ブー・・・・・。

 古いアパートのとある一室に響く、ブザー音。

 その音に、この部屋に住まう青年はまたかと盛大に溜め息を漏らした。

 気だるげに炬燵から這い出て、徐に玄関に歩み寄る。

 そして相手を確認するのも面倒だとでも言うように、青年は迷わず扉を開けた。

 「何の用だ?」

 苛立ちを表すかのように僅かに伏せられた睫毛の奥には、極上のエメラルド。

 それをうっとりと見つめる目の前の少女は、自分の胸の前まで手を持ってきて、懇願するかのように手を組んだ。

 「ご飯、恵んでください」

 キラキラと目を輝かせながらそう言ってくる少女の足元には、小さく欠けた、古びた茶碗を乗せた小さなお盆。

 青年は盛大に溜め息を吐くと、キッと目の前の少女を睨んだ。

 「絶対に、嫌だ」

 そして、勢いよく閉めたはずの、ドア。

 しかしそれは、僅かな隙間に滑り込まされた汚れた靴を履いた足によって遮られる。

 「お腹が空いてるんです。お願いします。僕には食べさせなきゃならない夫と子供が・・・」

 「嘘をつくな!!お前はまだ大学生で、一人暮らしだろうが!!!いい加減自分で稼いで食え!!!!」

 そう言って強引にもドアを閉めようとする青年に、少女は必至に食い下がる。

 「いーやーでーすー!!!ちょっとは分けてくれてもいいじゃないですか!!!」

 「嫌だね、絶対!!第一、俺も今ギリギリの生活をしてるんだ。お前なんかに分けてやれるモノなど何一つない!!!」

 一息に喚き散らす青年に、少女は頬を膨らませる。

 「何だよ!!君と僕の仲じゃないか!!っアスランのバカ!!!」

 少女の言葉に、何の仲だ!?と問い返したくなったが、突然罵倒して俯いてすすり泣く声が聞こえれば、口を閉ざしてしま

うのも無理はない。

 少女のそんな様子に、動揺している自分がいるということに、青年自身が驚いていた。

 だがそれはすぐに、自分は女性の涙には弱いのだと勝手に納得していた。

 「・・・・・少しだけだぞ」

 そう言い置き、彼女をそのままに中へと入って行った。

 それを見送った少女はというと。

 俯きながら、密かに微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵み恵まれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女と出会ったのは、今から丁度三ヶ月前。

 青年、アスラン・ザラが住む部屋の隣に、一人の可愛らしい少女が引っ越してきた。

 名を、キラ・ヤマトという。

 だが彼女は、その容姿とは裏腹に、途轍もない貧乏人で尚且つ甘え癖のついた人物だったのだ。

 それが判明したのは彼女が越してきた翌日。

 突然家のブザーが鳴ったかと思い、ドアを開けると彼女が立っていて。

 『あの、僕にご飯を分けてくださいませんか?』

 と、満面の笑顔でのたまったのだ。

 流石のアスランも、彼女のそんな行動に鳩が豆鉄砲を食らったかの如く目を丸くし、硬直してしまったほどだ。

 だが、こう見えてしっかりもののアスランは、直ぐに『無理です』と返して扉を閉めた。

 そう、閉めたはずなのに。

 先程のように彼女は僅かな隙間に足を滑り込ませて、それを止めたのだった。

 そして彼女の口から零れた声音は。

 『何でもいいんです。何か、分けてもらえませんか?』

 夜明けに響く鳥の鳴き声の如く涼やかで澄んでいて。

 ニコリと笑みを深められれば、アスランには断れるはずもなかったのだ。

 そうして、自分の生活もやっとだというのに、分けてしまったが最後。

 それからというもの、彼女は頻繁にアスランの家に訪れるようになってしまったのだった。

 何故彼女がほぼ毎日のようにアスランの家に食事を求めにやってくるのか。

 その理由は彼自身、何度も問うた。

 なのに今まで一度たりとも明確な答えを聞き出せてはいなかったのだ。

 いつも何かとはぐらかされてしまい、アスランも特に興味はない為、まあいいかと自己完結して終るのだ。

 そんな状態が三ヶ月も続くということにも驚くが、それ以前に、今まで彼女に食事を与え続けているアスランにも驚きである。

 なにせ、親からは自分一人分の食費しか仕送りがないのだ。

 アスランは元来、お金のことに関しては五月蝿いのだ。

 父は普通のサラリーマンで、母はアスランが中学生の時に病気で他界した。

 決して貧乏ではないが、かと言って裕福でもない家。

 それがアスランの家なのだ。

 今こうして一人暮らしをしているのは偏に、アスランの父がせっせと働いて、アスランの食費を仕送ってくれているお蔭である。

 因みに、学費は奨学金制度を利用し、家賃は自分でアルバイトをして稼いでいる。

 言ってしまえば、キラに分け与えている食料は全て、アスラン自身が稼いだ金になるのだ。

 それなのにも関わらず、アスランは彼女に食事を与え続けている。

 慣れてしまったと言ってしまえばそれまでだが、なんとも奇妙な話である。

 アスランは米櫃から少量米を出し、ビニール袋へと入れて玄関に向かった。

 だが、その足はすぐに止まる。

 キラが、中に入って炬燵の中に足を入れて寛いでいたからだ。

 「・・・・・・・・・・おい」

 低い声で声をかけると、キラは顔を上げて満面の笑顔で切り返してくる。

 「お邪魔してます、アスラン」

 「誰が家に入っていいと言った!?ていうか、気配なかったぞ!?」

 そう、今までアスランがキラの存在に気付かなかったのは、彼女の気配を感じなかったからだ。

 それなのにも関わらず、キラは一向に笑ったままで。

 「何言ってるの。僕、君が入って直ぐに入ったじゃないか?どこ見てるんだよまったく」

 その言葉に、アスランの米神に青筋が立つ。

 「んなの知るか!!ほら、米やるからさっさと出てけ!!」

 そう言いながら、手元の米の入ったビニールを突き出す。

 だが、キラは何故だか不満そうな顔をする。

 アスランはその様に思い切り顔を顰めた。

 「・・・何だよ、その顔は?」

 そう問えば、キラは徐に口を開いて。

 「僕の家、水とか電気とかいろいろ止まっちゃってるから、米炊くどころかとげないよ?」

 「何だと!?お前は一体月いくらで生活してるんだ?」

 心底不思議そうに、アスランは問う。最早怒りを通り越して彼女のことを不思議生物と見ているのだ。

 「え、千円?」

 アスランの思考が止まる。

 千円。千円とは、あれか。

 百円が十個分。

 十円が・・・って。

 「千円だと!!??」

 突然、今までの比でないくらいの大声を出したアスランに面食らいながらも、キラはコクリと頷いた。

 「それで、どうやって遣り繰りしてるんだ?」

 そう問えば、キラはまた笑みを浮かべる。

 「だから君の家に来てるんじゃないか」

 なるほど。

 月千円なら、水やらガスやらを止められても、毎日のようにアスランの家に食料を求めに来ることもない。

 しかしそれなら何故、彼女は大学に通えているのか。

 というかそもそも、家賃はどうなっているのか。

 アスランはその疑問を、素直に彼女にぶつけてみた。

 そうすると、彼女は渋い顔をして。

 「学費は奨学金があるし、家賃だけは親が払ってくれてるから・・・」

 つまり親は、光熱費などは払っていないということ。

 きっとキラのご両親たちは、キラが自分で稼いでそれらを払って自立の精神を身につけてくれることを望んでいるのだろうが、

それは明らかに失敗だ。

 現に彼女は何も出来てはいない。

 「・・・・・で、お前はいつまでこの生活を続ける気だ?」

 「・・・・・・・・・・永久就職するまで?」

 その答えに、アスランは。

 「だったら実家へ帰れ!!」

 と言って怒鳴った。

 「イヤダヨ。ボクカエルトコナイ」

 「何で片言なんだよ。ていうかあるじゃないか、家賃を払ってくれている両親のトコとか」

 そう言うと、彼女はどこか悲しげに目を伏せて、アスランの心に後悔の念が浮かび上がった。

 「・・・僕、家出同然で出てきちゃったから、家賃払ってもらえてるのも、奇跡なんだ・・・。

今更帰るなんて、できないよ・・・・・」

 肩を落として言う彼女は、なんだか今にも消えてしまいそうで。

 思わず。

 本当に、気付いたら。

 アスランは腕の中に、キラの細い身体を抱きこんでいたのだ。

 ふわり、と優しい風が二人を包み込む。

 「・・・・・・・・・・アス、ラン?」

 戸惑いがちに紡がれる声に、アスランは漸く我に返った。

 慌てて身体を離そうとするが、それはコトリと胸に預けられたキラの頭によって遮られることとなった。

 「・・・キラ、俺・・・・・」

 自分が今、何を言おうとしているのか、自分自身がわからなくて。

 戸惑う心を見透かすように、キラは微笑った。

 「ごめん。ちょっとだけ、このままでいさせて・・・?」

 消え入りそうなほどに小さな声音に、アスランの胸はドキリと騒ぐ。

 知らず、アスランの腕に込める力が、強くなった。

 勝手に動く、手とか。

 本当に自分は、どうしたのだろうと。

 君の髪を、自分でも驚くぐらい優しく梳く自分の手が、他人のものにも感じられてしまい。

 思わず、声を出してしまった。

 「・・・キラ・・・・・」

 小さく、頭を動かす君に。

 なんだろう、この気持ちは。

 自分の知らない、この感情は。

 知らない。わからない。

 でもいつまでも、この感情に目を背け続けることは、してはいけないような気がする。

 だから、言葉を紡ぎだすのだ。

 「・・・・・好きだ」

 見開かれる、君のアメジスト。

 それを封じ込めるように、アスランは彼女の瞼にそっとキスを落とした。

 驚く君の、零れそうな瞳に。

 自分の姿が映っていることに、確かな喜びを感じる。

 「だったら、一緒に暮らそう?俺がキラの、『帰る場所』になる」

 そう言って微笑めば、キラは途端に瞳を震わせて。

 アスランの胸に、飛び込んだ。

 震える彼女の肩に、手を置いて。

 小さなその背中に、手を回して。

 ギュッと、強くも弱くもない力加減で、君を抱きしめた。

 

 

 

 君が俺に食べ物を恵まれて。

 俺が君に食べ物を恵んで。

 いつの間にか芽生えた感情。

 未だ泣き続ける君は、どう思っているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

改めて、30000hit、ありがとうございました!!!

お礼小説、常識人(?)アスランと、強引キラの隣人パラレルです。

キラの返答はどうだったのか、それは皆様のご想像にお任せします←。

感想等は、mailかclapにどうぞ。

それでは、これからも“月蝶幻曲”をよろしくお願いします。

by.奏織沙音






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