アスランが目覚めてから、一週間が経った。

 アスランは痛みを堪えながらも、一刻も早く恋人に会いたいとリハビリを始めていた。

 記憶を無くしてしまっても、自分のキラを愛する気持ちは変わらないから。

 今日も辛いリハビリをする為それを兼ねて廊下を歩いていると、聞き慣れた愛しい声が耳に入ってきた。

 「そんな、悪いよ・・・」

 「いや、一応お前も病み上がりだろう?このくらい、当たり前だと思うがな」

 動かし辛い足を必死に動かし、声のする方を覗き込む。と、案の定そこには愛する者と、自分の大学の時の先輩で、現在の

会社の部下たる男がいた。

 「そう、かな?・・・じゃ、お言葉に甘えて」

 そう言って手持ちのカバンを傍らの男に渡す女性は、キラ・ヤマト。アスランの幼馴染で、恋人だ。

 「ああ。家まで送ろう」

 そして、彼女の傍らで今までアスランの見たことのないような笑顔を浮かべる男は、イザーク・ジュールだ。

 「キ―――――・・・・・」

 彼女の名前を呼ぼうとしたが、それは彼女によって遮られてしまった。

 「ありがとう」

 そして、今まで自分にだけしか見せなかった、あの蕩けるような柔らかい笑顔は今、イザークに向けられていた。

 その笑顔は、誰にでも向けるの?

 アスランはしばらくそのまま、動けずにいた。

 キラとイザークはまるで恋人同士のように手を繋いでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

U…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラは、退院したらしい。

 アスランは自分がキラの傍にいてやれないことを悔いながら、リハビリをせっせとこなしていった。

 怪我をする前は息も上がらなかったのに、今ではそれほど動いているというわけでもないのに汗だくになっている。

 「・・・・・キラ・・・・・・・・・・」

 小さく、自分でも聞き取れないような声で呟き、先ほどのことを考える。

 いつの間に、キラたちはあんなに仲良くなっていたのだろうか。

 ましてや、普通に会話をしているのだ。敬語も使わずに。

 事故が起こる以前は、確かキラはイザークに対して敬語を使っていたはずだ。なのに何故、記憶を無くした後の方が仲が

いいのか。

 まさか、イザークが何かいらぬことを吹き込んだとか。

 いや、勿論それもあるかもしれない。だが、一番重要なのは、キラの本心だ。

 彼女が見せた、自分や彼女の両親意外には見せたことのない笑顔。

 それがもし、無意識のものだったら?

 もしそうなのだとしたら、と考えるとぞっとする。

 物心つく前から、ずっと一緒にいて。

 気がつけばいなくてはならない存在になっていて。

 自分でも気付かぬうちに、恋心が芽生えていて。

 やっとの思いで告げた自分の気持ちをわかってくれた彼女は、もういないのだと知っている。

 実際、面と向かって、アスランのことを知らないと言われたのだ。

 それに、なによりも先程のイザークとのやり取り。

 キラの言葉遣い。

 キラの笑顔。

 そして、イザークの嬉しそうな表情。

 どれをとっても、自分の存在などキラの中にあるはずがない。

 もし、アスランという存在がキラの中にあるのだとすれば、キラは絶対に他人にあんな態度は取らない。

 キラは、優しいから。

 どんな些細なことにでも、罪悪感を感じてしまう性格だから。

 そんなキラのことをわかっているから尚更、彼女に記憶がないことを痛感させられてしまうのだ。

 アスランは重く長い溜め息を吐いた。

 それが疲れたように見えたのか、担当の医師が労わるように声をかけてくる。

 「今日はもう、休むか?」

 「いえ。まだ、大丈夫です」

 実際は疲れてへとへとだけれど、それを微塵も感じさせないような笑顔を浮かべて言う。

 早く、キラに会いたい。

 自分を覚えていなくていい。

 自分を好きじゃなくていい。

 自分に微笑んでくれなくていい。

 ただ話して、嘘でもいいから自分に笑顔を見せて欲しい。

 たとえイザークのことが好きだとしても。

 それが彼女の本心なら。

 彼女が自分で決めたことなら。

 それでもいい。

 とにかく今は、早く怪我を治して、退院して、彼女に、キラに会いたい。

 けれど。

 やはり、辛いものがあるのは否めなくて。

 キラとイザークが仲睦まじそうに話しているのを見て、何も感じないほどアスランの心は強くない。

 心の中が粟立つ程の不安や、腸が煮えくり返る程の苛立ち、そして、心の中に巨大な穴が開いてしまったような空虚感と悲しみ。

 そのようなものが一気にアスランに降りかかった。

 しかしアスランは倒れない。

 キラに会いたいという、目標があるから。

 それがなければ今頃、アスランはまだ寝たきりだっただろう。

 唯一の救いは、彼女が無事で、退院して行ったことだ。

 イザークが傍にいれば、大丈夫だろう。

 アスランはそうケリをつけて、リハビリに集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、一ヶ月以上経っただろうか。

 アスランは大分自由に動き回れるようになってきた。

 と言っても、松葉杖は必須だが。

 それでも、明日退院できるのだ。

 アスランは早くキラに会いたいと焦る気持ちを抑え、ベッドに横になっていた。

 そんな折、コンコンとノックの音が聞こえてきた。

 「はい。どうぞ」

 ニコルだろうかとも思ったが、違うかもしれないのでとりあえず返事をした。

 アスランが入院してからというもの、見舞いに来るのは大抵、自分の部下であり、後輩で親友のニコルぐらいだ。

 父親であるパトリックは社長という立場にあるせいかなかなか時間が作れないようで、まだ一回ほどしか訪れてはいない。

 「失礼します」

 しかし予想に反し聞こえたのは、アスランが待ち望んだ女性のもので。

 アスランはただ、驚くことしか出来なかった。

 「あの、アスラン・ザラ部長ですよね?あの、知っていると思いますが、キラ・ヤマトです」

 入ってくるなり頭を下げると、一息にそう言う愛しい人。

 「・・・・・ああ。顔を、上げて?それと、そこに座って?」

 キラの行動に呆気に取られながらもなんとか言葉を紡ぎだし、やっとの思いでそう言うとキラは素直に従う。

 「あの、突然、ごめんなさい・・・・・助けていただいたのに、全然お見舞いに来れなくて・・・」

 眉尻と目尻を下げてシュンとなる彼女に、アスランは寂しさを覚えた。

 敬語なんて、使わなくていいのに。

 「いいよ。そんな、気にしないで・・・。それにその言葉、前にも聞いた」

 心の中に浮かんだ言葉を飲み込むように苦笑を浮かべて言ってやると、キラはほっとするように微笑んだ。

 「あ、そういえばそうですよね?ごめんなさい」

 その笑顔に安心しながらも寂しさを覚える。

 それを隠すように、アスランはふわりと微笑んで見せた。

 「仕事は、慣れたかな?仕事の内容も、忘れてしまったようだね?ニコルから聞いたよ」

 アスランは入院している間、会社のことを、特にキラのことを中心にニコルから報告を受けていた。

 「あ、はい。イザークの・・・係長のおかげで、なんとか」

 『イザーク』、と呼び捨てにしたのを、アスランは聞き逃さなかった。

 そんなに仲が良いのかと、嫉妬心が募る。

 「・・・・・そう。それは、よかった」

 ほんの少しだけ声のトーンを落としたが、キラは不思議そうに首を傾げるだけ。

 「あ、明日、退院できるんですよね?皆さん部長のこと、心配されていましたよ」

 「そうか。やることがたくさんありそうだな」

 「あまり、無理なさらないでくださいね」

 アスランの暗い表情に気付いたのか、キラは心配気に言った。

 「・・・・・ああ」

 自分の愛した人なのに、何かが違う。

 アスランは言いようのない違和感を感じながらも、キラとの会話を続けることにした。

 そうすることで、更に自分が傷つくとわかっていても、止めることはできなかった。

 やっと、彼女が自分を見てくれたのだ。

 やっと、自分と二人きりで話をすることが出来るのだ。

 忘れてしまったのならば、また愛せばいい。

 そんな安易な考えを胸に、アスランはキラに話しかけた。

 「俺のこと、誰かから聞いた?」

 キラが自分のことをどれだけ知っているのか、気になったので聞いてみる。

 「え、と・・・私の上司で、事故の時、庇ってくれたって・・・」

 「・・・・・それ、だけ?」

 意外な答えに、目を丸くするアスラン。てっきり誰かが自分とキラが付き合っていたことを言っているかと思ったのに。

 それでなくとも、アスランとキラは社内では公認のカップルなのに。

 何故それを誰も言っていないのだろうか。

 「はい。皆さん、貴方のことを聞こうとすると、逃げるんです・・・・・」

 少し残念そうに俯くキラ。一体、何故逃げるのであろうか。それは大きな疑問ではあるが、いつまでもキラにそんな表情を

していて欲しくない。

 「そっか。何でだろうね?」

 苦笑を浮かべて、キラから視線を外す。

 「あ、もしかしたら、あれかも!」

 急に声を上げたキラに、再び顔を上げるアスラン。何か思い当たることがあるらしい。

 「上司に言うのもなんですけど、実は僕と係長、付き合い始めたんです」

 照れたように頬を染め、恥ずかしそうに俯く彼女は、恋する乙女のようで。

 「え・・・・・?」

 まさか、そんな。

 そんなはずはない。

 確かに、イザークが大学時代からキラを好きなことは知っていた。そのおかげで、アスランはキラへの気持ちに気付けたのだ。

 だが、自分の知らないところで二人が付き合っているなど、考えたこともなかった。

 あのイザークと、キラが、付き合っている?

 信じたくない。

 けれど、本人の口から聞かされては、信じざるを得ないではないか。

 「私から、告白したんですよ。そしたら・・・って、何言ってるんだろ。部長に言うべきことじゃないのに、すみません」

 キラから、イザークに告白したと、言った。

 それが事実なのだとしたら、ニコルが報告しないのも頷ける。

 「そ・・・う・・・・・。オメデトウ」

 心にもない言葉。しかし、無理やり言った言葉。

 キラが自分で決めたことなら仕方ないと、そう割り切って。

 「ありがとうございます」

 本当に嬉しそうに、幸せそうに頭を下げるキラは、アスランのことではなく、イザークのことだけを考えているのだろう。

 「・・・仕事は、大丈夫なの?今の時間、まだ勤務中じゃ・・・・・?」

 今は誰とも話したくなくて、突き放すような言葉を投げる。

 「あ、ちょっと抜け出してきたんです。今日は結構、仕事の量が少なくて、それで・・・・・」

 「なら、早く帰った方がいい。あまり長居をすると・・・恋人に、心配をかけてしまうんじゃないか?」

 嫌味のつもりが、自分の首を絞めるような物言いになってしまった。

 「えっと、その、係長も、私と一緒に来ているんです。下で待っているとかで」

 困惑気味に言うキラの言葉に、更に嫉妬心が煽られる。

 「総務部はそんな暇な部署じゃないと思うが?・・・見舞いに来てくれるのは嬉しいが、なるべく休暇を使ってくれ」

 「は、はい。すみませんでした。以後、気をつけます」

 少し怯えさせてしまっただろうか。キラは目尻に涙を溜めて、一礼をして病室を出て行った。

 アスランは、キラが出て行ったドアを見てしばらく動かなかったが、やがてベッドから床に足をつけて窓際に向かう。

 晴れた青空の下、よく散歩する広い庭に目をやると、キラと楽しそうに手を繋ぎながら駐車場に向かうイザークの姿。

 恋人同士。

 アスランは、二人が見えなくなっても尚窓を見やっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TTOPV

PHOTO BYかぼんや