気付いたら、アスランが最初に言った期限を過ぎていた。 今日はもう、4月の1日。 空は雲一つ無く、晴れ渡っている。 ふわりと大気を動かす風は、肌に馴染む温かさを持っていた。 桜の芽も開き始めた今日この頃、キラは最早日課となったアスランのお見舞いに来ていた。 コンコン、とドアをノックすれば、すぐに返ってくる愛しい彼の声。 キラはそれに一つ笑顔を浮かべ、ガラガラと引き戸を開けた。 「おはようアスラン。具合はどう?」 そしてまた、いつもと同じ言葉をかけた。 嘘吐きの約束 相変わらずベッドの上で横になるアスランはキラを見るなりおはようと返す。 しかしその声はどこか覇気が感じられない。 それもそのはず、ここ二、三日前から彼は体調を崩していたのだから。 恐らく、今も未だ具合が悪いに違いない。 「大分いいよ。それよりキラ。お前もうそろそろ帰った方がいいんじゃないか?」 キラの問いに答えると、アスランは突然表情を心配そうに歪めて彼女の問うた。 アスランが今入院している病院は、彼らが住んでいる場所から、飛行機を10時間乗らないと着かない遠いところにある。 その為、3日が入学式であるキラを気遣っての言葉だったのだが、それは他でもないキラに一蹴されることになる。 「何言ってんのさ?そしたら・・・またアスランと、離れ離れになるじゃない・・・・・・」 ボソリと小さく呟いたキラの声は、しかし静かな病室にはどうしても響いてしまう。 アスランはそんなキラのむすっとした顔を見て、苦笑を浮かべた。 「けど、入学式からサボるわけにもいかないだろう?」 それはそうだ。 なんでも初めが肝心である。キラに友達が出来なかったら、とアスランは危惧していったのだ。 「でも・・・・・」 尚も口を濁すキラに、アスランは熱で痛む関節を無理やり動かし、徐に起き上がった。 咄嗟にキラが手を貸してくれたので、アスランは痛みに眉を寄せながらもありがとう、と礼を言った。 「俺は大丈夫だから。第一、ここは病院だし、何かあってもすぐに処置できる」 キラを安心させるように力いっぱい微笑むアスランに、キラは未だ納得できていないようで、眉根を寄せるだけだった。 「じゃあ、アスランは?」 「え?」 突然振られた問いに、アスランは訳もわからず困惑した。 「アスランだって、入学式行けないじゃない?」 確かに、この調子ではまだ退院出来そうもない。だが、それとこれとは違うではないか。 「そうだ。だからキラ、俺の代わりに入学式に出て?」 ニコリと微笑まれればグッと言葉が詰まってしまうのだが、ここで退くわけには行かない。 「嫌!!だってアスラン、また居なくなっちゃうかもしれないじゃないか!!」 卒業式の日、散々人を説得しておいて、卒業式が終わってすぐにアスランのところに行ったら彼はいなくて、代わりに別れの手紙を渡されて。 自分の知らないうちに、居なくなってしまった彼。自分の知らないうちに、姿を消してしまった彼。 どうして一言も言ってくれなかったのだろうとか。どうして別れなければならないのだろうとか。 そんなことを何度思ったか知れない。けれど、彼の思いを無碍にすることは、出来なくて。 それでもそれ以上に諦めきれない気持ちがあったからこそ、今アスランと一緒にいれるのだけれど。 「もう離さないって、言っただろう?」 片手でキラの細腕を掴み、そっと引き寄せ抱き締める。 ふわり、と甘い香りが鼻腔を擽った。 「でも、アスラン・・・・・」 それでも納得しようとしないキラに、どうしたものかとアスランは考える。 「・・・じゃあキラは、俺の言うこと、信じられない?」 そう問うて見れば案の定、キラはガバッと顔を上げてそんなことはないと勢いよく首を左右に振る。 「っそんなこと、ない・・・けど・・・・・」 再び濁した声に、アスランはまた苦笑を浮かべた。 「俺も退院したら行くから。先にキラが慣れていてくれないと、迷った時大変だろ?」 確かに、キラたちが入学する大学は、なかなか大きい。その為、中も広く道を覚えるには時間がかかりそうなのだ。 「・・・・・・・・・・わかったよ」 漸く了承してくれたキラにアスランは満面の笑みを零し、案内よろしくね?などと茶化すように言った。 「でも、今日はずっとここにいるからね?」 語尾にクエスチョンマークをつけてはいるが、その語調は反論を許さないかのように強かった。 「わかったよ。けどチケットは取っておいた方がいいんじゃないか?」 苦笑交じりに漏らされた声に、アッと声を上げるキラ。どうやら、チケットのことを考えていなかったらしい。 「なんなら、母上に頼むけど?」 そう言って立ち上がろうとするアスランを制して、キラは取って来るから待ってて!!と言い捨てて足早に病室を後にして行った。 「・・・そんな急ぐことないじゃないか・・・・・」 後に残されたアスランは、そうポツリと呟いた。 ハァハァ・・・・・と荒い息を整えつつ、春休みが終わりに近づいた為か多くの客が作る長蛇の列に並ぶキラ。 辺りには子供連れやらラブラブそうなカップルやらが多い。 そんな中一人とは、なんだか居た堪れなくなってくるのも無理は無い。 漸く息も整ってきた頃、ふと耳に入った声。 「今日、お父さんの誕生日だって覚えてた?」 小さな子供の声だった。黄色のワンピースから覗く足が今にも折れそうだと思えるほどに細くて、キラは一瞬眉を寄せた。 だがそれは、続く他の子供の声によって掻き消えた。 「えー?そうだっけ?」 先程のワンピースの女の子は楽しそうに微笑むだけで、目の前の弟と思しき子供の反応を窺っている。 「あれ?覚えてないの?もう、お父さん悲しむよ?」 その言葉の割には、明るい笑顔だ。 まあ、あの姉弟にとっては父親の誕生日などそんなに重要なことでもないのだろう。 そう思って進んだ列にあわせて自らも足を進めると。 「・・・・・なーんてね。嘘だよ」 その言葉に、ハッとしたのは端で盗み聞きしていたキラだった。 そうだ。今日はエイプリルフール。世に言う『嘘を吐いても許される日』である。 キラの中にまさか、という思いが過ぎる。 『俺も退院したら行くから』 いつ退院して、いつ来るというの? 『もう離さないって、言っただろう?』 その言葉が、今日限りのものだったら? 不安が、不安を呼ぶ。 キラはいてもたってもいられなくなり、チケットを買うことも忘れて駆け出した。 問診に来ていた医師と話し込んでいたら、突然開かれた扉。 バアァン!!という少々大き過ぎる音が病室に響いたが、その音をたてた張本人であるキラは意にも介さずアスランに近寄った。 そして彼の前まで来ると、キラは途端堰を切ったように零れそうになる涙を必死に堪えながら、ギュッと両拳に力を入れた。 「アスランの、馬鹿ぁ!!!!!」 力いっぱいそう叫ぶや否や、キラは脇目も振らずに病室から出て行った。 なんなのだ、と思い暇も無く、キラの姿は既になかった。 「・・・・・・・・・・取り敢えず、そういうことだから。よく、考えてみるといい」 漸く我に返った医師がアスランにそう告げると、病室を後にしようとする。 だが途中で肩越しに振り返り、眉を顰めつつ。 「それと、病院のドアは壊さないように」 その言葉に、全身が凍る思いのアスラン。もしや、先程の衝撃で壊れたのか、と思ったが、どう見ても正常そのもので、アスランは医師の言葉が忠告で あると判断した。 「・・・はぁ・・・・・」 力の無い返事を聞いたのか否か、医師はそのまま部屋を後にした。 そうして再び、静寂に包まれる病室内。 一体、先程のキラの剣幕はなんだったのか、と考えるが、一向に答えは見つからない。 兎に角、医師には安静にしていろと言われたが、今はベッドの上で大人しく寝ている場合ではない。 薬が効いたのか、今はそんなに辛くない。 少しくらい病室から出たって、大丈夫なはずだ。 アスランはよろけそうになる身体を必死に堪えて、歩き出す。 壁に手をつき、ともすれば転びそうになる足を支える。 キラは一体どこにいったのだろうと思案しながら、アスランは院内を探し始めた。 どうして、信じられないのだろう。 もう離れないと、言ってくれたのに。 ちゃんと退院したら大学にも行くって、言ってくれたのに。 その言葉を信じきれない自分がいて。 先程アスランに叫んだのは、ただの八つ当たりだ。 きっと今頃、アスランは困っているに違いない。 恐らく彼のことだから、今日がエイプリルフールだってこと、忘れているはずだから。 だから嘘を吐くなんてこと、あるはずないと。 わかっているのに、心がそれを否定してしまう。 どうしてこんなに疑り深くなってしまったんだろう。 どうして彼の言うことが、信じきれないのだろう。 キラはそんなことを考えている自分が、嫌で嫌で仕方なかった。 こんなに、好きなのに。 「こんなに・・・想ってるのに・・・・・」 どうして彼を、信じられないの? キラは屋上で、フェンスに背を預けて蹲った。 屋上は、周りに高い建物が少ない為か、風が強い。 温かい風も心なしか冷たくて。 キラは零れ落ちる涙も拭わないまま、自問し続けていた。 そして、どれだけ泣いただろうか。 辺りは既に、夕日特有のオレンジの光に包まれていた。 「・・・・・キラ」 見つけた、と目を細める彼の顔は、俯いていたから見えなかった。 キラはゆっくり、緩慢とした動作で顔を上げた。 「・・・アス、ラ・・・・・・・?」 泣き続けていた為か、その声は枯れていて。 「どうしたの?」 優しく響く声に、キラは収まりかけていた涙を再び流し始めた。 勢いよく首を左右に振り、なんでもないと言い張る。 「なんでもないわけ、ないだろう?」 溜め息混じりにそう言い、アスランはキラの横に腰掛けた。 そして、片腕をキラの肩に回して、彼女をその身に引き寄せた。 「俺、何かした?」 先刻の馬鹿発言を未だ気にしていたアスランは、取り敢えずさり気に問うてみた。 「・・・・・・・・・・別に」 ボソリと呟いた声。しかしそれとは裏腹、キラの涙は止まらない。 「気に障ること、した?したんなら、謝るよ。だから、言って?」 理由がわからずに謝ったりなどしたら、なんだか理不尽な気がするからそう言ったのだが、キラは頭を振るだけで何も言おうとしなかった。 「キラ・・・・・」 困り果てた、と言わんばかりの情けない声に、流石にキラは顔を上げた。 「・・・アスラン、今日、何の日か覚えてる?」 恐る恐ると言った体で尋ねてくるキラに、やはり自分が何かしたのかと自らの記憶を辿る。 「・・・・・ごめん、わからない」 しかし、どんなに記憶を辿っても、今日が何の日かわからなかった。 だがキラは首をゆるりと左右に振って、いいの、と苦笑を零した。 いつの間にか彼女の涙は、止まっていた。 「アスラン、僕ね、アスランのこと、嫌い」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 突然の言葉に暫し固まったアスランは、訳もわからず困惑した。 「嫌い。大嫌い」 尚も続けられる声に、流石のアスランも焦りを隠せない。 「ちょ、キラ!?何言って・・・・・」 「だって」 反論しようとするアスランの声を遮って、キラは口を開いた。 「いつだってアスランは、エイプリルフールなんだもん」 そのわけのわからない発言に、アスランは最早声を出すことさえ叶わなかった。 「三ヶ月だけだとか言ってその期限の前に別れたり、嫌いでもないのに別れようとか言ったり、僕に内緒でどっか行っちゃったり・・・・・何より、 僕に病気のこと黙ってたし」 アスランは続くキラの声を、大人しく聞き入れる。 確かに、自分は嘘吐きかもしれない。 だって、キラと付き合ってから、自分は沢山の嘘を吐いてきた。 それがわかっているからこそ、キラの言葉がわからない。 「キラは、俺が、嫌いになったの?」 意識して抑えようとしても、抑えられない声の震え。 プライドとか、そんなものを構っている余裕は、今のアスランにはなかった。 「嫌いだよ。大っ嫌い!!」 グサリ、と何かが胸に突き刺さる感覚。 「でもね」 けれどそれは続いたキラの言葉によって、和らいだ。 「そんな嘘吐きな君でも、僕は何度だって好きになれるんだよ?」 え?と言おうとしたけれど、それは吐息が吐かれるだけに留まる。 「何度君を嫌いだって、嫌だって思っても、僕は無意識のうちに君のいいところだけ見ちゃうんだ。だから結局、嫌いになんてなれなくて・・・君を 好きなままでいられるんだ」 逆光で、彼女の表情が眩しくて。 けれどキラが、微笑んでいるのがわかったから。 アスランはキラの言葉に、苦笑を零した。 「でも、一瞬でも嫌いになるんだろ?」 ならば、とアスランはキラを抱き締めて。 「俺はもう、嘘なんて吐かない」 キラを悲しませる嘘なんて、吐かないよ。 本当のことを、言おう。 キラはこれを聞いて、傷つくかもしれない。 けれど、今黙ってて、後で他の誰かの口から聞くなんて、それこそキラを傷つけることになるのだ。 ならば今、言ってしまおう。 「キラ、君に、話しておきたいことがある」 太陽が、沈んで行く。 徐に上げた顔。 真っ直ぐと向けられた翡翠は、告白の時に見た真剣なそれとはどこか違って、それよりももっと、切迫したような瞳だった。 「キラ、俺は一年、留学するんだ」 その言葉は、すんなりとキラの耳に届く。 「本当は、キラと同じ大学に通おうと思ってたんだけど、ここじゃ遠いだろう?他の病院でもいいんだけど、いざという時、専門の病院だと何かと都合 がいいんだ。だから・・・・・」 続くアスランの声は、キラの人差し指によって止められた。 そっとアスランの唇を閉じさせたそれを見て、キラは再び翡翠を見上げた。 「わかってるよ。この病院の方が、アスランの為になるのなら、それは仕方の無いことだよ」 微笑んで、けどその紫水晶には涙が浮かんでいて。 「キラ・・・・・」 「一年経ったら、帰って来るんでしょ?」 他でもない、僕の元に。 その言葉は、声に出さずともアスランの胸に確りと届いた。 「ごめ・・・・・」 「謝らないで」 なんだか罪悪感を感じられて謝ろうとしたが、それはまたしてもキラに遮られてしまった。 「・・・謝らないで。謝ったら僕、君殴るからね?」 なんとも物騒な物言いに、アスランは思わず苦笑を零してしまった。 不謹慎だと思ったけど、キラの纏う柔らかな雰囲気に、アスランはそれを隠さずに微笑みに換えた。 「ありがとう、キラ」 受け入れてくれたから。わかってくれたから。 だから、お礼を言おう。 「どういたしまして」 もう、嘘は吐かない。 だって、他の誰でもない、キラが傷つくから。 そうして屋上から病室に戻る途中、アスランはそっと口を開いた。 「ねえ、キラ?」 そのどこかすっきりとした声音に、キラもまた明るく答えた。 「何、アスラン?」 そうして隣にいるアスランを見上げると。 アスランは立ち止まって、キラもそれに倣って立ち止まって。 アスランはキラに、掠めるようなキスをした。 途端、顔を赤くするキラに笑みを浮かべて。 「一年経ったら、迎えに行くからね?」 その言葉に、キラは一瞬目を見開いて。 そして悪戯っぽく笑って見せた。 「じゃあ、一年は会わないでおこうね」 会いに来たら、また別れるのが辛くなるから。 「望むところだ」 アスランも同じ想いなのだろう。キラと同じように悪戯っぽく笑んで、挑戦的にそう言った。 そうして二人の、遠距離恋愛が始まったのだった。 あとがき 一体何度離せば気が済むのだと問われれば、それは無限ですよお姉さん(笑)。 と、言うわけで、ここから二人は遠恋となるわけですが・・・。 この先一年間は、二人は会わずに過ごします。 これからは横恋慕とか交えたり、脇キャラの話とか交えたり・・・そういうのが中心になるかと思われます。 すみません、シリーズよくわからない管理人で!!(普段シリーズは読まない性質なんです)。 それでは皆様、よい春を。 TOP |