どうして、時が経つのはこんなにも早いのだろう。

 卒業して早、二週間。

 キラは漸く決心をして、アスランが入院したらしい病院の前まで来ていた。

 彼と別れても尚、レノアとの連絡はしょっちゅう取っていた。

 その為、アスランがどんな風に生活しているのかとか、どんな病状なのかだとか、いろいろな情報を知ることが出来たのだ。

 だからこそキラは、たまに会うフレイにも大丈夫だと自信満々に言えたし、落ち込んでなんかもいない。

 バレンタインの前までの自分はもういないのだと。アスランが、呆れてしまわないように。

 そして今日3月14日は、アスランの心臓移植手術が行われる日だった。

 キラはいつの間にか立ち止まっていた自らの足を奮い立たせるように、一歩を踏み出した。

 太陽は未だ、頂点を登りきってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

White Dayに、奇跡を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カツン、カツン、と規則的で、それでいてどこか遠慮がちな足音が、院内の廊下に控えめに響く。

 手術の状況を知りたい心と、アスランの手紙に従順な心が、キラの中で鬩ぎ合う。

 自分でも気付かぬうちに握り締めた拳から、ジンジンと痛みが伝わった。

 やがて目的の場所に辿り着き、キラは辺りを見渡した。

 ふと、目に入った赤いランプ。そこには、『手術中』の文字があった。

 「・・・キラちゃん?」

 ふいに聞こえた女性の声に、キラはハッとそちらを振り向いた。

 「来てくれたのね?」

 そう言って小走りで寄ってくる、レノア。

 キラは罪悪感を感じつつも、苦笑してはい・・・と答えた。

 「やっぱり、心配で・・・・・」

 小さく言えば、レノアは嬉しそうに微笑んで。

 「いいえ、・・・っいいえ!!ありがとう!!!」

 感極まったかのように泣き出すレノアに、キラは困ったようにうろたえた。

 「あ、あの、レノアさん?アスランは・・・??」

 泣き続けるレノアには酷かと思ったが、キラはアスランの今の状況を尋ねた。

 「今さっき入ったところだ。・・・君が、キラさんか。アスランが、世話になったな」

 言葉も紡げないほどに泣いているレノアの代わりというかのように、レノアの後をついてきていた壮年の男性がそう答えてくれた。

 「いえ・・・貴方は、もしかして・・・・・?」

 もしやと思い、顔を覗き込むと、察しがいいな、と一言呟いた。

 「私はアスランの父親だ。パトリック・ザラという。君には息子が沢山助けられたようで・・・本当に、感謝している」

 厳しそうな表情なのに、どこか暖かさを感じるのは、彼本来の性格が優しいからであろう。アスランの優しさは、父親からも受け継いでいるようだ。

 「そんな・・・僕は、なんにも・・・・・」

 慌てて首を振ろうにも、パトリックは礼を言わせてくれと頭を下げるばかりで。

 「あ、頭を上げてください!!」

 必死にお願いをして、頭を上げてもらう。

 「あ、あの・・・・・手術は、どのくらいかかるんですか?」

 いつまでもこの人と会話をしていても埒が明かないと判断したキラは、ぎこちないながらも話を変えた。実際、そのことも気になっていたから。

 「取り敢えず、予定では八時間だそうだが・・・」

 言葉を濁すパトリックに、不安感が大きく膨らんだ。

 「何か、問題でもあるんですか?」

 その感情を払拭するかのように問うと、パトリックは難しそうな顔をして俯いた。

 「・・・あの子の心臓、元々小さいから、血管も物凄く細いのだそうよ。だから、難航する可能性もあるって、お医者様も仰っていたわ」

 いつの間にか泣き止んだレノアは、そう説明してくれた。

 その言葉で思い知る、アスランの身体の中の爆弾の存在。

 いつ壊れてもおかしくない身体なのに、無理して学校など来たりしたり、本当にアスランって馬鹿だな、とキラは心の中だけで思った。

 「取り敢えず、座りましょう、キラちゃん?兎に角今は、あの子の無事だけ祈りましょう」

 そう言いながら、キラの背を押して椅子に促すレノア。キラはそれに従い、促された椅子に腰掛けた。その隣にレノアが腰掛け、更にその隣にパトリッ

クが座った。

 レノアは未だ不安が消えないのか、キラの肩に手を乗せたまま、俯いて一点を注視している。とはいっても、視線の先には白い床だけなのだが。

 「レノアさん、大丈夫です、きっと。ううん。アスランは絶対に、負けません」

 何に、と問われれば、その答えは『死神』である。

 命を狩りに来た死神になど、アスランが負けるはずがないではないか。

 だから、大丈夫だと。キラは自らの心にも言い聞かせた。

 「そう、そうよね・・・?アスランなら、あの子なら、大丈夫よね?」

 レノアもまた自らに言い聞かせるように、言葉を繰り返した。

 そうして三人は、ただアスランの無事を祈り、待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラが来てからもう、九時間を切った。

 やはり、手術は難航を極めているようだ。

 ここまでキラは正直、生きた心地がしなかった。

 もしアスランが命を落としたら。

 何度、そう思いそうに、考えそうになったことか。そうなる度にキラは、頭を振って他のことを考える。

 それは、アスランの手術が上手くいって、そしてまた、恋人同士に戻って、等というものだった。

 甘くて苦い、恋人生活。

 それを考える度に、キラの胸は鈍い痛みを訴える。

 もう、別れたと言うのに。

 しつこいと、言われてしまうかもしれない。

 振られても尚追い縋るキラに、彼は呆れてしまうかもしれない。

 けれどそれでも、自分の気持ちには嘘を吐きたくはなかったから。

 だからキラは今、ここにいる。

 だってまだ、アスランからバレンタインデーのお返しを貰っていない。

 だからアスランは死なない。自分にお返しをくれるまで、死ねないはずだ。

 キラの心の中に、妙な確信が芽生えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、赤いランプが消え、扉が開いた。

 自動ドアなのに重々しいそれは、命の重さと言うものを物語っているかのようにも感じられた。

 中から出てきた医師に、レノアを先頭に三人が駆け寄った。

 「先生、アスランは!?」

 医師の肩を激しく揺さぶりながら問うレノアをパトリックが軽く制し、しかし医師に向けられた瞳には、先程レノアが尋ねた質問と同じものが窺い

知れた。

 それはキラも同様で、医師は一つ溜め息を吐き、言葉を紡いだ。

 「手術は無事、成功しました。まだ油断を許さない状況ですが、一先ずこれで安心でしょう」

 そう言って踵を返そうとした医師に、三人は三人とも、ありがとうございました!!と言って頭を下げた。

 その息の合い様に医師は目を丸くし、そして苦笑を浮かべた。

 「あ、そういえば・・・」

 ふと声を上げた医師に、なんなのだとレノアたちは眉を顰めた。

 「キラ、という人を、ご存知ですか?」

 そう尋ねてくる医師の声に、耳を疑うキラ。

 「え?あの、キラは、僕ですけど・・・」

 そう名乗りを上げると、何故だか納得したように一つ頷く医師。

 「そうですか。いえ、彼が眠る前に一度、そう呟いたものですから・・・もしやと思って」

 そう言って、ああすっきりした、とばかりに踵を返した医師。

 キラは、知らずのうちに、涙を零した。

 悲しい涙ではない。

 悲しいはずがないではないか。

 嬉しくて、嬉しくて、堪らない。

 アスランが、自分の名前を呼んでくれた。

 それだけで、こんなにも身体中が歓喜するなど、自分自身驚きだ。

 「キラちゃんっ」

 そう言って抱きついてくるレノア。彼女もまた、泣いているらしい。

 二人して泣いていると、再び開かれる手術室の扉。

 そこから、ストレッチャーに乗せられたアスランと、それを移動させる看護士たち。

 三人は慌てて駆け寄り、声をかけようとするが、それは看護士たちに止められてしまった。

 「まだ話すのは無理です。せめて病室に行ってからにしてください」

 確かにこんなところで騒いでいたら、何事かと周囲のいい晒し者になってしまう。

 そんな事態に陥るのは嫌なので、取り敢えず三人は病室へとついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトリックは、取り敢えず息子の手術が成功したと言うことで、安心して仕事に向かった。

 レノアはというと、あの子の好きなものを買い揃えてくるわ!!と言ったきり、戻ってこない。

 なので必然的に、今はアスランとキラの二人だけが病室内にいた。

 とはいっても、アスランの意識はない。

 今は集中治療室というところに入って、眠っているのだ。

 目を覚ませば恐らく、すぐにでも一般病棟に移されるのだろう。

 赤い夕日が、室内を照らす。

 規則正しい電子音は、どこかキラを安心させる。

 それがアスランの鼓動なのだと思うと、不思議と笑みが浮かんでくる。

 起きたら君は、なんと言うだろうか。

 手紙を読んだにも拘らず、ここに来てしまった自分を怒るだろうか。それとも、軽蔑するだろうか。

 それでもいい。

 キラは今、ただアスランへの気持ちを伝えたいだけだった。

 そしてやがて、太陽が完全に沈み、星たちも瞬き始めた頃。

 「おはよう、アスラン」

 現われた翡翠に、キラは微笑んだ。

 これからがキラの、正念場である。

 さて、どう説得してやろうか、などと考えをめぐらせるキラに、アスランは焦点を合わせた。

 「・・・キ・・・・・ラ・・・・・・・・・・」

 もう一度。

 もう一度だけでいいんだ。

 僕に、チャンスを、ください。

 「よく、頑張ったね・・・」

 手を握って、ギュッと力をこめて。

 「お疲れ様」

 「キラ・・・・・」

 ニコリと、本当は怖いけど、笑う。

 「・・・・・来て、くれたの?」

 俺なんかの為に?と言外に言うアスランに苦笑を浮かべ、キラは当たり前、と答える。

 「君が戦ってるのに、一人遊んでるなんて、嫌だもん」

 そう言って、涙を零しそうになるのをこらえる。

 「ねえ、アスラン・・・・・?」

 頭の中から、雑音が消えて行く。

 「アスラン、僕、君の事、好きだよ?」

 途切れ途切れの言葉に、アスランはじっと聞き入る。

 「ずっと、ずっと、好き。何度別れたって、同じだよ。だって僕、アスランしか愛せないもん」

 そう言ってのけたキラを眩しそうに見つめ、アスランは苦笑を浮かべた。

 「・・・いいのか?」

 「勿論」

 「この先、どうなるかわからないぞ?」

 「それでも、僕の気持ちは変わらないよ」

 久しぶりに聞く君の声に、こんなにも喜んでいる自分に、最早迷いなどない。

 「キラ・・・・・・」

 どこか驚いたようにキラの名を呟いた。

 そして、ふわりという感触と、優しく香る甘い香りに、アスランは、ああ、キラだ・・・と安堵の息を吐いた。

 戻ってきたんだ。

 自分の手の中に、キラが。

 キラが、戻ってきてくれたんだ。

 あんなに酷いことをしたのに、こんなにも想ってくれているキラ。

 こんなに嬉しくて幸せで、いいのだろうかとアスランは思わず深く考えてしまった。

 「もう、離さないよ」

 「うん」

 「別れようって言われたって、別れないからね?」

 「・・・ああ」

 「嫌いって言われても、しつこいぐらいに付きまとってやるんだからっ!!」

 「・・・・・そんなのは、有り得ない」

 だって俺、キラを手放す気なんて毛頭ないから、などと言葉を付け足すアスランに、キラは思わず顔を赤らめた。

 そうしてまた、バカップルが復活したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

えっと、ホワイトデーということで、書いてみました。

最近スランプなので、ちょっと自信がなかったり。

取り敢えず、またアスキラ♀に戻りました(笑)。

ここで終わりでもいいよなーとか思いつつ、まだまだ続きますと言ってみる。







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Photo by CAPSULE BABY PHOTO