入学式の日、桜の木の下で風に舞い散ってゆく桜の花弁を満面の笑みで見上げている君に、恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷のように・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざわざわざわ。

 ああ、五月蝿い。

 いい加減、この喧騒はどうにかならないものか。

 俺はいつもよりも人が多い廊下を歩きながら、眉間に皺を寄せる。

 そうしながらも、壁に貼り付けられた紙にチラリと視線をやった。

 

 『一位、アスラン・ザラ・・・二位、イザーク・ジュール・・・・・』

 

 それを見た途端、込み上げる笑みを必死に抑え、その場から遠ざかる。

 早く逃げないと、『ヤツ』が来る。

 そう思った途端、遠くの方から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 それは徐々に近づいてくる。

 俺はまたか、と呆れながらも笑みを浮かべる。

 まだ二学期だというのに、慣れてしまったこの現象。

 感じる優越感に、笑みを隠しきれない。

 足音が、近くなってくる。

 だが俺は、マイペースを保ち、歩き続ける。

 そろそろかな、と思った時。

 「おい、アスラン!!」

 そう言って顔を真っ赤にしながら走りより、俺の胸倉を掴んでくる銀髪の少年に、俺はさも鬱陶しいと言わんばかりの表情をする。

 それが更に相手を煽るということを、きちんと意識して。

 「なんだよイザーク。少しは静かにできないのか。ここ、廊下だぞ?」

 そう言いながら、イザークの腕を掴んで制服から引っぺがす。

 「っく!貴様ぁ!!」

 そう吠えるイザークは、一応俺と同じ高校三年生ではあるが、留年している為に俺よりも一つ年上だ。

 「なんだよ」

 短く切り返すと、イザークは肩を震わして悔しそうに唇を噛み締めた。

 「なんで貴様が、俺より上なんだ!?」

 そう言って、来た方向を指差す。

 その方向にあるのは勿論、先日の夏休み明け確認テストの順位だ。

 「なんでって・・・それが実力だからだろう?」

 その通り。あれは俺の実力。もっと言えばイザークの実力でもある。

 夏休み中、どのテストでも満点を取れるように、毎日勉強していたのだ。イザークより下なわけがない。

 「く・・・・・しかし、お前は俺より年下だ!!」

 苦し紛れに言ってくるイザークに、思わず溜め息を漏らす。

 「だからなんだ。別に年下だろうが年上だろうが関係ない。というか、俺たち一つしか歳違わないじゃないか」

 右手で前髪をかき上げながら言えば、イザークは尚も言い募ろうとする。

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 だが、言葉が思いつかないのか、黙り込んでしまう彼に、俺はまた溜め息を漏らした。

 「どうでもいいけど、ヤマト、見てるぞ?」

 言いながら、イザークからでは死角になっている角を指で示し、慌てて振り返るイザークを置いて踵を返した。

 後ろで、きっさま―――!!とか言う叫び声が聞こえたような気もしたが、ここで振り返ればまたイザークのつまらない小言に付き合わ

ねばならない。

 そんなのは、ごめんだ。

 なのでちょっとした、嘘をついてみた。

 イザークの彼女である少女の名前を使って。

 なんとなく、彼女を名前で呼べないのが悔しい。

 否、呼べばいいのだろうが、なんというのだろう。理性がそれを、総動員して止めるのだ。

 彼女、キラ・ヤマトは、俺が入学式の時に一目惚れした少女だった。

 肩ほどまでに伸ばした柔らかそうな鳶色の髪に、アメジストをそのまま嵌め込んだような輝きを放つ瞳。

 それを絶妙なバランスで湛える整った顔立ちに、身体つき。

 その全てが俺を、一瞬で惹きつけたのだ。

 それからというもの、俺はずっと彼女を見てきたが、どうやら彼女は先程俺に絡んできたイザークが好きだったようで、今では二人は

校内でも有名なカップルである。

 だがそうとわかっていても、俺は未だに諦めきれていないのだった。

 我ながら、女々しいと思う。

 だが、忘れようとしても彼女の笑顔が頭から離れないのだ。

 今年になって漸く同じクラスになれた。

 だが、彼女にはイザークという恋人がいる。

 イザークもまた、同じクラスで。

 俺は最後の足掻きとばかりに、イザークと張り合うようになった。

 テストの成績では常に俺が上。

 授業態度も積極的に手を上げたり、課題もきちんと提出したり。

 一学期の成績表には、ほとんど『5』という数字しかなかったほどだ。

 だがそれはあくまでほとんどで。

 音楽だけが、『2』だった。

 その為、結局イザークに負けてしまったのだ。

 音痴の上、音楽は苦手で、いつも気がついたら寝ていて、期末テストも、音楽だけ赤点ギリギリだった。

 こればかりは、イザークに勝てない。

 ああ、情けない。

 だからこそ、他の教科に力を入れ、毎回100点近くを取っているのだ。

 そして今回も、彼に勝った、というわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に帰ると、何故だか雰囲気がおかしい。

 俺は眉を顰めながら、自分の席に着いた。

 何故だろう、俺の方にクラス中の視線が向けられている。

 しかもその視線は、とても痛い。

 俺は何だ・・・?と思いながらも、回りを見渡す。

 だがふと、気付く。

 隣に座るヤマトの様子が、おかしい。

 よくよく見てみれば、どうやらクラス中の視線は彼女に向けられているらしい。

 「・・・どうしたんだ、ヤマト?」

 俺はなるべく周りの連中に聞こえないように声を潜めてヤマトに問うた。

 そうするとヤマトは、俯いていた顔を更に俯かせ、前髪で表情を隠してしまった。

 一体何があったんだ、と聞く間もなく、クラスの女子が口を開いた。

 「黙っていないで、なんとか言いなさいよっ、この財布泥棒!!」

 声を荒らげる女子に俺は眉間に皺を寄せた。

 財布泥棒?ヤマトが?・・・どうして?

 心の中で、何度もそんな疑問を繰り返す。

 だが、彼女がそんなこと、するはずがない。

 少なくとも、今まで自分の見てきた彼女は、寧ろ落ちている財布があれば交番に届けるという心優しい少女のはずだ。

 それなのに何故、彼女が疑われているのか、俺には皆目見当がつかない。

 たくさんの視線に、肩を震わしているヤマトに、俺はそっとその細肩に腕を掛けた。

 徐に、ヤマトのアメジストが不思議そうに俺を見上げてきた。

 「ちょっとザラ君!!何やってるのよ!!その子は、私の財布を盗んだのよ!?」

 俺の行動に慌てたように返してくる女子を一瞥して、ヤマトに立つように言う。

 「何故そう、ヤマトばかり責めるんだ?証拠はあるのか?」

 静かにそう尋ねると、その女子は待っていましたとばかりにヤマトの鞄を指差した。

 「その中に、私の財布が入ってたのよ!!それが動かぬ証拠よ!!」

 ビクリとヤマトの身体が震え、俺はそれにほんの少し眉を顰めた。

 「・・・誰かが彼女の鞄に入れたんじゃないか?・・・・・故意に」

 そう言い放ち、俺はヤマトの肩をそっと抱き、教室の外に促した。

 ここにいては、彼女の気が滅入ってしまう。

 俺はそう判断して、なるべく人のいない場所に彼女を連れて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使わない空き教室に、二人で入る。

 適当な席に座り、俺は俯いたままのヤマトを覗き見た。

 「・・・大丈夫か・・・・・?」

 そっと声をかけると、少しの間の後に大丈夫・・・ありがとう・・・と小さな声で返事が返ってきたので、一先ず安心することにする。

 俺は小さく溜め息を吐き、机に頬杖をついた。

 「一体、なんで財布なんか・・・?」

 あと十分くらいで昼休みが終ってしまうので、単刀直入に尋ねることにする。

 ヤマトは一瞬肩を揺らした後、ゆっくりと時間をかけて顔を上げた。

 「・・・・・僕は、やってないよ・・・」

 そう切り出したヤマトに、うん、と頷いてやる。

 「わかってるよ。君がそんなこと、しないってことぐらい」

 微笑を浮かべながらそう言うと、ヤマトは安心したようにホッと息を吐いた。

 「・・・さっき、体育だったでしょう?」

 記憶を探るように、伏せ目がちな瞳を食い入るように見つめながら、俺はその言葉に、ああ、と頷きを返した。

 「僕、今日日直だから、出席簿を持っていかなくちゃいけなくて・・・でも、忘れちゃって・・・」

 ヤマトの瞳が、徐々に不安げなものになっていくのを見つめながら、無言で頷く。

 「それで、一人で取りに行ったんだ・・・。授業中、教室に入ったの僕だけだったから・・・だから、疑われたんだと思う。でも・・・」

 「鞄の中に、あの子の財布が入ってた、っていうこと?」

 ヤマトの言葉の続きを察して、言葉を遮る。

 こくりと頷く彼女に、俺はまた深い溜め息を零した。

 「・・・本当に、持って来てたのか、あの女子は・・・?」

 俺の問いに、そうみたい・・・と答えるヤマトはやはり不安そうで。

 「ヤマトは、心当たりないんだよな?」

 「うん。全く身に覚えのないことだよ」

 はっきりと答える彼女に、疑う余地はない。まあ、初めから疑ってはいないけれど。

 「じゃあ、体育以外でヤマト、教室から離れたか?」

 そう尋ねると、あっ!と声を漏らすヤマト。どうやら心当たりがあるらしい。

 「その時だな。よし、言いに行くぞ!」

 問題は解決した。なのでこのことを担任に話しに行こうと立ち上がったが、それはヤマトの俺の袖を掴む手によって止められた。

 「・・・・・ヤマト?」

 不思議に思って彼女の顔を覗きこむと、何やら恥かしそうに俯いてしまった。

 「あ、の・・・・・このこと、イザークには、言わないで・・・・・?」

 ハッと、目を見張る。

 「・・・心配、かけたくないから・・・・・・・」

 小さく漏らす声に、俺はなんだか居た堪れなくなる。

 それと同時に、優越感を感じる。

 事情を知っている俺と、何も知らないままクラスメイトたちに冷たくされるヤマトを見るだけのイザーク。

 イザークが知らないということだけで、嬉しい。

 そう思ってしまう自分が浅ましく、情けないと思う。

 だが、心の中にある感情はそのままで、気がついたら俺は、わかったと頷いていた。

 「さ、帰ろう。授業、始まる」

 そう言って、ヤマトの手を取り、立ち上がらせる。

 ヤマトが俺に、お願いしてくるということが嬉しくて。

 けれど、顔には出せなくて。

 嘘で固めた仮面が、いつ壊れるのかと何時も恐れていた。

 いつ彼女を攫ってしまうか。

 いつ彼女をこの手で犯してしまうか。

 いつこの理性が、利かなくなってしまうか。

 とても、怖い。

 そして今自分の理性を保っているのは、彼女やイザークを裏切った時、彼女が向ける視線が、冷たかったらどうしようとか、一言も口を

利いてくれなかったらどうしようとか、そんなことばかり。

 ああ、いっそのこと、どこか遠く、決して会えることの出来ないような場所へと、離れてしまいたい。

 そうすればこんな思い、しなくて済むのに。

 けれどそんなに簡単に離れられるほど、俺は諦めがよくない。

 たとえ叶わぬ恋でも、傍にいたい。

 どんなに傷ついても、君が悩んでいる時、こうしてイザークに言えないことがある時、そんな時こそ、君を支えられるように。

 自分に今、出来る事をしようと。

 だから、彼女を見守ろうと思う。

 辛いけれど。悲しいけれど。

 君が辛い時、支えてあげられるように。

 君が泣いている時、慰めてあげられるように。

 それが唯のお節介でも、今できるのはそれくらいしかなくて。

 だから、それさえも拒否されることが怖くて、俺は心の中で問う。

 

 君を見ていても、いいですか・・・・・?

 

 遠くからでいい。

 辛くてもいい。

 だってあの、イザークが相手なのだ。

 彼なら信頼できると、わかっているから。

 どんなにやきもちを妬いたところで、敵わないのはわかっているから。

 彼女の中の『一番』を変えることはもう、できないとわかっているから。

 でも、ふと思うのは。

 もし、君が俺の気持ちを知ったら、君は俺を見てくれるだろうか、ということで。

 けれどそれを言い出せないのは、俺が臆病だから。

 情けない。

 そう思うのに、行動が出来ない。

 だからこっそりと、君を想おう。

 君が望んだ相手と幸せになれるように、見守ろう。

 氷のように固めた、二人を見守る仮面で。

 

 それから数年後、キラ・ヤマトとイザーク・ジュールは結婚したと人伝に聞いた。

 ああ、ヤマトは幸せを掴んだんだな、とホッと息を吐く半面、イザークに嫉妬した。

 そして改めて自分の気持ちを再認識する。

 

 「ああ、俺はまだ・・・・・」

 

 キラが好きなんだな・・・・・、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

キリ番22222を踏んでくださったうり様に捧げます。

小話で連載中の炎と〜の高校生時代のお話です。

遅くなってしまって申し訳ありませんでした!!!

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

こんなのでよろしければ、貰ってやってください。

 

by.奏織沙音

 

 

 

 

 

修正しました。

感想等、お待ちしております。






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