君は貴族のお嬢様。

 

 俺はしがない貧乏人。

 

 鼻から俺たちは、相容れない世界の生き物だったんだ。

 そう、本来なら出会ってはならない運命であったのだ。

 なのに、出会ってしまった。

 けれど、どんなに先に暗い道しか残されていなかったとしても。

 どんなに大変なことが待ち受けていたとしても。

 俺は決して、君をこの手から離さないと誓おう。

 それは義務じゃない。

 俺の、君への気持ちだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸福の花束

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは、雨の夜だった。

 

 俺の家は貧乏であった為、食べ物を食べられることは、三日に一度、あるかないか。

 その為、同じ年齢の男子たちよりも弱々しい身体は、それでもどこか逞しささえ感じさせる。

 人は俺をよく美丈夫と言うが、俺にとっては食べ物をくれた方がよっぽども嬉しい。

 母親は数年前から病に臥せっており、最早直る見込みといえば、大金が必要とされる手術しかない。

 それは、アスランの家では無理なことなのだ。

 金は、はっきり言ってない。

 通常よりもまけて貰っている家賃でさえも、払えていない状況だ。

 最近では、長期間の家賃の滞納により、さっさと出て行けとまで言われている。

 だが、そう言われても、母親の寝床は必要だし、それと同時に薬も必要であるのだ。

 父親が毎日、休む間もなく働いて稼いだ金は、ほとんどその薬代に回されるのだ。

 アスランも職を探しているが、なかなか学校にも行っていないような子供を雇ってくれる心優しい場所はない。

 だが、それは今日までのことだ。

 たまたま通りかかった、長い黒髪の男性が、俺に『職を探しているのなら、家で働かないか?』と問うて来たのである。

 その言葉に、否と答えるなどと言った馬鹿なことはしない。

 もちろん俺は、即座に首を縦に振った。

 漸く、働き口が見つかったのだ。

 喜ばないはずがない。

 

 だが、今思えば、全てはあの夜から始まったのかもしれない。

 

 男性は、ギルバート・デュランダルと名乗った。

 国でも知られた、貴族の一人である。

 そして彼には、二人の子供がいた。

 一人は、金髪の男子で、名をレイという。

 男だというのにも関わらず、サラサラとした髪を肩ほどまでに伸ばして遊ばせている。

 女性が見たら、きっと羨ましがるだろう。あの、癖のないストレートの髪に。

 そしてもう一人は、養子だと言うキラという。

 これまたサラサラの癖のない長い髪を背中に流し、まるで紫水晶をそのまま嵌め込んだような輝きを湛える瞳。

 俺は人目で、彼女に魅了された。

 自然と染まる頬にも気にせず、俺は呆然と彼女を見つめ続けた。

 それからだ。彼女を見るようになったのは。

 そして、俺は、終に。

 

 過ちを、犯した。

 

 邸で与えられた仕事。主に掃除だが、その合間にも見続けていた彼女に、婚約者が出来たと聞いた。

 その事実に、不安感が込み上げた。

 自分の傍から、彼女がいなくなってしまう、と。

 だから俺は、彼女に問うた。

 「貴女はこれで、いいのですか?」と。

 そうしたら彼女は、静かにこう答えた。

 「これが私の宿命なのです。抗う気など、ありません」と。

 俺は、目を見張った。

 どうして彼女は、喜びもしない婚約に抗うことをしないのだろうかと。

 その答えは、簡単。

 優しい彼女のことだから。

 庭で密かに息絶えていた小鳥を、わざわざ墓まで作って供養してあげていた彼女だから。

 いつでも俺に、仕事は辛くはないか、辛くなったら休んでいいなどと、声をかけてくれた彼女だから。

 何よりも、自分を養子に迎えてくれた父親に、迷惑をかけないように日々努力する彼女だから。

 だから、抗うことは出来なかったのだ。

 抗うことそれ即ち、父親のプライドに傷をつけるということなのだから。

 だから彼女は、抗わなかった。拒まなかった。

 けれど。

 俺はそんなに、諦めがよくない。

 どんなに彼女がいいと言っても、俺にとってはよくはないのだ。

 だから俺は、行動を起こしたのだ。

 夜、月も沈み始めた頃。それでいて未だ、空が白み始める前。

 足を忍ばせて、彼女の元へ行った。

 案の定、彼女は眠っていて、俺はそっと彼女に近寄った。

 気付かない彼女をいいことに、その小さく紅い唇に、自らのそれを落とす。

 その一つで、終らせようと思った。

 けれど、一度切れた理性は中々戻っては来ず。

 口付けは徐々に、勢いを増していった。

 次第に荒くなる吐息に、彼女の目が覚める気配を感じて唇を離した。

 「・・・・・ぁ・・・・・・・・・・」

 小さく零れる声に、俺は目を細めた。

 不安と恐怖と驚きに揺れているであろうその紫水晶を、じっと見つめる。

 流れる、沈黙。

 だが、ふいに彼女から目を逸らされる。

 「・・・・・何の、つもりですか?」

 夜中ということを慮ってであろう、小さな声音に、俺もまた小さく返した。

 「好きな相手に、口付けてはいけませんか?」

 何を言っているのだろう、と自分でも思う。

 駄目に決まっているではないか。

 例え相手を思っていても、相手が自分を思っていなければ、それは相手にとっては不快感としか思えないだろう。

 だからこそ、俺は次に飛んでくる怒りの言葉を予測して、内心で舌打ちしたのだが。

 「・・・・・・・・・・いいえ」

 返ってくる言葉は、俺の言葉を肯定するものだった。同時に、俺の考えを否定するものでもある。

 「・・・どうして?」

 思わず、そう問い返してしまった。

 「私も、そう思うから」

 だが、思ったよりも早く答えが返ってきて、俺はほんの少し驚いた。

 「何故?」

 疑問しか口にしない自分を、どこか滑稽に思いながらも。

 「私・・・・・ううん、僕も、君を、好きだから・・・・・」

 そう答える彼女に、俺は目を瞬かせた。

 「いつも、思ってた・・・・・」

 そう切り出した彼女の、次の言葉を待つ。

 「いつでも、僕のことを『キラ様』って呼ぶ君に、いつしか悲しみを覚えていた。・・・今まではなかったのにね」

 そうして月日が経つにつれ、それが恋心なのだと気付いたのだそうだ。

 そして想いを伝えぬまま、婚約が決まってしまったのだ。

 予定では来週、婚約パーティが開かれるのだそうだ。

 本当は、その前までに自分から告白したかったのだそうだ。

 知らなかった、と俺は唖然とした。

 「僕を、笑う?」

 そう問いかけてくる彼女に、俺はゆるゆると首を欲に振った。

 「そんなことは、ありません。・・・・・そんなことは、ない。・・・キラ」

 彼女の名を敬称も無しに呼び捨てにするのには流石に躊躇われたが、俺はその名を口にした。

 彼女の頬が、嬉しさに綻んだのがわかった。

 「もっと、言って・・・?」

 そう言いながら、その身を俺に任せてくる彼女に、俺は耳元で囁く。

 「キラ・・・・・キラ、愛してる」

 世界中の、誰よりも。

 その思いが伝わったのか、否か。

 彼女の唇が、俺のそれに重ねられた。

 

 ありがとう

 

 という一言と共に。

 それがまるで、今生の別れのようにも感じられて。

 俺は気がついたら、彼女の手を引いて走り出していた。

 無我夢中で、走り続ける。

 彼女の体力にも合わせないで。

 そうして、いつの間にか森の奥にある湖の近くまで来て、漸く歩を緩めた。

 俺に手を引かれていた彼女は、息を切らせていて、とてもじゃないが声を出せる状況ではない。

 「・・・・・ごめん」

 未だ膝に手をつく彼女に、俺は労わりの言葉よりも先に、謝罪を述べた。

 「どうして謝るの?」

 さも不思議そうに小首を傾げながら問うて来た彼女に、俺は苦笑を浮かべた。

 「君を、攫ってしまった・・・・・。すまない。こんなこと、許されないと判っているのに・・・」

 そう言うと、彼女は苦笑を浮かべながら、俺の頬に手を当てた。

 「大丈夫。ありがとう。・・・・・攫ってくれて、ありがとう」

 沈みかけた月光が、丁度彼女の瞳を照らして、常では見られない特別な輝きを、俺はこの目に焼き付けた。

 あまりに綺麗で。あまりに純粋過ぎて。

 知らずの内に寄せた唇に、彼女は答えてくれたように目を閉じた。

 見えなくなった紫水晶を残念に思いながらも、俺は口付けをやめない。

 森全体の木々を、微かな風が撫ぜて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから五年。

 俺とキラは他国へ逃れ、今では五歳になる娘も加わり、三人で静かに暮らしている。

 「キラ」

 俺が呼べば答えてくれる、声。

 「なぁに、アスラン?」

 優しくて、暖かい、時が流れる。

 「アウロラは?」

 ずっと、この幸せが続けばいいのにと。

 「向こうの野原に、ラベンダーを摘みに行ったよ。もうすぐ帰って来るんじゃない?」

 その答えに、俺はいきなりなんで?と尋ねた。

 そうすると彼女は苦笑を浮かべて。

 「もう、今日は君の・・・・・あ、ちょっと待って」

 突然言葉の途中で、部屋の奥に行ってしまい、俺は首を傾げた。

 そうして、数分も待たないうちに、現れた彼女の手には。

 「はい、アスラン。誕生日、おめでとう」

 その言葉と共に渡された、ラベンダーの花束。

 そして傍らには、愛しい娘。

 俺は驚きを隠せず、目を丸くした。

 「ほらね?パパ、やっぱり忘れてた」

 そう言いながら、母親を見上げて悪戯っ子のように笑みながら言う娘に、苦笑を溢す彼女。

 「そうね。でも、だからこそ、プレゼントの選びようもあるんだよね?」

 娘の頭を優しく撫でながら言う母親に、娘は心地よさそうに目を細めた。

 「それもそうだね!ほら、早く受け取ってよ、パパ!!」

 未だに受け取ろうとしない俺に痺れを切らしたのか、娘はその花束を押し付けてきた。

 次第に込み上げてくる笑みに、俺は抗うことはしない。

 「ありがとう、キラ、アウロラ」

 

 ありがとう。

 こんな幸せな誕生日を送れるのは、君たちのお蔭だよ。

 だから、それの引き換えに。

 俺は精一杯の愛と感謝の気持ちを、君たちへ贈ろう。

 

 どうか来年もまた、よい誕生日を送れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

突発SSアスラン誕生日ネタです。

 アスラン、誕生日おめでとう!!!

あ、アスキラ二人の娘の名前、アウロラですけど。

意味は、あけぼのです。夜が明け始める頃を意味してます。






Photo by CAPSULE BABY PHOTO

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