カチリ。 テーブルに静かに置かれた一膳の箸を、アスランは心配そうに一瞥し、 その箸を置いた張本人であるキラに目を向けた。 「どうしたんだ、キラ?昨日も全然食べないで・・・・・どこか具合でも悪いのか?」 優しく労いの言葉をかけるが、キラは首を横に振るばかり。 「ううん。ちょっと、食欲が湧かないだけ・・・。ごめんね、心配かけて」 苦笑を浮かべながら、まだほとんど手をつけていないおかずを片付け始めるキラ。 それを心配そうに見つめながら、アスランは溜め息を吐いた。 「あんまり、無理するなよ?」 その時はまだ、気付かなかった。 自体が刻一刻と悪化しているということに。 「うん。ごめんね・・・」 また謝るキラに、アスランは更に深い溜め息を吐いた。 「謝るところじゃないだろ、キラ?」 そう言って、まだ食べかけの皿を片付け始めるアスランに、キラは驚いて目を見開いた。 「キラがほとんど何も口にしないのに、食えるわけないだろ?」 それはつまり、キラが空腹でなくとも、栄養不足になってしまうのなら、自分も同じ苦しみを味わおうということ。 なんとも無駄なことだが、アスランはそのことに気付かない。否、気付いても止めようとはしないだろうが。 「そ、そんな・・・・・アスランは、ちゃんと食べて!仕事もあるんだし・・・」 慌てて片付けかけた食器を元に戻そうとするキラの手に自分のそれを重ね、アスランはキラを上目遣いで制した。 「キラが食べるなら、食べる」 いくら相手が男だろうと、可愛いものは可愛い。 しかも顔立ちが無駄に良いせいか格好良く、キラの頬はみるみるうちに赤くなっていった。 しかし、食欲が無いのは変わらないので、食べられそうも無い。 よって。 「好きにすればっ!!」 そう言って、アスランの手を払い、食器を運び始めた。 言葉の枷 キラが記憶を取り戻したことをアスランが知り、二人が再び結ばれてから早一年。 二人は半年前に結婚式を挙げ、キラは名をキラ・Y・ザラと改め、専業主婦となった。 結婚してから半年がたった今でも、二人は変わらず新婚夫婦のようで、近所ではちょっとした話の種になっている。 しかしここ最近、キラの様子がおかしい。 食欲が無いのはもちろん、時々吐き気を催したりと、そんな症状が続いているのだ。 病院に行けとアスランは言っているが、キラは聞かずに、すぐ治るからと行こうとしない。 アスランはそんなキラを見かねて、今日あたり仕事を休んで無理やりにでも病院に連れて行こうかと思っているのだ。 しかし頑固なキラのことである。 中々言うことを聞いてくれそうも無い。 取り敢えずアスランは、率直にキラを促してみようと思った。 「なあ、キラ?」 台所に立つキラ。しかし立っているのも辛そうで、見ているアスランは気が気でなくキラの隣に向かった。 「何、アスラン?」 キラの隣に立ち、手伝うよと言って食器を拭きだす。 「今日こそ病院、行けよ?」 しかしキラは首を横に振る一方で。 「大丈夫だってば。そのうち治るから、心配しないで」 苦笑して、アスランを安心させるように言うが、無理しているのがありありとわかる。 「キラ・・・・・。今日、俺仕事休んだから」 突然の休暇宣言に、キラは目を丸くした。 本当はこれから会社の方に連絡を入れるのだが、過去形にしないとキラに物凄い勢いで止められるに違いない。 「え・・・て、ちょっ・・・・・そんな、急に・・・・・・・・・・」 戸惑いを隠せない様子のキラは、困惑する。 最近のアスランは仕事が忙しい為かほとんど休みが無く、そのことから現在、 重要な案件に関わっているのだろうことは予想できる。 だから急に会社を休むといったアスランに、キラは戸惑ったのだ。 本当は、キラは自分の体調の悪化の原因を知っていた。 しかしそれを言わないのは、いつかアスランが呟いた一言故である。 「だから今日、病院行こう。俺も付き添うから。な?」 あくまでも優しく、アスランはキラを諭す。 しかし。 「きょ、今日は、いろいろと買うものがあるから。そんな暇、ないよ・・・・・」 きっと今思いついた用事だろう。 アスランはそれがわかっているから、妥協しない。わかっていなくてもしないことに変わりないが。 「そんなの、いつでも出来るだろ?それより、俺はキラの方が心配だ」 いつか倒れてしまうんじゃないかと、アスランはここ最近、仕事にも身が入らない。 「でも・・・・・」 まだ何か言おうとするキラの唇に人差し指を当て、アスランはふわりと微笑んだ。 「俺がいるから、大丈夫。キラは、何も心配すること無いから」 アスランの微笑みの奥に、言いようの無い不安な念を感じ取り、キラは頷かずには入られなかった。 「・・・わかった。行くだけなら」 そう言って苦笑してやると、アスランは花開くように笑った。 「じゃ、準備してくるから!」 そう言って、颯爽と準備を始めるアスラン。 キラが苦笑して食器を片付け始めようとした時。 「あ、逃げるなよ、キラ」 釘を刺すことを忘れないアスランに、キラはまた苦笑を溢した。 「ザラさん、どうぞ」 病院で待たされていたキラとアスランだったが、今日は平日のせいか患者の数が少なく、 そう待つことなく診察室に通された。 しかし、診察室のドアを目の前にして、キラは突然立ち止まった。当然、後ろにいるアスランも立ち止まる。 「どうした、キラ?」 不思議に思いアスランが尋ねると、キラは振り返って苦笑を浮かべた。 「アスラン、外で待っててくれる?」 突然の申し出に、アスランは硬直してしまう。 「なんか、やっぱり、恥ずかしくて・・・」 はにかむように俯きながら言うキラに、アスランは小さく噴出した。 「わかった。ちゃんと後で結果、知らせるんだぞ?」 アスランの返事に、安心したようにキラは微笑んだ。 「うん。じゃ、また後で・・・・・」 そうして二人は別れた。 キラは診察室に。 アスランは待合室に。 しかしアスランは知らない。 ここで別れたことで、後悔することを。 時は無常に、刻み続ける。 アスランがいくら待っても、キラの姿は一向に現れなかった。 「あの、キラ・・・・・キラ・Y・ザラは、まだ診察が終わらないんですか?」 もうあれから一時間も待っている。 いくらなんでも、遅すぎやしないか。 そう思い、アスランは受付の事務員に尋ねた。 しかし、事務員は訳がわからないといった風に答えて見せた。 「は?ザラ様なら、もうとっくにお帰りになられましたけど?」 アスランは、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われた。 キラがもう、帰った? そんなはずはない。 自分はずっと、ここで待っていたのだから。 第一、会計はどうしたのだ。 会計をするのはここしかないはずだ。 一体、どうやって自分の目を掻い潜って出たというのだ。 そもそも、何故キラは自分に黙って帰ったのか。 「あの・・・・・」 アスランの思考を遮り、事務員が遠慮がちに声をかけてきた。 「・・・・・どのくらい前に、出たんですか?」 アスランはふと我に返り、少し困惑気味の事務員に問う。 「え、と・・・三、四十分前になります」 そんなに前に、キラは出て行ったのか。 アスランはどこか悲しげに眉を顰めた。 「わかりました。ありがとうございました・・・」 そう言って、病院を後にした。 日光が優しく降り注ぐ中、比較的小さな公園の木陰のベンチに座るキラ。 彼女は三十分前からそこに座り続けていた。 そこで何をするでもなく、ただぼんやりと空を見つめているだけだ。 「アスラン・・・・・」 徐に開いた口からは、愛する夫の名。 キラは重い溜め息を吐き、顔を俯かせた。 アスランに無理やりつれられて行った病院での診察結果は、キラの予想していたものと全く同じだった。 それは別に死ぬようなことは通常ありえないことで、寧ろ喜ばしいことなのだが、 どうにもキラはアスランに言う勇気が出ないでいた。 今となっては昔のことだが、キラとアスランが大学一年生の時であった。 アスランと一緒に、昼ご飯を食べていた時。 キラはアスランに突飛な質問をした。 「ねえ、アスランって、ちっちゃい子とか、好き?」 確かその前の日に、友達から同じ質問をされて、それでアスランはどうなのだろうと気になっていた記憶がある。 「何だよ、急に?」 あまりに突然すぎたのか、アスランは目を丸くして聞き返してきた。 「別に深い意味はないけど・・・で、どうなの?好き?それとも・・・嫌い?」 身を乗り出してアスランの顔を覗き込むと、何故かアスランは顔を赤くして後ずさった。 「い、いや・・・別に、嫌いじゃないけど・・・・・」 「けど?」 アスランの言葉を復唱して、聞き返す。 「好きでも、ないかな・・・・・?」 なんとも優柔不断な答えだろう、とその時のキラは呆れたものだが。 そう。 ようするにアスランは、小さい子が苦手なのだ。 だからこそ、言えない。 お腹の中に新しい命が、アスランと自分の遺伝子を受け継ぐ、赤子がいるなんて。 キラはまた、溜め息を吐いた。 家に帰ってもキラの姿はなく、彼女が帰った様子もなかったので外を探したが、一向に見つからない。 病院を出てから、すでに三時間は経過していた。 「キラ・・・・・一体、どこにいるんだ・・・・・・・・・・?」 悔しい思いを、歯を食いしばって耐える。 もう嫌だと。 もうあの時のように、キラを失うのは嫌だと、思う。 けれど、彼女を繋ぎ留めていられないのは、他ならぬ自分で。 アスランは自分が情けなく、もどかしかった。 「っくそ!!」 そう吐き捨てて、アスランは病院の近くに向けて車を走らせる。 取り敢えず家の周りは一通り探した。 それはもう、近所の人が驚いて目を剥くようなところまで。 それでも見つからなかったので、車に乗って病院の方に向かう。 信号が赤に変わり、アスランは車を停止させる。 こうしている間にも、キラがどんどん遠くに行ってしまうようで、怖い。 しかし流石に信号無視をするわけにはいかず、込み上げる苛立ちを、ハンドルを握り締めることで抑えた。 信号待ちがあまりにも長く感じられるので、アスランはふと窓外を見やった。 平日のせいか、子供が一人もいない公園。 しかしよく見れば、木陰のベンチに一人、鳶色の髪の女性が。 「・・・・・っ!!」 そこまで考えて、アスランはいきなり方向転換をした。 キュルキュルと、タイヤが地面と擦れる音が響く。 道路の端に車を停めて、大急ぎで鍵を掛けて走り出した。 「キラ!!!」 愛しい、愛しい、自分が生涯愛し続けると誓った人。 その人は必死の形相で走りながら、木陰のベンチに座る女性の名を呼んだ。 「あ、アスラン!!」 キラは驚いて目を見開き、ハッと我に返って自分も走り出した。 無論、アスランが走る方向と同じ方に。 「ちょ、待てキラ!!っおい、キラ!!!」 突然走り出したキラを慌てて呼び止めるが、キラは聞く耳を持たずに走り続ける。 しかし、男と女の差というのは結構あるもので。 キラは間もなくアスランに腕を掴まれて止められた。 「はあ・・・・・どうして、逃げるんだよ、キラ・・・・・・・・・・」 息を荒げたまま、アスランは尋ねた。 キラは俯いたまま、顔を上げようとも、言葉を発しようともしない。 「・・・キラ・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・アスラン、ごめ・・・ごめんね・・・・・」 やっと聞こえた声は、謝罪で。 「謝るだけじゃ、わからないだろ?なんで、俺に何も言わずに病院、出て行ったんだ?」 声音を少し低くして、アスランはキラを催促する。 「・・・・・・・・・・ごめんね・・・っ」 そう言って、腕を振り解こうとするキラの手を、アスランは空いている方の手で止めた。 「っいい加減にしろ、キラ!!」 またしても逃げられようとしたことで、流石のアスランも苛立ちを隠せない。 思わず荒げてしまった声に、キラがビクリと肩を揺らしたのがわかった。 「ご・・・・・・・・」 「・・・・・謝るだけじゃわからないって、言っただろ?」 また謝ろうとするキラの声を遮り、アスランは溜め息混じりに言う。 「怒んないから。聞いて、キラを見捨てたりなんかもしないから」 そんな愚かなことは、頼まれたってしてやらない。 「だから、俺に言って?」 キラを怯えさせないように、少しでも言いやすくさせるために、優しくゆっくりと囁く。 しかしキラは首を横に振るばかりで。 「キラ・・・・・・・」 どうして、言ってくれないのだろうか。 自分はそんなに、頼りないのだろうか。 それともキラは、自分などこれっぽっちも信用してくれてはいないのだろうか。 アスランの心の中が、大きく掻き乱される。 自分はキラにとって、どういう存在なのか。 キラにとって自分は、不必要なものなのか。 アスランは心中に渦巻く不安と葛藤する。 しかしそれを遮るように、キラが口を開いた。 「アスランは・・・・・」 やっと謝罪以外の言葉を紡ごうとしているキラに、喜びを感じる。 「ん?」 当然、声音も優しく、柔らかなものになる。 「アスランは、ちっちゃい子とか・・・好き?」 それは大学生の時、突然キラに聞かれた質問と一緒で。 アスランはあの時と同じように固まった。 「それとも・・・・・・・・・・」 アスランの中に、あの時の光景が思い浮かぶ。 あの時、アスランは好きでも嫌いでもないと答えた。 今もその考えは変わっていない。 しかし。 時と場合によっては、違う。 そうだ。 今この状況の中で、キラが全く別の話を持ち出してくるわけがない。 つまりこの質問は、キラに何かしらの関係があるという可能性が大いにあるのだ。 そして、考えられることは唯一つ。 アスランにも身に覚えのあることで。 最近のキラの体調の崩し方にも当て嵌まり。 あまつさえ、大学生の時のアスランの答えをまだ心の枷にしているのだとしたら。 そこから導き出せる答えはもう、一つしかないではないか。 「キラ、まさか・・・・・子供が、できたの?」 頭の中では確信しているけれど、やはり確認せずにはいられなくて。 「・・・・・・・・・・うん・・・二ヶ月、だって・・・・・」 その言葉を聞いて、アスランは思いっきり安堵の溜め息を吐いた。 「あの・・・・・アスラン?」 遠慮がちにアスランを呼ぶキラに、満面の笑みを浮かべるアスラン。 「何、キラ?」 上機嫌のアスランに少し尻込みするが、キラは思い切って口を開く。 「お、怒んないの・・・・・?」 途端、アスランの目はまるで珍獣でも見るかのように見開かれた。 「・・・・・・・・・・は?」 素っ頓狂な声に、キラはむっとした。 「だから、子供!嫌いなんじゃないの?」 少し語気を荒げて、キラはアスランに詰め寄った。 対するアスランはたじたじになりながらも答えを口にした。 「あれは、その・・・・・一般の子供のことで・・・・・・・・・・キラとの子は、別格というか、なんというか・・・」 途切れ途切れに返ってくる答えに、キラは目を瞬かせる。 「だから、つまりは、キラとの子なら、嫌いじゃない・・・というか、寧ろ大好きだし、嬉しい・・・てこと」 照れているのか、顔を赤くしながら、アスランは恥ずかし気にそう言った。 その答えに、今度はキラが安堵の溜め息を吐いた。 「よかったぁ・・・・・」 自然と込み上げてくる笑いを抑えることなく、キラは満面の笑みを浮かべた。 「大学生の時、同じ質問したでしょ?」 「・・・・・ああ」 まだ鮮明に残る、六年前の記憶。 「その時アスラン、嫌いでも好きでもないって、答えたから・・・・・」 「だから、下ろせとか言うと思った?」 そう尋ねれば、いつものキラの苦笑。 「ごめんね?」 「もう、“ごめん”は聞き飽きたよ」 アスランも苦笑を浮かべる。 ふと、アスランはキラのお腹に目をやった。 「ここに、俺たちの子がいるんだな・・・・・」 まだ膨らんでいない腹部に、アスランは徐に手を当てた。 「うん・・・・・もう一人、家族が増えるんだよ」 アスランの手に、自分の手を重ねて囁く。 「じゃ、今のうちから準備、しとかなきゃな」 キラに目を向けて、ニコリと微笑む。 「そうだね。これから、忙しくなるね」 優しく、暖かな時が流れる。 アスランとキラは二人、間にまだ生まれて来ぬ赤子を挟んで抱き合った。 「キラに似るのか、俺に似るのか、楽しみだな」 キラの鳶色の髪に顔を埋めながら、胸いっぱいに優しい香りを堪能する。 「ねえアスラン?」 「ん?」 優しく問いかけてくるキラに、一杯の愛情を込めて答えてやる。 「僕たち、今よりもっと、幸せになれるかな?」 それはアスランの望みでもあって。 「もちろん。世界一・・・否、宇宙一、幸せな家族になれるよ、きっと」 「うん・・・・・そうだね」 暖かな日差しを浴びて、アスランとキラはお互いを見詰め合った。 どちらからともなく口付けられる唇に、何れ生まれてくる赤子が、幸せに育ってくれるようにという願いを込めて。 お互いがずっと一緒にいられるようにという願いも、込められていた。 「帰ろうか、キラ?」 「うん、アスラン」 アスランはキラの肩を抱きながら。 キラはアスランに寄り添いながら。 二人と、生まれてくる赤子が住み、育つであろう家に向かって歩き出した。 あとがき キリ番999を踏んでくださった鈴様に捧げます。 これが私の精一杯の甘甘です。 またシリアス入っちゃったよ・・・・・。ごめんなさい。あらゆる意味で。 しかもありきたりな出来ちゃったネタ。 なんかいろいろと変なところがあるかと思いますが、それはいつものことです。気にしちゃいけません(おい)。 こんなのでよろしければ、貰ってやって下さいませ。 by.奏織沙音 修正しました。 誤字、誤変換が大量発生しててすみません。 文章も、なんか矛盾してるとこがあって、滅茶苦茶でしたね・・・。 一応直しましたが、まだなんか変なトコがありましたら、どうぞ遠慮なく仰って下さい。ね。 |
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