ずっと、見ているだけでいいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼我が愛しき姫君よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「キラ様、お勉強のお時間です」

 そう言って頭を下げる俺は、この国の第二王女キラ姫様の護衛であるアスラン・ザラである。

 「うん、わかった」

 愛らしい微笑みを浮かべて答えるキラ様に、俺は顔が火照るのを感じた。

 胸がキュッと締め付けられるような感覚は今ではもう日常茶飯事で、俺はこの原因を十分にわかっていた。

 物心がつき始めた頃から、キラ姫様に仕えてきた。

 時には叱ったり。

 時には勉強を教えたり。

 時には一緒に笑い合ったり。

 ほとんど毎日、彼女と共にいた。

 だから気付くのが遅かったのかもしれない。

 俺は彼女が好きだ。

 愛している。

 けれど身分の差は大きくて、キラ様と共にいられのは、侍従としてのみだ。

 もし俺が告白なんてしてみたら、それこそ離れ離れになってしまう。

 だから言わない。

 キラ様とずっと一緒にいたいから。

 例え彼女が誰かと結婚することになっても、見守り続けていたいから。

 だから今のままでいいと、俺は思っていた。

 「ねえ、アスラン?」

 城ならではの広い庭園に設置された椅子から立ち上がりながら、キラ様は俺に声をかけた。

 「なんでしょう、キラ様?」

 ドキリと心臓が跳ね上がるのがわかったが、表情に出すほど馬鹿ではない。

 「アスランは、好きな子とか、いる?」

 ・・・・・・・・・・は?

 「好きな子じゃなくても、気になっている子とか・・・・・」

 あまりに突飛な質問だったので固まっていると、キラ様は俺の顔を覗き込んで言葉を継いだ。

 「・・・・・え・・・・・・・・・と、それは・・・・・・」

 好きというより寧ろ愛する人なら目の前にいるのだが、それを素直に言えるわけがない。

 「いないの?」

 小首を傾げるその様が、なんとも可愛らしくて、俺は顔に熱が集中していくのを感じた。

 「どうしたのアスラン?顔、真っ赤だよ?熱でも・・・・・・・・」

 心配そうに俺を見上げてくるキラ様は、そう言って手を俺の額に向けて伸ばしてくる。

 「・・・・・っ!!」

 俺はあまりの気恥ずかしさに、あろうことかキラ様の手を払ってしまった。

 パシンッ・・・・・と乾いた音が青い空を飛んでいく鳥の鳴き声に紛れて消えていった。

 「あ・・・・・も、申し訳ありません!!」

 ハッとキラ様の表情を見てみれば、彼女はショックを受けているようだった。

 「・・・・・ごめんなさい、アスラン・・・・・・・・・・でも、熱・・・・・」

 あんな態度をとっても、こんな俺を心配してくれるキラ様の優しさが嬉しくて、けれど俺の胸を締め付ける。

 「大丈夫、ですよ・・・・・すみません。手、大丈夫でしたか?」

 どんなに好きでも、愛している気持ちが誰よりも大きいとしても、彼女を傷つけることは許されないのに。

 自分の気持ちを、抑えきれなくて。

 自分の思いを伝えたい気持ちが大きくなって。

 けれど、それを言うことは、許されない。

 「僕は大丈夫。けど・・・・・・・」

 尚も労わるようにかけてくれた声すら、今の自分には苦しくて、辛い。

 「心配なさらないでください。・・・・・さあ、参りましょう」

 心の中で渦巻く感情を払拭するように、苦笑を浮かべてキラ様を促す。

 「・・・・・・・・・・うん」

 まだ納得しきれていなかったようだが、時間がおしているのは本当のことだ。

 そうして俺とキラ様は、勉強部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼下がり、突然キラ専属のメイドが慌てて俺の元に走ってきた。

 「大変よ、アスラン!!」

 俺は歩いていた足を止め、声がした方に振り返った。

 「なんだ、ミリアリア?」

 脹脛辺りの裾を翻させて走り寄る少女は、ミリアリア・ハウ。

 彼女も俺同様、幼い頃からキラ様に仕えてきた人物の一人だ。

 「っキラ様が!!」

 息を切らしている為、言葉が続かないのだろう。

 彼女の口にした名にドキリとするが、辛抱強く彼女の次の言葉を待つ。

 そして。告げられた言葉。

 「キラ様が、婚約、なさるって、知ってた?」

 未だ息を乱すミリアリアの声は途切れがちで、しかし俺の耳にはきちんと届いていた。

 「え・・・・・・・・?」

 俺は唯呆然と、そう漏らすしかできなくて。

 「隣国の王子様と、この前の会談で決まったって・・・・・」

 この前の会談といえば、先日自分がキラ様の手を叩いてしまった前日に行われたものだろう。

 そう。

 彼女が俺に、好きな子はいるのかと聞いた前日、彼女の婚姻の話が決まったのだろう。

 そういえば、その日からキラ様の様子がおかしかったような気がする。

 それにすぐに気付けなかった自分に、嫌気がさす。

 「アスランは知ってた?そのこと・・・・・・?」

 自分の不甲斐なさに、血が滲むほどに手を握り締める。

 ギリリと音をたてて、爪が肌に食い込んでいく。

 「アスラン?どうしたの?」

 何か生温いものが手に伝っていく。

 ポタ、ポタタ・・・・・と血が滴る音がした。

 「あ、アスラン!!」

 ミリアリアはやっと俺の手の惨事に気付いたようで、慌てて手を開こうとした。

 しかし、俺はそのまま手を開かなかった。

 悔しい、なんて比じゃない。

 言葉なんかじゃ言い表せないほどの感情は、やり場なんてものはなく俺の中に渦巻く。

 気付いたら俺はミリアリアの手を振り払い、全速力で駆け出していた。

 後ろで聞こえる彼女の声に、振り返ることもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っキラ様!!!」

 いつも暇な時間は庭で過ごすキラ様。

 やはり今もそこにいた。

 「アスラン・・・・・何?・・・・・・・・・・・って、その手!?」

 ゆっくりと振り返り、俺の姿を確認したキラは、俺の手を見て目を見開いた。

 「キラ様・・・・・本当なのですか?」

 俺の手を取り、ハンカチを取り出して巻きつけているキラ様に、俺は確かめた。

 前は、キラ様が結婚することになってもずっと見守り続けようと思っていたのに。

 焦っている自分が滑稽で、けれど今は必死で。

 「・・・・・・・・・・何が?」

 怪訝そうに返される言葉に、苛立ちを感じた。

 「っ結婚のことです!!・・・・・どうして、私に一言も言ってくださらなかったのですか?」

 荒げた声を抑えるが、思ったよりも低くなってしまった。

 ビクリと、キラ様の肩が大きく震えた。

 「・・・・・アスランには、関係ないよ・・・・・・・・・・・・・」

 俯きながら答えるキラ様に、俺の怒りは増すばかりで。

 「関係なくなんてありません!!!俺はあなたのっ・・・・・・・・・・」

 そこまで言って、ハタと気付く。

 俺は一体、彼女の何なのか、一瞬わからなくなる。

 幼い頃から彼女に仕えてきた。

 特別な用事がない限り、片時も離れずにお傍についていて。

 そう、自分は彼女の護衛で、侍従で・・・・・よく言っても友達でしかない。

 「・・・・・あなたの・・・お傍に仕える者なのですから・・・・・・・・・・・」

 虚しくて。

 遣る瀬無くて。

 何もできない自分が、腹立たしくて。

 「アスラン・・・・・・・・・・」

 俺の名を呟く声にさえ、胸が押しつぶされそうだ。

 「・・・・・アスランは本当に、そう思ってるの?」

 突然声音をガラリと変えたキラ様の声に、俺はゆるりと顔を上げた。

 真直ぐなアメジストと、かち合う視線。

 その瞳が、自分を責めているように感じられて、俺は俯く。

 「ただの僕の従者だって、本当にそう思ってるの?」

 何故そんなことを聞く?

 その通りじゃないか。

 俺はあなたの従者でしかないことは、変えようのない事実なのだから。

 「ねえ、アスラン!!」

 「いい加減してください!!!」

 捲くし立てるキラ様に、俺はとうとう声を荒げてしまった。

 ああ、またやってしまった。

 どうして抑えられないのだろう。

 どうして感情をコントロールできないのだろう。

 どうして彼女を傷付ける事しか出来ないのだろう。

 「俺はっ・・・・・!!俺は、今まであなた唯一人に仕えてきた。

俺の役目は、あなたのお傍をお守りすることのみ。他に、一体どうしろと仰るのですかっ!?」

 奥歯をかみ締め、目をきつく閉じ、ハンカチに包まれた手に力を込める。

 「どうして・・・・・・・・・・」

 ふと聞こえた、涙交じりの声。

 「・・・・・・どうして、わかってくれないの・・・・・・・・・・・・?」

 ゆっくりと目を開けて見えたのは、透明な雫が地面に吸い込まれていく様。

 「僕が今、どんな気持ちで結婚を間近に控えているか、どうしてわかってくれないの!?」

 ハッと顔を上げれば、散る涙。

 それは日の光に照らされて、キラキラと光を反射させて、どこか幻想的で、儚くて。

 「アスランだけは、君だけは、わかってくれてると・・・・そう、思ってたのに・・・・・っ」

 嗚咽交じりに途切れ途切れで、潤んだ声。

 「キラ様・・・・・・・・・・」

 「アスランのわからずやっ!!!」

 ドンッという音がして、呆然と立ち尽くしていた俺の身体は重力に抗うことなく倒れていく。

 ドサリ、という音と共にツンと草の香りが鼻を衝いた。

 気がついたらせわしく草を踏む音がどんどん遠ざかって、すぐにどこかに消えてしまった。

 「キラ・・・・・様・・・・・・・・・・」

 何がどうなったのか、わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから気まずいまま、一週間が過ぎた。

 後からキラ様の父君、この国の王様に聞いた話だが、式は二週間後に執り行われるらしい。

 幸せになれるはずなのに。

 なのに、キラ様は浮かない顔で、日々を過ごしていた。

 俺は何も言うことができず、ただ時が過ぎていくのみで。

 今日も、自責の念が俺の中に渦巻き続けていた。

 今日はキラ様の伴侶となられるお方がお見えになるようで、城内はいつもより忙しかった。

 「あっアスラン!!」

 角を曲がったところで偶然ミリアリアと出くわして、声をかけられた。

 「あ、ああ、ミリアリア・・・・・」

 うわの空の俺をいぶかしむように一瞥すると、ミリアリアは声量を落として言った。

 「あと一時間ほどでご到着するとのことよ。キラ様は?」

 最近キラ様に元気がないことに、ミリアリアも気付いていたようで、心配げな表情を浮かべながら俺を見てきた。

 「・・・・・問題はないだろう。今日は、会うだけなんだろ?」

 相手方の方が訪ねて来ると言っても、別に自国につれて帰るわけではない。

 今日はあくまで顔合わせのはずだ。

 「そうだけど・・・・・キラ様、最近体調が思わしくないようだから・・・」

 尚も心配そうにしているミリアリアを安心させるように、俺は小さく笑みを作った。

 「大丈夫だよ。キラ様だって、もう子供じゃないんだ。

自分の伴侶となるお方に恥をかかせるようなことはしないさ」

 本当はキラ様には無理をさせたくはないが、

侍従でしかない自分が意見を言える立場でないことくらいわかっている。

 「そうね・・・・・でもキラ様、本当にいいのかしら・・・・・・・・・・?」

 どこか含みのある言葉に、俺は首を傾げた。

 「だってキラ様、好きな人がいるって言っていらしたわ・・・・・」

 ミリアリアの問題発言的言葉に、俺は目を見張った。

 「な・・・・・・・・・・それは、どういう・・・・・?」

 「ずっと、好きだったんですって。でもその彼、全然気付いてくれなくって・・・

・・・キラ様、あんまり悲しそうで、見ていられなかったわ・・・」

 辛そうに目を伏せるミリアリア。

 しかし、そんなことは初耳だ。

 聞いたことのないその事実に、俺の心臓がドクンと波打った。

 「いつも傍にいて、叱られたり、いろんなことを教えてくれたり、他愛のないことで笑い合ったり・・・・

・・なんだか、キラ様の言っている人って、アスランみたいね」

 「え・・・・・?」

 最後にミリアリアが付け足した俺の名前に、俺は眉根を寄せた。

 「だってそうじゃない?アスランはいつも傍にいて、遠慮せずに叱るし、頭いいし、キラ様と一番仲がいいでしょ?」

 まさか、そんなうまい話があるわけがない。

 俺に都合のいいように、話が進むはずがない。

 けれど。

 「ミリアリア、俺・・・・・」

 もし本当にそうなのだとしたら。

 もしキラ様が俺を慕ってくれているというのなら。

 俺は・・・・・。

 「早く行ってあげたら?キラ様、きっと待ってるわよ?」

 苦笑交じりに言うミリアリアの言葉を最後まで聞かず、俺は走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいお前!!」

 俺がキラ様の元へ走っている間、俺が知らぬところで話は思わぬ方向に進んでいた。

 「カガリ!!・・・・・申し訳ない、じゃじゃ馬で・・・」

 いきなり他国の王子に向かってお前とは、なんたることか。

 「いえ、お気になさらず。元気があっていいではないですか」

 見るからに引き攣っている笑顔を浮かべ、隣国の王子であるイザーク・ジュールはそう答えた。

 「ふんっ!お前なんかにキラは渡さんっ!!」

 尚も言い募るカガリという少女。彼女はこう見えてもキラの姉であり、この国の第一王女でもあるのだ。

 「カガリ・・・お前というやつは・・・・・」

 どこまでも強気な娘に、彼女の父でありこの国の王ウズミは溜め息を吐くばかりであった。

 「お前、本気でキラを嫁にする気か?」

 イザークを鋭い眼光で見据え、カガリは低い声で問う。

 イザークも負けず劣らずカガリを睨み据えた。

 二人の間に、火花が散る。

 「いい加減にせんかっ!この馬鹿娘が!!」

 そう言うとカガリの頭に拳骨を一つ。流石のイザークもそれには大層驚いたようで、目を丸くしている。

 カガリは殴られた頭を抑えて涙目になっている。

 そんな彼女に、笑いを堪えきれなかったのか噴出すイザーク。

 「・・・・・何が可笑しい?」

 憮然とした表情で言われても、笑いが込み上げるばかりだ。

 「クックック・・・・・いや、悪い。あまりにも姫君らしからぬご様子で・・・」

 笑いをかみ殺しながらの声に、カガリの短い気もすぐに切れる。

 「ふざけるなっ!!貴様なんぞにキラを絶対渡すものかっ!!」

 「ふんっそれができるなら、やってみろ」

 小馬鹿にしたように鼻で笑うイザークに、カガリは拳を握り締める。

 「ああ、やってやろうじゃないか!!私の可愛い可愛い妹に貴様ごときはつり合わん!!」

 カガリの最後の一言に、イザークはピクリと、器用にも片眉を吊り上げた。

 「貴様ごときだと・・・・・?黙って聞いていれば、好き勝手言いやがって・・・・・」

 「はんっ!言い返さないお前が悪い!!」

 今度はカガリが鼻で笑う。

 「ふざけるなぁっ!!俺はなぁ、別に望んできたわけじゃないんだよ!!

寧ろ、破棄になった方がマシだと思っている!!それなのに、母上はっ・・・

・・・勝手に人の縁談を決めて、あまつさえ突然挨拶に行けと言われて・・・・・」

 つまりは、全て母親の言いなりということだ。

 まあ、どこの世界も同じような状況だ。

 特に王族は。

 親の決めた道を、進むのみ。

 それが王族のしきたりのようなものだ。

 だからイザークもキラも従った。

 それが親の言うことだから、仕方なく。

 抗うほどの力を、持っていないから。

 抗えるほど大人でもないから。

 だからイザークは渋々ながらもここに来た。

 嫌だと言って駄々をこねても無駄だと知っているから。

 「お前・・・・・・・・・・」

 シンと静まり返った部屋内に、カガリの声が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの庭、いつもの場所、いつもと同じように空を見上げて座る少女。

 「キラ様・・・・・・・・・・」

 ビクリと肩を震わせて、しかし落ち着いた動作で振り向く彼女。

 「・・・もう、時間?」

 静かな、けれどどこか残念そうな声音が、微かな風に乗って響いた。

 俺は草を踏み締めながら、キラ様に近づく。

 「アスラン・・・・・?」

 何も言わない俺をいぶかしんでか、キラ様は怪訝そうにしている。

 「・・・・・キラ様・・・・・」

 キラ様の目の前まで来て、ゆっくりと膝をつく。

 恭しく彼女の手を取り、目を向けて、口付ける。

 「・・・・・・・・・・アスラン?」

 いつもと違う目線の高さに戸惑っているキラ様。

 「あなたはこれで、よろしいのですか?」

 無駄だとわかっていても、これが最初で最後の悪足掻きだから。

 「好きでもない、ましてや会ったこともない相手と、これから共に暮らしていく。

あなたは本当にそれで、よろしいのですか?」

 キラ様の目が、大きく見開かれた。

 「アスラン・・・・・僕・・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・」

 ゆっくりと、暖かな風が流れていく。

 サアァ・・・・・と草木を揺らし、通り過ぎていく。

 雲が影を作り、ほんの少し暗くなる。

 ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ音が聞こえる。

 キラ様の手が汗ばんでいくのがわかる。

 自分の手も汗ばんで、緊張感にほんの少し手に力を入れた。

 雲が切れて陽射しが地上に降り注ぐ。

 一気に明るくなる視界に、俺は少し目を細めた、その時。

 「・・・僕は、君が、好きだよ・・・・・・・・・・」

 胸が、躍るようだ。

 「ずっと、好きだった・・・・・気がついたら、好きで・・・・・・・・・・」

 アメジストに一杯の涙を溜めて、けれど零さないように、我慢する。

 「なのにアスランは、気付いてくれなくて・・・・・・」

 「キラ様・・・・・」

 俺がキラ様の名を呼ぶと同時に、彼女の頬に涙が伝う。

 「どんなに好きでも、愛していても、ずっと一緒にいられないことくらい、わかってる・・・

・・・いつか嫁がなければならないことも、わかってた。でも!!!」

 とめどなく溢れ落ちる涙に、俺の心は震えるばかりで。

 「・・・でも・・・・・いざその時になると、勇気が出なくて・・・

・・・叶わないとわかっていても、アスランといたいって、思う気持ちが強くて・・・・・」

 どうしようもない気持ち。

 抑えたくても抑えきれない。

 忘れ去りたくても、忘れられない。

 「キラ様・・・・・」

 気がついたら俺は、彼女を自らの腕で包み込んでいて。

 「ふぇっ・・・・・く・・・・・アス・・・・・・・・・・・・・ラ・・・・・」

 嗚咽を我慢しようとすればするほど、辛くなるのはわかっているだろうに。

 「キラ様・・・・・私も、あなたをお慕いしております・・・・・・・・・・」

 キラ様を見ていたら、そう言わずにはいられなくて。

 キラ様は驚いたように顔を上げた。

 泣いたせいで瞼が腫れたキラ様に苦笑を浮かべる。

 「俺もずっと、キラ様が好きでした・・・・・

・・・・・可愛らしくて、美しくて、優しくて、カガリ様とは違い、大人しくて・・・・・・あなたの全てを、愛しています」

 優しく、そっと触れた頬は濡れていて、けれど暖かく、柔らかかった。

 「叶わぬ恋だと自分に言い聞かせても、それでもいいと、ずっとあなたを見守り続けようと、

心に決めておりました・・・・・」

 キラ様の目に、更に涙が溢れてきて。

 俺は後から後から溢れてくる涙を指で拭ってやった。

 「けれど今、あなたの気持ちを知ったから・・・・・もしあなたが望むのならば、

俺はあなたを連れて、どこへでも逃れて見せましょう」

 キラ様は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を綻ばせた。

 「なら、地の果てでも何処へでも、アスランについて行く・・・・・僕は、それを望むから・・・・・・・・」

 だから、連れて行って・・・・・。

 その言葉を俺は、彼女の唇を塞ぐことで封じた。

 だが、それも束の間。

 「お・・・・・・・・・・・・お前らっ!!??」

 突然聞こえた介入者の声に、俺とキラ様は慌てて距離を置いた。

 「カ、カガリ!?どどど、どうしたの!?」

 大分焦っているのか、キラ様の声はそれを物語っていた。

 「あまりに遅いから、見に来たんだ・・・けど・・・・・まさか、お前が・・・・・・・・・・」

 言いながら俺を見てくるカガリ様の目は、怪訝そうだった。

 無理もないだろう。

 今まで従順だった俺が突然、キラ様の唇を奪っていたんだから。

 「あっ今のは偶然、その、えと・・・・・そう!

目にごみが入っちゃって、それで、取ってもらってたの!!ね、アスラン?」

 「・・・・・・・・・・」

 急に話を振られ、俺は一瞬慌てるが、キラ様の言葉を肯定する気にはなれなかった。

 傍らでキラ様が不安げにこちらを見てくるのがわかったが、敢えて答えない。

 「・・・・・そうか・・・・・・・・・・そういう関係だったとは・・・・・」

 どうやらカガリ様は沈黙を肯定としたようで、俺とキラ様の関係に確信を持ってしまったようだ。

 それにしても、一体どこから見ていたんだろう、という疑問を口にする間もなく、カガリ様はさっさと踵を返した。

 「えっ、ちょっ、カガリ!?」

 慌てて追いかけるキラ様に、俺も習う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして着いた所は、本日顔合わせする予定の隣国王子のいる部屋であった。

 「遅いぞカガリ、キラも」

 溜め息混じりに言うウズミ様に、俺は慌てて礼をした。

 「父上。キラはやっぱり嫁にはやれません!!」

 開口一番にそういうカガリに、俺も、恐らくキラもドキリとする。

 まさか、言うつもりではなかろうな。

 しかし、予想は悪い時ほどあたるもので。

 「実はキラは、侍従のアスランを恋慕っているようなのです!!!」

 ああ、言わないで欲しかった。

 今更だが、この国では侍従と王族の人間の婚姻はもちろん、恋慕さえも認められてはいない。

 それを覚えているのだろうか、この姫君様は。

 「・・・・・なんだと?」

 当然、ウズミ様は地を這うような声を出した。

 俺はたまらずウズミ様の目の前に跪いた。

 「許されないのは重々承知しております。しかし、キラ様はこの婚姻を望んではおられません!!

侍従として・・・・・キラ様を慕うものとして、認めるわけには参りません!!!」

 この際自棄だ。

 カガリ様が言ったことを否定すれば、カガリ様の立場が悪くなる。

 まあ本音を言えば、否定してキラ様が傷付くことのないように、なのだが。

 「・・・・・・・・・・私は構いませんよ、ウズミ様」

 突然の乱入者に、俺はハッと顔を上げた。

 そこには、綺麗に切りそろえられた銀髪に、刺すような鋭い視線を湛えたアイスブルーの瞳をした人物。

 見かけない顔だ。

 「イザーク様、しかし・・・・・」

 どうやらこの人物が、キラ様を嫁に貰おうとしている不届き者らしい。

 俺の中に、彼へと向ける敵意が膨れ上がる。

 「キラ姫が嫌と言うのなら、俺はそれでも構いません。しかし・・・・・」

 イザーク様の含みのある一言に、この場にいる皆が首を傾げた。

 「私は貴国と強い絆を持ちたい。貴国の姫を嫁に欲しいのには変わりない。よって私は、カガリ姫を戴きたい」

 部屋中が、凍り付いた気がした。

 イザーク様が言っていることはつまり、この国の第一王女で、

この国の後継者たるカガリ様を隣国の王子の妃として向かい入れるということだ。

 それはこの国にとって大きな損害であり、痛手でもある。

 「しかし・・・・・」

 「私は構わん。隣国にはラクスもいるし、退屈しないだろう」

 言いよどむウズミ様の言葉を遮って、なんとカガリ様は頷いてしまった。

 「カ、カガリ!?」

 驚くウズミ様に、カガリ様はケロリと言ってのける。

 「私は勝手に相手を決められるくらいなら、こいつとの方がマシだ。気も合うし、退屈しなさそうだしな!」

 どこか嬉しそうに言うカガリ様に、イザーク様も満更でもなさそうに答える。

 「ふんっ!俺だって、見たことも話したこともないヤツよりは、マシだと思っただけだ!!」

 つまりこれは、本人たちが同意しているということで。

 「遠くに言っちゃうのは寂しいけど、カガリがそれでいいんなら、いいと思うよ?」

 キラ様もニコリと笑って同意した。

 「・・・・・わかった。お前たちがそれでいいのなら、わしは構わん。が、アスラン?」

 急に名を呼ばれ、俺は反射的に背筋を伸ばした。

 「は、はい!?」

 目が合う。

 改めて彼の威厳を思い知らされて、俺は拳を握り締めた。

 「キラを、頼んだぞ・・・・・」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 「え・・・・・・・・・・?」

 「っお父様!!」

 すぐに聞こえたキラ様の歓喜の声に、俺はやっとその言葉の意味を理解する。

 そして。

 「ありがとう、ございます・・・・・」

 深々と、頭を垂れた。

 抱きついてくるキラ様をしっかりと抱きとめ、俺はキラ様に微笑みかけた。

 「アスランっ!!」

 キラ様も、微笑み返してくれて。

 「キラ様・・・・・・・・・・」

 俺はキラ様を抱きしめた。

 

 叶わないと思っていた恋。

 

 諦めようと思っていたけれど、諦めきれなかった恋心。

 

 それは今この瞬間、幸せという形で叶った。

 

 嗚呼我が愛しき姫君よ。

 

 この恋心を、一生涯貴方に捧げましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

キリ番1500を踏んでくださった鈴様に捧げます。

気付いたらこんなに長くなってました。すみません。

王国物パラレルです。

あ、ラクスはイザークの従兄妹です。

こんなのでよろしければ、貰ってやってください。

 

by.奏織沙音

 

 

 

 

 

修正しました。

イザークがイザークじゃないですね。

後で読み返してはっきりわかりました。リクエストからかけ離れすぎているということを。

ホント、文章力無いな・・・・・。






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