「・・・・・・・・・・っ!!!」

 怒鳴り声が聞こえて、キラはそちらの方に向かった。

 何を言っているのかは、わからない。

 一歩、一歩。

 窓外から覗く外の天気は、生憎の雨。

 ザァザァ・・・と雨粒が地面に叩きつけられる音が邸内にも響き渡る。

 そんな中ヒタヒタと、キラは裸足で声のした方へと向かっていた。

 「・・・・・・・・・は、やらない!!!」

 徐々に鮮明になる声に、キラは無意識のうちに聞き耳を立てる。

 「っ何故だ!?あの子は私の子だ!私の最高傑作だ!!手放せるわけがないだろう!!!」

 聞いたことのない声だ、とキラは思いながらも足を進める。

 風が強いのか、時折物凄い音と共に雨粒が窓に叩きつけられる。

 「あの子を研究材料としてしか考えていない貴方になど、やれるものか!!!」

 父親の声。キラは少し、安堵した。

 けれど声音は鋭く、怒っているのだと窺えた。

 そっと、父親とキラの知らないもう一人がいるであろう部屋のドアをほんの少し開く。

 ドアは音もたてずに、僅かな隙間から中を顕にした。

 父親。もう一人はやはり、知らない人だった。

 金髪に琥珀色の瞳をした、父親と同じくらいの歳の男性。

 「何を言う!?私はあの子のことを考えて言っているのだぞ!!??お前が口出ししていい問題ではない!!」

 食って掛かる男性に、父親は一層眉間の皺を深くした。

 「ふざけるなっ!!あの子は貴方の元へ行っても、幸せになれん!!」

 父親はそう言うと、右手で相手の胸倉を掴んだ。

 緊迫した空気。

 キラが口を挟める状況ではなかった。

 二人の睨み合いが続く。

 永遠かとも思えるほど、長く感じた沈黙。

 突然、相手の男がニヤリと笑ったのを、キラは見逃さなかった。

 男は懐から折りたたみ式のナイフを取り出し、カチリと音をたてて真っ直ぐにした。

 父親は息を呑む。

 「お父さん!!」

 咄嗟に出した声も虚しく。

 グサリ、というナイフが何かに刺さる音が聞こえ、次いでグシュッという音と共に血生臭い匂いが部屋中に充満する。

 ビチビチビチッ・・・。

 キラの顔面や、真っ白のネグリジェにもそれは飛び散り、キラは驚愕、否、恐怖に目を見開いた。

 「っく・・・・・・・・ごほっ・・・・・」

 父親は刺された箇所を片手で覆いながらも、もう片方の手は相手の男を放さずに掴んだままだった。

 「・・・キ・・・・・・・・ラ、は・・・・・わたさ、な・・・・・・・・・・ぐあぁっ!?」

 途切れ途切れの声は、最後まで紡ぎきらずに、男が父親の傷口に手を当てたことで遮られた。

 悲痛な叫び声が、部屋中にこだまする。

 キラは一歩も動くことさえままならず、声さえ出すことはできなかった。

 そんなキラに気付いていないらしい男は、尚も父親を詰る。

 ドスンッ、という鈍い音をさせて、父親は床に倒れこんだ。

 男はこれ幸いと父親の傷跡を踏みつける。

 「キラは私のものだ!!もう、誰にも渡さない!!!例えお前が私の義理弟だとしてもな!!!」

 父親は言い返すことも出来ずに、硬く目を瞑る。

 しかし、そう間も置かずにそれはゆるゆると開かれた。

 その目には、愛しい娘の姿。

 キラと父親が目を合わせた瞬間、僅かに彼の唇が動いたような気もするが、何を言っているのかまではわからなかった。

 そして、父親の目は光を失った。

 男の足を掴んでいた手が、力なく地に落ちる。

 今この瞬間、父親は屍と化した。

 それが父親の死を表していると気づくと、キラは震える足を叱咤して後退りしようとする。

 だが運悪く、この時に限ってドアが軋んだ。

 ギイィ・・・・・と錆付いた音が、大きく響く。

 男はビクリと大きく肩を揺らすと、バッとキラを振り向いた。

 「っだれ・・・・・・・・・・キラ!?」

 その男は、大量の血液で染めた顔を嬉々と歪め、ゆっくりと緩慢な動作でキラに近づいた。

 また、足が竦む。

 「キラ。いたのなら、声をかけてくれればよかったのに・・・」

 残念そうに眉尻を下げて言ってくる男。

 キラは恐怖で動けなかった。

 ガクガクと、全身が震えだす。

 微かに滲む視界。

 男はそれに気付いたのか、苦笑を浮かべた。

 「おやおや、何を泣いているんだい、キラ?」

 そう言って手を伸ばしてくる男。

 キラは先程までピクリとも動かなかった手で、彼の手を払った。

 驚いたような男の顔。

 しかしそれはすぐに怒りに染め上げられた。

 「やはり、ハルマなどに任せなければよかったな」

 父親の名を口に出した男は、チッと舌打ちした。

 また伸ばされる手。

 キラは無意識のうちに走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君を守る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピチャピチャという淫らな水音は、強い雨の音に掻き消されて行く。

 「ぁあっん・・・・・・・や、はぁっ・・・・・・・」

 女の甲高い嬌声も全て、雨は飲み込んでいく。

 「・・・っや・・・はあぁ・・・・・・・い、っくぅっ・・・」

 喘ぎ声の中に含まれた言葉を聞き逃さず、女を甚振る男は眉を顰めた。

 「何、もう?早すぎだろう・・・・・。まだ入れてもないのに・・・」

 溜め息と同時に呟かれる声。

 「やっあああああぁあ!!・・・・・っんぁ・・・」

 一気に達してしまった女に、男はもう用はないとばかりに立ち上がった。

 男はそのまま女を放置してシャワールームへと向かった。

 女の手により少し着崩れた洋服を脱ぎ捨て、中に入る。

 コックを捻り、お湯を出す。

 お湯は男の髪や肌に当たってシャワールーム全体に跳ね返る。

 男は気だるげに、自身の藍色の髪を掻き揚げた。

 顕になる翡翠の瞳は、どこかくすんでいた。

 男の名を、アスラン・ザラという。

 そしてここは彼の家ではない。

 彼の家からは遠く離れたとあるホテルの一室だ。

 先程遊んだ女の名は知らない。

 何故なら、今夜限りの遊び相手なのだから。

 アスランはつまらなそうに眉を顰めてから、コックを捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何も言わずにホテルを後にしたアスランは、遅い時間帯の為にほとんどが閉まっている商店街を歩いていた。

 人影は少ない。

 頼りである街灯は、時折チカチカと点滅する。

 アスランがしばらく歩いていると、街頭も人の気配もない小路に出る。

 車も滅多に通らない細道は、アスランがいつも使用している近道だった。

 ここを通れば駅が近い。

 だからここを通る。

 それだけの理由だ。

 しかしアスランは途中で足を止める。

 この道には珍しく、人の通る気配があったから。

 それはどうやら走っているらしく、荒い吐息と共にどんどん近づいてくる。

 「・・・・・珍しいな」

 アスランはそう呟いて、また歩を進めた。

 だがそれは、視界の暗転で止められることになる。

 ドンッと音がして、アスランの目の前は真っ暗になった。

 否、予てから道は暗かったが、それとは別の暗さだった。

 倒れそうなるのをなんとか堪え、原因となったものを探る。

 衝撃からして人とぶつかったのだろう。

 相手の人物はすぐに見つかった。

 目の前に、仰向けになって倒れていたのだ。

 暗闇だからその表情までは窺えないが、どうやら女性のようだ。

 「・・・・・女・・・・・・・・・・?」

 アスランはそう口にした。

 もちろんそれには責めるような響きはなかったはずだ。

 けれど倒れている女性はビクリと震えたかと思うと、暗がりにもわかるほどの強張った顔をアスランに向けた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・」

 こんな秋空の下、凍えるわけがないだろうに、女性は悴んでいるように口を戦慄かせる。

 これは、自分に怯えているということなのだろうか、とアスランは疑問に思った。

 別に自分は何もしていないのに、と。

 寧ろされたのはこちらの方なのに、と。

 「君、早く起きれば?いくらここが人通り少ないからって、いつまでもそんな・・・・・」

 しかしそれは最後まで続かず、女性の小さな声で掻き消された。

 「・・・・・け・・・・・て・・・・・・・・・・・・・」

 何を言っているかわからず、アスランは眉を顰める。

 それがわかっているのかいないのか、女性は声量を上げて言った。

 「けて・・・・助けて・・・・・・・・助けてぇっ」

 どこか縋るような瞳で懇願する女性に、アスランはなんとなく興味を抱いた。

 細い月。月明かりは望めないが、暗闇に慣れた目にははっきりとわかる。

 女性の目は潤んだアメジストをしていて、涙を止め処なく零していた。

 徐に女性の隣にしゃがみ込み、アスランは口を開いた。

 「君、名前は?」

 ハッとしたように動きを止める女性。その姿はいっそ、少女と言った方がいいのかもしれない。

 「・・・・・キラ・・・・・」

 キラと名乗った少女はしばしの逡巡の後、自分の名前を音にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か血痕のついているキラのネグリジェに、秋用のコートをかけてやり、アスランはキラと共にザラ家へと向かっていた。

 しかし本家ではない。

 アスランは一人で住むには少し高価なマンションに一人暮らしをしていた。

 それは同時に、父親との決別を意味している。

 数年前に出た本家、ザラ。

 その名を知らぬものは、ごく稀だろう。

 アスランの手を握るキラは俯いたまま、ただ安堵の時を待ち望んでいた。

 アスランは急に彼女を連れて帰ろうと思い立った自分が、何だか滑稽で苦笑した。

 しばらくして目的の駅に着き、電車から降りる。

 アスランはキラの歩調に合わせて常よりもゆっくりと歩く。

 その間にも、先程見た血痕が気になる。

 顔のものは拭いたけれど、服まではそうもいかない。血は落ち難いのだ。

 別段キラに怪我らしきものはなく、アスランは不思議でしょうがなかったのだ。

 もしかしたら、何かの事件に関与しているのではないか、と一瞬思ったが、彼女の目の色からしてそれはないと思っていた。

 真っ直ぐな、アメジスト。

 今日会ったばかりだというのに、アスランは彼女の目が気に入っていた。

 自分にはないもの、だからかもしれない。

 色はもちろん、それが持つ光というものも天地の差があって。

 アスランはキラを羨ましいとさえ思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、キラはアスランの自宅にいた。

 マンションということで、やはり本家よりも小さい。

 黒を基調とした、どこか生活観の欠けている部屋。

 キラはアスランに促されるまま、リビングのソファに座った。

 台所から飲み物を取ってきたアスランはそれをテーブルに置くと、キラの隣に腰掛けた。

 近すぎず、遠すぎず。

 しかしキラは身体を小刻みに震わしているだけで、何の反応も見せなかった。

 「ねえ、キラ?」

 話しかけても反応のないキラに怒りが募るのを無視しつつ、まだ名乗っていなかったなと思い至る。

 「俺は・・・・・アスランだ」

 ファミリーネームは敢えて言わなかった。後で何かと不便だし、ザラという名前に執着しているわけでもなかったから。

 やはり反応のないキラに、アスランは手を伸ばす。

 ビクリ、と肩を震わして、キラはアスランに目を向けた。

 「やっと、見てくれたね?」

 彼女は怯えていると言うのに、アスランは嬉しかった。

 ずっと俯いて、自分を視界に入れなかった彼女が、漸く自分を見てくれたのだから。

 けれどいつまでも喜んでいる場合ではない。

 「何が、あったの・・・?」

 キラの怯えようは尋常ではない。

 きっと何か、物凄いことが起こったのだろう。

 キラはまた、ほろりと涙を零した。

 「お・・・・・・・・・・・・とうさ、んが・・・・・・・・・・・・・・だれか、に・・・・・・」

 その言葉の意味に、アスランはすぐさまキラの全身についていた血痕を思い出した。

 あれは彼女の父親のものだったのだろう、とすぐに合点がいった。

 「・・・・・・・・・・・・・ころ、さ・・・れ・・・・・・・・・・・」

 アスランの目が、見開かれる。

 キラがいうには、彼女の父親は何者かによって殺されてしまったということになる。

 しかもそれは、キラが見ている範囲で起こったことになる。

 殺人事件。

 それが、彼女が怯える理由なのだろう。

 しかし、何かが抜けているような気がする。

 「・・・・・キラは、その犯人の顔とか、見たの?」

 ゆっくりと、キラを落ち着かせるように問う。

 キラは小さく小刻みに頷いた。

 「金髪で・・・・・琥珀色の目で・・・・・お父さんと、何か話してた・・・・・・・・・」

 途切れ途切れに紡がれるヒントを、アスランは一つも聞き逃さずに拾っていく。

 「なんだか・・・・・僕のことを、話してたみたい・・・・・・・・あの子は渡さない、とか・・・・・研究材料、とか・・・?」

 推測すれば、なんとなくわかる。

 「・・・つまり、君のお父さんと、その人を殺した男は口論になり、殺害したと?」

 キラは素直に頷いた。

 しかし、研究材料などとは一体どういうことなのか、アスランには全く見当もつかなかった。

 「その・・・・・人が、僕を、連れ戻そうと、していた・・・・・・・・」

 発作でも起きたかのように、キラの呼吸は荒くなっていく。

 「誰にも、渡さないって・・・・・自分の、もの、だって・・・・・・・・・」

 見開かれる目。過呼吸を繰り返す唇。

 何をスイッチとしたのか、それは何かの発作のようで。

 アスランは溜まらず、キラの唇を塞いでいた。

 「・・・・・・・・・っんぅ・・・・・・・・」

 漏れる吐息に、アスランは一層深く口付けした。

 キラの小さく熟れた唇から舌を忍ばせ、アスランは彼女の言葉を奪っていく。

 その行為に驚き、目を見張るキラ。

 彼女は今何が起こっているのか、わかっているのだろうか。

 彼女の発作を止めようと起こした行動は、徐々にエスカレートしていって。

 アスラン自身には最早、止めることはできなかった。

 彼女の血塗れたネグリジェの胸元を寛げ、左手を忍ばせる。

 ビクリ、とキラが反応を示したのがわかったが、アスランがその手を止めることはなかった。

 一層柔らかい処に到達した掌は、既に固く尖っている突起を撫で回す。

 自分でも無意識の内に離れた唇は、彼女の白い首筋に吸い付く。

 彼女の後頭部に固定した右手は、いつしかキラの柔らかい髪の毛に絡ませていた。

 徐々に下に向かって増えていく赤い華。

 時間をかけて少しずつ咲かせていくそれは、淫らで美しい。

 怯えて震えていた目も身体も、キラの全て、初めての快楽を味わい歓喜する。

 アスランは初めての感覚に酔いしれていった。

 今まで、何人の女を抱いたかわからない身体。

 けれどキラは初めて、自分に快楽と言う名の本当の意味を教えてくれている。

 どんな女もザラの名前目当てで。

 違ったとしても、自分でも自覚するほど整いすぎた外見目当てで。

 アスランは今まで、本当の意味で女性を愛したことはなかった。

 愛そうと思っても、愛せなかった。

 女の本性を嫌と言うほど見てきたから。

 うんざりだった。

 けれど今、目の前にいるキラと言う少女は違った。

 彼女はアスランと言う名前しか知らない。

 外見を気にしているという素振りも見せない。

 今日出会ったばかりの少女。

 今夜限りの遊び相手とは訳が違う。

 助けて欲しいと言って、縋ってきた少女。

 そんな彼女に手を差し伸べたのは、他ならぬ自分だ。

 アスランは、その手を離してやろうとは毛頭思わなかった。

 やっと手に入れた、存在。

 手放してなどやるものか、とアスランは必死にキラを繋ぎ留めるように彼女の身体を嘗め回した。

 

 「俺が、君を、守る・・・・・」

 

 それが二人の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

キリ番3500を踏んでくださった稚様に捧げます☆

リクではRUNAWAY〜の逆ver.で一般人アス×殺人容疑者キラと言うことだったのですが、如何でしょう。

しかもまたもや裏アリで。温くてごめんなさい。

キリリクでは珍しく三人称で書かせていただきました。

こんなのでよろしければ、貰ってやってください。

 

by.奏織沙音

 

 

 

 

 

修正しました。

これでも(笑)。

なんていうか、裏の部分が物凄く中途半端でごめんなさい。

一応、直したつもりですが、誤字脱字等を発見したらmailにこっそりお願いしますね!!

感想も勿論、待ってます。






Background by キノキチ

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