ゴオォォォオォォオオオォ・・・・・・・・・・・・・・・。

 赤い、紅い炎。

 それの熱気によって、目が焼かれる心地がする。

 「うおおおおぉおぉぉぉ!!!」

 一隊を束ねる隊長でありながら、自身を省みることも知らず、敵に突っ込んで行く。

 その様はまさに、尊敬するに値するものだった。

 しかし彼の部下たちのほとんどは、もうすでに亡き者となっている。

 まだ息のある者は、隊長に倣い敵に突っ込んで行った。

 皆、自分の死を厭わない。

 厭うのは民と、それを統べる王家の者の死のみ。

 彼らを突き動かす忠誠心こそ、正義だと。

 信じて疑うは、未だに内部で現在の国王に反発する者たちや、他国の者たちだけ。

 彼らに、彼ら兵士を否定する謂れはない。

 炎の中で剣を交える、男たち。

 何度血を被っても、何度血を噴出しても、自らの身体がピクリとも動かなくなるまで、心の臓の拍動が止まるまで、彼らは敵を

許さない。

 我が忠誠心を向ける絶対の主を侵そうとする輩を、彼らは決して許さない。

 ザシュッ!!・・・という肉の切り裂かれる音と共に、多量の血飛沫が炎を煽る。

 思わず漏れた悲鳴は、燃え盛る業火に掻き消されていく。

 今にも千切れそうな腕と足に、全身に滲む脂汗が鬱陶しい。

 「アスラン様!!!」

 最後に聞いた声は、隊の中でも一番自分に近かった存在、副隊長のものだった。

 それを霞んでいく意識の中で呆然と聞き、アスランはそこで視界を黒に染めた。

 最早自分に出来ることはこれまでと、見切りをつけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕のナイト 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニウス暦78年。

 ここルータール国の最端の地、アズレイ。

 ルータール国が長年敵として警戒しているメイダス国の軍隊が、攻め込んできた。

 それはほんの小手調べと言うかのように小さいもので、しかし強力な軍事力を持つメイダス国の兵は、なかなかにレベルが高かっ

た。

 ルータール国の兵士たちも、それなりに強い。何より王に対する忠誠心が凄まじいと、他国でも噂になっているほどである。

 だがしかし、それは敵を甘く見ることで力をなくす。

 馬鹿にしたかのようなその軍事力の少なさに苛立った総司令官が、これだけで十分だと、軍隊で一番少ない隊を送らせた。

 その隊の隊長が、アスランである。

 代々続く名門、ザラ家の嫡子であり、若干16歳という若さで隊長にまでなった男。

 だが年が隠せないのは当たり前で、軍隊でも一番に弱小であり、一番に任務が少なく、一番に安全な隊を任されていたのである。

 しかしだからといって、下の者がアスランを年下として扱うようなことはなく、寧ろ常に努力を怠らず、他の隊の隊長でもそうそ

う勝てないであろう剣の腕前に皆、少なからず尊敬の念を抱いていたのだ。

 大きな任務と言っては、これが初めてであった。

 アスランも、一から成功するとは思えなかった。

 彼は誰より、敵の軍事力の強さを知っているから。理解しているから。

 それはアスランが隊長になる前、未だ見習いの兵士であった頃。

 幼子でありながら、そのあまりの身体能力の高さ、思考回路の速さに、国王はアスランを信頼し、敵国であるメイダス国に偵察に

行かせたことがあるのだ。

 まわりは何度も、そんな子供に何が出来るのかなどと抗議したが、王は、子供だからこそ行かせたのだと答えた。

 何かあって見つかって捕らえられたとしても、そこは、思わず自分の好奇心でやってしまった等と、言い訳が利く。子供ならでは

の逃げ道が、あるのだ。

 だからこそ王は、一番リスクの低い方法としてアスランを向かわせたのだ。

 アスラン自身、それをよく理解した上で行動したので、別に後悔はしていない。

 その後無事帰還を果たしたアスランを、王が礼だとばかりに隊長に昇格させたのだ。

 流石にご遠慮しようと首を振りかけたが、続く王の言葉にそれは不発に終わった。

 『隊長としてこの国を守り、そして将来、良き兵士になり、良き兵士を育てなさい。そちは未だ若い。若いからこそ、今からの

訓練が大事なのだ』

 アスランだからこそ。まだ先の長いアスランだからこそ、王は隊長と言う重い責をアスランの背中に背負わせた。

 アスランになら出来ると、信頼して。

 だからアスランはそれに答えた。

 王の言葉に答えようと。

 しかしそれも、今となれば塵に同じ。

 あれから二年が経った。

 アスランは、生きていた。

 あの後、救援に来た部隊が生存者を救出し、アスランはなんとか生き永らえることができたのだ。

 部下たちのほとんどは、命を落とした。

 残った隊員は、たったの5人。

 それでも、アスランにとっては大きな存在であった。

 彼らがいたからこそ、今の自分があるといっても過言ではない。

 あの戦いでアスランは、両手足に大きな裂傷を負った。

 二年も経てばそれは痛みを訴えることもなくなるが、激しく動けばそれらは疼く。

 よって、今のアスランは戦場に立つどころか、訓練さえ行えない身体になっていた。

 そのことに、彼の父や母は嘆き、しかし信念は忘れるなと言いアスランを励ました。

 だが今、剣を失くした自分に残された信念とはなんなのかと、問われればアスランは口篭ってしまう。

 剣も握れない自分など、この国にはゴミ同然であろう。

 しかし王は何も言ってはこなかった。

 恐らく、剣も扱えないアスランを見捨てたのだろう。

 そう思うと、胸が痛む。

 しかしそこでめげるほど、アスランの心は弱くない。

 だからこそアスランは、もう一つの力を発揮し始めた。

 文官として、王に仕えようと決めたのは、今からほんの3ヶ月前。

 その功績を、アスランは早くも認められ、彼の、誰にでも丁寧に接したり、物事への努力を怠らないその人柄からか、皆アスラン

を信頼してくれている。

 その様子を物陰からひっそりと王が見つめていたなどと、気付いていた人物はごく僅かであった。

 そして今日、その王から呼び出されたのだ。

 広間の奥の方にある大きく豪奢な椅子に悠々と腰掛けた男に、アスランは深く頭を下げた。

 「よい。面を上げよ」

 片手でアスランの礼を制し、王は静かに口を開いた。

 「そちの活躍は多々耳にしておる。頑張っておるようで、安心した」

 「勿体無いお言葉にございます」

 顔を挙げ、王を見据え、ピリピリと感じる緊張感に、手に汗が滲むのがわかった。

 「して、そちを呼んだ理由とはな、アスラン・・・」

 「はい」

 重々しく口を開いたかと思えば、すぐに口元を歪め。

 「そちには、我が娘、キラの世話係をしてもらいたい」

 「・・・・・・・・・・は?」

 その突飛もない命令に、アスランは思わず間の抜けた声を上げた。

 失礼だと自覚しつつも、口が呆けるのを治せなかった。

 「最近、剣の稽古をしたいなどと言い出しおって・・・あれの姉であるカガリにも手を焼いたが、まさかキラまでも言い出すとは

思わなんだ・・・」

 困ったように言う口調でも、その表情は緩みきっている。なかなかの親馬鹿だと、城内でもかなりの噂になるくらいだ。アスラン

もその辺は心得ている。

 「しかし、私は稽古をつけて差し上げられるほどの力など持ってはおりません・・・」

 稽古となれば、剣の素振りだけではないのだ。きっと、自分に手合わせ願う時だってあるだろう。それに今、否、これからもずっ

と、アスランの身体は対応しきれないのだ。

 「いや、構わん。それでいいのだ。・・・下手に稽古をつけられて変な行動にでも出られたらそれこそ心配だ。だからアスラン、

そちに頼みたいのだ・・・」

 王から直々の願い事、ともなれば、アスランにはそれを断る理由などない。

 「・・・・・わかりました」

 「それとアスラン」

 しかしすぐに続けられた声に、アスランは小さく眉を顰めた。

 「言っておくが、剣の稽古だけではないぞ?」

 その王の言葉に、アスランは小首を傾げた。

 「・・・と、申されますと?」

 先を促すと、どこか面白そうに王が答えた。

 「キラの勉強も、見てやって欲しいのだ。それに、あの子の話し相手にもなってやってもらいたいのだ」

 ああ、なるほど・・・とアスランは先程言われたばかりの王の言葉を思い出した。

 『キラの世話係をしてもらいたい』

 なるほど、それは文字通り、世話係なのだと、アスランは半ば他人事のように思っていた。

 「よいか?仕事はしばらく休んでくれてかまわん。いや、寧ろ辞めてキラの専属の世話係になってもらいたいのだが・・・」

 催促するかのようなその視線に耐え切れず、アスランは小さく苦笑を浮かべた。

 「貴方様のご命令とあらば、どんなものでもお引き受けいたしましょう」

 「・・・命令と言うよりは、願い事なのだがな・・・・・まあよい。引き受けてくれるか?」

 ぼそりと呟かれた声を無視して、アスランは首を縦に振った。

 そうしてここに、アスランのキラ世話係就任を決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンコン・・・・・と軽くノックを三回。

 しかしどんなに待っても中からの返事はなく、アスランは仕方なく失礼します。入りますよ?と言ってノブを捻った。

 そうして、目に入ったのは。

 勉強机に両腕を乗せ、それを枕に転寝している少女であった。

 遠目から見てもわかるほどに、綺麗で滑らかな鳶色の髪。

 未だ女性らしさよりも少女らしさの方が勝る、身体つき。

 後姿を取ってみても、相当な美人だとわかる。

 しかしアスランは臆することなく中に足を踏み入れた。

 人の気配に気付かないまま眠る少女に、近付く。

 顔も近付け、自らの口元を少女の耳元に寄せる。

 これでも起きないのだから、相当疲れているのかもしれない。

 もしそうだったら、起こすのは忍びないな、などと思いながらも、アスランは自らの行動を止めようとはしなかった。

 「起きてください、キラ様。お勉強のお時間でございます」

 その、妙に頭に響く声に、ビクリと少女、キラは肩を揺らした。

 「ふぇ!?・・・あ、えと・・・・・ど、どちら、様?」

 突然の覚醒に戸惑いながら、ふと感じた人の気配に更に戸惑い、取り敢えず素性を尋ねてみる。

 アスランはその慌て振りにクスリと笑むと、緩慢とした動作で礼をとった。

 「お初にお目にかかります。今日からキラ姫様のお世話をさせていただきます。アスラン・ザラと申します」

 その紳士な礼に、キラは思わず立って淑女らしく礼をとった。

 「ありがとう。私はキラ・ヤマトと申します。今日からどうぞ、よろしく」

 気品溢るるその仕草に、アスランは思わず見惚れてしまった。

 「あ、こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」

 慌てて頭を下げて、彼女に見惚れていたということを悟らせないように言葉を紡いだ。

 案の定、彼女は気付いていないようで、ニコニコと笑っていただけだった。

 「今日は何の授業ですの?」

 まるで淑女の手本であるかのような彼女の立ち居振る舞いに、アスランは、教えることなんて何もないのでは・・・などと思い

ながらも、外来語ですと答えた。

 それを聞いた途端、否もしかしたら見間違いかもしれないが、キラの顔が嫌そうに歪んだ気がした。

 しかしそれはほんの一瞬のことで、兵士として訓練していたアスランの動体視力でも、完璧に捉えることはできなかったくらい

だったので、アスランは取り敢えず見なかったことにした。

 しかしその考えはすぐに無に帰すことになる。

 「いいよ、やんなくて」

 「・・・・・・え?」

 ふと聞こえた声に、思わず目を見張る。

 「やんなくていいって言ってんの。何、君難聴?」

 突然の豹変振りに、アスランは驚きを通り越して我が目我が耳を疑った。

 「いえ、そういうわけじゃ・・・」

 「聞こえてんならわかったでしょ?今日はもう帰っていいよ」

 「しかし、そういうわけには・・・」

 「じゃ、僕はもう寝るから」

 そう言って再び机の上に突っ伏して眠り始める。

 というか、なんなのだ、今のは。

 先程の口調といい、一人称の『僕』といい、仕草の豹変振りといい・・・何もかも、淑女とは程遠い。

 まさか世話係初日にこんな事態になるとは、これっぽっちも思っていなかった。

 城内でも高嶺の花と噂の第二王女、キラ。

 その彼女が四方やこんな態度をとるなんて、一体誰が予想し得ただろうか。

 それからアスランはしばらく、そこに突っ立っていたと言う。

 その数時間後、一度出直したアスランに叩き起こされたキラは渋々といった体で今日のノルマを達成しようと机に向かい出したの

だ。

 その時には既に、日は沈みかけていたと言う。因みに、アスランが初めてこの部屋に訪れたのは、正午を過ぎた辺りであった。

予定の時間を大きく越えてしまったことに、無自覚の完ぺき主義であるアスランは苦虫を噛み潰したような心地で夜を迎えたのだっ

た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

突発で王国パラレル。連載の方書けよって感じですが、なんとなく(ぉぃ)。

アスランが元兵士の文官で、キラが中々の曲者姫で、アスランがその世話係だという設定です。

王様は、皆様のご想像にお任せすることにします。私自身、誰でもいいので(いいのか)。






中編

illust by 13-Thirteen

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