走るのは、何時振りだろう。

 心の中でそんなことを思いつつも、アスランは足を止めなかった。

 たとえ地を蹴り腿を上げる度に痛みが走っても。たとえ勢いよく腕を振り続けるたびに避けるような痛みが走っても。

 アスランは、止まらなかった。

 あの怪我以来、自分は一度たりとも走ったことはなかった。

 たとえ急いでいる時でも、早歩き程度に留める。それがアスランの、ここ二年の常であった。

 けれど今、自分は走っている。そのことに、アスランは内心で首を傾げつつ、そんな自分に苦笑した。

 まさか、これほどまでにあの姫を、キラを、心配するようになるとは、夢にも思っていなかった。

 ましてや彼女の世話係になったのは、ほんの数日前なのだ。

 こんなに短い期間なのに、もうこんなにも彼女のことを案じている。それだけ、想っているのだ。

 今までの自分では、有り得ない。

 常に冷静沈着で、一人黙々と自分に課せられた課題をこなすのみのアスランには、元より周囲に気を配る余裕などなかった。そん

な自分が以前、たとえ小さくとも一隊の隊長を任されていたなど、部下たちはよく自分についてきてくれたと、今更ながらに彼らに

対し尊敬の念さえ覚えた。

 そして四方や、一人の姫をこんなにも心配する自分に、やはり苦笑を隠し得ない。

 確かに彼女は、この国の王女である。

 忠誠心が強いルータール国の兵士であったアスランだ。その影響でもあるだろう。

 だが、確かに。確かに、何か、それよりももっと暖かく、切ない何かがアスランを急き立てているのだ。

 それを心の最奥で突き止めかねているアスランには、まだその気持ちの正体には気付けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕のナイト 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスランには申し訳ないと思う。

 けれどどうしても、あの城にはいられなかった。

 外に、出たかった。

 父の言葉を聞きたくなかった。

 たとえ国の為だと思っても、どうしてもその婚約を受け付けられない自分がいて。

 いつまでも受け入れようとしない自分に、嫌気が差して。

 王女失格だと思いつつも、この気持ちを誰かに聞いて欲しくて。

 けれど誰かに言ったらそれだけで、父が傷付くと思ったから、誰にも言えなくて。

 城の中にいたら、誰かに言ってしまいそうで。

 だからキラは、外に出た。

 人のいない、場所を求めて。

 そうして我武者羅に走って、走って、走って。気がついたら、一度も足を踏み入れたことのない、暗くどこか陰鬱な雰囲気を纏う

森の中にいた。

 「・・・ここ・・・どこ・・・・・?」

 小さく呟けば、静かな森にやけに大きく響いた気がした。

 一体ここは、なんという森なのだろうか。

 無我夢中で走っていたキラは、自分が走っていた方向までも見失っていた。

 その為、帰る方向もわからなくなっていた。

 キラの中に、焦りが生まれた。

 どうしよう。このまま帰れなくなったら。

 もし自分がここで野垂れ死にでもしたら、他でもない父王が悲しむのだ。

 父だけではない。姉のカガリも悲しむだろうし、城に使えている者たちも、もしかしたら悲しむかもしれない。

 そこまで考えて、ふと浮かぶ一人の青年の悲しそうな、顔。

 宵闇の髪に映えるあの翡翠が、今にも涙を零しそうに揺れている様が、キラの脳裏に過ぎった。

 「アス・・・ラン・・・・・」

 つい最近、自分の世話係になったばかりなのに、どうしてだろう。

 彼の顔が、頭から離れない。

 「アス、ラン・・・・・アスラ・・・っアスラン!!!」

 不安に震える手を胸の前で握り締めて、しゃがみ込む。

 頼れるのはアスランしかいないと、断言するこの心は、何故なのか。

 今まで感じたことのない感情に、キラは込み上げる切なさに眉根を寄せた。

 「・・・アス・・・・・・・・・ラン・・・・・・・・・・」

 その声はただ、小さく響くだけ。

 しかし、突如として響いた鳴るはずのない音に、キラは肩を大きく揺らした。

 ガサッ!!!という草を踏む音が、キラの背中に冷や汗を伝わらせた。

 心の中で、何度も、何度も、彼の名を呼ぶ。

 助けて、助けて、という声が、彼に届くはずもないのに心の中で飛び交う。

 そして、かけられた声に。

 「おいおい、こんなところに、こんな可愛いお嬢ちゃんいるぜぇ?」

 心臓が、何かに鷲掴みにされたような奇妙な感覚が、全身に伝わった。

 驚きと不安と、それらを凌駕する恐怖に身を硬くするキラに、声は続く。

 「お、ホントだ!!なかなかの上玉だな。売ればいい値がつくんじゃねぇか?」

 どうやら、先程聞こえてきた声とは別のものらしい。

 「止めとけよ。ただでさえ俺らは『お忍び』なんだぜ?派手なことすると、厄介だ」

 またしても別の声に、一体ここに何人いるのか、キラは考えるのも嫌になった。

 どうしたらいいのだろうと自問しつつ、キラは只管心の中でアスランに助けを求め続けた。

 しかし、願いも虚しく。

 「おい嬢ちゃん。こっち向きな!!」

 そう言って、足音が近づいて来たかと思うと、無理やり肩を掴まれて強引に後ろを振り向かせられた。

 「っ!?」

 驚愕に見開かれたその紫水晶には、下卑た笑いを浮かべつつキラを見下す5人の男が映った。

 「ほぉう。こりゃ、なかなか・・・」

 キラを振り向かせた男が、感心したようにキラを舐めるように見ながら声を漏らした。

 「やっぱり、国に持ち帰って・・・」

 そう言うのは先程、売ればいい値がつくのではと言っていた男の声のようだった。どうあってもキラを売りたいらしい。

 「いいや・・・。国王様に献上し奉ろう。その方が、儲かるとは思わないか?」

 顎に手を据え、考える素振りを見せていた男がそう言った。

 そこでキラは、ハタと気付く。

 『国王』とは、言わなかったか、あの男は。

 そうしてよくよく見れば、服装こそ庶民のそれだが、腰帯に差している剣は、ルータール国では見たこともない彫刻だ。それに

デザインも、どこか異国めいたものがある。もしや。

 「あ、あなたたちは・・・・・」

 キラは自らに湧き上がった疑問を男たちにぶつけようと、勇気を振り絞って声を絞り出した。

 「この国の者では、ないのですか・・・?」

 ガチガチと恐怖に鳴りそうになる歯を必死に止めながら、キラはついに問いを口にした。

 男たちの呼吸が、一瞬止まる。

 キラはゴクリと、唾を嚥下した。

 次の瞬間、何故か、笑みの気配。

 訳もわからず眉を顰めると、先程の男がにやりと笑んでキラに視線を向けた。

 「そうだと言ったら、君はどうするのかな?」

 その顔に浮かべるのは、まさしく嘲笑。

 しかしただの嘲笑ではない。どこか侮蔑も含んだような、そんな表情に、キラは身震いした。

 脳に直接、警鐘が鳴る。

 早く逃げろと、本能が告げる。

 男たちが、嗤う。

 怖い、と思っても、腰が抜けたのか立ち上がれない。

 せめてもの抵抗に後ずさろうとするが、それはキラに一番近い男が彼女の肩を掴むことで阻止した。

 「っ!!」

 そのあまりの力の強さに、顔を顰める。

 そして視界の端に映った、振り上げられた手。

 殴られる、と思いキラは瞬時に目を瞑った。

 衝撃に耐えられるよう、歯を食いしばる。が、待てどもそれは来る気配がなかった。

 何故なら。

 「この方に手を触れるな!!!」

 響いた怒声に、キラはハッと目を開けた。

 聞き慣れた声音に、目を見開いて。

 キラを庇うように立つ、青年を見上げて、キラは彼の宵闇を凝視した。

 まさか、本当に来てくれるとは、思っても見なかった。

 「アスラン・・・・・」

 思わず零れた声音に、目の前の青年、アスランは肩越しに振り返り、キラを安心させるように微笑んだ。

 「おいおい、邪魔してくれちゃあ、困るんだよね」

 振り上げた手を掴まれたままの男は、アスランを睨み据えていた。

 走ってきたのか、肩を上下させるアスランは、動じた風もなく睨み返す。

 「それはこっちの台詞だ。さっさとここを退け!!」

 鋭い眼光を容赦なくぶつけるアスランに、先程とは正反対に男たちが不機嫌そうな顔を浮かべた。

 「嫌だね!!あんたが失せな!!こっちは大金を目の前にしているんだ。退けるわけねえだろ?」

 一人が、そう言いながら腰に差していた剣を抜いた。

 他の男たちもそれに倣って剣を抜き始める。

 それに何を思ったか、アスランは瞠目した。

 「っお前たち、メイダスの者か!!??」

 どうやら、元兵士でメイダス国の兵士と剣を交えた経験のあるアスランは、相手の剣の装飾で目の前に立ちはだかる男たちが

メイダス国の者、それも兵士だと言うことに気付いたようだ。

 アスランの声に笑み一つ返し、男たちは問答無用でアスランに斬りかかる。

 慌ててそれを自らも剣を抜いて受け止め、男たちへの視線は逸らさずに叫んだ。

 「早くここをお逃げください!!」

 敢えて名前は言わなかった。目の前の男たちがメイダス国の兵士だと言うことがわかった以上、ルータール国の第二王女である

キラの名を明かすことは出来ないからだ。

 明かしたが最後、何をされるかわかったものではない。

 しかし後ろのキラは逃げるどころか、立ち上がる気配さえ見せなかった。

 一向に動く気配のないキラを訝しんで、アスランはほんの一瞬キラに目を向けた。

 一瞬だが、はっきりと見えた、涙。

 紫水晶が常より増して輝いている。

 怖かったのだろう。普段勝気な彼女が泣くなど、相当な恐怖を感じたことは目に見えている。

 恐らく、足が震えて立つこともままならないのだろう。

 そのことに思い至ると、アスランは内心で舌を打つ。

 その間にも男たちへの攻撃を忘れない。

 敵国であるはずのメイダス国の兵士が何故、ルータールの領土に足を踏み入れているのか、徹底的に聞き出さねばなるまい。

 その為、最低でも一人は生け捕りにしなければならない。

 だが、昔なら兎も角として、今のアスランの身体ではそれは難しい。

 ただでさえ今、腕や足だけではなく身体中が軋み、悲鳴を上げているのだから。

 しかしアスランは、痛みを顔に出さない。常のポーカーフェイスを活用し、キラをこれ以上怖がらせないように、不安がらせない

ように配慮する。

 「っ!?貴様、どこかで見たと思ったら、ザラの・・・」

 不意に聞こえた声に、アスランは言葉を返さない。

 しかし男たちは納得したように、成る程等と口々に納得の意を示している。

 そこでアスランは、まずいと思い至る。

 ザラの名が知られているならそれと同時に、二年前にアスランが折った怪我のことも情報としてメイダス国に流れている可能性が

あるからだ。勿論、アスランが文官になったことも。

 確証はなくとも、その可能性は否定できない。

 「っはぁ!!!」

 アスランはこれ以上戦えばまずいと踏み、早々に相手を倒してしまおうと手に力をこめる。

 しかしそれはすぐに、緩むこととなる。

 「っっっぐ・・・・・・!!」

 全身を、これ以上ないまでに襲う、激痛。

 思わず隙を見せてしまったことを、アスランはその後後悔することとなる。

 男の一人がアスランの隙を付いて、一気に剣を振り上げた。

 咄嗟に剣を翳して受け止めようとするが、痛みでいつの間にか緩んでいた手から剣を手放してしまった。

 しまった、と思った時には既に手遅れで。

 今度は横に凪いだ剣が、再びアスラン目掛けて襲い来る。

 アスランはそれにすぐさま反応し、地を蹴って横に飛ぼうとするが、一瞬遅い。

 刃が、アスランの脇腹を抉るかと思われた、その時。

 キィンッ!!という銀の音が、辺りに木霊した。

 慌ててそちらを見れば、なんとキラが先程手放したアスランの剣で男の剣を受け止めているではないか。

 男女の差で苦しいだろうに、必死に受け止めるキラに、アスランは目を見開くもすぐに体勢を立て直し、懐に忍ばせてあったナイ

フを男目掛けて投げた。

 気付かぬうちに後ろをとっていた男たちにも、同じようにナイフを投げて応戦する。

 三人には、腕やら足やらに命中したようだが、残る二人はどうやら避けたようで、再びアスランたち目掛けて突進してくる。

 最早痛いだのなんだのと言っていられる状況じゃない。

 アスランは急いで、しかしやんわりとキラから剣を取り、再び男たちと対峙した。

 「流石はザラの子・・・。腕は確かだな。文官に転職したとは、思えないほどだ」

 男の一人が口端を歪めつつそう言った。

 「だが、俺たちの敵じゃあ、ないな」

 もう一人がそう言い終えたのと同時に、二人はアスランに向かい再び間合いを詰めて来た。

 痛みにより吹き出た汗で柄を握る手に力を入れ損ねるが、そこはなんとか根性でカバーする。

 そして、少々乱暴かと思ったが、後ろにいるキラを男たちとは正反対の方向に押しやった。

 同時に振り下ろされた刃を紙一重でかわし、痛みを堪えてそれを押し返すと、アスランは遠心力を使って二人同時に剣を薙ぎ払っ

た。

 そうして武器を失くした男たちに、今度は足技を向ける。

 これ以上剣で戦っても、相手を殺しかねないからだ。

 アスランはまず左側にいる男の鳩尾を蹴り飛ばした。

 聞き心地の悪い呻き声が、耳に入る。

 そしてもう一人、と振り向いた瞬間。

 アスランが、左腕に何かが刺さったような感覚を覚えた。

 条件反射でそれを見やると、そこには細い針のようなもの。

 慌ててそれが飛んで来たと思われる方向を見やれば、そこには先程ナイフで足を貫いた男が、吹き矢らしきものを手に、こちらを

向いていた。

 それを見届けるや否や、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。

 どうやら吹き矢には、毒が塗られていたらしい。

 とんだ失態だ。二年のブランクは、思った以上に長かったらしい。

 しかしこれがどんな猛毒だろうと、アスランがここで倒れるわけには行かない。

 何故なら近くにはキラが、第二王女がいるのだから。

 最後まで、守り通さねば。それこそ、アスランの存在意義はなくなったも同然なのだから。

 アスランは腕に突き刺さったままの矢を無理やり引き抜き、血が噴出すのも構わず目の前の男の頭目掛けて投げつけた。

 アスランに吹き矢が命中したことに油断していた男には、なんなく命中した。

 剣を構え、先程吹き矢を放ってきた男に向かい、投げつける。

 咄嗟に避けた男はしかし、左手首を持っていかれた。

 「・・・もう、大丈夫です。ですから、近くにいる兵士たちを呼び、この者たちを縄で拘束するようお伝えください」

 いつものアスランの冷静な声に、キラは我に返って一つ頷き、今度は迷うことなく走り出す。

 その足音が消えた瞬間、アスランは崩れ落ちるように地面に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然浮上した意識に、しかしアスランはなかなか目を開けることが出来なかった。

 身体中に激痛が走り、目を開けることも出来ない。

 「っアスラン!!??」

 しかしすぐに聞こえた声に、アスランは無理やり目を開けた。

 「・・・キラ・・・様・・・・・?」

 声も出すのも辛いが、アスランは構わずに目の前で潤む紫水晶の主の名を呼んだ。

 「アスラン!!アスラ・・・ごめ、なさい・・・・・」

 先程とは裏腹に、小さく紡がれた声に、アスランは苦笑した。

 「お気に、なさらないでください・・・・・。これは、私の、義務ですから・・・・・」

 彼女の涙に一気に覚醒した意識は、全身を暴れまわる激痛を強く訴える。

 「っでも、僕のせいで・・・・・!!」

 アスランの言葉に勢いよく首を振るキラに、アスランは更に苦笑を深めた。

 「いいえ・・・・・。悪いのは、弱い私。あなたは何も、悪いことなどしてはおりません」

 寝転がったままでは失礼だと思ったが、起きることもままならないほどの痛みに、最早怒られることなどどうでもいいとさえ思え

てくる。

 「そ、んな・・・そんなこと、ないよ!!アスランは、強いよ!!!」

 必死にアスランの言葉を否定しようとするキラに、アスランは思わず目を丸くした。

 「僕を、見つけてくれた・・・走って、探し出してくれた・・・。そして助けて・・・くれた。強いよ、アスランは。・・・痛

かったでしょう?」

 涙が頬を伝うのも拭わずに、キラはそう言ってアスランの腕に触れた。

 途端、じわりと広がる鈍痛。

 そこは毒入りの吹き矢が刺さった、箇所であった。

 おそらくこの全身の痛みは、それも手伝っているのだろうとアスランは予想した。

 「・・・大丈夫です。申し訳ありません、あなた様にこのようなご心配をおかけするなど・・・・・」

 そう言い捨て、アスランは無理にでも起き上がろうとする。いい加減、失礼にも程がある。

 しかしそれはキラに、やんわりと止められてしまった。

 「まだ寝てて。お医者様が、しばらく安静にって言ってたから・・・」

 そう言うキラに、これ以上抗う気も起きないアスランは、結局寝たままという状況に陥った。

 「あの者たちは、あれからどうなったのですか?」

 ふと、あの男たちのその後の行方が気になったので尋ねてみた。

 「先程尋問を終えて、今は牢屋に。・・・・・どうやら、メイダス国の王子と僕との婚約に反対した者が反抗して、僕を殺しに

来たみたいで・・・・・」

 つまり、元より標的はキラだったというわけだ。男たちに、キラがその婚約者であるということは気付かれていなかったようなの

で、アスランがキラの名を呼ばなくて正解だったなと今更ながらに安堵した。

 と、そこまで考えて、アスランの思考が停止した。

 今、キラは、この目の前の少女はなんと言った。

 確か、『婚約』などとは言わなかったか。

 「キラ、姫、様?・・・あの、婚約、というのは・・・・・?」

 恐る恐る、気になった箇所を訪ねてみれば、キラは苦笑を浮かべて。

 「この前、お父様から言われて・・・・・。平和の為だからって・・・・・」

 そう言うキラの表情は、悲しそうで、切なそうで。

 「・・・・・お辛かったでしょう・・・」

 好きでもない男と、婚儀を交わすなど。

 好きでもない男と、身体を交わらせるなど。

 女であるキラにとっては、苦痛の他ないだろう。

 だからアスランは、その言葉を紡いだ。とはいっても、ほとんど無意識のうちだが。

 しかしキラは驚いたように目を見開いたまま、時が止まったかのように固まってしまった。

 それを訝ったアスランは、怪訝そうに眉を顰めてキラ様?と声を出した。

 それにハッと我に返ったキラは、まるで晴れた空のように笑みを浮かべた。

 「ううん。ありがとう、アスラン!!」

 そう言って微笑んだキラのあまりに晴れやかな笑顔に、アスランは思わず頬を赤らめた。

 それを気付かれないようにするのにどうしようかと考えあぐねていると、突然第三者の声が部屋に響いた。

 「おお、気がついたか、アスランよ・・・」

 それはキラの父であり、ここルータール国の国王の声だった。

 「王様・・・っ」

 慌てて起き上がろうとするアスランを片手で制すと、王はアスランの横たわるベッドの脇に立ち、微笑を浮かべた。

 「気分はどうだ?そちはあれから、三日も眠っていたのだ。なかなか身体が重いであろう?」

 そこで気付いた自分が眠っていた時間に、アスランは瞠目した。

 いくらなんでも、寝過ぎだ。

 「あ・・・その、申し訳ありません・・・・・」

 罰が悪そうにそう謝ると、何故だか笑い声が聞こえた。

 「はっはっは!!謝ることはない。そちは少々働き過ぎの気がある。これを気に、充分の休息を得よ」

 そう言い、王はキラを呼んで二人同時に部屋を後にした。

 その後、キラが聞いた話によると、キラを殺しに来るような輩がいる国となど平和は望めないとした父王が婚約破棄を決にし、

キラは晴れて自由の身となった。とは言っても、当たり前だが第二王女という立場は変わらない。

 しかしキラは、嬉しかった。

 いつの間にか胸中に芽生えた感情を、消さずに済むから。

 初めて感じたこの感情の名を、恐らくと予想しながらキラは彼に思いを馳せる。

 宵闇色に、それに映える翡翠色を脳裏に思い浮かべて。

 「僕の、ナイト・・・・・」

 その呟きは、誰にも聞き咎められることなく響いて、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

突発のくせにどんだけ時間かかってんだって感じですねこの話。

当初の予定を大きく裏切り(笑)話は前中後編と言うかなり長い話になってしまいました。

途中スランプが重なってしまい書けない時期もありましたが、なんとか書ききれました・・・。

ついでなのでこれ、サイト一周年記念と言うことで(ぇ)。

正確には携帯サイトの方なのですが、まあなんというか、私がHP作ってから一年経ったという意味です。

ここまで読んでくださり、真にありがとうございました!!後編だけ長くてホント、申し訳ありません(汗)






中編

illust by 13-Thirteen

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