ヒソヒソと、皆小さな声で話し合う。

 本日は始業式だ。

 ついでに言うと、就任式でもある。

 『始めまして。キラ・ヤマトと言います。情報の教科を担当します。えっと、元この学園の生徒です。どうぞよろしくお願いします』

 ただ今全校生徒を前にしている女性、キラ・ヤマトは今年教師になったばかりの教員である。

 そうして挨拶を終えると、キラは落ち着いた様子で台から降りた。

 他の新任教師たちの横に並び、次の教師の紹介に移ると、キラはこっそりと溜め息を吐いた。

 キラは上がり症とまでは行かないが、それなりに緊張する方だ。

 やせ我慢をしていても、緊張していたのには変わりない。

 こんなことが毎日続くのかと思うと、先が思いやられる。

 しかしこの職を選んだのは他でもない自分だ。

 やるからには、きちんとやらねば。

 やがて始業式も終わり、キラは自分の担任するクラスに向かう。

 新任で担任を任されることはごく稀だが、それはキラの成績故である。

 実はキラは、高校生の時、全国模試で一位をキープしていたのだ。

 そのことをこの学園の教師のほとんどが知っていた為、そうなったのだ。

 あと階段を上るだけと言うところに差し掛かった時、キラはピタリとその足を止めた。

 何やら、煙草の独特の匂いが漂ってきたからだ。

 キラはそっと足音を立てないように、匂いの元を探った。

 そうして辿り着いたのは、用具室。

 意を決してその扉を開けると、そこには。

 「・・・・・」

 「あれ、ヤマト先生じゃないですか。どうしたんですか、こんなところで」

 妖艶な微笑を浮かべた、藍色の髪と翡翠色の瞳をした、明らかにこの学園の男子生徒。

 「っちょ、君!?」

 驚いて声を上げると、その男子生徒は笑みを消して半ば面倒くさそうに立ち上がった。

 「少し静かにしてくれませんか?誰か来たら、困るじゃないですか」

 全く困っている風ではない男子生徒は、言葉とは裏腹に冷たい視線をキラに送った。

 キラはビクリと肩を揺らし、眼前の男子生徒から目が離せないでいた。

 「ヤマト先生?」

 言うのが早いか、男子生徒はゆっくりとキラの顎に手を掛けた。

 持ち上げられる顔。

 見下ろしてくる、凍り以上に冷たい翡翠。

 滑らかに滑る、白く長い指。

 キラはこの瞬間、彼に囚われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙草と君

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒がしい教室。

 廊下にも響く、生徒たちの声。

 全てが耳障りだ。

 だからアスランはストレスを溜めに溜めて、一人用具室。

 あの日も、いつものようにそこで煙草を吸っていた。

 だがまさか、人が来るとは思っていなかった。

 しかもそれがこの学園の教師で、尚且つ自分を知らない新任教師だったのだ。

 アスラン・ザラ、と言う名前はこの学園で知らない者はいない。

 二年生にして既に生徒会会長であり、この学園の理事長であるパトリック・ザラの一人息子なのだから。

 まあ新任の教師が知らないのも仕方ないが、それにしても。

 今までは見つからなかった煙草。

 それがあの日、初めて知られてしまった。

 あの時は咄嗟に言葉で言いくるめたが、ずっとその状況が続くわけではない。

 さてどうしたものか。

 そこでアスランは、一つのアイデアを考え付いた。

 次いで小さく口端を吊り上げる。

 「あれ?アスラン、何かいいことでもあった?」

 突然声をかけられ、アスランは反射的に、しかしゆっくりと振り返った。

 勿論、先程の笑みは消し、余所行きの笑顔を浮かべて。

 「ああ、まあな。それよりラスティ、次情報だろ?早く行こう」

 言いながら次の準備を始めるアスラン。

 ラスティもそれに倣って準備を始める。

 「さて、どう落とすかな」

 アスランの小さな呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャイムが鳴り、皆が席についた頃。

 ガララ・・・とドアが開き、教師が入ってくる。

 情報の時間、アスランのクラスの担当はキラだった。

 「起立。礼」

 アスランが号令をかけると、クラスの皆が揃って行動する。

 相当信頼があるようだ。

 キラは先日の出会いを覚えていながらも、取り乱すことはしなかった。

 予め名簿に目を通していたのだ。

 「はい、お願いします。えっと、就任式でも言いましたが、僕はキラ・ヤマトと言います。わからないことがあったら、なんでも言ってくださいね」

 控えめな微笑を浮かべながら言うキラに、皆感嘆の溜め息を漏らす。

 何故かと言えば、それはキラの容姿である。

 肩まで伸びた鳶色の髪に、印象的なアメジストのような輝きを持つ瞳。

 顔は勿論、彼女の身体全てが整っていて、美しい。

 「じゃあ先生!!」

 あまりのキラの美しさに静まり返った教室内に響き渡る、一人の男子生徒の声。

 「はい、なんでしょうか、マッケンジー君?」

 キラの言った通り、手を上げて声を上げたのは自称アスランの親友、ラスティ・マッケンジーだ。

 どうやらもう担当のクラスの生徒の顔と名前を覚えたらしい。

 凄まじいほどの記憶力だ。

 流石全国模試で一位をキープしていただけある。

 「先生のスリーサイズは?」

 ピクリ、とキラの顔が引き攣った。

 「・・・・・マッケンジー君?年頃だとは思うけど、授業と関係のないことは聞かないようにね」

 心なしか声が冷たい。

 けれど表情は笑顔そのもので、ラスティはさして気に留めなかった。

 クラス中がドッと笑いに包まれる。

 「こら、ラスティ。ダメだろ、先生を困らせるようなこと言っちゃ」

 苦笑を浮かべながらラスティを嗜めるアスラン。

 二人を笑うでも貶すでもなく、暖かい目で見守るクラスメイトたち。

 それはまるで、絵に描いたような生徒たちの構図だった。

 そしてそれは、アスランなくしては成り立たないものでもあることを、キラは直感で感じ取った。

 「それでは授業を始めます。教科書の8ページを開いてください」

 そうして、キラの初めての授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 キラは情報室でパソコンの点検をしていた。

 今日授業をしたら、一つだけ誤作動を起こしたからだ。

 電源をつけて画面に光が点る。

 しばらくしてパソコンが起動すると、キラはキーボードを操り始める。

 そうしてパソコンのチェックをしていると、ドアがコンコンと軽くノックされた。

 「?誰だろ、こんな時間に」

 今は放課後。

 この教室は特別なことがない限り放課後には開放されない。

 その為、人が来るとは思っていなかったキラは、取り敢えず返事をした。

 そうしてドアの向こうの人物はドアを開け、姿を顕にした。

 「こんにちは、ヤマト先生」

 そこにいたのは、他の生徒たちには見せない、所謂裏の顔。

 妖艶な微笑を浮かべたこの学園の生徒会長、アスラン・ザラだった。

 「ザラ君!?ど、どうしたの?何か用でも・・・」

 アスランはキラの言葉に耳を傾けようとはせず、颯爽とキラの元まで歩き寄る。

 そうして体と体がくっつかんばかりに近付くと、アスランは自らの右腕をキラの肩にかけた。

 「え、ちょっ、何・・・・・」

 何かを言おうとするが、キラは突然のアスランの行動にうろたえるばかりで口が回らない。

 そうしている間にも、アスランの左手の細く長い指はキラの輪郭をなぞる。

 途端、キラの背中にゾワリと悪寒のようなものが走った。

 「・・・ねえ、ヤマト先生?」

 漸く口を開いたアスランに、キラは目を見開きながらも目を合わせる。

 「キラ、って呼んでもいい?」

 全てを絡めとられてしまいそうな、声音。

 「それと、俺のことはアスランって呼んで?」

 キラの背筋をまた、何かが奔り抜けた。

 「勿論、二人でいる時だけだけどね?」

 まるで全てを支配してしまいそうな笑みが怖くて、けれどキラはそれが自分にだけ向けられていることにどこか優越感を感じていた。

 いつの間にかアスランは両手でキラの顔を覆い、真っ直ぐ目を合わせる。

 アメジストとエメラルドが重なる。

 そして二人はまるで惹かれるように唇を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた、情報の時間。

 アスランのクラスの情報は、週に二単位で二日続けてあるのだ。

 キラは教師用のパソコンの前で顔を引き攣らせていた。

 その画面には、とある生徒からのメールである。

 勿論それはアスランからなのだが、問題はその内容である。

 

 『また今日も遊びに来るから、待っててね』

 

 そうなのだ。

 考えてみれば、昨日この教室を使ったのはアスランのクラスしかないのだ。

 そして誤作動を起こしたパソコンは、今アスランの座っている席のもの。

 つまり、昨日のパソコンの不調は、故意にアスランが操作したものであるということだ。

 キラはそれに思い至ると、大きく溜め息を溢した。

 きっと先日の煙草の件が人に知れると厄介なことになるので、キラを口止めしようとしているに違いない。

 それにしても、昨日はそんなこと、アスランは一言も口にしていなかった。

 彼に限って忘れたということはないだろう。

 キラは疑問に思いながらもクラスの授業風景を見る。

 皆真面目で、いいクラスだと思う。

 きっとこれは偏にアスランの力なのだろう、とキラは昨日と同じことを思う。

 しかしアスランは見えないところで、それこそ教師たちの期待を裏切るようなことをしていたのだ。

 それを目撃してしまったキラは、怒るどころか寧ろ同情の念さえ覚えた。

 親が理事長ということだけあって、圧力というものは大きいものだろうに。

 それでも必死に頑張って、その権力にしがみついて耐えているのだ。

 積もりに積もったストレスを発散させるために煙草を吸うという行為に及んでしまったのだろう。

 一体誰がそんな彼を責められようか。

 それでも彼の年齢を考えると、煙草は止めさせるべきだと思う。

 キラはメールを打ちながらそんなことを思った。

 メールには了承の意と、煙草はやめた方がいいと打とうとしたが、止めた。

 これは今日の放課後、彼に会ったら言おう。

 キラはそう思ってメールを送信した。

 メールを受け取ったアスランが、優等生の顔でも、妖艶な顔でもない、彼本来の微笑を浮かべたことなど、キラは気付きもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終業のチャイムが鳴り、放課後になる。

 キラはHRを終えてから、パソコン室に向かった。

 そこには既にアスランがいて。

 「あれ、掃除は?」

 まさかサボり?と尋ねると、まさかと返ってきた。

 「たまたま保健室が閉まっていただけだ」

 どうやらアスランの担当の掃除場所は保健室らしい。

 確か今日は、保険の先生は出張だったはずだ。

 「そう。で、何か用でもあるの?」

 何の表情を浮かべるでもなく、淡々と尋ねるキラ。

 「別に。ただ、二人で会いたかっただけだよ」

 言いながらキラに近付く。

 そうしてキラの前に立ったアスランは、初めてキラを抱きしめた。

 これには流石のキラも驚きに目を見開いた。

 「ど、どうしたの、アスラン?」

 尋ねても返ってこない答えに、キラは不安に瞳を揺らした。

 しかししばらくして、いつものアスランの声が帰ってきた。

 「なんでもないさ」

 そう言って、何でもないかのように身体を離す。

 なんとなく寂しさを覚え、キラは小さく俯いた。

 「・・・ね、アスラン?」

 珍しくキラが声をかけてくるので、アスランは素直に首を傾げた。

 「煙草、やめた方がいいよ?」

 気遣うように上目遣いで見上げてくるキラに、アスランは目を丸くした。

 本当は怖かった。

 キラが自分の父親に告げ口して、自分が今まで作り上げてきた土台を全て粉々に崩されてしまうんじゃないかと。

 否、本当の理由は別にあったのかもしれない。

 キラが自分を拒絶してしまうんじゃないかと。

 「いくらストレスが溜まっていても、やっぱり煙草は悪いよ?まだ若いんだから、成長止まっちゃうよ?」

 まさか注意をされるとは思っていなかったアスラン。

 あまりの突拍子のなさに、アスランは思わず噴出してしまった。

 「っぷ・・・・あはははは!!」

 急に笑い出すアスランに、キラはただ驚くばかりだ。

 しかし、初めて見れた本当のアスランに、キラは嬉しさに目を細めた。

 だが収まることのない笑い声に、怒りが湧いてくるのも事実で。

 「ちょっと、いつまで笑ってる気なの?」

 呆れながら言うと、アスランは笑いすぎて涙が溢れそうになっている目尻を指で擦った。

 「いや、ごめん。まさか注意されるとは思ってもみなかったから」

 涙目のアスランに、しだいにキラも笑いが込み上げてきて。

 「ふふ・・・・・アスラン、可愛い」

 口許を手で隠しながら、キラは後で後悔するであろう言葉を吐く。

 ピクリ、とアスランの肩眉が攣り上がったのを、キラはまだ気付かない。

 そしてくすくすと笑い続けるキラの頬に、アスランの手が彼女の手を退けて添えられた。

 次の瞬間、キラは言葉を紡ぐ間もなく、唇を奪われた。

 「ふ・・・・・っん」

 小さく零れた吐息をも吸い込むかのように、アスランはキラの口内を貪る。

 昨日とは違う、激しい口付け。

 キラは身体が支えきれなくなって、咄嗟にアスランのブレザーを掴む。

 そしていったん身を離そうとするが、アスランのキスは思いの外キラの思考を溶かす。

 抗うこともできずに、キラはアスランの口付けを受け止めるのに必死で。

 荒くなっていく吐息に、更に頬が朱に色づいた。

 そうしてしばらくキラの口内を味わったアスランは、満足げに舌で自分の唇を舐めながら唇を離した。

 既に足がふらついているキラの腰に手をやり、片手でしっかりと支えてやる。

 そして耳元まで唇を持っていくと、そっとキラの耳に息を吹きかけるように囁いた。

 「『可愛い』はないんじゃない?」

 その言葉と同時にキラの身体がビクリと反応するのを、アスランはやはり満足げな目で見ていた。

 「ねえキラ?・・・キラは俺に、煙草は止めた方がいいって言ったよね?」

 まだキスの余韻が残っているのか、ぼんやりしているキラの返事を待たずにアスランは言葉を続けた。

 「ならキラ。俺に退屈させないでよ」

 徐に、アメジストがアスランを捉える。

 「煙草を止めさせたいんなら、俺にストレスを溜めさせないで?」

 耳から首筋に唇を持っていき、キラの美しすぎる象牙の肌に口付けた。

 「っう・・・・・」

 小さな呻き声と共に咲く、赤い華。

 「キラが俺の、煙草の代わりになって・・・・・?」

 その言葉を言い終えるか否か。

 アスランはまた、キラの首筋に顔を埋めた。

 

 君が俺の、煙草代わりになった日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

キリ番7000を踏んでくださった波穂様に捧げます。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・以下エンドレス。

リク、生徒アス×教師キラで年下攻め+甘々でアスランちょっとやんちゃ気味・・・ということでしたが。

いつもリクに沿ってないですが、今回はもっと沿っていません。

こんなものでよろしければ貰ってやってください。

 

by.奏織沙音

 

 

 

 

 

修正しました。

苦情はしっかり受けます。mailで。

勿論感想もお待ちしております。






Background by キノキチ

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