然のようにアスランの腕を自分の首にまわした。

 アスランが怪訝そうな顔をしていると、キラは振り仰いだ。

 「肩、貸します。一人じゃ、危ないから・・・」

 恥ずかしそうに頬を染めながら、小さい声でそういうキラは可愛くて、思わず抱きしめたい衝動に駆られる。

 が、そこは理性を総動員して抑え、なんとか笑みを作ることに成功した。

 「助かるよ」

 嬉しいけれど、遣る瀬無い。

 キラが自分に優しくしてくれるとどうしても期待してしまうけれど、そんな感情も押し殺し、無かったことにする。

 こんな近くで寄り添って歩いたのは、どのくらい前のことだっただろうか。

 アスランは複雑な気持ちを心の奥底に沈めながら、キラと共に会社に向かった。

 後でイザークに何か言われるだろうか、などと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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PHOTO BYかぼんや