大きなホールに響く、司会進行の声をぼんやりと聞きながら、キラはただ、彼のことを想う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業式、そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月1日。高校生のほとんどが、卒業証書をもらい、学校を去るこの日。

 アスランはやはり、姿を見せなかった。

 しかしキラは、きちんと卒業式に出席していた。

 というのも、アスランの熱で掠れた声で一生懸命説得されたので、仕方なく顔を出したのだ。

 これが終わったら、すぐにでもアスランの元に向かう。未だ彼の熱は下がらず、今も病室で苦しんでいることだろう。それを思うと、こんなところで油

を売っている自分自身に腹が立ってくる。しかしそれは他ならぬアスランの望みであるから、キラは大人しく席に座っていた。

 もうすぐ卒業式が終わる。

 あと、少し。

 逸る気持ちが、空回りしそうだ。

 それと同時に押し寄せる不安に、前に組んだ手に力を入れた。

 汗ばむ手を一瞥したと同時に、最後の項目である校歌が始まった。

 周りではすすり泣く声が、歌の前奏を霞めさせた。

 最後の、校歌。

 高校生活なんて、思い出と言えばアスランとの学校生活くらいだ。

 その他のことなんて、ほとんど心に残っていない。

 否、アスランの存在が大きすぎて、他が霞んでしまっているのだ。

 彼は自分に、人を愛することを教えてくれた。

 彼は自分に、人に愛される喜びを教えてくれた。

 今まで平凡で、何の変哲もなかった高校生活が、彼と共にいて初めて、楽しく感じられた。

 白黒だった世界が、色とりどりに変化したかのように、それは本当に、面白いくらいの世界の変異を感じさせるもので。

 今振り返ってみれば、本当に不思議で仕方ない。

 最初は、ただなんとなく付き合ってみようと思っただけだった。

 『三ヶ月だけでいいんだ。俺と。付き合ってくれないか?』

 そう言って頭を下げた君に、誠意を感じたからただなんとなく。

 真剣な人の真剣な気持ちを、無碍には出来なかった。

 自分でも認めるお人好し。それがキラの本質であった。

 けれどそれは同情とか、そんなものではない。

 今になってわかったこと。

 それは自分が、あの時アスランに一目惚れしていたことだった。

 そう、彼の藍色と翡翠の色彩にも、美しすぎるその顔立ちにも、そして彼の立ち居振る舞いそのものにも、キラは一瞬で目を奪われたのだ。

 そこからキラはアスランに、恋をしたのだ。

 一生で、初めての恋。

 そこではたと、気付く。

 違う。

 これは、初めてではない。

 幼い頃。

 まだキラが、小学校に上がる前。

 最早容姿すら覚えてないくらいに、朧な記憶。

 しかし鮮明に、未だにあの子の言葉が頭の中に残っていた。

 『寂しいの?』

 そう言って声をかけてくれた、一人の男の子。

 確かあれは、キラが交通事故に遭って一日だけ検査入院した日のことだった。

 夜、病室で寝るのが怖くて起きていたら、ふと声をかけられたのだ。

 『皆、ちゃんといるよ?君は、一人じゃない』

 最初は幽霊かと思ったのを、今でも覚えている。案外失礼なことを考えていたなと、キラは小さく苦笑した。

 『でも、ねむれないの・・・・・』

 そう言って、いつの間にか目に溜まっていた涙を、真白のシーツに零した。

 『なら、僕も一緒に寝てあげる。そうすれば、寂しくなんてないよ』

 そう言って、返事も待たずにキラの布団に入ってくる男の子。今思えばちょっと大胆すぎるのではないかと思うが、あの時は本当に暗闇が怖くて、寂し

いと言うより恐怖で眠れなかったのだ。

 『うん、ありがとう』

 自然と溢れる安心感は、彼の暖かさと優しさが齎した。

 そうして自分は漸く眠りにつくことが出来たのだ。

 翌朝、既に彼の姿はなかったが、もしかしたら夜の妖精さんかな?などと空想に耽ったりしたものだった。

 それから一切彼に会うことはなく、キラは病院を退院して元の生活に戻ったのだ。

 検査の結果も異状はなく、それ以降キラはしばらく病気等もしなかったので、必然病院とは縁遠い存在となった。それと同時に、薄れて行くあの男の子

の記憶。けれど今更それを思い出したのは、何故だろうか。彼が、どこかアスランの雰囲気に似ていたからだろうか。それともただ、思い出しただけなの

か。どちらにしろ、今のキラには計り得ないことである。

 ふと、歌が終わり、伴奏も終わった。指揮をしていた先生も、礼をして去っていく。

 そして、卒業式が、幕を閉じた。

 キラは退場の波に乗って、外に出たと同時に駆け出す。

 「あ、キラ!!これから写真撮るって!!あと・・・・・」

 後ろから聞こえた親友の声にも耳を貸さず、キラはその場から走り去って行った。

 どうして彼のいないこの空間に、いつまでもいられよう。

 大勢の生徒の中を、人にぶつかるのにも気に留めず走る足を止めない。

 今キラの頭の中には、病室のベッドで眠るアスランの姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室に着き、真っ先に目に入ったのは、整えられた布団と、その傍らの椅子に鎮座している彼の母レノアの姿だった。

 「レノア・・・さん?」

 思わず漏れた声は、走ってきたため上がった息により、声が切れ切れになる。

 「・・・キラちゃん・・・・・」

 キラの声に反応して徐に上げられた顔。その目元には、涙が伝っていた。

 「ちょ、レノアさん!?一体どうしたんですか?・・・アスラン、は?」

 レノアの涙といい、綺麗に整えられたベッドと言い、何よりアスランの姿がないことに流石のキラも何が起こったのかと目を剥いた。

 「ごめんね、キラちゃん!!あの子を止められなかった私を許して頂戴!!」

 そう言って抱きついてくるレノアに、キラは訳もわからず困惑するしかない。

 「え、あの・・・・・」

 声をかけようとしても一向に泣き止む気配を見せないアスランの母親に、どうすればいいのかわからない。

 しばらくそうやって縋りついて泣き続けるレノアを、キラは困惑を顕に甘受した。

 やがて泣き声が止んだかと思うと、レノアは泣き腫らした目をキラの方に向けた。

 「アスラン、今朝他の病院に転院したのよ」

 その言葉に、キラは目を見開いた。聞いていない、そんなこと。

 「私はキラちゃんが来るまで待ったら?って言ったんだけど、あの子、別れが辛くなるからいいって・・・」

 申し訳なさそうにそう言葉を紡ぎレノア。しかしキラは彼女の言葉を受け止め切れてはいなかった。

 また、離れ離れになるのか。

 先日やっと仲直りしたばかりなのに。

 「ごめんなさいね。あの子を支えて欲しいって、言ったばかりなのに・・・」

 目を伏せて謝ってくるレノアに、いえ・・・と力なく相槌を打つ。

 それに何を思ったのか、レノアが自分の手荷物の中から白い封筒を取り出した。

 「これ、アスランからあなたへ」

 そう言って差し出されたそれを、キラはそっと手に取った。

 白い封筒に、糊はしていなかった。

 表には『キラへ』と流麗な文字で書かれていた。裏を見ればそこには、彼の名前が記されてあって、キラは慌ててそれを開封した。

 取り出した便箋に目を走らせる。

 「昨日、夜中書いたらしいわ」

 そう言って、レノアはキラを自分が座っていた椅子に座らせた。

 黙って手紙を読み続けるキラを、レノアは傍らで見守る。

 そしてそれを読み終えたキラに、レノアは告げた。

 「矛盾してるとはわかっているけど・・・。キラちゃん、どうか、あの子の願いを叶えてあげて・・・?」

 苦笑を浮かべて言う彼女に、キラは茫然自失のように顔を上げた。

 「・・・・・・・・・・でも・・・」

 小さく零れ落ちた声を、レノアはわざと無視をする。

 「アスランの、最後の我侭だと思って?」

 その言葉に、キラは首を縦に振りざるを得なかった。

 「ありがとう、キラちゃん」

 ホッとしたように笑顔を浮かべるレノア。

 手紙に書かれていたアスランの願いとは、『別れて欲しい』と『忘れてくれ』だった。

 それが、高校生活の最後の思い出。

 キラとアスランは高校の卒業式の日、本当の別れを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

世の高校生の皆さん、ご卒業おめでとうございます!!かく言う私も卒業生です(笑)。

アスランが出てきてませんが。

突然転院とか。ちょっとありえない部分もありますが、その辺はほら、素人ですから(逃)。

そろそろ終わりに差し掛かっております。もうちょいで、終わる・・・はずです。

これにて卒業編は終了です。・・・二つしかなかったですね。短いな(笑)







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