さらさらさら。

 ほんの少し開かれた窓から、肌を軽く撫ぜる程度の微風が入ってくる。

 夕暮れ時特有の、生暖かい風だ。

 赤い光が真っ白なレースカーテンを透かして部屋内に入り込む。

 その部屋は、ただ単純に大きいと言えるモノではなかった。

 そこらの貴族の部屋でも、その何倍かはある。

 それ程に、大きな部屋。

 部屋全体は白で統一されていて、清潔感に溢れている。

 だが、決してここは病院などの医療機関ではない。

 とても高貴な、尊い人物が使っている部屋である。

 そして中央にある、これまた大きなベッド。

 そこには、藍色の髪と翡翠の瞳をした女性が腰掛け、ベッドの中には女性と同じ色彩を持つ、四歳程の少年が眠っていた。

 女性はどこか悲しげにその柳眉を歪ませ、少年の髪を優しく労わるように梳いていた。

 「・・・・・はは・・・うえ・・・・・?」

 漸く目が覚めたのか、少年は徐に眼を開き、喉を振るわせた。

 「!アスラン、大丈夫ですか!?」

 女性はアスランと呼んだ少年に向かって、普段では見せないような表情をする。

 「大、丈夫・・・で・・・・・」

 アスランはそこまで言って、目を見開いた。

 瞬間、沢山の苦痛が脳裏に甦っていく。

 女性に握られた右手だけでなく、全身が震えだす。

 「アスラン!?・・・アスラン!!??」

 声量を大きくすればするほど、アスランの震えは大きくなっていく。

 女性は自分の息子が恐怖に怯え、心を閉ざしてしまうのではないかと危惧して、溜まらずアスランを抱きしめた。

 「大丈夫。大丈夫よ。あなたは帰ってきたのです。もう、辛い思いなんてしなくていいのですよ・・・?」

 抱き寄せた息子の背中を、絶え間なく擦ってやる。

 強張っていた身体も、徐々に力を抜き。

 しばらくして、子供のすすり泣く声が聞こえた。

 女性はそれに安堵して、しかし表情を固くしたまま囁いた。

 「忘れてしまいなさい。嫌なことは全て」

 それはまるで、催眠術のように。

 「辛いことは何もかも、あなたの心の中に、仕舞ってしまいなさい」

 ゆっくりと、時間をかけて背中を擦る。

 アスランは泣き疲れ、まどろみの中でその声を聞いていた。

 辛かった。

 苦しかった。

 けれど、忘れてはいけないこともある。

 それは、親友の存在。

 たった一人、自分に声をかけてくれた人。

 彼のお蔭で、他の仲間たちとも仲良くなれた。

 そして何より。

 

 『僕のこと、忘れないでね?』

 

 俯いたまま、ポツリとそう漏らした少年。

 傷を負っているところを見つけ、二人で助けた翠色の小鳥を小さな手で胸に抱えて、紫水晶の瞳を涙でキラキラ輝かせて。

 それでも涙を零すまいと、気を張っていた『キラ』という少年。

 アスランも約束をした。

 

 『絶対、忘れないよ』

 

 けれどまだ、たった四歳の子供で。

 幼い心が、苦痛をそのまま身の内に留めておくことなど、到底出来るはずがなく。

 「おやすみなさい、アスラン・・・・・」

 アスランはそのまま、意識を手放した。

 

 目覚めた時、彼は。

 ここ数ヶ月の記憶を全て、無くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから十年の月日がたった。

 「アスラン。漸くこの国も、安定しそうだ」

 そう言って両手を広げてこちらに向かってくるのは、アスランの父パトリック・ザラ・ヴェサリウスである。

 言わずもがなパトリックはこの国、ヴェサリウス小国の国王である。

 そして、彼の息子であるアスラン・ザラ・ヴェサリウスは、この国の第一王子であった。

 「しかしウズミ様が亡くなった今、私たちがクサナギ公国を支えないでどうするのですか?」

 クサナギ公国というのは、この国の隣国である。

 丁度この二国を間に挟むような形で、東方にプラント条約で結ばれたエターナル王国、ミネルバ国、ヴェサリウス国とも友好関係にあるヴォルテール国がある。

 一方西方には、アース帝国とクサナギ公国の国王、ウズミ・ナラ・アスハ・クサナギがこの世を去ったのをきっかけにクサナギ公国を裏切ってアース帝国と

同盟を結んだタケミカヅチ公国がある。

 東方と西方の国々は皆仲が悪く、所謂犬猿の仲というものだ。

 それに比べ、ヴェサリウス小国とクサナギ公国はそのどちらにも属さず、中立という立場を貫いていた。

 それが近々崩れようとしているのだ。

 ウズミ死後、彼の後を継いだのは、彼の一人娘であるカガリ・ユラ・アスハ・クサナギであった。

 アスランも何度か会ったことはあったが、いつも彼女のやんちゃぶりに悩まされていたのであった。

 そんな彼女が急に、国を一つ治めるのだ。

 深く考えなくとも、それがとてつもなく大変なことだということは予想できるのに、パトリックはそんな彼女を見捨ててプラント条約に調印するというのだ。

 「仕方なかろう。今まで十二分に支えてきたのだ。もうこれ以上、この国を危険に晒すわけにはいかんのだ」

 パトリックの言っていることがわからないわけではない。

 ウズミだからこそ、今までプラント条約に調印しなかったのだ。

 勿論、王妃であるアスランの母親、レノア・ザラ・ヴェサリウスたっての希望でもあるのだが。

 ウズミはどこの国を奪うでも、奪われるでもなく、ただ毅然とその国を治めていた。

 その姿はいっそ、清々しささえ感じられたものであった。

 だがしかし、たとえ彼の娘であっても、彼女は、カガリは女性で、決定的な弱さも持っている。

 だから、信用できない部分もあることは、アスランにもわかっているのだ。

 「もう、潮時なのだ。今の時代、いつまでも孤立していられる国など、そうそうあるはずもなかろう」

 そう言って、パトリックは踵を返して行ってしまう。

 アスランはそれを止めることができず、その場に立ち尽くしていた。

 しかしそう間も置かずに、またパトリックが近づいてきた。

 「言い忘れていたが、アスラン」

 歩きながら言うパトリックの声音が、王のそれであることを敏感に感じ取り、自然と背筋を伸ばす。

 「プラント条約に調印した暁には、お前はエターナル王国第二王女、ミーア姫と婚約してもらう」

 一瞬、アスランは我が耳を疑った。

 婚約?エターナル王国の第二王女と?

 「話はそれだけだ。お前はこの国にとって、大事な王子なのだからな。そのことを十分肝に銘じておけ」

 パトリックはそう言い置くと、固まったままのアスランの肩を軽く叩いてその場を去った。

 「・・・・・父上・・・・・・・・・・」

 漸く紡ぎ出された声には、苦渋と厭きれが紛れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 アスランは寝付けず、自室の大きな窓から夜闇を照らす満月を見上げていた。

 「・・・・・ふう・・・・・」

 思わず吐いてしまった溜め息は、周りに誰もいないからか、思ったより大きく部屋に響いた。

 婚約が嫌だ、というわけではない。

 王子という立場上、生涯独身を貫き通すわけにはいかないのだから。

 だがしかし、エターナル王国の第二王女、ミーア・キャンベル・エターナルという少女。

 彼女の姉であるラクスとは、容姿や声音こそそっくりなものの、その性格はまるで違う。

 ミーアは、お淑やかで誠実なラクスとは違い、お転婆とまではいかないまでも、元気で明るい少女なのだ。

 アスランは、ミーアに面識がないわけではなった。

 それは、親友であるヴォルテール国の第一王子、イザーク・ジュール・ヴォルテールの元にちょくちょく行くからである。

 そのイザークの恋人が、ミーアの姉、ラクス・クライン・エターナルなのだ。

 アスランは、偶にミーアが強請ってラクスの後について行く時に限って彼女に会ってしまうのだ。

 若しかして図られているのではないかと、疑心を抱いたことは少なくない。

 どうやらアスランはミーアに気に入られてしまったらしく、アスランと遭遇するたびに絡んで、否、話しかけてくるのだ。

 そうしてぼんやりと物思いに耽っていると、突然、アスランの部屋にも届く程の大勢の叫び声と、金属の擦れ合う音が聞こえてきた。

 慌ててカーテンの陰に隠れ、城門の方へと目をやると、そこには既に侵入を果たしたと思われる、大勢の敵兵らしき人影が見えた。

 「っ!?」

 思わず息を呑み、アスランはベッドのすぐ傍に立掛けておいた長剣を手に取り腰帯にさして、外の様子を耳で伺いながら、そっと扉を小さく開いた。

 開いたといっても、部屋から出たわけではない。

 そっと覗いた廊下には、誰もいない。

 深夜の為明かりは点いておらず、真っ暗だ。

 だがそうしている間に、誰かの気配が近づいてくる。

 アスランは息を殺し、暗闇に目を懲らした。

 しかしそれが危惧に終わることを、次の瞬間知る。

 「アスラン様」

 そう言って扉を隔てた向こうに跪く気配。

 一拍置いて、アスランは小さく答えた。

 「・・・なんだ?」

 ギィ、と微かな音をたてて、人一人が丁度通れるくらいに開く。

 何の警戒もなしに開けたのは、その声がよく見知った、信頼できる人物のものであったからだ。

 外の人物はアスランを確認すると、安堵の吐息を漏らしながら答える。

 「無事で、何よりです」

 そう言うと、一度深々と頭を下げてから、アスランの翡翠を見上げた。

 「ユウキ。一体何事だ?見張りの兵士は何をしていた?」

 怪訝そうに眉を顰め、ユウキと呼んだ男に問う。

 「それが・・・・・」

 そしてユウキはそっと、アスランに城の現状を報告した。

 彼から聞かされたそれに、アスランはその翡翠を見開かせた。

 「・・・それは本当か?父上や、母上は?」

 声を荒らげるのを必死に押さえ、小声で問う。

 「ご安心ください。その国王様から、あの場所にアスラン様を連れてくるように、託って参りました」

 その返答に、アスランの眉間の皺が深みを増した。

 「あの場所?っそれはまさか・・・!?」

 アスランは、否、そんなはずはないと否定しながらも、心のどこかで認めてしまっている自分に気付く。

 そしてそれは、ユウキの言葉によって確かなものになるのだった。

 「儀式の、間です」

 アスランの瞳は静かに、動揺に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャン、という重々しい音が響き渡る。

 半円を描いたような造りに、見上げれば分厚いガラスの向こうに満月が覗く。

 辺りを見回せば何もなく、白い壁だけが続く。

 ここはヴェサリウス国王が次の国王となる者にあるモノを与える、儀式の間だ。

 そしてその中央に、父パトリックの姿と母レノアの姿を見つけてアスランは先導するユウキに目もくれずに駆け寄った。

 「ご無事ですか?お怪我は?」

 そう問いながら駆け寄るが、パトリックもレノアも、何も答えようとはしない。

 「ユウキから聞きました。一体、何故突然・・・?」

 「アスラン」

 アスランの言葉を遮り、パトリックの声が木霊する。

 「・・・アスラン・・・」

 続いてレノアも、アスランの名を呼ぶ。

 一体何事かと、アスランは心の中に一抹の不安を携え、なんでしょう?と返した。

 「今から、王位はお前のものだ」

 突然のパトリックの言葉に、アスランは我が耳を疑う。

 「もうじきここにも、奴らが来るだろう。その前に、済ませてしまいたい」

 その言葉が意味することに、アスランは気付いてしまう。

 「・・・そ・・・んな・・・・・まだ、希望はあります!!」

 声を荒げたアスランを、レノアがアスラン、と呼んで制す。

 「母上も・・・・・どうして・・・・・・・・・」

 消え入りそうな声を紡ぎ出し、俯く。

 「もう逃げ場は、ここしかない」

 ふと顔を上げれば、パトリックの真剣な顔。その横にどこか寂しげなレノアの顔。

 それが如実に、悲しい結末をアスランに物語る。

 「私も、レノアも、お前に生きていてもらいたい」

 ゆるゆると、首を左右に振る。

 「あなたはいきなさい」

 いく、という言葉に二つの意味を込めて。

 レノアは心からの優しい微笑みをアスランに向けた。

 その声を合図とするかのように、パトリックは綺麗な装飾の施された細剣を差し出す。

 暗闇でもわかる、柄と刃の境目に光る紅玉は、どこか妖艶ささえ感じられた。

 「これを持って、いきなさい」

 これは、ヴェサリウス小国を今まで治めてきたザラ家にのみ伝わる、宝剣。

 「父上・・・・・母上・・・・・・・・・・」

 呟きながら、それを受け取る。

 「これは今まで、一度たりともその刀身を血で汚したことはない」

 アスランはその紅玉と父親の目を交互に見ながら、パトリックの言葉に耳を傾けた。

 「だがそれは、一度も国が滅びるという危機がなかったためだ」

 徐に顔を上げ、パトリックの真摯な表情に、己もそれに答えるように見つめ返した。

 「私が死ねば、この国は終わる。だがしかし、お前が生きていれば、国も、民も、お前を必要とするだろう」

 アスランの中に、不安感が渦巻く。

 こんな自分でいいのだろうかと。

 自分にはそのような器量はないのに、いいのだろうかと。

 しかしパトリックはそんなアスランの心情を知ってか知らずか、彼の肩をポンと優しく叩いた。

 「お前なら、出来る」

 無理やり笑みを作ったパトリックの顔には、沢山の皺が寄る。

 「父上・・・・・」

 しかしそんな親子の会話を遮る、複数の足音。

 「ユウキ、アスランを頼んだぞ」

 パトリックはそう命じると、壁に寄って拳で軽く叩きながら逃げ道を探す。

 実は、この城内にはまだ多くの逃げ道がある。

 しかし、状況が状況なので、もうここしかなくなってしまったのだ。

 そう間も置かずに、パトリックはそれを探し当てた。

 「アスラン、早くしろ」

 それは有無を言わせない響きを持っていたが、アスランは一向に動こうとしなかった。

 「アスラン!!」

 レノアが声を荒げるも、アスランはやはり動かない。

 それを見兼ねたのか、パトリックが動こうとしたその時。

 バタン、と音がしたかと思えば、瞬時にアスランたちを囲む敵兵たち。

 ジリジリと近寄ってくる彼らに、パトリックは舌打ちする。

 せめて息子だけでも、とは思うけれども、状況がそれを許してくれない。

 ふと、傍らのアスランが身動ぎしたかと思うと、シャッ・・・と小気味よく鳴る刀身。

 それは、先程アスランに授けたばかりの剣ではなく、アスランが日頃から愛用している長剣であった。

 「アスラン!?」

 目を剥いて問えば、アスランは敵から視線を外すことなく答える。

 「ここは私がなんとかします。父上も母上も、お逃げください!!」

 はっきりと紡がれた声は、凛々しく。

 いつの間に、こんなに男らしくなったのだろうと、パトリックもレノアも感心してしまったほどだった。

 しかしそうそう時間があるわけでもなく。

 「しかし・・・」

 苦渋を含んだ声を絞り出すパトリックの声は、敵兵の叫び声に遮られた。

 キィン・・・と鳴る刃。寸でのところでアスランが抑えたのだ。

 「早くっ!!」

 焦燥感を感じさせる声音に、パトリックたちは渋々ながらも踵を返した。

 今は、息子に委ねよう、と。

 レノアも納得したのか、抗うことなくパトリックの後に従う。

 パトリックたちを逃すまいと、襲い掛かる敵兵たち。

 それをユウキが遮った。

 「私は、アスラン様のお供をさせていただきます!!」

 相手の剣を抑えながら言うユウキに、アスランは困惑した。

 「いや、お前は父上たちと・・・」

 しかしそれは、突然の介入者の声によって遮られた。

 「私が行きましょう」

 どこから湧いてきたのかはさて置き、アスランは驚きの声を上げた。

 「ラウ・ル・クルーゼ!?」

 驚愕しているアスランに小さく笑うと、ラウはパトリックたちが入って行った場所の手前に、敵兵たちを掻い潜りながらも辿り着いた。

 「・・・任せたぞ」

 了承の声に、ラウは満足そうに頷き、暗闇に消えていった。

 「ユウキ」

 ラウが見えなくなった後、アスランは彼の名前を呼んだ。

 「・・・ついて来い」

 それは、自分と共に戦うことを許した証でもある言葉。

 ユウキはそれに、嬉々として是と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてその場を切り抜けたアスランたちは、急いでパトリックたちの下へと向かった。

 だがそれは、突然立ち塞がった者達によって阻まれることとなる。

 「・・・・・何者だ?」

 明らかに先程の敵兵たちとは雰囲気が違うことに、アスランは眉根を寄せた。

 だがその答えが返ってくることはなく、代わりに、何か重たいものが地面に倒れたような音が聞こえた。

 感じた、悪寒。

 恐る恐る、音のした方へと目を向ける。

 そこには、目を見開いたまま固まるユウキの骸が横たわっていた。

 「っ!!」

 声を上げる間もなく、襲い掛かってくる敵。

 敵の繰り出す短刀を腕で払い除け、懐に入る。

 だがアスランは、すぐに身を引いた。

 何故だろう。

 何か、得体の知れないモノを感じたのだ。

 しかしアスランは舌打ちをすることで気を取り直し、長剣で切りかかる。

 だがそれは、遠くから聞こえた悲鳴によって動きが鈍ることになった。

 その声は。

 「っ母上!?」

 まさか、母上が、そんな・・・と心の中で否定する間もなく、敵は容赦なくアスランを襲う。

 暗闇で視界が思うように拓けないが、慣れてしまえば問題ない。

 相手は二人だ。それも、かなりやり手の。

 アスランは舌打ちをして、今度こそと剣を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間もなくして、結局決着がつくことなく敵は逃げてしまった。

 「・・・っくそ・・・・・」

 避け切れずに負ってしまった腹の傷に、そっと手を当てる。

 やはり二対一では分が悪かったか、と小さく苦笑する。

 しかしそれは直ぐに消え失せ、アスランの足は先程悲鳴の聞こえた方へと向かっていた。

 そして辿り着いた先には。

 「・・・父上・・・母上・・・・・」

 レノアを守るように眠るパトリックの姿と、そのパトリックに守られても尚怯えるように眉を歪ませているレノア。

 二人は既に息絶えていて、アスランは唇を噛み締めながら二人の冥福を祈った。

 ふと視界に入った、ラウの姿。

 彼もたくさんの傷を負っているようで、真っ白な軍服が血で紅く染まっている。

 だが、よくよく目を懲らしてみてみると、ほんの少しだが上下している肩。

 アスランは慌てて駆け寄り、息があるかどうかを確かめた。

 「・・・・・まだ、生きてる・・・」

 アスランはホッと息を吐くと立ち上がり、彼を背負って歩きだした。

 今は生きている彼を助けなければならない。

 そうしなければ、父も母も怒るだろうから。

 「また、来ます・・・」

 ふと立ち止まり、肩越しに振り返って言うアスラン。

 それからまた、歩きだす。

 今日から自分はこの国、ヴェサリウス小国の『王』となるのだから。

 王となった自分が今なすべき事は、この国のことを第一に考えて行動することである。

 感傷に浸っている暇は、皆無なのだ。

 アスランはその後、残存兵をまとめ、城の復興を目指した。

 敵はまっすぐ城を狙っていたようで、民への影響はほとんどなかった。

 初めから、王族を狙ってのことだったらしい。

 そう考えると、腹が煮えくり返ってくる。

 自分たちの為に、多くの兵たちが犠牲になったのだから。

 恐らく、アスランたちが最後に相手をした奴等も、仲間なのだろう。

 そしてその国とは。

 「・・・アース帝国、か・・・・・」

 よもや奇襲をかけてくるとは予想だにしなかった。

 いくら小国とはいえ、ヴェサリウスは軍事には優れているはずだし、兵士たちのレベルも高い。

 これは偏に、アース帝国の作戦のお蔭であろう。

 アスランは溜め息を吐きながらも、国民に国王の死を知らせる旨を、皆に話した。

 国王亡き今、この国の上に立つのは自分なのだから。

 そして翌日、国中に『国王が亡くなり、第一王子のアスラン・ザラ・ヴェサリウスが王位に就く事になった』という知らせが、国民全体に広まった。

 それから間もなくして、プラント条約への調印式と、アスランの戴冠式が同時に行われた。

 そうして正式に国王となったアスラン。

 その四年後、アスランは、見つけた自分の身代わりを王座に座らせて旅立った。

 その行く先は、あの日両親を殺し、多くの兵士たちの命をも奪い取った彼の国、アース帝国である。

 しかしアスランは、奇襲をかけるということはしなかった。

 そんな生易しいものでは気がすまない。

 あの命令を出した人物は、言わずもがな国王、ムルタ・アズラエル・アースであろう。

 相当の野心家と、噂を聞いたことがある。

 だからこそこの手で、息の根を止めねばなるまい。

 勿論、嬲り殺して。

 そうでないと、気がすまない。

 あんなに優しかった父が、母が、その野心の為に殺されてしまったのだ。

 復讐をしなければ、気がすまない。

 あの時からこうすることを心に誓っていたのだ。

 アース帝国に行き、国王に会い、そして、ザラ家に代々伝わるこの剣で、国王を斬る。

 それこそ、パトリックたちへの弔いだと、アスランは思う。

 向かう道中の足取りは、重くない。

 アスランは、供であるラウを引き連れてアース帝国の領域に入った。

 

 

 

 

 そして運命は静かに、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

かなり長い間更新停滞した挙句、突然消して人様に多大なる迷惑をかけてしまったことをお詫びいたします。

題名の意味は『復讐の果てに』です。きっと(ぇ)。

苦情は勿論、感想もお待ちしております。質問もOKです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。












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Photo by CAPSULE BABY PHOTO