新学期になっても、アスランと僕は相変わらず一緒に登下校していた。 毎日、同じように。 けれどフレイは、珍しそうにしていた。否寧ろ、驚いていた。 だって、アスランが休まず一ヶ月を終えるなんて、初めてのことなのだから。 僕自身は知らなかったけど、よくよく周りに耳を傾けてみれば、皆驚きを口にするのだ。 だが、僕が気掛かりなのはそれだけではない。 毎日、どこか辛そうな表情をしながら、アスランは僕の隣を歩くのだ。 たとえ彼が笑みを穿いていたとしても、僕にはわかった。 あれは精神とか、そんな類ではない。 きっと、彼の体調によるものだろうと思う。 今までしょっちゅう休んでいた彼が、急に元気になるとも考えられない。 無理をしているのに違いない。 そう思って、アスランに話しかけてみても。 「大丈夫。心配要らないよ」 などと言って、満面の笑顔を向けてくるのだ。 そう言われてしまえば、次の句を告げないではないか。 そして時は過ぎ、キラたちは昨日、家庭学習に入ったのだ。 バレンタインの前に どうしよう。 と、携帯とにらめっこしていると、突然着信音が鳴り出す。 「っは、はい!?」 慌てて電話に出ると、向こうからは押し殺した笑い声。 その声は、今自分が電話をかけようかどうしようか迷っていた相手だった。 「・・・ア、アスラン!?どうしたのさ!!?」 あまりに突然だったために、心臓がバクバクと大きな鼓動を立てている。 『クク・・・ごめん、いきなり』 笑いの名残を残しつつ、アスランは素直に謝った。 「いいよ、別に。それより・・・」 そう言って話を促すと、なんだか急に空気が硬くなったような気がした。 『・・・キラ、あのさ・・・・・』 どうしてだろう。 さっきよりも一際大きく、心臓が跳ねた。 『話が、あるんだけど・・・』 胸騒ぎがする。 ざわざわ、ざわざわと、胸の中が騒がしい。 不安が身体中を這い回っているような感覚に、浮き足立つ。 アスランからの電話。それが今のキラのこの状態の原因である。 なんでも、話があるから一週間後、彼の家に来てほしいとのことだった。 どうして一週間後なのか、キラは知らない。 けれどその、話される内容には、どうしてだか予想がついてしまうのだ。 そう。こういう場合、アレしかない。 『別れ話よ』 突然現実に引き戻されて、キラは慌てた。 思わず、携帯を取り落としてしまうところだった。 「わっ!フ、フレイ!?」 あまりに深く自分の世界に入り込んでいたものだから、一瞬自分がフレイと電話していることを忘れてしまった。 『ちょっとキラ。話す気ないんだったら切るわよ?』 彼女らしく凄みのある声に、キラは慌てて話す話す!!と声を上げた。 『はぁ・・・全く。あんたのことなんだから、ちゃんとしなさいよね?』 受話器の向こうで盛大に溜め息を吐くフレイの姿が容易に予想できて、キラは思わず苦笑を浮かべた。 『今、笑ったでしょ?』 「え!?そ、そんなことないよ?」 まさか自分が笑っていることをフレイに気づかれるとは思っていなかったキラは、相手に見えないとわかっていても勢いよく左右に首を振ってしまう。 『まあいいけど。で、どうするの?』 急に話を戻すフレイに、キラは眉根を寄せた。 「どうするって言われても・・・・・」 『あんたのことでしょうが!!』 口篭るキラに、フレイは一喝する。 「だって、僕、男の子と付き合ったの、これが初めてだし・・・どうすればいいかなんて、わかんないよ・・・」 そう言いながら、傍らでチョコチョコと歩いたり、立ち止まって羽を閉じたり開いたりしているロボット鳥を人差し指で小突く。 『ま、なるようになるんじゃない?』 まるで人事のような、否、実際人事なのだが、その投げやりな言葉にキラは頬を膨らませる。 「なるようにって・・・・・成り行きに任せろってこと?」 ロボットのくせに気持ちよいのか、トリィはキラの人差し指に擦り寄ってくる。なんだか、猫のようなその仕草に、キラは微苦笑を浮かべた。 一体アスランは、どういう風にプログラムしたのだろうか、と。今度、解剖してみようかな、などと頭の中で思案していると、フレイがそういうこと、 と返してきた。 『もしかしたら、違うことかもしれないじゃない?焦ることはないわよ』 別れ話といったのはフレイではないか、とキラは心のうちだけで悪態を吐いた。 『じゃ、そろそろ見たい番組始まるから、切るわよ?』 どうやらフレイは、キラの恋路よりもテレビ番組の方が大事らしい。 最早反論する気にもなれなかったキラは、わかったと答えた。 「じゃあね」 『うん。あ、ちゃんと報告しなさいね?』 その言葉で、フレイは少なからず自分を心配してくれているのだと知り、キラは小さく苦笑を浮かべた。 「気が向いたらね」 そうして、二言三言言葉を交わして、電話を切る。 もしアスランからの別れ話だったら、フレイに慰めてもらおう。 キラはトリィを人差し指に留まらせながら、思った。 時が過ぎるのは早いもので、あれから一週間が経った。 「アスランの家に行ってくるね」 そう言って玄関に向かうキラを、カリダが呼び止めた。 「あ、待って、キラ。これを持って行ってちょうだい」 駆け寄ってきたカリダの手には、紙袋。 不思議に思って首を傾げていると、カリダは苦笑して中身を教えてくれた。 「リンゴよ。親戚から届いたの。よかったらって、渡してくれる?」 ああ、そういえば昨日、祖母の家からリンゴが箱ごと送られてきていたな、とキラは頭の片隅から記憶を探り出した。 「わかった。じゃあ、行ってきます」 そう言って、踵を返す。 後ろでカリダが、行ってらっしゃい、と言っていた。 一週間前から消えない不安感。それが今日、解消されればいいと思った。もちろん、いい意味でだ。 歩いて数歩の位置にあるザラ邸に、キラは大きく深呼吸した。 それにしても、こんなに近くにあったのに、その住人の一人がキラと同じ学校で、クラスメイトだったことに、最近まで気付かなかったとは、自分は 本当に鈍感だな、とキラは自嘲する。 彼から告白された時、まさかこんなに好きになるとは思っても見なかった。 ずっと一緒にいたいと思える、相手だった。 キラの不安の要因は、そこにもある。 一週間という短い間だが、キラはアスランに会いたくて会いたくて仕方なかった。 けれどどうしてだか、会ってはいけないような気がしたのだ。 家は近いけれど、会いに行ってはダメだと。 心のどこかで、警鐘が鳴っていた。 だから、彼が指定した一週間後という言葉に従ったのだ。 ふと、思い出す、言葉。 『三ヶ月だけでいいんだ。俺と、付き合ってくれないか?』 まだ三ヶ月も経ってない。 それに、その期限を、キラは今の今まで忘れていたのだ。 もしかしたら、その期限が短くなったのかもしれない。 その考えに思い至るや否や、キラの不安感が大きく膨れ上がった。 そして今、インターホンを鳴らす。 指が、震える。 あと数ミリ、というところで震えていたものだから、謝って押してしまう。まあ、いつまでもここで立ち往生よりはマシだが。 『はい』 中から、愛しい人の声がする。 「あ、キラ、です・・・」 躊躇いがちに言うと、ちょっと待ってて、という彼の声が聞こえ、しばらくして玄関の鍵が外される音がする。 「ごめん、わざわざ家に来てもらって・・・」 苦笑を浮かべながら言う彼が、なんだか痩せたような気がするのは気のせいだろうか。 「ううん。どうせ暇だし」 キラは無理やり笑みを浮かべた。 「・・・上がって」 アスランはふと、苦笑を消した。 「・・・・・お邪魔します」 どんどん、心臓の音が煩くなっていく。 足が重い。 紙袋を持つ手に、汗が滲む。 玄関で靴を脱ごうとして、キラはハタと気がついた。 「あ、アスラン、これよかったら・・・」 思わず、渡しそびれるところだった。 「何、これ?」 そう言いながら受け取り、中身を覗く。 「リンゴ。昨日、親戚から届いたの。・・・嫌いだった?」 未だリンゴを覗き見ているアスランに、もしやと思い問うてみると、アスランは徐に首を左右に振った。 「いや、好きだよ。ありがとう」 「どういたしまして。今日、おばさんは?」 微笑を浮かべるアスランに返すと、彼の母であるレノアの姿が見えないことに首を傾げた。 「ああ、ちょっと今、出てるんだ。何か、用でもあったのか?」 「ううん。そういうわけじゃないよ」 そう言って、靴を脱いで上がる。 キラの不安が、どんどん大きくなっていった。 目の前に置かれたカップには、キラの大好きな甘い香りを漂わせるココアが並々と入っていた。 ふと、目の前に座った彼のカップを見てみると、いつもは入っているはずのコーヒーの姿はなかった。 代わりに入っていたのは、何故か緑茶。 「コーヒー、飲まないの?」 不思議に思って問うてみると、アスランは苦笑を浮かべて。 「緑茶の気分なんだ。キラも、これがよかった?」 問いながら自らのカップの中身を指差す彼に、キラは首を左右に振った。 「ココアでいい」 そんなキラにアスランは苦笑一つ零して、そしてふと、それを消した。 「・・・・・それでキラ、あのさ・・・」 「あ、ねえ。トリィってさ、どういう風にプログラミングしてるの?」 「あの・・・」 「指で突いたりして遊んでるとさ、なんかこう、猫みたいにすりついて来るしさ」 「キ・・・・・」 「それに、あんまり飛ばないしさ。もしかして、外に出さないと飛ばないようにしてる?」 「キラ・・・」 「今度・・・・・」 「キラ!!」 アスランの言葉が怖くて、彼の言葉を避けるようにしていたキラだが、アスランの荒げられた声によって、それはピタリと止んだ。 「・・・・・俺の、話を、聞いて?」 「・・・・・ごめん」 アスランの、静かだがどこか必死ささえ感じる声音に、流石のキラも罰が悪い。 「・・・三ヶ月って、言ったけど・・・。ごめん。俺たち、別れよう」 どうしてだろう。 その言葉は何故か、すんなりキラの心に届いた。 「・・・・・・・・・・理由、聞いてもいい?」 まず浮かんだのが、そんな言葉。可愛げがないな、と心の中で自嘲する。 「・・・・・ごめん」 自分から告白しておいて、それで急に別れ話して、けれど理由を言わないとは都合が良すぎやしないか。 けれどキラには、彼を糾弾することは出来なかった。 だって彼が、あまりにも、辛そうに話していたから。 だからこれ以上、彼を傷つけたくないと思ってしまうのだ。 それでも、別れたくはない。 しかし今、そんな自分の我侭をつけるほど、キラには勇気がなかった。 「・・・・・じゃあ、ねえ、一つだけ」 その声に、アスランは僅かに首を傾げた。 「一つだけ、聞かせて?」 「・・・いいよ。何?」 暫しの沈黙の後、言葉を紡いだアスランに。 「僕のこと、本当に好きで、告白したの?」 確かめたかった。 あの時、言ってくれた言葉が本当かどうか。 「え・・・・・?」 あの時、なんで自分なんかと付き合いを申し込んだのか問うた時、アスランは逡巡しながらも、好きだから、と答えてくれた。 それが本当に、彼の本心だったのか、ただそれだけを確かめたかったのだ。 「・・・本当、だよ。今も、その気持ちは、変わってない」 ならどうしてと、問えたらどんなに楽だろうか。 「そっか。ありがと。・・・・・じゃあ、僕、帰るね?」 このままここにいれば、自分はきっと、涙を零してしまう。 振られて泣くなんて、恰好悪いじゃないか。 何より、アスランに心配をかけたくなかったから。 僕は彼の返事を待たずに、早足でアスランの家を後にした。 あとがき 本当は、もっと早く更新すべきものでした。 ですがなんだか、時間がどんどこ過ぎていってしまいまして・・・(言い訳☆)。 本来なら前後編に分ける筈だったのですが、流石に無理だと気付きました。 別にこの話、バレンタインの前日と言うわけではありません。 只単に、そのまんま、バレンタインの前、ということで。 あ、ちなみに、キラたちの学校は私立なので、家庭学習に入るのは公立よりも早めです。 なので正確には一ヶ月無いのですが、まあその辺は気にしない。 バレンタインのは明日、出来ればアップしたいかなと思ってたりします。 TOP/ +α |