バタバタと騒がしい足音が聞こえたかと思うと、次の瞬間開け放たれる大きな扉。

 ガチャッ!!とドアの止め具が壊れるのではないかと思えるくらい思い切り開けて中に入ってきたのは、息を切らして浅い息を吸ったり

吐いたりしている少年だった。

 「あ、あす・・・・・あすら・・・・さ・・・ま・・・」

 息が乱れているせいであろう、少年の言葉は聞き取り難く、部屋にいた人物は呆れたように溜め息を吐いた。

 「落ち着け、シン。何を言っているかわからない」

 シン、と呼ばれた少年はハッと目を見張ってから深呼吸をして呼吸を整える。

 しばしの沈黙。

 しかしそれはシンの言葉によって終わる。

 「はあ・・・アスラン様、大変です」

 アスランと呼ばれた、藍色の髪と翡翠色の瞳をしている青年は何だと眉を顰めた。

 「はい。実はその、先刻捉えたアークエンジェル国第一王女の護衛と思われるものなのですが・・・・・」

 シンはそこまで言って言葉を濁す。

 アスランはそれを急かすように、だからなんなのだと吐き捨てる。

 アスランには今、やらねばならない仕事が山のようにあるのだ。

 必然的に、アスランのイライラは募る。

 「俺・・・私は、てっきり男性かと思っていたのですが、どうやら、女性のようで・・・・・」

 言いながら俯くシンに、アスランは怪訝そうな視線をやった。

 「捉えたのはあの、噂に名高いキラ・ヤマトと聞いたが?」

 そうなのだ。

 先刻、この国の領土ではない大国、アークエンジェル国の第一王女と共に捉えたのは、この国にも広く広まる噂の種、キラ・ヤマト

だったはずだ。

 そのキラ・ヤマトは、噂では女性のように美しく可憐で、舞を踊るかのように軽やかな動作で敵を薙ぎ払うという男性だったはずだ。

 因みに、敵国ではない国の者たちを捕らえたのは唯単に、領土欲しさである。

 理由はまだ報告されていないが、国の宝とも形容されるべき第一王女が我が領土に入ってきたのだ。

 これを逃す手はない。

 なので、大事な人質は鍵を閉めた部屋に、その護衛のキラ・ヤマトは牢獄に収容したというわけだ。

 だが、それはその人物が男であると言う事を前提として、の話である。

 この国では、女性の人権については世界一だ。

 その証拠に、現在ではアスランの母親が王位を継承している。

 父親は既に亡く、アスランには兄弟がいない為、家族は母親のみだ。

 「そのはずですが、実際、俺、見ちゃったし・・・・・・・」

 最後の言葉は小さな呟きであったが、アスランの耳にはしっかりと届いていた。

 「覗き魔か、お前は」

 そう言ってやると、食って掛かってくるシン。

 「ち、違いますよ!!俺は、あの人が女の人だとは思わなくて・・・・・絶対、絶対、違いますからねっ!!」

 頬を朱に染めながら力説するシンに、アスランはフッと苦笑を浮かべた。

 「冗談だ。キリがついたら行くから、それまで指一本たりとも触れるなよ?それと、母上に報告は?」

 女性の人権を大々的に取り上げている為、下手なことは出来ない。

 そんなことをすれば、下手に弱みを握られかねない。

 アスランは、取り敢えず母親の意見を聞きたいとシンに問う。

 「別の者が行っています。ところでアスラン様?」

 淡々と答えてから問い返すシンに、アスランは何だと目線だけで問う。

 「それ、いつ終わるんですか?」

 それ、とはアスランの執務机の上にある書類の束のことだろう。

 「さあな。もう少しでひと段落する。取り敢えずは、だがな」

 そう言って、もう話は終わりだと言うように仕事に手をつけ始めた。

 シンもそんなアスランの心情を心得ているのか、一礼してその場を後にした。

 残ったアスランは一人、小さく呟いた。

 「・・・そうか・・・・・女性だったか・・・・・・・・・・」

 その瞳は面白そうに歪められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方に従いましょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな明り取りから漏れる光は、ほんの少し。

 薄暗く、気味悪ささえ感じられる石造りの部屋。

 そこは多くの捕虜たちが十分収納できるほどのスペースだった。

 一つ一つ、人一人分には十分な広さに区切られている。

 そこには今現在、一人しか閉じ込められていなかった。

 その人物は、一番奥のスペースに収容されている。

 鳶色のショートの髪に、今は俯いているせいで窺えないが、アメジストの瞳。

 普段はさらしを巻いて男の胸板のようにしていた胸は、今は本来の膨らみを取り戻していた。

 先程、息苦しさを感じて緩めようとした時に謝ってさらしを落としたところを、この城の兵士らしき少年に見られてしまったのだ。

 その少年は恐らく、自分に食事を持ってきてくれたのだろう。

 驚いた拍子に溢したスープの匂いがまだ残っていた。

 少年は自分の姿を見るなり、落とした食器類を片付けると同時に牢屋を後にした。

 向かう先はきっと、この牢屋の責任者か、それとももっと上の地位の者か。

 「・・・・・ふぅ。お腹すいた」

 少女はそう一人ごちると、ゆっくりと緩慢な動作で膝を抱えた。

 数日前、急にこの国に行きたいといった自国の王女様のお供で、彼女はここまで着いて来た。

 この国が自国とはつながりのない、寧ろ敵国のような存在だとわかっていながら、護衛をもっと増やさなかったことを後悔する。

 自分の力に過信していた。

 周りの者たちも、自分がいるから大丈夫だと高をくくって王女様と自分を送り出したのだ。

 この国に入ってすぐに捉えられてしまった為、彼女は王女が何故この国に来たがったのかを知らない。

 大方、何か珍しいものを手に入れに来たのだろうと予想できるが、その考えは定かではない。

 ここに来る道中にも何度も訪ねたが、彼女は秘密だといって言おうとはしなかった。

 「・・・はあぁ・・・・・・・・・・」

 少女は深い溜め息を吐き、更に顔を膝に埋める。

 少女は取り敢えず仮眠を取ろうと、壁に背を預ける。

 簡易ベッドは一応あるのだが、彼女にはどうにも落ち着かない。

 壁に背をあて、座ったまま寝るのが彼女の習慣だった。

 そして、決して深くはないその眠りもまた。

 彼女の名前はキラ・ヤマト。

 アークエンジェル国の守護神とも呼び証されるほどの腕前の持ち主であり、今まで性別を詐称してきた人物である。

 まさかこんなところでそれがばれてしまうとは、キラにも予想し得なかったことだろう。

 キラの小さな寝息が止まるのは、それから数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツリコツリという靴音が遠くの方から響き渡ってくるのを聞き、キラは瞬時に覚醒した。

 誰かが、来る。

 先程の少年だろうか。

 それとも違う人だろうか。

 どちらにしろ、キラの緊張を呷るには十分なものだった。

 靴音が近づくにつれ、大きくなる靴音は二人分。

 キラは膝を抱えたまま、身を硬くする。

 何をされるのだろうか。

 まさかもう処刑されるのではあるまいな。

 「一番奥にいます」

 先程食事を落として行った少年の声が、こだまの様に響く。

 その声に返事はない。

 きっと頷いただけなのだろう。

 あの少年が敬語を使っていることから、もう一人が彼よりも目上の人物だと予想できた。

 やがてキラの目の前で、その足音は止まった。

 明り取りから零れる光は、丁度その人物たちの足元を照らしていた。

 「・・・お前が、キラ・ヤマトか?」

 あの少年の声ではない、凛とした青年の声。

 キラの額に嫌な汗が滲む。

 「・・・・・・・・・・」

 暗闇にも映える翡翠の瞳に魅せられたように、キラは言葉を発せなかった。

 「お前はキラ・ヤマトかと聞いている」

 中々声を出さないキラに焦れたのか、青年は不機嫌そうに吐き捨てた。

 「・・・・・はい。そうです」

 しばしの間の後にそう答えると、青年の口許が怪しく歪むのがわかった。

 「では、女と言うのは本当か?」

 やはり、本格的に広まってきているらしい。

 キラは諦めたように、はいと答えた。

 「安心しろ。まだ兵士二人と俺と母上しか知らない」

 キラはその答えにハッと顔を上げる。

 まるで自分の心を見透かされているように感じるが、嫌な気がしないのは何故だろう。

 「・・・・・そう、ですか。それで・・・・・?僕に何の用ですか?」

 相手に殺気のようなものが感じられないので、キラは眼光を強めた。

 「・・・そうだな。まずは名乗ろう。俺はこの国の第一王子、アスラン・ザラ・ミネルバという」

 その言葉に一番驚いたのは、なんと彼の隣にいたシンだった。

 「ちょ、アスラン様!?そんな軽く名乗っちゃダメじゃないですか!!」

 そうなのだ。

 仮にもアスランは一国の王子。

 たとえ相手が牢獄に入っていようと、命を狙われる可能性は否定できない。

 そんな身分なのに、それを敵国でもあおるアークエンジェル国の者に言ってしまうなど、本来なら自殺行為だ。

 「・・・・・母上の命令だ。今をもってお前はここから釈放される。但し・・・」

 シンの言葉をサラリと無視したアスランはそこで言葉を切って目を細めてキラを見据えた。

 「お前は自国の領土に戻り、貴国の第一王女はこの国に留まることになる」

 その言葉を聞き、キラは目を見開く。

 「そ・・・んな・・・・・嫌です!!僕はあの方を見捨てて帰るなど、出来ません!!」

 必死に声を荒げるキラに、アスランはフッと嘲笑を浮かべた。

 「安心しろ。取引が成立出来次第、我々が責任を持って送り届ける」

 そんなアスランの言葉を、キラは信用できなかった。

 口ではそう言っても、心の中では何を思っているのかわからない。

 キラは瞬時に考えを巡らせる。

 自分はどうなってもいい。

 けれど王女様だけは、守りたかった。

 自分が守ると言った人物だ。

 だからキラは、一世一代の賭けに出る。

 「なら僕を・・・・・・・・キラ・ヤマトを、人質として使ってください!!」

 当然のことながら、アスランとシンは眉を顰める。

 「貴方も一度くらいは聞いたことがあるでしょう?僕は世界でも名の通る剣の使い手。アークエンジェル国にとってもその価値は大きい

はずです」

 挑むような視線をアスランへと真っ直ぐに向け、言い放つ。

 「・・・・・第一王女様とお前の価値が、同じだとでもいうのか?」

 しばらく間を置いて、アスランはキラを小馬鹿にしたように言った。

 「力においては、王女様よりは上かと」

 声音を一段低くして、地を這うような声で言う。

 それを聞いた途端、アスランは吹き出した。

 「ふっ・・・・・・・・・・・あっはっは!・・・面白いな、お前」

 シンは今まで見たこともないような大声で笑うアスランの姿を凝視した。

 誰だコイツは、と。

 「いいだろう。母上には言っておく。王女様の御身はしっかりと貴国に届ける」

 アスランは笑みを消しながらそう言うと、ひらひらと手を振りながら踵を返そうとするが、シンは咄嗟にそれを止めた。

 「え、ちょっ、アスラン様!!?そんな勝手に決めていいんですか!?」

 しかし、いくらシンが声を荒げたとしても一向に立ち止まる気配のないアスラン。

 シンは仕方なくアスランの後をついていく。

 「シン。お前は彼女をそこから出してやれ。それと、部屋を用意させるから、そこへ連れて行ってやれ」

 やっと立ち止まったかと思うと、指でキラを指し示しながら言い、また歩き出して行ってしまった。

 今度こそ立ち止まってはくれないだろうと、シンは諦めてキラの元に戻った。

 カシャンッと音をたてて鍵を開け、キラを牢屋の外へと誘導する。

 そしてキラはアスランの言う取引が成立するまでの間、この城に住まうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一ヶ月がたった。

 王女様は元気だろうかと、キラが物思いに耽っていた時。

 コンコン、と扉がノックされる音が響いた。

 「キラ、いるか?」

 その声は、この城に来てからのキラの話し相手の一人、アスランのものだった。

 「うん、いるよ」

 あれから一ヶ月、別に気を使うことはないと言われ、キラの口調は些か無遠慮なものとなっていた。

 しかし、彼の周りのものは咎めるけれど、当の本人は寧ろ、喜んでいるようだったのでキラはそれを直そうとはしなかった。

 扉が開かれると同時に現れる藍色に、キラは顔が綻ぶのを感じた。

 仕事が忙しいだろうに、毎日欠かさずキラの元に現れるアスラン。

 しかし今日はいつもよりも遅く、なんだか冴えない顔をしていて、キラは徐々に顔を真顔に戻していった。

 「・・・何か、あったの?」

 恐る恐るそう訪ねると、アスランは悲しそうに目を伏せた。

 「・・・・・取引が、成立した・・・・・」

 キラの目が、見開かれる。

 取引とは、アスランが持ち出したアークエンジェル国との外交問題のことである。

 当初はアークエンジェル国の第一王女が人質にされるはずだったが、キラが懇願して、その役を彼女がすることになったのだ。

 その取引が成立したとあらば、キラはもう用無しということになる。

 「・・・・・・・・・・そ、う・・・・・よかった、ね・・・・・・・・・」

 無理やり笑顔を作って、無理やり明るく言う。

 「・・・・・キラ・・・・・・・・・」

 アスランの彼女の名を呟く声は、悲しみと寂しさを帯びていた。

 キラは立ち上がり、アスランのすぐ傍まで歩み寄る。

 「ほら、もう・・・取引が成立したんだから、もっと喜ばなきゃ。ね?」

 目の前にある彼の端正な顔立ちをじっと見つめ、その頬に片手を添えてやる。

 「俺は・・・・・・・・・・・・・」

 何かを紡ごうとした口は、そのまま固まってしまった。

 「アスラン様!!やっぱりここにいた・・・ほら、キラ様を送り届ける準備をしなきゃいけないんですから、さっさと手伝ってくださいよ!!」

 突然の乱入者、シンによって言葉を遮られたアスランは、恨めしそうにシンを見やった。

 「・・・・・・・・・・お前らは王子に雑用させる気か?」

 地を這うような低い声で無駄にシンを威圧するアスラン。

 「いや、だって、これ、女王様のお達しですし・・・・・」

 それを聞いてアスランは、母上が?と首を傾げた。

 「はい。なんだか、深刻そうな顔をなさっていましたよ?」

 アスランは益々顔を顰める。

 やっと念願のアークエンジェルとの外交を成立させたのに、何故気負う必要があるのか、アスランにはその理由が見当もつかなかった。

 「気になるんでしたら、女王様にお聞きすればよろしいのでは?」

 そういうシンの言葉に、アスランはハッとして彼の赤い瞳を見た。

 それもそうだ。

 気になるのならば本人に聞けばいいだけのことなのだ。

 そう思い至った後、アスランは扉を勢いよく開いて部屋を後にした。

 「全く・・・・・」

 シンはそう呟きながら、今はもう見えないアスランの背中を思い浮かべた。

 キラはその光景を唯唖然と見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あらアスラン。準備は終わったの?」

 アスランが部屋に走りこんできたにも関わらず、彼の母親でありこの国の女王でもある彼女はピクリともその笑顔を崩さない。

 流石女伊達らに一国を治めているだけはある。

 「あの、シンから、母上が何だか深刻そうにしているとお聞きしましたので、ご様子を窺いに参りました・・・・・のですけど」

 アスランは質問しながらも、母親の表情をシミ一つ見逃さないように見つめる。

 その視線が気に入らなかったのか、母親は漸く表情を崩した。

 「アスラン・・・・・そんな目で母親を睨むものではありませんよ?」

 眼光はアスラン以上に強く、恐れさえ感じさせる。

 「え、いや、別に睨んでいたわけじゃ・・・・・」

 言い訳をしようとするアスランの口を、母親の言葉が容赦なく止める。

 「口答えするんじゃありません!!!」

 ピシャリと言い放つ母親に、アスランはただただ驚く。

 何故なら、今目の前にいる母親は今まで滅多に声を荒らげたことなどなかったからだ。

 シンの言っていたことは、あながち嘘でもなかったようだ。

 否、強いて言うならば、深刻そうなのは周りの臣下たちだろうとアスランは思った。

 常では見ることのない女王陛下のお怒り。

 そのとばっちりを受けるのは、彼女の傍に仕えている者たちぐらいなのだから。

 「・・・・・母上、一体何が・・・・・・・・・まさか、アークエンジェル国との外交の件ですか!?」

 思い当たる節はそれくらいしかないと思い、アスランは母親の表情の変化を見逃さないように言葉を綴る。

 「・・・・・流石私の息子ね、アスラン。・・・先刻、私の元にアークエンジェル国の使者という者が来て、これを渡されたのよ」

 そう言って、傍に控えていた者に紙片をアスランの手元に運ばせる。

 アスランはそれを受け取り、そっと開いた。

 真っ白な紙に、一番上にはアークエンジェル国の紋章がある。

 その下には美麗な文字で綴られた、文章があった。

 アスランはそれを読みながら、目を見張っていく。

 「な・・・・・なんですか、これは・・・・・・・?」

 それには、見るもの全てを驚愕させられるほどの内容が書かれていた。

 その内容とは、今まで人質としてこの城に留めていたアークエンジェル国の守護神とも言える女性、キラ・ヤマトについてだった。

 『貴国には、我が国の宝、第一王女様を救出してくださったことを大変感謝している。しかし、キラ・ヤマトを人質として捉えることは本来

無意味であった。我々が意味を成さない取引に応じたのは、貴国との友好を諮りたいが為であった。よって、その取引の代償として、

キラ・ヤマトを貴国に差し上げることを誓う。我々にとっては、第一王女様が生きて帰ってきてくださったことの方が大切であり、それと

同時に貴国の軍事力も借りられると言うことである。キラ・ヤマトにいたっては、貴国の判断に任せよう。よって、取引は成立したと捉え

させてもらう』

 と言うような内容が書かれていたのだ。

 つまりキラは、アークエンジェル国に捨てられたと言うことだ。

 そしてこの文章から読み取れば、処刑しても、奴隷にしても構わないと言うことだ。

 「母上、これは・・・・・・・・・・」

 言葉を濁すアスランに、母親は眉を顰めた。

 「この国の軍事力を代償として、アークエンジェル国はキラ・ヤマトを捧げた。つまりは、キラ・ヤマトをこちらの軍事力として使っても

使わなくても、結局はあちらの戦力になるだけの話。要するに、得をするのはあちらだけということね。彼女を煮るも焼くもこちらの判断

次第・・・彼女をなんだと思っているのかしらね」

 キラは結局、ただの軍事力としか考えられていないのだ。

 悲しげに目を伏せる母親に倣って、アスランも翡翠を隠した。

 だが、アスランはすぐに目を開けて母親を見据えた。

 「しかし、それはつまり、キラを手に入れてもいいということですよね?」

 アスランの真っ直ぐな瞳に、母親は目を開いて頷く。

 「そうなるわね。・・・・・って、アスラン?まさか、あなた・・・・・・・・・」

 ハッと気付いたけれどもう遅い。

 既にアスランの心は硬く決まっていたのだから。

 「ではキラを、俺の妃に迎え入れることも可能なのですね?」

 それは問いではなく、確認。

 息子の決意に母親は勝てないと悟ったのか溜め息を吐いた。

 「・・・ええ。側室ということなら、構わないわ」

 周りの臣下たちが目を剥く。

 仮にも敵国の、それも貴族でもない娘と結婚をしたいと言っている王子の言葉を反対すると思っていたのに。

 「いいえ。彼女には正室になってもらいます」

 ざわり、と喧騒が走る。

 「・・・・・なんですって?」

 低い母親の声にも怯まず、アスランは続ける。

 「俺は生涯、キラしか愛することはできません。彼女以外を、妻に持つ気も毛頭ありません」

 真っ直ぐすぎる息子の瞳に、母親はしばしの沈黙の後、溜め息を零した。

 「・・・・・この国では、女性の人権が一番に優先されているわ」

 そう切り出した母親に、アスランは訝しげな瞳を向けた。

 「女性が王位に就くことも出来る、ということを、私は立証しました」

 ドクン、ドクン、と心臓が音をたてて鼓動する。

 「キラ・ヤマトは、ここミネルバ国に来た時点で、人権を保障される者とし、この国の民になった者とします」

 更に言葉を続ける母親の言葉に、アスランはゴクリと喉を鳴らした。

 「そして新たに、身分関係なく王族との婚姻を認め、玉座に就くことの出来る権限を認めることとします」

 ニコリと優しく微笑む母親に、安堵の吐息を漏らすアスラン。

 「では、今すぐキラのところに行ってそれを・・・・・」

 そう言って嬉々として踵を返そうとするアスランに、母親は釘を打つような一言を放った。

 「ところで貴方たち、いつからそんな関係になったの?」

 ピタリ、とアスランの動きが全停止する。

 そうだ。

 そうなのだ。

 いつしか芽生えた恋心を、アスランは唯の一度もキラに打ち明けたことはなかったのだ。

 つまり、まだ二人は王子と人質、と言う関係に収まっていると言うわけだ。

 「・・・・・今言った通り、結婚には反対しないわ。でも、まずはちゃっちゃと告白してさっさとくっつきなさい」

 その言葉に、また目を剥く臣下たち。

 いい加減慣れないものなのだろうか、とアスランは心の中で厭きれた。

 「わかりました。では取り敢えず、キラの変換は白紙に戻すと言うことで」

 アスランの冷静な言葉に、母親は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして戻ってきたキラの部屋。

 しかし肝心のキラは、何故か夕方だと言うのに眠っていた。

 「・・・・・・・・・・」

 なんとなく起こし難くて、アスランは無言でキラの眠るベッドに腰を下ろした。

 ここに来た当初は、ベッドではなく床に座って壁に背を預けて寝ていた。

 浅い眠りを貪る彼女に安眠と言うものを教えたのは他ならぬアスランだった。

 相変わらずの寝方に、アスランは眠るキラを抱き上げてベッドに移したのだ。

 それが、きっかけだった。

 幸いにも運んでいる途中にキラは目を覚まさず、そのままベッドの中で蹲った。

 よほど寝心地がよかったのだろう。

 それからと言うもの、相変わらず座って眠っていたが、徐々にその回数は減っていったのだ。

 ここが安全だと、本能で感じ取ったからか。

 それとも唯単にベッドが心地良かったのか、アスランにはわからなかったが。

 今ではもう、座って眠ることはなくなっていた。

 アスランはキラの寝顔に魅入る。

 気がついたら、目が行っていたのだ。

 彼女の顔にかかった色素の薄い髪の毛を払い、長い睫毛を顕にして、瞼の奥に隠されたアメジストを思い、整った鼻梁を見据え、

化粧をしてなくとも赤く色づく唇を見つめる。

 全てが美しく、可憐で。

 今まで戦士として戦っていたのが嘘のように感じる。

 いつからだろう、この気持ちが恋心と気付いたのは。

 いつからだろう、胸を焦がすほどの感情を感じたのは。

 それが全てキラに向けられたものだと、アスランは知っていた。わかっていた。

 だから覚悟を決めたのだ。

 初めて親以外に本当の笑顔を見せた。

 初めて親以外に本音を出せた。

 初めて愛おしいと思った。

 初めて、手放したくないと思った。

 自分の一言で、全てが変わることを信じて。

 その祈りの証か。

 アスランはそっと、キラの可憐な唇に自らのそれを落とした。

 優しく、静かに、そっと触れるだけの接吻。

 二人のシルエットを今にも沈みそうな夕日が作り出していた。

 「・・・・・ん・・・・・・・・・」

 何か感じたのだろうか、キラはそう唸ると身じろいだ。

 ゆっくりと開かれる瞼に、現れるアメジストの輝き。

 アスランはそれに吸い寄せられるように、もう一度口付けた。

 今度は言葉を添えて。

 「好きだよ、キラ・・・・・」

 キラの瞳が、見開かれる。

 「離したくない・・・・・放さない」

 懇願にも似た響きは、キラの耳にきちんと届く。

 「キラが俺を拒んでも、俺はお前を奴隷にしてでも傍に置く」

 夕日が、眩しい。

 「どんなことをしても、お前を繋ぎ留める」

 それは、一つの決意。

 「・・・・・・・・・・愛してる」

 重なる唇は、三度目の甘い余韻を残し。

 「ずっと、俺の傍にいてくれないか・・・・・?」

 徐にそれは記憶へと変わっていく。

 「・・・・・・・・・君が望むなら・・・」

 二人だけの部屋に、響く声。

 「僕は奴隷にでも、何でもなるよ・・・・・・・」

 静かに時は流れていき、刻々と時を刻む。

 「僕は、君に、従うよ・・・・・ううん。従いたいの。僕も・・・・・」

 君を、愛しているから。

 二人の影は、再び重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

キリ番4000を踏んでくださったかな様に捧げます。

王子アス(ザラ)×奴隷キラ♀ですね。

すみません、中途半端で。

こんなのでよろしければ、貰ってやってください。

 

by.奏織沙音

 

 

 

 

 

修正しました。

ホント、こんな国は普通ありえませんよ。取って付けたような設定ですみません。

キラ、奴隷じゃないし。寧ろ人質だし。

ホント、リク無視してどうすんだよって感じですね。

まだ直ってない誤字脱字等がありましたら、mailにてどうぞ。

感想も、お待ちしております。
 





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