君は俺に買われて。

 俺は君の飼い主になった。

 

 君は親に売られて。

 俺は君の居場所となった。

 

 けれどいつかこんな日が来るんじゃないかと、いつも恐れていた。

 

 本当はわかっている。

 君がずっと、逃げたがっていたことを。

 けれど逃げることが出来ず、一人悩んでいたことも。

 

 俺はまだ、この感情を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋心探し旅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街でも数少ない大きな洋館にも、わけ隔てなく朝日は降り注ぐ。

 俺はいつものように起き上がり、隣にいるはずの彼女を抱き寄せる。

 否、抱き寄せようとした。

 

 スカッ。

 

 いつも彼女がいる場所に手を伸ばすが、それは目的を達することなく虚しくベッドに落ちた。

 「・・・・・?」

 まだ眠気で開ききらない目をゆっくりと開け、そこに目をやればやはり彼女はいない。

 俺は慌てて飛び起きた。

 「ッキラ!?」

 部屋を見回してみても、彼女の姿はない。

 起きたのだろうか。

 俺はまだ温もりのある布団から、朝特有の洗練とした空気の中を裸足で歩き出した。

 もう春が近いといえど、朝が寒いことには変わりない。

 氷のように冷たい床の上を、俺は構わず進んでいく。

 「・・・・・キラ?」

 長い階段を下り、この家全体に聞こえるように声を張り上げる。

 しかし、いくら待っても答えは返ってこない。

 「キラ?・・・・・キラ!・・・キラ!!」

 どんどん声を大きくしていくが、やはり答えはない。

 若しかしたら、どこかの部屋で寝ているのかもしれない。

 俺はそう思い至るや否や、家中の部屋という部屋を駆け回った。

 「キラ!」

 「キラ!!」

 「っおい、キラ!!!」

 しかし、どこを探しても探し人は見つからず、俺の声が虚しく響くばかり。

 「・・・・・キラ・・・・・・・・・・」

 ああ、いつか来ると思っていた。

 だから心の準備はしていた。

 していた、はずなのに。

 「・・・キラ・・・・・・・・・・・・」

 何故こんなに、寂しく感じるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、はあ、はあ・・・・・っ・・・・・・・・」

 冷たい空気の中、僕は走った。

 走って、走って、偶に後ろを振り返って。

 もうどれくらい、走っただろうか。

 まだ夜が明け切らないうちに、僕は十二年間生きてきた邸を抜け出した。

 いつも隣で寝ていた僕のご主人様だった人は、今日はいつもよりも疲れていたようで、ぐっすりと深い眠りについていた。

 今しかないと、今こそチャンスだと。

 だから僕は、こっそり布団から抜け出して、邸のセキュリティを掻い潜って、何年振りかの外に出た。

 「っはあ・・・・・っ!!きゃあ!!!」

 何時間も走り続けていたせいか、足が縺れて冷たいコンクリートの上に倒れこんでしまう。

 咄嗟に腕をつくが、勢いがありすぎた為か思い切り皮が擦り剥けた。

 「っ・・・・・痛・・・・・・・・・・」

 痛かろうがなんだろうが、一刻も早くあの邸から離れなければならない。

 僕は笑う膝を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

 一瞬、彼の顔が頭に浮かんだが、すぐに頭を振る。

 どうしてだろう。

 一瞬脳裏に過ぎった彼は、どこか寂しそうに、まるで捨てられた子猫のように、僕に縋るかのようにこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は家を飛び出した。

 鍵をかけるのももどかしく、泥棒が入っても構わないと鍵も持たずに走り出す。

 走って、走って、時には小路を覗いて見たりと、とにかくあらゆるところに目をやった。

 そろそろ通勤、通学の時間になるので、道行く人々はどんどん増えてくる。

 そんな中、俺は人の波に逆らうように前へ前へと進んだ。

 そうしながらも、俺は何故彼女を探しているのだろうと自答する。

 これではまるで、自分が彼女を必要としているみたいではないか。

 そう思っても、この足を止めることはできない。

 それは、彼女を手放すのが惜しいのか。

 それとも。

 「・・・・・っキラ・・・・・・」

 俺はただ我武者羅に彼女を探して走り回った。

 脳裏を、出会ったばかりの彼女が過ぎる。

 彼女が四歳。俺も四歳の時だった。

 俺の父は代々続くザラ家の当主で、家の諸事情で売られることになったキラを買い取った人物だ。

 父はキラをよほど気に入ったのか、実子である俺には目もくれずにキラを溺愛した。

 キラは俺を気遣っていたようだが、俺だって人間だ。

 俺はキラに嫉妬した。

 母は俺がまだ生まれて間もない頃に他界した。

 だから、俺が唯一甘えることが出来るのは、父だけだった。

 けれど実際、恥ずかしくて甘えるどころではなかったのだが。

 それでも、父の愛情を一身に受けるキラが、羨ましくて、憎らしかった。

 俺は幼いながらも嫉妬の念を抱いた。

 父の目を盗んで買った麻薬を、こっそりキラの食べ物に混ぜてみた。

 本当は、この手で殴りたいところだったが、そんなことをすれば即座に勘当されることは目に見えている。

 キラは椅子から崩れ落ちた。

 快感に身悶え、頬を赤らめる少女を見下ろした。

 ざまあみろと。

 その日から、彼女は俺の言いなりになった。

 彼女は俺無しでは生きていけない身体になった。

 それは今でも同じはず。

 けれど。

 けれど今、彼女は俺の腕からすり抜けて、どこかに消えてしまった。

 それを必死で探す俺は滑稽で、俺は自嘲して口端を歪めた。

 目頭がツンと、火傷したように熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ街。

 見知らぬ空。

 見知らぬ世界。

 僕はどこまで走り続ければいいのだろうか。

 僕はふと立ち止まり、見知らぬ公園の古びたベンチに腰掛けた。

 平日のためか、朝が早いためか、人は少ない。

 「はあ・・・はあ・・・っは・・・・・」

 膝は笑うどころかびくともしない。

 もう限界かと、僕は苦笑した。

 ここまでくれば彼も、諦めるだろう。

 けれど何か心に引っかかるものがある。

 「アスラン様・・・・・っ!」

 無意識のうちに呟いた、昨日まで僕のご主人様だった人の名前。

 目を見開く。

 息をつめる。

 どうして、と自問する。

 彼は僕を縛りつけた人なのに。

 僕を麻薬という鎖で縛りつけた人だというのに。

 どうして僕は彼の名前を呟いてしまったのか。

 「・・・後悔、してるの・・・・・?」

 心に問う。

 もちろん、答えはない。

 代わりに、何故、どうしてと疑問ばかりがわきあがる。

 何故僕は彼のことを思うの。

 どうして僕の脳裏に過ぎる彼は、いつも寂しそうなの。

 僕はじっとベンチに座ったまま考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらい走っただろうか。

 一向に目的の人物は見つからない。

 「はあ・・・・・キラ・・・・・・・・っ」

 膝に手をついて俯く。

 額からポタリと汗が滴り落ちる。

 瞳からも、雫が落ちる。

 俺は目を見開いた。

 「・・・俺は、まだ、泣けたんだな・・・・・」

 涙を流すのは、何年ぶりだろうか。

 確か、父が急な病で他界した時以来だろう。

 俺は涙を拭うこともせずに、その場に両膝をついた。

 冷たいコンクリートに手をついて、キラのことに思いを馳せる。

 どうしてこんなに必死になって彼女を探しているのだろうか。

 どうして自分は涙を流しているのだろうか。

 どうして彼女の笑顔を思い出すことが出来ないのだろうか。

 それを崩したのは他の誰でもない自分だというのに。

 彼女からそれを奪ったのは自分だというのに。

 「傲慢だな・・・・・俺は・・・・・・・・・」

 静かに呟いて、徐に立ち上がった。

 もう、諦めよう。

 彼女は俺から逃げていった。

 彼女は俺を拒んだ。

 だから、無理に彼女を引きとめることはない。

 そう思って引き返そうと振り向いた、その時。

 ふと目に入った、小さな公園。

 一瞬、奥の方に垣間見えた鳶色に、俺は目を懲らした。

 「キ・・・・・・・・・・」

 キラ、と言うのももどかしく、俺は無意識のうちに走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、飽きることなく考えていた。

 けれど一向にその答えは見出せず、そろそろここを立ち去ろうとした時だった。

 

 「キラ!!」

 

 僕はびくりと大きく肩を揺らした。

 「ご・・・・・ご主人、様・・・・・・・・・・?」

 徐に顔を上げれば、そこには息を乱したご主人様だった人。

 「キラ・・・・・お前は・・・・・・・・」

 だんだんと距離をつめる彼に、暴力を振られると思い目を瞑る。

 だが、衝撃は一向に訪れる気配はなく、代わりにふわりと優しく暖かいものに包まれた。

 驚いて目を開けると、視界に広がるのはほんの少し汗臭い真っ白なシャツ。

 すぐにそれが、ご主人様だった人のものだとわかった。

 だがすぐにわからなくなる。

 どうして彼は、僕をこんなにも優しく抱いているのだろうか。

 どうして彼は、まるで慈しむように僕を包み込んでいるのだろうか。

 「・・・・・ご主人様?」

 僕の声にハッとしたように腕の中から開放するご主人様だった人、否、ご主人様。

 自分でも驚いているようで、しばらく目を見開いたまま固まっているご主人様に、

僕は小首を傾げてまた声をかける。

 「ご主人様・・・?」

 今度はご主人様がびくりと肩を揺らした。

 何か気に障ったことを言ってしまったのだろうか。否、邸から逃げた時点で既に気に障るどころか怒り狂っているだろう。

 「・・・・・アスランだ」

 いつも僕を攻める低い声で、ご主人様は言った。

 僕は訳がわからなくて、更に小首を傾げる。

 「アスランと呼べ。ご主人様なんて、死んでも言うな」

 命令口調のわりに、どこか懇願するような響きがあるのは気のせいだろうか。

 「・・・はい。かしこまりました、ご・・・・・アスラン様」

 それでも返事をすることは忘れない。危うく、早速命令を破るところだったが、なんとか答えることが出来た。

 「様もいらない」

 それには流石の僕も驚きを隠せなかった。

 「・・・・・・・・・・え?」

 困惑する僕に苛立ったのか、ご主人様、アスラン様は僕を軽く睨んだ。

 「呼び捨てでいいと言ったんだ。聞けないのか、キラ?」

 有無を言わせない響きに、僕は慌ててかしこまりましたと答えた。

 「敬語も要らない」

 アスラン様は、溜め息を吐きながら言った。

 「ど、どうしてですか・・・・・?」

 あまりに急な命令に、僕は思わず疑問を口にしてしまった。

 しまった、と思った時には時既に遅し。

 僕の声はきちんとアスラン様に届いていた。

 しかし彼は怒るどころか、微笑を浮かべて見せた。

 「俺とお前は、血は繋がっていなくとも、列記とした兄妹だろう?同い年だし、敬語なんて必要ない」

 一体彼は、どうしてしまったんだろうか。

 今までの彼なら、こんなことは口が裂けても言わないだろう。

 「今まで、悪かった・・・。謝って許されるなんて思ってないけど・・・・・でも、これだけは言わせてくれ。・・・すまなかった」

 そう言って頭を下げるアスラン様に、僕は慌てて顔を上げてくださいと懇願した。

 「そんな、謝らないでください!僕も・・・悪かったんですから・・・・・」

 そう。

 アスラン様が僕にあんな酷いことをしたのは、僕のせいでもあるのだ。

 アスラン様の孤独をわかっていながら、僕は義理の父の愛情を拒むことなく受け続けた。

 自分が孤独になるのが嫌だったから、その愛情に縋った。

 ただ、只管に。

 だから、それが祟ったのだ。

 だから、アスラン様が謝る必要はないのだ。

 アスラン様から唯一の拠り所を奪った僕が、彼に謝ってもらう必要なんてないのだ。

 しかし彼は頭を振るばかりで頭をあげようとしない。

 「俺は君に、取り返しのつかないことをした。・・・・・すまなかった。本当に、すまない」

 やっと顔を上げたと思えば、アスラン様は瞳に一杯の涙を浮かべて謝るばかり。

 僕は徐に、首を横に振りながら彼の涙を拭ってやった。

 「僕も・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・貴方から、大切なものを奪ってしまって・・・」

 拭っても、拭っても、とめどなく溢れる彼の涙は透明で、美しかった。

 「あれは・・・・・俺の、我侭だ・・・・・・・・していいことと、してはいけないことの区別がつかなかった、俺の責任だ・・・・・・・・・・」

 小さく首を横に振りながら、潤んだ声で紡ぐ声は彼が本音を言っているのだとわからせてくれた。

 「でも・・・・・」

 

 「愛してる」

 

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

 「愛してる」

 

 誰を?

 

 「俺は、君を、愛してる」

 

 それは狂おしいほどの熱情。

 

 気がつけば僕の唇に、彼のそれは重ねられていた。

 それはいつも苦痛に感じていたものではなくて。

 慈しむように。

 愛でるように。

 それは甘く、僕の心を解かしていった。

 そして唐突に理解する。

 

 「僕も・・・・・愛しています」

 

 ふと離れた唇から、やっとわかった想いをアスラン様、否、アスランに告げる。

 触れ合うか否かの距離。

 僕の声は、アスランに伝わった。

 それを合図に、また重ねられる唇は、春になりかけの陽射しよりも、温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき。

キリ番500を踏んでくださった景様に捧げます。

ぶっちゃけホルマリン漬けの続編です。使いまわしでごめんなさい。

しかもザラとアスの中間。名付けてアスラン・ザラ(まんまだし)。

や、あのまんまじゃキラが可哀想だと思いまして、

書いてる途中にいろんな設定が思い浮かんできました。アスキラが兄妹だというのは後付です。

ふと思い浮かんだものなので。

文章力なくてごめんなさいです。こんなでよかったら貰ってくださいませ。

 

by.奏織沙音

 

 

 

 

 

修正しました。

この話の薬中キラは走れます(笑)。

アスラン、ザラになりきれなくてなんだか捻くれてますね。

取り敢えず、読み返してて面白かったです(いろんな意味で)。

そしていろいろ修正しました。






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