冬休みが終わって、新学期が始まった。 僕は何週間ぶりかに会った友達と喋りながら、朝のHRを待った。 僕のヒーロー キーンコーンカーンコーン・・・・・。 HR開始のチャイムが鳴ると同時に、ガラリと扉が開く。 このクラスの担任、ムウ・ラ・フラガ先生が教室に入ってくると同時に、クラス委員長が号令をかける。 「きりーつ。れーい。おはようございまーす」 間延びした声が教室内に響く。 ぶっちゃけ、声を出しているのは委員長ぐらいで、皆軽く礼をするくらいだ。 「ちゃくせーき」 委員長が声をかける前に座っている者もいる。 なんとも協調性のないクラスだ、と思っても口には出さない。 これは所謂、暗黙の了解というものだ。 「おはようさん。さて、出席を取る前に、皆に紹介したい人がいる」 「先生、それ彼女を親に紹介するみたいに聞こえるよ?」 クラスの一人が先生につっこむ。 しかしフラガ先生は気にするでもなくドアに目をやった。 「おーい。入ってきていいぞー?」 シン、と教室内が静まり返る。 なんだろう、この静けさは。 「失礼します」 凛と響く声は、男の子のもの。 少し躊躇いながら入ってくる少年は、藍色の少し長めの髪に翡翠の目の色をした、なんとも見目麗しい少年だ。 クラス中が感嘆の溜め息を漏らす。 僕も例外じゃない。 少年は緊張しているのか、たどたどしい足取りでフラガ先生の隣に立った。 「よし。コイツは今日からこのクラスに転入してきた、アスラン・ザラだ。じゃアスラン、自己紹介」 何がよしなのかは知らないが、アスラン・ザラと呼ばれた少年は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら口を開いた。 「は、初めまして。アスラン・ザラといいます。今日からこのクラスにお世話になります。 短い間ですが、よろしくお願いします」 そう言って頭を下げるアスラン・ザラは、僕の小さな母性本能をくすぐった。 「アスランの席は、あの空いてる席だ。キラ!手を上げろ」 突然名前を呼ばれたので、驚いて思わずハイ!!と叫んでしまった。 ドッとクラス中が笑いに包まれる。 僕は恥ずかしさに頬を染めて小さくなった。 というかフラガ先生、まるで強盗みたいだ。 そんなことを考えている間にも、アスラン・ザラは近づいてきて、僕の隣の席に腰掛けた。 「よろしく・・・・・キラ、さん?」 苦笑を浮かべながら、アスラン・ザラは僕に話しかけてきた。 「あ、はい!えと、キラ・ヤマトです。よろしく、ザラ君」 まだ頬が赤い。それがおかしかったのか、ザラ君はクスリと笑った。 「アスランでいいよ。よろしく、キラ?」 異性から呼び捨てで呼ばれたのは初めてなので、僕は更に恥ずかしくなって俯いてしまった。 アスランはまたクスリと笑って、前を向いたのが気配でわかった。 「こちらこそよろしく、アスラン」 隣に座るアスランに聞こえるか否かという小さな声で、そっと囁いた。 HRが終わり休み時間に入ると、アスランは途端にクラスの人たちに囲まれてしまった。 その大半が女子で、アスランはやはりもてるらしい。 僕はなんとなく女子に囲まれているアスランが遠い世界の人に見えて、ここにいるのが居た堪れなくなってきた。 本当は案内でもしてあげようと思ったけど、彼には不必要みたいだ。 「キラー!!」 突然、アスランの周りに集っている女子たちを押し退けて、金髪でいかにも活発そうな少女が現れた。 彼女の名前はカガリ・ユラ・アスハ。 名字は違うけれど、僕の双子の姉だ。 「カガリ!!どうしたの?」 カガリは僕が来て欲しい時、必ずといっていいほどとてもいいタイミングで現れる。 そんなこともあってか、この学校では僕とカガリは名物双子として知られている、とこの前友達から聞かされた。 「いや、ちょっと噂でな。今日このクラスに転入生が来るとかって・・・・・」 言いながら言葉を濁すカガリの目線の先には、女子に囲まれて些か困った様子のアスラン。 「・・・・・こいつか?キラの隣の席に、ちゃっかり座っているこいつか?」 席が隣なのは先生が勝手に決めたことだからしょうがないけれど、僕はうんと頷いた。 それを見て確認するや否や、カガリは声を張り上げた。 「おいっ貴様!!」 ああ、また始まった。 実はカガリは僕のクラスからは一番離れているクラスで、しかしちょくちょく飽きずに来る。 しかも、席替えをする度に僕の隣の席になった人に突っかかるのだ。 案の定、アスランは驚いたように目を丸くしてカガリを見ていた。 ちくりと、胸が痛んだ気がした。 「ちょっとカッコいいからって、キラをそっちのけにすんな!!・・・じゃない。キラを変な目で見るなよ!! 貴様みたいなヤツに見せるのも勿体ない!!」 捲くし立てるカガリに、アスランは硬直しているようだ。 「ご・・・・・ごめんね?いつもこうなの。許して?」 取り敢えずフォローを入れようと、僕は苦笑を浮かべた。 漸く我に返ったであろうアスラン、疑問符を浮かべているようだ。 無理もない。 アスランは今日転校してきたばかりなのだから。 因みに、このクラスでは皆知っている。 だから今までアスランに集っていた女子たちは、火の粉を被らないように退いて行くのだ。 「キラ・・・いいんだ、お前は謝らなくて。悪いのはこいつなんだから」 いや、アスランは何もしていないから。 強いて言うなら、僕の隣の席になったことか。 「・・・・・それは、どういう・・・・・・・?というか、君は一体・・・」 女子に囲まれている時よりも困った顔をしてカガリを見るアスラン。 偶に僕を見るのは、助けを求めてくれているのだろうか。 「私はカガリ・ユラ・アスハ。キラの姉だ!!お前は?」 アスランを見る目を更に険しくさせて、カガリは問う。 「俺は、アスラン・ザラだ。・・・で、どういうことだ?キラを、その、変な目で見るなとか・・・・・」 傍から見てもわかる、アスランのムッとした顔。 「言葉のまんまだ!!いいな?キラには一切手を出すなよ!! 出したら最後、二度とお天道様を見れなくしてやる!!!」 そう言い捨てると、カガリは足取りも荒く教室を後にした。 カガリ、時代劇の見すぎだよ。 しかしそのツッコミは僕の心の中だけに留めておく。 いつの間にか静まり返っていた教室が、嵐が去ったと言わんばかりにざわめきだす。 「ごめんね、アスラン。悪気は・・・・・無いとは、思うんだけど・・・・・・・・・・」 アスランは完全に腹を立ててしまったようで、僕は不安になりながらも謝った。 「・・・いや、いいよ、全然。ていうか、あの子がキラの姉って、ホント?名字違うけど・・・」 先程の怒りは微塵も感じられず、僕はホッと息を吐いた。アスランが不思議そうに僕の名前を口ずさんだ。 「うん。ちょっと訳アリでね・・・・・ちゃんと、血は繋がっているんだけどね」 僕は苦笑を浮かべて言葉を濁した。 「そっか・・・でも、仲良いんだな?」 僕は目を丸くした。 あんなにズバズバ言われて、愚痴の一つもこぼさない人を初めて見た。 「?どうかした、キラ?」 僕はなんとなく嬉しくて、満面の笑顔を浮かべた。 「ううん。なんでもない」 アスランが顔を赤らめていたなんて、僕はこれっぽっちも気付かなかった。 三学期が始まって数日がたったある日の帰り道、僕は久しぶりに一人で帰ることになった。 カガリは毎日部活だから元々帰りは別々だし、友達は皆用があると言っていた。 なので、久しぶりに本屋に行こうと、いつもと違う帰り道を通って行った。 本屋に入り、面白そうな本を探す。 立ち読みをしては戻し、立ち読みをしては戻しの繰り返しで、漸く自分好みの本を見つけたのは、 夜の七時を回った頃だった。 会計をして、いつもと違う時間、いつもと違う道を通り、家路につく。 人通りが少なくて、とても静かな道だ。 僕は先日出会ったばかりの転校生、アスランのことを思い浮かべる。 思い浮かべただけなのに、何だか気恥ずかしい。 ここ最近彼を見る度に、藍色の見るからに柔らかそうな髪に、触れたいと思った。 優しく弧を描く翡翠に、ずっと見つめられていたいと思った。 まだ成長途中の、僕よりも若干大きな手で、僕に触れて欲しいと思った。 けれどそれはほんの一瞬で。 僕はいつもその考えを、頭を振って振り払うのだ。 「アスラン・・・・・今頃、何してるんだろ?」 ふと思い浮かんだ疑問を小さく声に出してみる。 周りには通行者が一人もおらず、僕の声を聞く者はいないだろう。 少し古い電灯が、チカチカと音をたてて点滅している様はどこか不気味で、僕は歩く速度を速めた。 そこで、初めて気が付いた。 コツ、コツ、コツ。 カツ、カツ、カツ。 明らかに僕の足音とは違う音が聞こえてくる。 否、それだけならまだいい。 しかしそれはどんなに歩いても消えることはなく、僕はだんだん不安になってきた。 コッコッコッ。 カッカッカッ。 どんなに早歩きしても、それは影のようについてくる。 気持ち悪い。 そう思ったと同時に、僕は全速力で走り出す。 足音も一緒に走り出す。 怖い。 怖い。 怖い。 足が竦んで縺れそうになるが、なんとか踏みとどまり走り続ける。 息が上がり、胸が苦しい。 不安と恐怖とが僕の頭を支配する。 しかしそれも束の間。 ガッ!! 物凄い力で腕を取られ、痛みよりも恐怖が僕の頭を支配した。 「っ!い、やぁっ!!アスラン!!!」 気がついたら、彼の名前を声に出していた。 今日に限ってカガリはタイミングよく現れない。 ああ、名物双子説も所詮は学校でのことなのだな、と思い知らされた。 「キラ!!」 しかし、返ってくる声。 僕は驚いて、顔を上げた。 いつの間にか僕の腕を掴んだ人は倒れていて、目の前には何故か息を切らしたアスランの背中。 「アス・・・・・ラ・・・・・・・」 最後まで声に出せず、代わりに嗚咽が漏れる。 滲む視界の中、アスランは振り返って微笑んで見せた。 とても彼の表情を見れる状態ではなかったけれど、彼の優しさだけは感じ取れた。 「うっ・・・・・あり、がと・・・・・・・・・」 嗚咽交じりに礼を言うと、アスランは苦笑を浮かべて抱きしめてくれた。 「もう大丈夫だ。大丈夫。ほら、送ってくから、泣き止んで?」 どこまでも優しい問いかけに、更に涙腺が緩む。 アスランは嫌がりもせずに、僕の背中や頭を優しく撫でてくれた。 「大丈夫。大丈夫。もう、キラは一人じゃないから」 彼の一言一言に、僕の緊張した心が解けていく。 やがて、二人は寄り添い合いながら、キラの家に向かった。 家に着くと、玄関前には仁王立ちで立っているカガリの姿。 「遅い!!・・・って、キラ!どうしたんだ!?まさか貴様・・・・・」 僕の姿を見るや否や、泣いているのをアスランのせいだと思ったのか、カガリは彼に食って掛かる。 「ち、違うよカガリ!!アスランは、助けてくれたんだ!」 まだ涙声だけれど、カガリを黙らせるには十分だったようだ。 「助けたぁ!?一体何から?」 カガリは少々間の抜けた声を出して僕に尋ねた。 「ストーカーだよ。ストーカー」 しかし、それに答えたのはキラの肩を抱いたままのアスラン。 「おい貴様!!キラに気安く触るんじゃない!!!」 そう言って、引っぺがそうとするカガリに、僕はカガリ!と声をかけた。 「あ、アスランは・・・・・僕を、助けてくれた人なんだから。そんな風に、言わないで?」 カガリはアスランを殴るために振り上げた腕をゆっくりと下ろした。 「・・・・・わかったよ」 明らかに嫌そうだ。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。 「アスラン・・・・・」 「ん?」 やはり、彼はすごい。 僕が問いかければ、アスランはすぐに笑顔を向けてくれる。 だから。 「ありがとう」 僕は感謝の気持ちを込めて、アスランに深々と礼をした。 「どういたしまして」 ニコリと笑みを深くして、僕の頭を撫でるアスラン。 知らず知らずのうちに、僕の頬は火照る。 「おい、何二人で話してんだ?」 今まで大人しかったカガリが、急にジトリとアスランを睨みながら言ってくる。 どうやら今まで黙っていたのは、キラの言葉のお蔭のようだ。 「何でもいいだろ?ほら、もう遅いし、入ったらどうだ?」 アスランはそう僕らを促すと、踵を返そうとする。 「襲われんなよ?」 カガリは悪戯でも思いついた子供のようにニヤリと笑った。 アスランは一瞬呆気に取られながらも、カガリと同じようにニヤリと笑った。 それはまるで、格好のライバルを見つけたかのような、そんな笑みだった。 「誰が」 そう言って、アスランは今度こそ踵を返した。 その背中が遠ざかるにつれて、僕はまた不安になってくる。 「キラ?どうし・・・・・」 カガリは一向に中に入ろうとしない僕を不思議に思ったのか、軽く声をかけたが、 けれどその声は僕自身が掻き消した。 「アスラン!!!」 もうすぐで角を曲がろうとしていたアスランは、すぐに立ち止まって振り返ってくれた。 「今日、本当にありがとう!!!」 精一杯声を張り上げる。 「ああ!!!また明日、学校でな!!!」 言いながら手を振るアスランに、うん!!!と頷き返す僕。 まるで恋人同士だ、と思ってもカガリの前で言うと煩いので黙っておく。 「ほら、入るぞ?」 どこかムスッとした表情のカガリは、玄関のドアを開けて僕を待った。 トコトコと玄関に向かう僕は、きっと満面の笑みを浮かべていたに違いない。 「今日はカレーだってさ。お前、好きだろ?」 「うん!」 でも。 僕がもっと好きなのは。 カレーでもなく。 カガリでもなく。 「ありがとう」 僕はもう一回、彼にお礼を言う。 僕がピンチになった時、彼は颯爽と現れてくれた。 まるで、僕のヒーローみたいだ。 我が家の廊下を歩きながら、僕はそんなことを思った。 あとがき キリ番555を踏んでくださった鈴様に捧げます。 アスキラ♀←カガリで学園物です。 なんかカガリがイザーク化しているような気がしますが、お気になさらず(おい)。 本当に文章力なくてごめんなさい。 こんなものでよろしければ、貰ってやって下さい。 by.奏織沙音 修正しました。 本当に、間違いが多くてすみませんでした。 見直しというものを、しない人なので(しろよ)。 まだおかしいところがありましたら、遠慮なく仰って下さいね。 |
ブラウザを閉じてお戻りください。