僕の隣、君の隣 高校に入って一年が過ぎた。 今日は始業式で、僕は二年生に進級する。 「あ、あった!」 校舎の前に張り出されたクラス名簿から、キラ・ヤマトという名前を探す。これが僕の名前だ。 ついでに、知り合いがいるかどうかとざっと目を走らせると、上の方に見知った名前があった。 アスラン・ザラ。 彼とは別に知り合いでもなんでもないが、僕は知っていた。 それは、彼が有名だから。 ザラ君は学年で常に首席で、その上眉目秀麗。おまけに運動神経も性格もいいし、家柄も相当なものだ。 その分、彼は女子にも、男子にも人気がある。 因みに、後者は別に男色とかそういうものじゃなくて、人として信頼されているということだ。 そんな人が僕と同じクラスになるなんて、きっと彼以外の男子は寂しい思いをすることになるのであろう。 噂で聞いた話によると、ザラ君は告白を二日に一回はされる。そしてその度に断っているらしい。 どうやら本命がいるとかいないとか、という話である。 実際見たことはないが、ザラ君につり合うような女性であろうと皆噂している。 僕はその噂を本当だとも、嘘だとも思っていない。 はっきり言って、どうでもいい。 ザラ君には悪いけど、僕は、彼は勿論、異性関係には今のところ興味はない。 それは、僕の家の事情ということもある。 僕の家は保育園を経営していて、僕は毎日のように片付けや掃除を手伝わされていた。 だから、そのような色恋沙汰に構っていられるほどの余裕はないのだ。 学校は毎日あるし、帰れば片付けや掃除して疲れて勉強する暇もない。 保育園には親以外何人か雇っている人もいるが、日中働いてもらっていることもあって、後片付けは僕がやることになっているのだ。 大まかな理由としては、給料が払えなくなるかららしいが。 「キラー!!」 突然僕の思考を遮る声が聞こえて顔を上げると、そこには友達のミリアリアとフレイがいた。 「ミリィ、フレイも!!」 そう言って手を振っているうちに二人は近づいてきて、僕の頭を撫でまわす。 「クラス、また一緒だね!!」 「え・・・・・?」 ミリィの言葉に、僕は首を傾げた。 僕はまだクラス表をまともに見ていなかったので、詳しいことを知らない。 「私は離れたけどね・・・」 残念そうに目を伏せて、フレイは呟いた。 どうやら、この三人の中ではフレイだけが違うクラスになってしまったらしい。 「そっか・・・・・でも、遊びにおいでよ!!」 そんなフレイを励まそうと、僕は務めて明るく言ったが、彼女には逆効果だったようだ。 「あんたは遊びに来ないつもり?」 フレイは頬を膨らませ、こちらを軽く睨んでくる。 睨むといっても、敵を見るような目ではなく、あくまで拗ねているものだ。 僕はただ苦笑を浮かべるばかりで、フレイは目線を落とした。 「ああもう、フレイ!!別に今生の別れじゃないんだから。ね?・・・あ、そんなことよりキラ、あの人と同じよ!!」 ミリィは目尻に涙を浮かべ始めたフレイを軽く無視して話を変えた。 「あの人?」 僕がまた首を傾げると、フレイは呆れたようにアスラン・ザラよと言ってくれた。 僕は、あまりのフレイの立ち直りの早さに辟易しながらも言葉を待った。 「そのくらい、あんただって知ってるでしょ?」 そう付け足すフレイは、こんな僕に呆れてしまっているようだ。 「知ってるけど・・・・・ミリィとフレイも、ザラ君のこと気になってるの?」 周りの女子生徒がキャーキャー言っていた為、この二人もその類なのかと思い尋ねると、ミリィもそうだがフレイはその倍以上嫌そうな顔をした。 「そんなわけないでしょ。ああいう、女子ばっかりに人気があるようなやつに関わると、ろくなことがないのよ」 フレイはそう言い捨てると友人を見つけたようで、じゃあまた後でと言い置きこの場を去って行った。 「ミリィも?」 ミリィもフレイと同じ意見なのかと思い尋ねてみると、ミリィは困ったように笑って言った。 「私は彼氏いるから・・・・・」 忘れていた。 そういえばミリィには結構前から彼氏がいたのだ。 名前はトール・ケーニヒ、だったような気がする。 キラも何度かあったことはあるが、あまり話した覚えがないので特別に覚えていることはなかったのだ。 「そ・・・そうだったね。ごめん・・・・・」 言葉を濁す僕の頬をミリィは忘れてたでしょ、と言いながら抓った。 「ひたいひたい・・・・・もう」 両頬を抓られたので、声が変だ。 それが可笑しかったのか、ミリィは吹き出してお腹を抱えて笑い出した。 「あーおっかし!もう、キラったら」 目尻に涙を浮かべ、それを指で拭うミリィに僕は頬を膨らませた。 「ミリィのばか・・・」 そう呟き、僕は振り返って体育館へと向かった。 これから始業式があるのだ。 「あ、待ってよキラ!」 後ろからミリィが慌てて追いかけてくる。 僕は苦笑して、ほら早く!と言った。 桜の花弁が舞い散っていく。 薄桃色の花弁は、僕を横切ってひらひらと静かに舞い落ちていく。 桜舞う季節、新学期の始まり。 僕はまだ、これから起きる出来事を知らなかった。 始業式も終わり新しい教室に行くと、そこには何故か人だかりがあった。 「どうしたんだろ?何かあったのかなぁ?」 隣のミリィに目を向けると、彼女も何も知らないのか困惑の表情を浮かべていた。 「取り敢えず、席何処だろう」 僕はそんな人だかりなど気にせずに教室に入っていく。 「ねえねえザラ君、今日暇?」 何とはなしに耳に入ってくる話し声。 どうやら人だかりの方かららしい。 「いや、今日はちょっと・・・」 そう言って言葉を濁す少年の声は、新入生代表の挨拶の時に一度だけ聞いたアスラン・ザラのものだ。 僕は構わず座席表を見て自分の名前を探した。 「あった・・・・・・・・・・けど」 見つけたはいいが、その隣が問題だった。 「どうしたの、キラ?」 ミリィが不思議そうに尋ねてくるが僕はあまりのことに固まったままだ。 ミリィは僕の視線の先を辿って座席表を見た。 「あらキラ、ラッキーじゃない。アスラン・ザラと隣なんて」 そう。 僕の隣の席に座るのは、かの有名なアスラン・ザラだったのだ。 「・・・・・・・・・・」 僕は声も出せずに押し黙ったまま、人だかりの方へと目を向けた。 彼の隣の席は、僕の知らない人が座っていた。 とても座れる状況じゃない。 「僕、早く席替えしたい・・・・・」 思わず呟いてしまうのも、無理はないだろう。 隣でミリィが苦笑したのがわかった。 なんとかLHRを終えてやっと帰れると思えば、今日は早く帰れるということもあって保育園で子供の世話までさせられそうだ。 「はぁ・・・・・もう、最悪・・・・・・・・・・」 溜め息を吐きながら僕は机に突っ伏す。 隣のザラ君はもう既にいない。用事があるらしい。 「あれ、キラ?まだ帰んなくていいの?」 ミリィが催促してくる。 だから帰りたくないんだってば・・・・・。そう言っても無理やり帰らされるのがオチだ。 「わかってるよ・・・わかってるけど・・・・・」 まだ机に突っ伏す。終いには顔を俯けた。 「キラ・・・・・」 ミリィのほんの少しだけ強い語調に、僕は渋々顔を上げた。 「ほら、皆キラのこと待ってるんだから、ね?」 ウィンクしながら言われても、困るだけだ。 「・・・・・うん。じゃ、また明日」 鞄を手にとってそう言うと、僕は教室を後にした。 俺はアスラン・ザラだ。 自分で言うのもなんだが、頭はいい方だと思う。 それは、幼い頃から両親に恥をかかせまいとして努力してきたことの賜物である。 しかしその両親も今は亡くなり、今は父と四年前に再婚したエザリア、旧姓エザリア・ジュールと共に、彼女と父の間に出来た俺の異母弟であるイザークと暮らしている。 イザークは去年から保育園に通っていて、その時はまだ父が生きていた為にエザリアが迎えに行っていた。 だが今年から、俺が迎えに行くことになっているのだ。 父は去年の暮れに事故死した。俺の本当の母は、俺が十歳の時に病死して既にいなかった。 父は大きな会社を経営していたため、それを継ぐのは必然、父の再婚相手であるエザリアということである。 その為にエザリアはイザークの送り迎えが出来なくなり、俺に役割が回ってきたのだ。 メイドでも雇えばいいのに、と言ったところ、まだ経営が安定していないからそれは出来ないと一蹴された。 近くの本屋で暇を潰した後、目的の保育園へ着いた。 「こんにちはー。イザーク、いますか?」 保育園の門をくぐり、ドアをガラリと開けて中に向かって声をかける。 「はーい!!ちょっと待ってください!!」 程なくして聞こえてきた声は、年若い女性のものだ。 バタバタと足音がしてそちらを見やれば、栗色の肩ほどの長さのウェーブのかかった髪をした女性が、少々困惑気な表情を浮かべていた。 その後ろにイザークの姿は見当たらない。 「あら、あなたはイザーク君のお兄さん?」 俺は今、変なものを見るような目をしているだろうに、相手の女性は気にも留めずに俺の素性を聞いてくる。 「ええ、まあ。母が仕事なもので」 短く答えると、女性はそうと言って中に戻ろうとする。 「中に入って。今イザーク君、寝てるから」 昼寝の時間だったのだろうか。 「さっき昼寝の時間は終わったんだけどね、なかなか起きなくって・・・」 あいつは本当に低血圧だな、と俺はこっそりと溜め息を吐いた。 「そうですか・・・・・じゃ、起こして帰ります」 俺は兎に角、早く帰って勉強をしたかった。 昨日やり始めた問題集が、かなり中途半端なところで手が止まり、知らずのうちに眠ってしまったのを朝からずっと気になっていたのだ。 「でも、イザーク君の寝顔、とっても可愛いのよ?」 嘘だ。絶対嘘だ。あんな小憎たらしいイザークが可愛いはずがない。 俺は心の中で精一杯否定した。 それに気付いたのか否か。 「寝顔は天使って、言うでしょ?」 そんなこと、俺は聞いたことはないが。 「・・・・・はぁ・・・・・・・・・・」 どうもこの女性がつかめない。 というか、イザークはいつもこんな調子なのだろうか。まさか俺が来るのを知っていて、眠りこけているのではなかろうな。 そんなことを考えているうちに、イザークの寝ている広間へと辿り着いた。 イザークは女性の言った通り、ぐっすりと眠っていた。 普段、見たことのないイザークの寝顔。 こうして見ると、結構可愛いものかもしれない。 「紅茶と麦茶、どっちがいい?」 紅茶と麦茶とは、随分の差だな、と突っ込めるわけもなく、俺は大人しく紅茶でと答えた。 そうして待っている間に、事は起きた。 突然イザークが起き出したかと思えば、目を擦りながらこちらに近づいてきた。 「ははうえ・・・・・」 俺をエザリアだと思っているのだろうか。 「イザーク、俺だよ」 やんわりと訂正を入れると漸く覚醒したのか、イザークは信じられないとでも言うように目を見開いた。 「なぜきさまがここにいる!?」 舌っ足らずな口調で言われても怖くもなんともない。 「母上の命令だ。ほら、帰るぞ」 俺はイザークの手を取ろうと手を伸ばす、が。 「いやだっ!!だれがきさまとかえるものか!!!」 イザークは両腕をぶんぶんと回して俺の手を拒んだ。 「あっ、こらイザーク!!」 部屋中を逃げ回るイザークに呼びかけながら追いかける。 「いやだっ!!ははうえじゃなきゃ、いやだ!!!」 頑なに拒み、逃げ続けるイザーク。俺はまだ追いかける。 「仕方ないだろう!?母上だって、忙しいんだ。それぐらい、わかってやれ!!!」 しかし相手はまだ四歳の子供。仕事のことが理解できる年頃ではない。 イザークは逃げながら、積み木やらボールやら熊やウサギのぬいぐるみやら、終いにはダンボールで出来たジャングルジムまでも投げてきた。 流石にジャングルジムは意表をつかれて避けきれなかったので、とっさに出した右腕が痛んだ。 「こんの・・・イザーク!!!」 先程よりも語調を強めて言うが、イザークはなりふり構わず物を投げ続ける。 「な、何事ですか!?」 突然、先程の女性とは異なる声が聞こえて、俺は咄嗟に振り返った。 だが、それが運のつきだった。 ガンッ!と何かが俺の頭にぶつかったような気がした。 頭がぐらつき、視界が揺らぐ。 「っう・・・・・・・」 俺は小さく呻き、よろける足を叱咤した。 「あ、アスラン・ザラ!?・・・君?」 最後の付け足しのような『君』は何なのだろう。 いや、そんなことよりも、今は痛む頭の方が心配だ。 「大丈夫、ザラ君?」 心配げに覗き込んでくる女性、というよりも少女は、どこかで見たことがあるような気がした。 「君・・・・・確か・・・・・・・・・・・・?」 痛む頭のせいで、まともに思考が働かない。 「あっ!!血が出てるよ・・・・ちょっと待ってて。救急セット持ってくるから」 そう言うや否や、少女は俺を座らせてどこかに消えてしまった。 額に手を当てると、生暖かいぬるっとした感触があった。 それを触った手を見てみると、赤い液体がついていた。 言わずもがな、血液だ。 「・・・・・イザーク」 俺が追いかけるのをやめたことで逃げるのをやめたイザークは、呆然と俺を見ていた。 俺が声をかけると、イザークは一瞬肩を震わせた。 「お前は今、俺に何を言わなければいけないのか、わかっているよな?」 怒るでもなく、静かに言う。 よく見れば、イザークの手は服の裾を掴んで震えていた。 「俺は今、お前が投げたもので怪我をした。それはお前のせいだ。わかってるだろう?」 確かに俺が追いかけたのも悪い。だが、物を投げたのはイザークに変わりない。 「ごめ・・・・・なさ・・・・・・・・・・・」 小さく、蚊の鳴くような声でイザークが呟くのがわかったが、俺はこんなものでは妥協しない。 「聞こえない」 真っ直ぐ、俯いているイザークを見つめる。 「ごめんなさい!!」 今度はきちんと俺と目を合わせて、部屋中に響き渡るぐらいの大きな声で、イザークは俺に謝った。 まだ震えているイザークに、俺はゆっくりと近づいた。 イザークに手が届くくらい近づくと、イザークは一層強く震えた。 俺はそんな姿が微笑ましくて、小さく笑いを溢した。 「全く。今日は許してやるけど、次はないと思え?」 そう言って、俺はイザークの頭にポンと手を乗せた。 涙に目を濡らしたイザークは、驚いたように顔を上げた。 「あ、動いちゃダメだよ!」 先程の少女の声が聞こえて、俺は振り返った。その姿はやはり、見覚えがあった。 「あ、ごめん・・・・・えと、君って・・・?」 俺の疑問にやっと気付いたのか、少女はああと声を上げた。 「僕、ここの保育園の園長の娘なんです」 ニコリと笑ってそう答える少女。 しかし、俺が求めた答えとは違う。 「いや、そうじゃなくて・・・・・って、園長の娘!?」 危うく、その単語を聞き逃すところだった。 この保育園の園長の娘。 それは由々しき自体だ。 いや、別にそんなに大変なことではないが。 ん?待てよ。 この保育園は、ヤマト保育園。 つまり園長のファミリーネームもヤマト。 そして目の前の少女はその園長の娘だから、彼女のファミリーネームもヤマトということになる。 ここで漸く、俺は目の前の少女が誰なのか思い出した。 「君、キラ・ヤマト!?」 そう。彼女は今日から俺と同じクラスで、隣の席の子なのだ。 「・・・もしかして、今の今まで思い出せなかったの?」 ヤマトさんは呆れたように溜め息を吐きながら、俺の前に座った。手には救急セットを持っていた。 「きさま・・・だいじょうぶか?」 この餓鬼は俺の名前を『きさま』だと思い込んでいるのではなかろうか。 「仲良いのね、ザラ君とイザーク君」 どこをどう見ればそう思えるのか俺には到底理解できなかった。 「いや、寧ろ仲わる・・・・・」 「あらキラ君。おつかいご苦労様」 先程の女性がティーカップを持って歩きながら俺の言葉を遮った。 「マリューさん」 どうやらマリューというらしいこの女性、タイミングが良いのか悪いのかよくわからない。 「あら、どうしたの、それ?」 そう言って俺の額の傷を覗き込むマリュー。 「イザークがちょっと、暴れたんです・・・」 俺は事実を端から端まで言う気は起きず、適当に流す。 「そう。キラ君、早く手当てしてあげてね?」 マリューはそう言うと、近くの小さなテーブルにカップを置いて出て行った。 「でもまさか、ザラ君に弟がいるとは思わなかったな・・・」 いや、ザラって言うファミリーネームはそうそういないと思うんだが。 俺はヤマトさんに包帯を巻かれながら心の中で突っ込んだ。 「そう言われてみれば、ザラって言うファミリーネームも珍しいよね」 クスリと笑いを溢し、はいできたと俺の頭をポンと叩く。 途端に激痛が電流のように流れるが、俺はそんなことよりもヤマトさんの姿に見惚れていた。 色素の薄い鳶色の、肩くらいまで伸ばした髪。 極上のアメジストを思わせる瞳。 そこらへんの女性よりも遥かに整った顔立ち。 小さく笑う、化粧もしていないのに瑞々しい唇。 そして俺を手当てしてくれるという優しさ。 俺は何故か、顔が火照っていくのを感じた。 「ザラ君?どうかした?」 ヤマトさんの労わるような声で我に返る。 「あっ、いや、その・・・・・アスランでいいよ。呼び捨てで」 何を言ったらよいかわからず、取り敢えず名前で呼んで欲しくてそう口にした。どうして自分がそう思ったのか、わからなかったけど。 「え、あ・・・じゃ、アスラン」 はにかむように俯いて、ヤマトさんは俺の名を呼んだ。 「ん?」 髪の毛に隠れて見難いが、その頬は心なしか赤かった。 「あの・・・・・イザーク君、どっか行っちゃったみたい・・・・・・・・」 言い難そうにしているな、とは一瞬だけ思ったが、俺はその声で始めてイザークの姿がないことに気付いた。 「イザーク!?」 俺は慌てて辺りに視線をやったが、やはりイザークの姿はない。 「何処行ったんだ?」 そう言って立ち上がろうとしたが、頭がぐらぐらと揺れて足が縺れ、地面に倒れそうになる。 が、それをヤマトさんが止めてくれた。 「あ・・・ありがとう。ごめん、重かったろ?」 いくら俺が痩せ型といっても、男は筋肉質だし女性よりも若干重い。 「・・・・・ううん、平気。・・・そういえば、さっきマリューさんが連れてったみたいだけど?」 やっとの思いで自分の力で立ち上がると、俺はキラの言葉に目を丸くした。 「え?マリューさんて・・・・・なんで?」 何故あの人がイザークを連れて行く必要があるのだ、と俺は目線でヤマトさんに尋ねた。 「さあ?でも、マリューさんが抱っこして行ったよ・・・?」 どうでもいいが、何故そんな重要なことを早く言わないのだろう、と俺は少しばかりヤマトさんに呆れた。 「ごめんなさい・・・」 シュンと俯くヤマトさん。俺は慌ててフォローを入れる。 「ああ、いや、いいって。マリューさんも、何かイザークに用事があったんだろうし。ていうか、もうそろそろ帰りたいんだけど・・・」 フォローを入れながら、俺はここに長居しすぎたと思い、早く家に帰って勉強したいという旨を伝えた。 「そ、そうだよね?ちょっと待ってて、連れてくるから」 ヤマトさんはそう言って、マリューさんとイザークのいるであろう部屋に向かって行った。 それからそう間も置かずに、イザークは俺の前に連れて来られた。 「帰るぞ、イザーク」 言っては見るが、やはりイザークは嫌そうに俯く。 だが。 「ねえ、イザーク君?」 ヤマトさんはイザークの目線に合わせて身を屈める。 「イザーク君は、お母さん好き?」 優しく、暖かく、まるで母親のような自愛のこもった笑顔をイザークに向けるヤマトさんは、とても綺麗だ。 「・・・・・ああ」 子供のくせに、何だか生意気な返答をするイザークを睨むが、ヤマトさんの言葉を止めようとは思わない。 「じゃ、早く帰って、お母さんを待っててあげなくちゃ」 ヤマトさんの声に、イザークはやっと顔を上げて小さく首を傾げた。 何だかその仕草が珍しく子供らしく見えて、俺は思わず苦笑を浮かべた。 「お母さんが帰って来た時に誰もいなかったら、お母さん、寂しいと思うよ?イザーク君はお母さんにそんな思い、させたくないでしょ?」 ヤマトさんはイザークの頭を撫でながら、ゆっくりと告げた。 イザークはしばしの逡巡の後、コクリと小さく頷いた。 ヤマトさんはすごいと思う。 ヤマトさんの言うことなら、きっとどの子供もいうことを聞くと思う。ヤマトさんはきっと、保育士という職が一番合ってると思う。 「じゃ、お兄さんと一緒に帰ろっか?」 そう言ってヤマトさんはイザークの背を押すが、イザークは一向に動こうとしない。 「いやだ・・・・・」 まだ言うか、と怒鳴ろうとした時。 「キラお姉ちゃんと一緒に帰る!!」 ・・・・・今、何と言った? キラお姉ちゃんと一緒に帰る? 「そんなこと、できるわけないだろう?」 怒りを通り越して呆れる。 「僕なら、別に構わないけど・・・・・」 ヤマトさんの声に、俺は思わず目を見開く。 「え、でも・・・・・」 言い澱むがヤマトさんの表情は変わらず、笑顔のままだ。 「後は片付けだけだし、そんなにやることないから」 「しかし・・・・・」 拒んでみるが、ヤマトさんはいいからとイザークと一緒に俺の背中まで押して行く。 これじゃ彼女は引かないな、と俺は判断して、自分で歩くよと言った。 その時には既に保育園から出ていた。 「本当に、今日はすまなかったな」 なんだかんだで俺の家までついてしまった。 「ううん。学校じゃ見れないアスランも見れたしね」 そう言ってクスリと微笑む彼女に、俺は顔を赤くした。 「・・・あ、ヤマトさん、送っていこうか?」 夕暮れ時でまだ明るいと言っても、後数分すれば暗闇が訪れる。 だから彼女の家、基保育園まで送って行こうと思ったのだが、それはヤマトさんが首を横に振ることで却下された。 「いいよ。アスランも疲れたでしょ?僕は後は帰るだけだし、気にしないで?それから・・・・・」 ヤマトさんはそこで言葉を切ると、急に顔を近づけてきた。 「な、何!?」 あまりに急なことだったので、俺の声は裏返ってしまった。 「キラでいいよ。ヤマトさんじゃ、なんだか堅苦しいし。これから一年間、よろしくね?」 そう言っていったん離れると、右手を差し出してくる。 俺はしばし迷った後、その手を取って握手した。 「こちらこそよろしく、キラ」 ここから二人の友情は始まる。 それがいつかは恋に変わる時、イザークは一体何歳になっていることだろう。 その後高校卒業まで、二人の席はずっと隣だったと言う。 あとがき キリ番3000を踏んでくださった景様に捧げます。 また長くなっちゃいました・・・。 アスキラ♀で学園パラレルです。少なくとも私はそう思っています。 なぜだかイザークが保育園児です(4歳児)。ほとんど保育園だし。 しかもアスキラくっついてないし。ごめんなさい。 勝手にイザークをエザリアさんとパトリックさんの子供にしてしまいました。 こんなのでよろしければ、貰ってやってください。 by.奏織沙音 修正しました。 あーと、えーと、うーんと・・・。 ダメですね、ちゃんと読み返さないと。 今後、書き終わったらHP載せる前に確認します(当たり前だから)。 |
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