――――――――――君は名も無き天使。
――――――――――突然、俺の目の前に現れて・・・・・。
――――――――――俺の心を攫っていった・・・・・。
――――――――――それはもう、暖かい風も吹き始めた時期。
――――――――――降っても積もらないだろうと思いながら、窓の外を眺めていたあの夜。
――――――――――白い世界の真ん中に、君はまるで天使のように・・・・・。
――――――――――この地に降り立ったのだ・・・・・・・・・・。
snow fairy
「今日はいつも以上に冷えますゆえ、道中お気をつけくださいませ」
そう言って俺に頭を下げて見送る執事を手で制し、さっさとその場から立ち去ろうとする。
必要以上に豪華で華やかで大きい造りのそれを使用人たちが二人がかりで開けるのをイライラしながら待つ。
ようやく開いたと思ったら、次は別の使用人たちが俺の前後を囲むと、俺の歩調に合わせて歩き出す。
いつもは当たり前のことだからと言って気にも留めないが、今日に限っては違った。
俺は今、否、今日一日ずっと、イライラしている。
そんな俺の心境に、全く気付いていない様子の従者たち。
嫌気の一つもささずにいられないというのが人間の心理ではないか。
「ついてこなくていい。お前たちは城で待機していろ」
なるべく、未だ湧き出でる怒りを抑えながら正面を見据えたまま命じると、従者の一人が困惑を顕に答えた。
「しかし、いくら王子の剣の腕が卓越したものであれ、私たちの仕事は貴方様の御身を守ることなのです。どうかお気をお静めくださいませ」
どうやら俺の心情に感づいたらしいが、彼の言うことを聞く気など毛頭ない。
ならば・・・・・。
「わかった。ただし、道中は馬車ではなく馬で行く」
途中で撒いてやろうではないか。
ちょっとした悪戯心が、自然と口端を吊り上げていく。
前後の従者たちがざわめきだすのを心中で笑い、俺は進路を変えて歩き出す。
向かう先は、王子や王たちの愛馬が管理されている馬屋。
後ろから慌てた様子の従者たちが俺を呼び止める声が聞こえるが、止まってやる気も無いのでそのまま歩き続ける。
だがそれも束の間、すぐに追いつかれてしまった。
無理もない。
相手は数人の走ってきた従者たち。
そして俺は早歩きではあったけれどあくまで歩いていたのだ。
追いつかれないほうがおかしい。
今度は全員俺の前に回り込み、何やら抗議を始める様子。
今日は結構冷えるというのに、国にとって大事な王子をこんな寒い中止まらせるとは身の程知らずめ。
「いけません!!何かあったらどうなさるおつもりですか!?」
・・・・・何かってなんだ?
「それに、最近は近辺で熊が発生しているようです。とてもではないが、王子一人では・・・・・」
従者のくせに、俺の腕を信じていないようだな。
「道はおそらく凍っていることでしょう。誤って滑ってしまったら大変なことになりますよ!?」
俺がそんな間抜けに見えるのか?
「王子!!そんな、死に行くようなことをなさらないでください!!」
最早俺は、か弱い王子か?
いくらなんでもこの言い様には腹が立つ。
それでなくともイライラしているというのに、これ以上俺にどうしろというのだ。
「お前たちは俺をなんだと思っている!?・・・・・そんなに信用が無いのなら、いっそのこと従者など辞めてしまえ!!」
荒々しく吐き捨て、従者など目もくれずに自身の愛馬のもとに向かう。
そして柱に縛り付けていた手綱を取って握り、軽やかに馬に跨る。
手綱を引っ張り、馬を歩かせて城門に向かう。
一瞬、大人しい従者を不審に思ったものの、さっさとその場を後にする。
馬の蹄の音が軽やかなリズムを奏でて、俺はいつもの道を駆けていった。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
「何故追ってこない・・・・・?」
そうなのだ。
城で自分でも暴言だと思える事を吐き捨ててから、あのしつこい従者たちが追ってこないのだ。
これでもゆっくり駆けているはずなのだが・・・・・。
もう既に目的地は自分の視界の範疇にあるのに、従者たちは一向に姿を見せようとしない。
いくらなんでもおかしすぎる。
それでなくとも、彼らは城の従者たちの中でも様々な面において優れているのだ。
だからこそ俺の側近として働いているわけであろうが・・・・・。
まさかあんな一言で本当に辞めてしまったということはないだろうな?
未だ覚めぬ怒りが、だんだんと不安に変わっていく。
不意に、ガサリと音がする。
何事かと音のした方を見ると、一瞬ではあったが黒い影が垣間見えた。
「・・・・・・・・・・?」
馬の手綱を器用に操りながら、何者だろうと考えを巡らす。
と、その正体が何者なのかわかった。
やはり、従者は腐っても従者ということか。
その黒い影の正体とは、城を出る際に自分の怒りをぶつけてしまった従者たちだろう。
思わず、笑みがこぼれてしまうのも無理はない。
思った以上に骨のある者たちで、嬉しく、誇らしいと思う。
俺は彼らに気付かないふりをしながら、目的地に向かって駆け抜けた。
人の気配などほとんどしない、けれど隅々まで手入れを施された庭。
俺はその端に構える馬屋に近づき、愛馬を繋ぐべく馬から降りた。
手綱を柱にしっかりと縛り付けて、それが緩まないかを確認すると、木陰へと目をやった。
「そろそろ出て来い」
まだ十代であるにも関わらず、国王も辟易しそうなほどの威厳をその声音にのせて命じる。
と、俺が見つめる木陰からも、近くの壁や果ては焼却炉の裏から出てきた従者たちに視線を向けた。
「お前たちはもう帰っていい」
途端に、不満だとでもいうような視線が向けられる。
俺は臆することなく言葉を続けた。
「今俺は一人になりたい。・・・・・どうしてもと言うならば、一人だけでいい。そんな何人もいたのでは気も休まらん」
溜め息混じりに言うと、それを理解してくれたのか一人の従者が了承の言葉を口にし、深々と頭を下げた。
周りの従者たちもそれに倣って頭を下げてくる。
「すまないな」
そう言い置いて踵を返し、屋敷の中に入る。
当たり前だが、人の気配がしない。
それはここが普段使われていないことを自ずと知らしめていた。
ここは王国の王子である俺が所有する、謂わば別荘だ。
普段は執務に追われているために中々訪れることは出来ないが、暇な時は必ずといっていいほど足を運ぶ場所だ。
王城とは違い、森に囲まれたここは人目にもつきにくく、自然と触れ合うことで心も癒される。
だから、膨大な量をこなすたびに体を襲う疲れや、たくさんの貴婦人たちの相手などからの疲れを癒すために、ここは俺にとってなくてはならない場所なのだ。
それ故に、いつでもここに来られるように掃除をさせ、庭の手入れもさせていた。
更に言うと、ここに来る時は決まって一人になりたい時であるため、あらかじめ人を近づけさせないようにしていた。
なので、従者たちは不満に思いながらも了承したのだ。
今頃、誰が俺の傍に残るか言い争っているに違いない。
そんなことを思いながら、俺は自分のお気に入りの部屋に向かった。
ガチャリと少し重たい音が聞こえたかと思うと、美しい彫刻が施されている扉のノブをそのまま一気に押し開けた。
視界が開け、その先にあるのは見慣れた、しかし王族ではない貴族から見ればそれはまさに豪華すぎるほどの部屋だ。
普段からそのような場所に出入りし、生活している為に気にはならないが、周りから見れば贅沢と言われるのも無理はないだろう。
俺はゆっくりと広すぎる部屋を見回して、中央に置かれた大きなソファに身を沈めた。
あまりの柔らかさに、身体がうまって丁度よい心地良さが眠気を誘う。
徐々に強まる眠気に抗うこともせず、ゆっくりと目を閉じてそれに身をゆだねた。
どのくらい眠っていたのだろうか。
俺はゆっくりと目を開けて大きな窓を見やった。
そこから見える景色はただ暗闇ばかりで、部屋も真っ暗なままだ。
ふいに、自分は目を開けていないのかという錯覚に襲われる。
だがすぐに頭を振り、明かりを点けるべくランプを探す。
マッチの火をランプに点けて手にすると、あたりの様子がぼんやりと灯しだされた。
また窓を見ると、あることに気付く。
雪だ。
今はもう三月だというのにも関わらずだ。
そういえば、今日はいつも以上に冷えると従者の一人が言っていたのを思い出す。
怒りのせいでそんなことは頭の隅に追いやられていたのだが。
しかし、雪が降ったとて積もりはしないだろう。
いくらまだ冬の寒さが残っていたとしても、春はすぐそこなのだ。
どうせすぐに溶けてしまうのは容易に予想できることだ。
そう思って窓から目を逸らそうとしたその時。
視界に、真っ白な光がちらついた。
突然のことに何が起こったのかわからず、光のほうを見る。
だが、相変わらずの闇。
しかしその中に、暗闇の中でもはっきりとわかる純白の存在があったのを俺は見逃さなかった。
遠目からでもわかるほどに細い肢体。
地面に広がる長い髪。
人目で女性だとわかるそれは、俺の屋敷の庭に倒れていたのだった。
急いで階段を駆け下り外に出ると、まず見えるのはただ闇だけ。
屋敷の中の照明は全く点けていないため、暗いままなのだ。
そんな中、一際目を引く女性はこちらに背を向けて横たわっていた。
怪訝そうに眉を顰めたが、走ってその女性、否、少女に近づき声をかける。
「おい、どうした?」
低い声が辺りの静寂を破って響く。
答えない、少女。
何故かその少女の身体はぼんやりと光っていて、だから俺は闇の中でもこの少女を見つけられたんだなと思う反面、早く答えて欲しいと思った。
不思議と、違和感なんてものは感じなかった。
しかし、雪の降りしきる中いつまでもこんなところで寝ていたら風邪をひいてしまう。
一向に起きる気配のない少女を仕方なしに抱きかかえ、屋敷の中に入っていく。
もたもたしていたら、従者が来てしまう。見つかれば何を言われるかわかったものではない。
さっさと中に入って一刻も早くこの少女を暖めてやらねば。
腕の中にあるのは、氷のように冷たい華奢な少女。
客間もあるにはある。
だが敢えて自分の寝室に寝かせることにした。
何故なら、ここが一番生活感があるから。
俺は少女に振動を与えないようにゆっくりとベッドの上に寝かせると、まだ火の点いていない暖炉を見やった。
傍に置いてある薪を手にして放り込みマッチをつけて薪に点す。
次第に大きくなる炎をしばし眺め、やがてバスルームへと向かう。
少女が起きる前に、シャワーを浴びてしまおう。
そう思ったのだが、それはふと聞こえたくぐもった声に止められることとなる。
「・・・ぅ・・・・・・・・・・・・・・・」
その小さな呻きにも、少女の声の透明さが窺える。
俺は再び少女の傍らに戻ると、そっと彼女の肩に手を乗せた。
「おい、大丈夫か?」
そっと声をかけると、小さく震える長い睫。
そして間もなく現れた極上のアメジストに、ドキリと自分の心臓が大きく鼓動したのがわかった。
「ぁ・・・・・?」
小さく零れた吐息に、心奪わるる。
交わる視線に、自分の心のどこか奥深くに、何か暖かい感情が生まれたような気がした。
「あの・・・・・」
いつの間にか硬直していた俺は、その声に我に返る。
「・・・いや・・・・・ここは俺の家だ」
こちらを向いたまま出来得る限り視線を彷徨わす彼女に、ここがどこなのかと説明する。
「へ?あの、じゃあここって、・・・地上?」
・・・・・・・・・・。
心の中まで沈黙。
今、この少女はなんと言った?
まさか、空に住んでいるとでも言うのだろうか。
俺は突然零れた言葉に目を丸くしたまま、再び硬直してしまった。
「えと、すみません!!なんだか、僕もわけがわからなくて・・・・・」
慌てて謝る少女に、最早笑うしかなくなる。
「いや、俺の方がわかがわからないのだが?」
その言葉に、自分が責められていると思ったのか、少女はまたすみませんと言って申し訳なさそうに頭を下げた。
「そんなに謝らなくていい。君も、どうして自分がここにいるのかわかっていないんだろう?・・・なら、自分の状況を確かめるのが先決だと思うが?」
俺の言葉に納得したようで、少女は不安げながらも一つ相槌を打った。
「あの、信じてもらえないかもしれないけど、僕、雪の妖精なんです」
「・・・・・信じるよ。雪の妖精って、雪降らすとか溶かすとかそんな感じ?」
今更信じないと言うとややこしくなりそうなので、無理やり自身を納得させる。そして適当に雪の妖精像を作って彼女に説明を求めた。
「まあ、そんな感じです。雪の妖精は秋に生まれ、皆春に死にます。とっても短命なんです」
その事実に、俺は目を剥く。
「なら、半年ほどしか生きられないのか!?」
声を上げた俺に重々しく頷く少女に、納得せざるを得なかった。
「・・・・・それで、なんで君は『地上』に降りてきたんだ?」
確かに、雪の妖精というくらいなのだから、きっとずっと空で暮らしているのだろう。だがそれで何故、この地上に降りてきたのか。
「あ、降りたんじゃなくて、落ちたんです」
「・・・・・・・・・・は?」
思わず漏れた声に何を思ったのか、少女は首を傾げつつ、だから、落ちたんです、と言葉を続けた。
「いや、それはわかったけど・・・・・どうして?」
一体何故、本来なら空にいるはずの少女が地上に落ちてきたのか、というのは当然の問いである。
「落ちたって言うか・・・寧ろ、落とされた?」
何故そこで疑問系なのだろうか。俺は可愛らしい仕草で首を傾げる少女を怪訝視した。
「落とされたって、誰に?」
「神様」
即答だ。
俺は思わず目を見開いて驚いた。
「神様って・・・・・?」
一体なんの神様なのだろうか。もしや、雪の神様などとは言わないだろうな。
「神様は神様だよ。自然の神様」
その少女の答えにより、先程よりも更に思考が混乱する。
「自然の?それは、どういう・・・・・?」
尚も疑問をぶつける俺に、少女は暫し考える素振りを見せた。どうやら、どう説明したらよいのか考えあぐねているようだ。
「うーん・・・・・僕たち妖精を生み出したりだとか、季節を変えるだとか?」
だから何故疑問系なのか。もしかしたら本人自体よく知らないのかもしれない。
それにしても。
「でもなんで、その神様が君を落としたりしたんだ?」
問題はそこだ。何故彼女を生み出した謂わば『生みの親』である神が、子でもある少女を地上になど落としたのだろうか。
しかし少女はさあ?と首を傾げるだけで、神の意向は全く読めない。
「それじゃあ君、どうするんだ?落とされた理由もわからないんじゃ、どうしようもなんじゃないか?」
そう言って大きく溜め息を吐くと、少女も困り果てた様子で溜め息を吐いた。
「うん、どうしようもないね・・・・・どうしよう?」
俺に聞かれても困る。
そう、正直に答えようとしたが、流石に良心が痛む。
「取り敢えず、何かわかるまで、ここにいればいい」
苦笑混じりに言って見れば、パッと花が咲いたような笑顔を俺に見せた。
「いいの!?」
そう聞かれても、その笑顔を見せられれば頷くを得ないではないか。もっとも、首を横に振る気は毛頭ないが。
「ああ、好きに使うといい」
表情の変化に笑いが込み上げてきて、俺は必死にそれを抑えた。けれど、抑えきれないものは、仕方なくて。
「・・・・・ずっと、そんな顔してればいいのに・・・・・・・・・・・・・・・・」
聞こえた少女の声に、思わず首を傾げてしまった。
少女は慌ててなんでもないと取り繕うように言うと、居住まいを正した。
「じゃあお言葉に甘えて、ここに居させてもらいます」
自然と緩む口元を、引き結ぼうとは思わなかった。
「いらっしゃい、雪の妖精・・・・・」
そこで、まだ自分が名乗っていなかったことを思い出した。
「俺はアスラン。君は?」
その問いに、少女は困ったように眉を寄せた。
不思議に思って首を傾げていると、少女は躊躇いがちに口を開いた。
「・・・・・僕、名前、ないの・・・・・・・・・・」
名前がないと、そう言う彼女は悲しそうで。
無神経にも自身の名を名乗ってしまった自分に、嫌悪した。
「ねえ、アスラン?・・・・・もしよかったら・・・・・・・・・・」
言葉を紡ぐ少女に、俺は思わず息を呑んだ。
「僕に、名前を、ください・・・・・」
そう言って紫水晶を揺らす少女。
俺は無意識のうちに、口を開いた。
「キラ・・・・・」
光に反射して輝く、君の瞳を形容した言葉。
少女はそれがお気に召したのか、再び華が咲いたように笑った。
「ありがとう!!」
そして自身につけられた名を口ずさむ赤い華のような唇に。
「キラ」
そっと、傷つけないように、触れた。
――――――――――君が溶けてしまうまで。
――――――――――君が消えていなくなってしまうまで。
――――――――――俺は君に、君の名と共に居場所を与えよう。
――――――――――snow fairy・・・君の命が尽きるまで。
あとがき
えっと、この話、実は2005年1月7日に書いてそのまんま放置していた物でした。
この間整理していて見つけて続きを書いてたのですが・・・なんか意味不明な物に・・・。まあ、いつものことですが。
他の作品を見ていただいた方にはお分かりかと思いますが、いつもと書き方違います。なのでちょっと自分で違和感感じてたりします(おい)。
大分長いですが、メインはアスキラの会話でしょうか?わっけわからんですがね。神様とか、どっからでてきたのやら・・・・・。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!!
|
illust by 13-Thirteen
ブラウザを閉じてお戻りください。